いい歌でありさえすれば必ずヒットする。
これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。

今回紹介するのは、Metisさんの「人間失格」です。この歌は201132日にリリースされました。

「人間失格」は730秒に及ぶ大作で、彼女の“心の叫び”が全編を貫いています。彼女の歌は彼女の人生そのもので、彼女は自分の求めるものを愚直なまでに追求して歌にしてきました。その結果として、彼女は自分の心の闇の中に眠っている本音にたどりつき、それを「人間失格」という歌にすることができたのです。サビのフレーズ「大事なことから逃げてませんか?自分に嘘をついてませんか?」はまさしく彼女の“心の叫び”と言っても過言ではありません。ということで、今回のゲストは「人間失格」を作り歌われているMetisさんです。

Metisの“心の叫び”を聴け!

歌は歌であって、実は歌ではない、という時代がありました。どういうことかというと、スタイルはあくまで歌だが、それを超えてしまう“何か”があったということです。

換言すれば、歌が己の自己表現の一手段だったのです。かつて70年代フォークの時代は歌とはそういうものでした。歌にアーティストの生きざまそのものが反映され、聴き手である私たちは歌を聴いてアーティストの“生きざま”に共感を覚えたのです。

ところが、年月は流れ、歌そのものが変わってしまったように思えてなりません。歌のスタイルはかつてのフォーク一辺倒の時代からロック、ポップス、ダンスミュージック、ヒップホップ、R&Bなどと多様化しましたが、そんな中で歌は一言で言うなら“たかが歌”に成り下がってしまったのです。でもそれは「歌は音楽としての純粋性を取り戻した」というパラドックスでもある。しかし、と考えてしまう。いくら音楽性があったとしても、内容が希薄な歌が本当に歌なのかと。今こそ歌は“原点”に立ち返るべきなのです。

そんなふうに感じていた矢先に(20113月頃)、Metisの「人間失格」を聴きました。すごい歌だ、と思いました。彼女の“心の叫び”が全編を貫いている。母子家庭に育った彼女は16歳のときに、母のがん手術の日、病院に立ち会うどころか、悪い友達と遊びに出かけたまま2週間も遊びほうけていました。世に言う“不良”でした。だが、彼女は単なる落ちこぼれではなかったのです。現在自分が置かれている状況に疑問点を見い出して、どうにかしなければともがき悩んでいたのです。「これでいいのか?」という疑問を感じ、それを対象にぶつけ、さらに自分自身に問いかける。

そして現状ではダメだという思いがふくれあがったとき、彼女は“悪”の世界から抜け出し、歌を歌い始めたのです。それ以降、彼女は自分の求めるものを、生き方を真摯に追求した結果、26歳になって初めて自分の“心の闇”の中に眠っている“本音”にたどりつくことができたのです。それが「涙を忘れていませんか?大事なことから逃げてませんか?自分に嘘をついてませんか?諦める事に慣れ過ぎてませんか?」というサビのフレーズです。このメッセージは聴き手の心情でもある。

だから、このメッセージを受け止めてどうするのか?と自分自身に問いかけたとき、聴き手はMetisそのものになってしまうのです。

「人間失格」と友川カズキの縁?

実は「人間失格」を彼女に書かせたきっかけとなった歌があるのです。その歌をYouTubeで彼女は偶然見つけました。70年代に高田渡、加川良、三上寛などと活躍した“伝説のフォーク・シンガー”友川カズキの「生きてるって言ってみろ」です。

「衝撃でした。ここまで自分が叫べているのかな?って思ったら、叫べていないし、こんなにリアルに歌っているのか?と言ったら、全然リアルじゃない今の私は…とか思って」

「私の歌は今まではみんなを応援する曲が多かったんですけど、人を応援する前に自分自身は本当に真正面から生きているのか?自分と向き合って書いているのか?と思ったんです。そして、全部ゼロにしてイチから自分をさらけ出して、弱いとことか、そういったことも全て伝えて人に感動を与えられる歌手になりたいと思ったんです。友川さんの“魂の叫び”を聴いて」

友川の「生きてるって言ってみろ」はひたすら“生きてるって言ってみろ”と繰り返し絶叫する歌だが、ここには無駄を全てそぎ落した“魂の叫び”だけがあるのです。それだけに「友川さんあっての『人間失格』です」というMetisの言葉は重い。

一方、「人間失格」を聴いた友川の感想は「感動した言葉がありました。“バイトは続いてますか?”と“君を今必要としています”で、グサリときました」。

尾崎豊が今もし生きていたならきっと「人間失格」を作って歌っているに違いない、と私は確信しています。

radio encore「富澤一誠のこんないい歌、聴かなきゃ損!」 第11回 Metis「人間失格」

「こんないい歌、聴かなきゃ損!(音声版)」第11回目のゲストには「人間失格」を歌われている、Metisさんをお迎えしてお送りします。彼女の半生とこれからの音楽活動へかける意気込みを感じていただける内容となっています。こちらもぜひお楽しみください。

Metis

2005年。レゲエシーンからフィールドを広げJAMWAXからタワーレコード限定でCDを発売しインディーズデビュー。数ヶ月後にはHMV・新星堂でも取り扱いが開始される。 2006年。日本クラウンと契約、移籍。 メジャーデビューを果たし受験生の応援歌として「梅は咲いたか桜はまだかいな」が全国のラジオ局でパワープレイとなりスマッシュヒット。 2007年。「TSSスーパーニュース」で被爆三世として原爆ドーム前からの生中継で歌唱。命と平和について歌う事を決める。 8月6日平和記念日。テレビ新広島制作特別番組『ANSWER 〜いかにヒロシマを語り継ぐのか〜』が全国20局ネットで放送され、テレビ新広島『TSSスーパーニュース』で再び原爆ドーム前から生中継を行う。 8月15日 終戦記念日にメジャー初のフルアルバム『ONE LOVE』を発売。 出荷枚数は7万枚を超える。 2008年。日本テレビ系「誰も知らない泣ける歌スペシャル」で歌唱。闘病生活を共にした母の為に書き下ろした「母賛歌」が着うたサイト1位を獲得。この楽曲を通しMetisという名を世に確立させた。 2009年。日本テレビ系列『24時間テレビ32』で「母賛歌」を全国ネットの生放送で歌唱。(FUJIWARAの原西が母親の死去の時に葬儀で感謝の気持ちを込めてこの歌で送っていたことから。 universal music〜Island labelと契約、移籍。 2011年。東日本大震災が訪れ「人間失格」という生きる事への強烈なリリックと共に感動を与え、全国の有線で問い合わせが殺到。 1968年から開催されてきたTBS系「有線大賞」で有線特別賞を受賞。全国ネットの生放送で歌唱。 その後も紆余曲折を経て活動をフル回転させ 2016年。テイチクエンタテイメントからメジャー10周年を記念し、Metis One Voice〜Metis best〜をリリース。 2017年。被爆三世として世界の平和を願い「祈りづるジャパン」を始め太平洋戦争で亡くなられた犠牲者350万人の数だけ祈りづるを集める事を全国に呼びかけ、ウェンドーバー空軍基地に15万羽の祈りづるを寄贈。原子爆弾リトルボーイが飛び立った格納庫の中で歌唱。「THIS IS US」リリース。 2018年。亡き母との約束。武道館で母賛歌を歌う為最後の大きな夢を叶える為にMetisと武道館に行こうvol.1を開催。チケットはソールドアウト。 世界で活動するよさこいの天空しなと屋の総踊りの楽曲を書き下ろし、ジャカルタにて「ジャカルタ日本祭り2018」にて総勢100名の様々な国の踊り子達と「SOUL OF FIRE」を披露。 「SECOND VISION」リリース。 2019年メジャーレーベルから独立した事を宣言。自身のlabel Office ONE LOVE〜music production〜を設立し 日本から世界へ拠点を広げ国境を超えていく 愛の歌を届けている。2022年8月に最新アルバム「FIRE」を配信。

Metis 公式ホームページ

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富澤一誠

1951年、長野県須坂市生まれ。70年、東大文Ⅲ入学。71年、在学中に音楽雑誌への投稿を機に音楽評論家として活動開始し、Jポップ専門の評論家として50年のキャリアを持つ。レコード大賞審査員、同アルバム賞委員長、同常任実行委員、日本作詩大賞審査委員長を歴任し、現在尚美学園大学副学長及び尚美ミュージックカレッジ専門学校客員教授なども務めている。また「わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家」としてラジオ・パーソナリティー、テレビ・コメンテーターとしても活躍中。現在FM NACK5〈Age Free Music!〉(毎週木曜日24時から25時オンエア)、InterFM〈富澤一誠のAge Free Music~大人の音楽〉(毎月最終水曜日25時から26時オンエア)パーソナリティー。また「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」「俺の井上陽水」「フォーク名曲事典300曲」「『こころの旅』を歌いながら」「私の青春四小節~音楽を熱く語る!」など著書多数。

俺が言う!by富澤一誠

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