ギターに限らないが、ジャズ喫茶で受けるアルバムには特徴がある。まず、あまり有名なミュージシャンはうまくない。ジャズ喫茶ファン特有のあまのじゃく心理が「こんなの知ってるよ」とナナメに見る傾向があるからだ。だからといって、マイナーなだけで面白くもなんとも無いようなシロモノはダメに決まっている。要するに、ノリはいいが過小評価気味のミュージシャンや、通好み渋目だけど質の高い演奏が好まれるのである。
ルネ・トーマの『TPL』は、そうした条件にピッタリのアルバムだろう。ヨーロッパ出身のギタリスト、トーマはごくオーソドックスなタイプだが、サイドマンの人選も含め、アメリカ・ジャズとは一味違った切迫感のある風変わりなアプローチが評判を呼んだ。聴き所はジャック・ペルゼーのファナティックなアルトだ。場合によっては、調子っぱずれ一歩手前まで行くことも辞さない特攻精神が、ジャズ喫茶人種のハートをぐっと掴んだのだ。
同じくヨーロッパのエレク・バクシクは選曲が面白い。ディヴ・ブルーベックの隠れ名曲《トルコ風ブルー・ロンド》を冒頭に持ってくるところなど、意表をついている。そして同じくブルーベックのヒット・ナンバー《テイク・ファイヴ》もちゃんと用意してあり、「知らないミュージシャンのやるおなじみナンバー」という、マニア心理を突いたうまいセレクションだ。演奏もピアノとアルトの本家版とはまったく趣向の違ったの世界を描き出しており、ちゃんと個性を発揮している。
グラント・グリーンはかなりメジャーだけど、どこまで行っても正攻法のウェスなどに比べると、黒人ジャズ特有のエグさが一部の熱狂的ファンを生み出している。このアルバムは定評のあるソニー・クラークとのカルテットを録音後にリイシューしたもので、アーシーなジャズが好きな人にはこたえられない演奏だろう。
ギターの名手ジミー・レイニーの息子、ダグ・レイニーはスティープル・チェースに膨大な録音を残しているが、店でかけて一番受けるのがこれだ。何しろ脇役がホレス・パーランのピアノにぺデルセンのベースと一流どころを揃え、そして無名ながらえらくノリの良いスェーデンのテナーマン、ベルン・ローゼングリンが会心の熱演を披露している。彼に煽られたのかダグ・レイニーも他のアルバムでは見られないアグレッシヴなところをみせおり、人気は当然だ。
さて、いよいよ登場ギター・フリークの神様、パット・マルティーノ。とにかく早弾き超絶技巧で彼の右に出るものはいないんじゃなかろうか。粒のそろった均質な音符が機関銃のようにばら撒かれる様は圧巻だ。聴いているうちに脳内物質が湧き出し、トリップ状態に陥ること間違いナシ。
最後のギター・ソロはちょっと毛色の変わった演奏だ。ブルーノートにたった1枚アルバムを残した幻のピアニスト、ハービー・ニコルスの曲をダック・ベイカーというあまり知られていないギタリストが愛情を込めしみじみと爪弾いている。派手さは無いけれど聴くほどに味の出てくる演奏だ。渋味ギター・アルバムの知られざる傑作だろう。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。