渡辺貴生(わたなべ・たかお)ゴールドウイン代表取締役社長執行役員
1960年、千葉県生まれ。82年、ゴールドウイン入社。30年以上にわたって日本におけるザ・ノース・フェイスの事業に携わり、同ブランドの成長に貢献。2005年、取締役執行役員・ザ・ノース・フェイス事業部長。17年、取締役副社長執行役員。20年から現職。
世の中に生まれつつある「兆し」を捉える
ゴールドウインはスポーツ・アウトドアブランドを軸に、卸はもとより、直営店も展開しています。コロナ禍がファッション業界に与えた影響をどう見ていますか
「最も思うのは、必要なものとそうではないものが明らかになったということです。消費行動が大きく変わりましたよね。以前であれば、服を買って、要らなくなったら捨てるとか、ネットで売るとか、まさに消費という感じでした。今は、必要なモノは何か、不必要なモノは何か、吟味するというか。単に自分が満足するためではなく、世の中を良くするためにどういうモノを買ったらいいのかという選択が増えているように感じます。ですから、業界にとっては厳しかったと思うんです。当社も最初の緊急事態宣言のときは2ヶ月間、直営店を閉め、全く売り上げが立ちませんでした。店がある意味とは何なのか。今後、お客様が戻って来られたときにどういう形で店を整えておく必要があるのか。そういうことをよくよく考え、我々もまた人が集まる場所、街や道を形成している存在の一つであると思い至りました。その役割は、世の中を良くするためにモノを丁寧に選ぶという先にある"兆し"を捉え、サポートすることです。頭の中にあったいろんな要素が少しずつ整理され、本当に必要なものが残り、真にやるべきことがさらに明快になったという意味で、この2年余りは10年分ぐらいの価値があったと思っています」
賢い消費ともちょっと違う、丁寧な選択をするようになった。コロナ後にはリベンジ消費が起こるという見方もありますが、エシカルな考え方が進むと
「圧倒的に浸透するのではないでしょうか。この間、エシカルな行動を起こしたのは、実は年配の人のほうが多いんですね。若い人たちは以前からそういう動き方をしていました。グレタ・トゥーンベリさんは象徴的かもしれません。なぜ地球環境の汚染が進んでいるにもかかわらず、政府や政治家は止めないのか、新たなルールを作らないのか。若い人たちがそうした行動を起こしていますよね。このZ世代やミレニアル世代が2025年には世界労働人口の半分になり、消費のメインストリーマーになります。すでに今、カルチャーを主導しています。大人たちは彼らに学ぶべきだと思うんです。ザ・ノース・フェイス創業者のダグラス・トンプキンスは、ブランドを設立した時から環境問題にコミットしていました。アルゼンチンやチリの環境保護のために広大な土地を購入し、国立公園に変えています。自然を守ることを自分の責任として行動する。それがザ・ノース・フェイスのルーツなんですね。私はその流れをくんでいる人間なので、世界にプラスのインパクトを与えられる事業に挑戦していきたいと思っています。昨年、中期5ヶ年経営計画を発表しましたが、その中核は環境問題に対する考え方です。当社の事業はサステイナブルであることが前提、という表明です」
未来の人たちのことを思いながら毎日を暮らす
コロナ禍でファッション業界の構造も変わりつつあります
「アパレル大手では3000店以上が閉店し、"オールドネイビー"や"フォーエバー21"など外資の撤退もありました。数百ものブランドが無くなったという報道もあります。カニバリズムが起こっていたショップやブランドをスリムにした結果であり、お客様が必要としていなかったものがそれだけあったと言えるのではないでしょうか。実際、1990年代半ばから日本の経済成長が止まっている中で、アパレルの輸入量は40億枚と約2倍に膨れ上がり、その半分は捨てられているとされます。周知の通り、アパレル産業自体が環境に対して高い負荷をかけているのです。例えば1枚のTシャツを作るのに2700リットルもの水を使っている。一人の人間が3年ほどで飲む量です。CO2の排出量も全産業の中で2番目に多い。作り方や作る量、物流のあり方など、サプライチェーンの見直しが待ったなしで迫られています。一方では、インターネットを介した古着の個人間売買が抵抗なくなされるようになり、その市場規模は約2兆5000億円にのぼります。CAGR(年平均成長率)は8%程度で、11年連続で伸びており、2030年にはファストファッションの市場規模を超えると言われています。そのマーケットの中心にいるのがZ世代とミレニアル世代です」
それだけに、いかにきちんと作り、残さないようにするか。業界最大の課題です
「50年後、100年後にどういうものが残っていてほしいか、どういうライフスタイルに変わっていてほしいか。未来のために、今までとは違ったマネジメント手法を取り入れていかなければならないでしょう。昔の話ですが、ネイティブアメリカンのイロコイ族は「セブンジェネレーション」という考え方を持っていました。7世代先のことを考えて今日の行動を決めろ、という意味です。それと同じ考え方ができるかどうかが今、グレタさんに象徴される世代から問われているのだと思います。要望ということで言うと、作り過ぎないように業界として自重すべきです。今、本当に必要なのはモノではなく、環境を守ることです」
作りすぎていた背景には、在庫切れ=販売機会ロスという小売り側からのプレッシャーがかなりありました
「そういうこともあって、ザ・ノース・フェイスは83年に直営店の出店を始めたんです。フォーマットは定めず、お客様が求めるモノやコト、立地などに応じて1店1店、品揃えも店装も異なる店作りをしてきました。お客様にとっての製品の価値をしっかりと伝えていくということです。卸に関しても、取引条件を売上仕入れに変更し、基本的に返品は受けないことにしました。販売員も入れて在庫は全て当社がコントロールし、売れなかった製品は全て引き上げて、必要とする先に移動させる。店側はたくさんの在庫を抱えなくてよく、売れた分を支払えばいいのだから、キャッシュフローも良くなります。しかも、お客様にとってはいつも新鮮な商品が並ぶことになります。実需型ビジネスに切り替えたのです」
- サミットシリーズを筆頭に、ザ・ノース・フェイスの頂上商品群を取り扱う原宿のフラッグシップストア「THE NORTH FACE Mountain」
- 女性に特化した商品を取り扱う店舗「THE NORTH FACE 3(マーチ)」
- 自然と美しく調和する未来のライフスタイルに寄り添うアイテムを取り扱う店舗「THE NORTH FACE Alter(オルター)」(以上東京・神宮前)
- 白馬村(長野県)に構えるフィールド隣接型の店舗「THE NORTH FACE HAKUBA」
お客様と直接コミュニケーションをすることで、需要予測の精度が上がっていく。「作り過ぎない」ことにつながっていきますね
「もともと当社は"このぐらいでいい"と納得できる量を作っているので、それほど残らないんですね。もちろんAIに近いシステムも導入し、店間移動や発注流動管理なども徹底しています。この仕組みは業界の中では圧倒的に進んでいると自負しています。マーケットから何が求められているのかが分かっていて、それを魅力化できて、お客様が喜ぶものになるものであれば作る。世の中の人たちの要望の本質や、マーケットに生まれてきている兆しを掴みきれていないまま、同じようなモノを繰り返し作るから在庫が残り、キャッシュフローも悪くなってしまうのだと思います。兆しは、業界だけを見ていても見えてこないものです。一見、自分には関係のなさそうなものが、数年経ったら身近なものに変わってくるということがあります。例えばグレタさんが言っていることを、最初のうちは問題外としていた政治家たちがいました。だけど、世の中はグレタさんの主張を支持する方へと動いていきましたよね。様々な形で世の中に出ているサインを感じ取る必要があります」
廃棄をなくす、再利用するテクノロジー・システムを
環境問題への対応は、ここへきて企業レベル、業界レベルで活発化しています
「2021年8月にファッション業界の川上から川下までの11社(22年4月時点・42社)でジャパンサステイナブルファッションアライアンス(JSFA)を立ち上げました。"ファッションロス・ゼロ""カーボンニュートラル"の実現を目指し、環境省が中心になって組織され、経産省や消費者庁も支援しています。ただ、団体を作れば問題が解決されるわけではありません。実際にどう回収し、どう原料として再利用するのか、原料にできないものについてはどんな処理の方法があるのか、そもそもどのような素材を選択すればいいのか、それはなぜなのか……様々なことを明確にする必要があります。自然素材でも、例えば綿花の栽培には広大な作付面積が必要で、ものすごく肥料や農薬を使います。その影響でインドの綿農家の人たちの平均寿命は30代という現実があるわけです。また作付面積が増えれば森が減りますから、CO2の排出・吸収のバランスが崩れます。そうした問題も含めて業界全体で解決していこうということです」
企業レベルでは、御社はスパイバーと新たな素材開発に取り組んできました
「合成クモ糸繊維"クモノス"を開発していたスパイバーと2015年に提携し、さらに研究を進めて世界で唯一の人工合成タンパク質素材"ブリュード・プロテイン"の開発に成功しました。この素材で今、デニムやフリース、レザー、ファーなどを作っています。植物由来なのでポリエステルやアクリルとは全然違います。アクリルはプラスチックの一種なので分解されませんが、ブリュード・プロテインは髪の毛と同じように環境分解できます。機能やデザインも担保されてくると、アウトドア業界だけでなく、様々なブランドが採用することになるでしょう。ファッション業界にとっては大きなチャンスだと思うんです。ファッションに浸透すれば生活全般の製品にも可能性は広がります。ライフスタイルが大きく変わっていくということです。また、着古されたアンダーウェアなどを回収し、ブリュード・プロテインの原料として使えるようにする技術も開発しました。量産化、循環システムへの実装はこれからですが、10年後には当たり前の技術になっていると思います」
他にも修理やアップサイクルという方法もあります
「90年代初頭にアメリカのザ・ノース・フェイスはワランティー制度を導入しました。万一、製品の機能に不備があれば取り替える、壊れたら修理に対応する。そのためのリペアセンターも設けました。日本でも30年ほど前に富山にリペアセンターを設置し、現在は年間約1万7000ピースの修理に対応しています。ザ・ノース・フェイスのファンは製品に愛着があり、何年も使っていて、捨てられないから直してほしいという要望が多いんですね。そのお客様の気持ちや製品にまつわる思い出をしっかり守っていくためのサービスです。加えて、古くなった服を回収して再販するというプロジェクトを今秋、子どものウェアから始めます。子どもは成長が速いので、服を買ってもすぐにサイズアウトしてしまいますよね。それを買い取って、リペア・クリーニングして再販する。"パタゴニア"がすでに取り組んでいますが、業界全体に広がればもっと社会貢献できるでしょう。また、漁網を生かした物作りにも取り組んでいます。世界の海を汚している原因である漁網を回収してリサイクルナイロンにし、ヘリーハンセンの製品を作っています」
スポーツと社会の新たな関わり方を創出する
これまで述べられたことが中期5ヶ年経営計画に凝縮されているのですね
「長期ビジョンとして"PLAY EARTH 2030"を掲げています。プレイアースとは、スポーツの定義をアップデートした言葉です。スポーツはラテン語のスポルトに由来し、余暇を楽しむことを意味します。この原点を今の視点で捉え直し、"地球を遊ぶ"ことと再定義しました。スポーツをもっと身近なものとして楽しみ、健康を守り、生活を豊かにし、自然や環境との新たな関わりを生み出していこうというメッセージです。その拠点となる場を、創業の地である富山に造る計画です。施設ではありますが、ガーデンというイメージです。木や花を植えた美しいガーデンはもとより、食べられる植物を育てるエディブルガーデンやハーブガーデン、オーガニックファームなど多様なガーデンを作り、その周りにカフェやレストラン、アートギャラリー、ライブラリー、いろんなアイデアを持った人たちが集まるオープンイノベーションラボ、さらにホテルやロッジ、キャンプ場などが点在するような場を構想しています。余暇を楽しみ、自然と共生する生活を体感していただく場です」
- 今年4月23日~5月29日に東京ミッドタウンで開催した「GOLDWIN PLAY EARTH PARK」
壮大な計画ですね
「10万坪ほどの土地で森を再生させるところが始めるので、思い描いた姿になるまでには相応の年数がかかるでしょうね。第1フェーズを中期経営計画のゴールである2026年3月期までに完成させたいと考えています。地域の方々と話し合いながら進めているところです。建物は全て木造、エネルギーも全て自然のものにしたいですし、農業もやっていきたい。全てが循環する場を地域の方々と共に創っていくという意味で、未来のゴールドウインのあり方を体現するものになります。その一環として、今年4月から5月にかけて六本木の東京ミッドタウンで様々なスポーツを体験するイベント"プレイアース・パーク"を実施し、子どもたちを中心に約3万5000人が来場しました。7月には富山の富岩運河環水公園でも開催予定です。県立美術館と一体になった公園なので、アートや音楽などと融合させ、スポーツと社会の新たな関わり方を創り出していきたいと考えています。他にも、未来に向けた様々な事業を構想しています。それらを着実に進めていけるよう、今年4月にコーポレーション・ベンチャー・キャピタル"ゴールドウインプレイアースファンド"を設立しました。当社がアパレル・スポーツメーカーとして革新し続けること、未来(子ども)、地域社会、コミュニティーを創造すること、人と自然が共生する美しい地球環境を実現すること、これら三つの領域に寄与するテクノロジーとサービスの開発へ向けて投資を行っていきます」
特に自然と子どもを重視しているように感じます
「未来を創っていくためには、どちらも大切な存在ですから。富山には"土徳(どとく)"という考え方があります。民藝運動を唱えた柳宗悦が作った言葉です。"人は自然に生かされ、自然のあるところで暮らすことによって、人間らしい生き方を身につけることができる"という意味があります。同様な価値観を持つ文化が日本の各地にあるのではないでしょうか。日本にはエネルギー資源はないものの、文化を資源として世界の人々に提案していくことはできます。その文化を育んだのが自然です。日本には国立公園が34ヶ所ありますが、その自然の中で遊ぶことは、特に子どもたちにとってはとても良い体験になります。例えば北海道の知床半島と沖縄の西表島では、全く違う価値観を体感できます。このような自然資源の生かし方も視野に、"プレイアース"というビジョンを体現していく考えです」
写真/遠藤純、ゴールドウイン提供
取材・文/久保雅裕
- ゴールドウイン22年春夏アウトドアコレクション
- ゴールドウイン22年春夏アスレチックコレクション
- ゴールドウイン22年春夏ライフスタイルコレクション
- 「GET YOU REDAY」をタグラインに、「NEUTRALWORKS.」初のオリジナルコレクション
- 「HELLY HANSEN」H2O PROJECT/22年春夏 Litmus Paper Print Tee
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。