大田直輝(おおた・なおき)サザビーリーグ・エストネーションカンパニー カンパニープレジデント

1969年生まれ。福岡のビームス店舗スタッフから1996年、ユナイテッドアローズ入社。同社福岡店次長、商品部などを経て上席執行役員に就任。2018年、サザビーリーグ・エストネーションカンパニーに移籍し、現職。

バリューチェーンを強化し、強みを発揮した新ブリッジゾーンの構築へ

コロナ禍は様々な産業に影響を与えました。この間のファッション業界の動向をどう捉えていますか

「セレクトショップは団塊ジュニア層に最も影響を与え、またその支持によって成長を遂げてきました。一方、客観的にみるとその成長化から厳しい商況が続いていたのが百貨店業態です。特に地方や中堅の百貨店業態は、この先も厳しいとみなさんが感じているのではないでしょうか。コロナ禍は7~8割経済と言われ、消費活動も同様に落ち込んでいく中で、持続可能なビジネスモデルへの転換を迫られました。構造転換を進められた百貨店業態が新しい価値の創造に向けて動き始めているのが今だと思うんですね。実際、根強く支持されるラグジュアリーやメゾンのブランドを維持し、顧客へのアプローチもしっかりできている都市部の百貨店業態が、前期は黒字化しています。ただ、まだ課題はあります。百貨店業態はラグジュアリーやメゾンのブランドを筆頭にしながらも、プレステージゾーン、その下にブリッジゾーン、ベターゾーンを構成していますよね。以前はブリッジゾーンを上手に配置してベターゾーンからラグジュアリーまでをつなげていたのだと思います。ところが、ラグジュアリーやメゾンの価格が年々上がる中で、ブリッジゾーンなどは価格を据え置き、買いやすくする方向へ進みました。そのため価格の幅がひらき、ブリッジゾーンの価値が薄れ、つなぐ力が弱くなってしまった。結果的に今、新しいブリッジゾーンが最もお客様から求められ、そこに可能性があるゾーン・価値になっていると捉えています。これはファッション業界全体に言えることだと思います」

世界中からセレクトしたアイテム、オリジナルブランドを提案するエストネーション六本木ヒルズ店

なるほど。コロナ禍でもラグジュアリーは売れていますし、一方の低価格帯も、デザイン性と機能性の高いものは売れています。これらそれぞれの架け橋になるゾーンが弱いと

「7~8割経済ということは、来店するお客様も7~8割以下になります。原材料費の高騰などコスト増も続いています。いかに安定した商いを続けていくかというと、価格を上げていくしか術はないと思います。その価格が通るためにはブランディング、付加価値を備えることが必須です。エストネーションでは、ラグジュアリーブランドやドメスティックブランドと同等の価値を備え、コーディネートの汎用性が高いオリジナル商品を開発しています。そのコンセプトに基づく"エッセンスオブラグジュアリー"や5シーズン目をむかえる"コラム"などが、私たちの考えるメゾンブランドやラグジュアリーブランドとテイストや価格帯をブリッジできる新ブリッジゾーンで、その新たな価値の提案に取り組んでいます。結果として、コロナ下で客数は7、8掛になっても既存店売上高は19年比近くまで回復し、ウィメンズは19年比を超えています。一つひとつの取り組みが成果に結びついてきている。これまで出店してこなかった百貨店さまからも、新ブリッジゾーンの編集力に期待していただいているのではないかと感じています」

  • パブリックシーンとして着られるきちんと感とモードを掛け合わせた「コラム」のウィメンズ
  • 「コラム」のメンズ
  • 素材を厳選し、縫製にこだわり、長く愛せる服を表現する「エッセンスオブラグジュアリー」

すでに新たなブリッジゾーン展開に取り組んでいる?

「今春は伊勢丹新宿店に"コラム"と"エッセンスオブラグジュアリー"によるポップアップショップを一時的に展開させていただきました。秋以降も他の百貨店などの商業施設含めて展開を検討しています。これと並行して、自分たちの強みとなる付加価値をより高めていくために、バリューチェーンをしっかりと見直しをし、立ち位置を常に振り返ることが大切です。幸いにもオリジナルブランドは国内生産シェアが高く、コロナ下も安定した商いを続けてこられたことも強みのひとつだと認識しています。この強みをさらに強化していく考えです」

環境への配慮はブランドの評価に直結する

SDGsやサステイナビリティーが世界的にテーマとなり、その取り組みもまたコロナ禍で加速しました

「それでも、環境問題への対応が最も遅れている国の一つが日本です。エストネーションは、欧州のラグジュアリーやメゾンクラスのブランドを取り扱っていることからも、欧州の環境対応を注視しています。実際に様々な欧州基準がスピード感をもって設定されているんですね。いきなり明日から適用されるかもしれないですし、基準に則った対応ができない場合はブランド価値の毀損になる。国の評価もブランドの評価もどんどん下がる可能性もあり、"扱えない"ということになりかねない。それぐらいの危機意識高い捉え方をし、スピード感をもって対応をしていきます」

具体的にはどのようなことに取り組んでいるのですか

「伊藤忠商事との協業で回収した服から糸を再編し、素材化・製品化に活用する流れを取組始めています。エストネーションは資源ごみとして回収しても、例えば他県から東京へ動かせないんですね。規制上はごみだからです。各行政の方々とも話を進めながら、効率的で適正な仕組みを検討しています。また、ショッパーに関してもお客様のご意向に則ってバッグをご持参していただいたお客様にはポイントを還元するといった対応を採っています。ある店舗では、商品管理用のビニールとハンガーをリサイクルする、ごみの8割を資源回収ができるなど、自分たちでできることを一つひとつ実行しています」

ブランドでは「CFCL」を導入しました。3Dコンピューターニッティングを核として、環境への配慮、国産素材の選択、流通経路の透明性などを追求しているブランドです。

「デザイン性、機能性も優れています。加えて、日本ではまだ認知度が低いですが世界的に信頼性の高い"Bコープ認証"を申請しています。そのことでもブランド価値が上がっていると思うんです。すごい勢いで市場の評価をいただいています。今の20代や10代はグローバルに見ても環境意識が高いですよね。"地球にとって良いことなのか""良いモノを長く使う"という意識が強い。新卒者の面接でも、環境保護への取り組みについてたくさん質問されますから。働き方や若手の登用などに関する質問も多いですね。同様なことを店舗でヒアリングする学生さんも多くいます。若い人たちから私たちはもっと教わるべきかもしれません。今は親世代が子世代に影響されて、自然環境や地球環境だけでなく、働く環境や販売環境、商品調達環境など多岐にわたる「環境」への配慮を行動に移す状況になっているとも感じます。エストネーションが扱うブランドの対象ではないのですが、若い人たちが親世代に与える影響という意味で注目していきたいと考えています」

セレクトではメイド・イン・ジャパンでサステイナブルなライフスタイルを提案する「CFCL」の評価が高い

一つひとつの工場との取り組みを強め、価値を高める

ファッション業界は今後3年ほどでどのように変わっていくと思いますか

「環境への配慮など課題を抱える中で、日本は少子化が進み、大人の数も少なくなっていきます。過去には東日本大震災、現在はコロナ禍を経験し、若い人たちを中心に、団塊世代に顕著だった競争意識ではなく、協調や共創を重視するようになってきているのを感じます。審美眼というか、個性を認め合う価値観が浸透していく。そういう成熟した社会から生み出され、支持されるものは、単に大量生産・大量消費されるものではなく、より価値の高いものになっていくと思うんです。今はモノの価値を見直す良い機会ではないでしょうか。やはり、商品の価値に対する正しい価格で正しい商売をしていく企業が未来に生き残る。今、価格を据え置くことは、後の時代から見たら、自分たちの強み、バリューを見直せていなかったことになるのではないかと思うんです」

とすると、国内の縫製工賃など技術への対価も見直し、小売価格に反映していくことが、やはり大切になると思います

「そうですね。例えば自動車の価格は、私が子どもの頃の軽自動車は数十万円から販売されていましたが、現在は倍以上になっていますよね。安全性を確保するための基準が増え、それを技術で満たすことで製品としての価値を高め、しっかりとプロモーションをすることで、価格への理解が浸透しました。それに対して、洋服は低価格商品か高額商品かという構造になっています。SDGsの推進も必須になった中で、より価値の高い商品をどう作り、価値を伝えて、価格に転嫁していくのか。その具体的な努力が一番のポイントだと思います」

産地の疲弊が進んだ中で、いかにエシカルな取引条件で付加価値を高めた商品を適正に提供できるか。そのためのアパレルの役割とは何だと考えますか

「コロナ禍で海外生産のリスクが高まり、この2年余りは多くのアパレルが改めて国内工場に集中しています。原価を上げてでも棚を埋めなければいけないということで、そうなったとも。国内工場は一種のバブルのような状況になり、計画した生産が難しくなったアパレルも多くあります。また素晴らしい付属を作る工場が火災になり、その付属の競争力が1社に偏っていいたために調達が難しくなるということも起こっています。生産の集中は構造の問題であり、解決していくべき課題だと思います。エストネーションはこれまでもオリジナル商品については高いシェアで国内生産してきました。現在、ウィメンズで6割程度ですが、さらに引き上げていこうと考えています。海外においては各企業が技術者を入れて開発力の向上を進めてきましたが、その取り組みを改めて国内で強化する流れになっています。世の中の流れから定年退職した優れた職人さんが現場に復帰するケースも増えています。産地・工場の動向など情報をいち早くキャッチアップし、一つひとつの縫製工場と共に商品の価値を高めていきたい。コロナ禍で新卒採用を凍結するアパレルが増え、縫製工場が採用したという話も聞きました。この若い人たちが育ち、学校側との今後を見据えた連携も進み始めているのだそうです。ファッション業界への就職というと川下のアパレル運営会社が多かったですが、今は物作りの仕組みや技術に関心を持つ人も増えているので、今後は改めて川上も対象になっていくかもしれません。そうした近未来にしていくためにも、エストネーションのブランドエクイティー、バリューを高めて、選ばれるブランドにしていきたいと考えています」

写真/野﨑慧嗣、エストネーション提供
取材・文/久保雅裕

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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