武内一志(たけうち・ひとし)ビギホールディングス代表取締役社長・リーミルズエージェンシー代表取締役会長

1985年、ビギにデザイナーとして入社。92年、メルローズに移籍。「マルティニーク」「ティアラ」などの主力ブランドを立ち上げ、旗艦店・ファッションビル中心のビジネスモデルへと転換する。2000年、常務。07年、メルローズ社長。20年からビギホールディングス社長と兼任。22年4月より現職。

変化に対して否定から入らない

コロナ禍になって2年半が経ちました。消費者、業界の変化について、どのように感じていますか

「全てが一変したと言って良いのではないかと思うんです。新型コロナのパンデミックで私たちはかつてなかった事態を経験したのですから。会社に行って、仕事をして、残りの時間は余暇という構図が変わりました。自分自身の生活、生き方に立ち返るというか、この2年半は自分を見つめ直す時間になったと思うんですね。生活が変わることによって、いろいろなモノに対する購買の仕方も変わりました。その軸となるのは自分の生活であり、ライフスタイルを自分なりにどう充実させるか、そのために必要なモノは何かを吟味して買う。それに伴ってファッションも趣味に生かせる服を望むようになったり、あるいは服以外に関心が移っていったりと、自身の生活の中で使えるものをどう選ぶかという方向へ大きく変わったと感じています」

  • 会長を務める関連会社、リーミルズエージェンシーが展開する「ジョンスメドレー」22-23年秋冬コレクションは、多彩なカラーパレットが特徴的。色は、気分を変えるもの、自信を高めるもの、快適さすらも求めるものとして重要視しており、今回のカラーパレット設定において大切にしたのは、過去と未来の両方の色に敬意を表したことだという。特に1930年代から50年代の明るくポジティブな色調、柔和で華やかさを備えた色調などのカラーアーカイブに着目した。
  • 同じくリーミルズエージェンシーが今シーズンにオープンさせた「アルモリュクス」中目黒店
  • 「アルモリュクス」は、フランス・ブルターニュ地方で1947年に誕生し、フランス海軍にも採用されたブルトンシャツ(ボートネックボーダーシャツ)に代表されるユニセックス向けのブランド。今年はブランドの代名詞であるブルトンシャツの特注モデルを日本限定で発表し、数々のブランドディレクションを手掛けてきた森万恭氏の監修モデルなどの拘りをもったコレクションを展開中。

ファッションビジネスにも当然、消費行動の変化への適応が求められます

「実店舗の営業ができない時期が続き、ビジネスをする場がウェブ上に制約されました。デジタル化を急速に進めざるを得ない状況になり、実店舗やECなどお客様との接点が複合的になったことは大きな変化です。この波は止まることなく、さらに進化していくでしょう。だからこそ大事なのは、変化に対して否定から入らないことです。デジタル化を受け入れるだけでなく、施策として体現していく。自分たちが作ったものを届けるチャネルは今後、さらに複合的になっていくと想定されます。消費行動の変化に対して、どういう提供の仕方がお客様にとって良いのかを考え、具体化していくことがさらに重要になると考えています」

「デパリエ」22年春夏コレクション

否定から入らない。しかし大きな変化が起こると、なかなか受け入れられない人も出てくるのが世の常でもありますね

「そうなるものですが、ファッションの世界では同じことをしていると飽きられますし、自身が退化してしまいます。ビギは日本のファッションの黎明期に創業し、50年以上にわたりビジネスを継続してきました。この間、DCブーム、インポートブーム、セレクトショップブームなどいろんな変化がありましたが、最も大きな変化は現在起こっているデジタル化だと実感しています。ネット通販が出てきた当初は私自身、買いやすい便利な商品であれば売れるだろうけど、高額な商品は売れないと思っていたんです。でも、ほどなく高額な商品もたくさん売れるようになりました。年齢が高い人ほど保守的とされますが、受け入れる順番としては後になるということではないでしょうか。このコロナ下に進んだデジタル化により、変化を怖がることが一番いけないということを改めて学びました。変化の中で自分たちがさらに半歩先へ進んで、どういうことができるのか。そういう視点でファッションを提案していかなければいけないと思っています」

デジタル化が進む中で、実店舗はどんな役割を担う場になると思われますか

「来店頻度の高いお客様でも、ウェブを全く使わないという人はほとんどいませんよね。リアルとバーチャルを使い分けています。両方に対応していくため、2018年に"サードマガジン"というブランドを立ち上げました。実店舗は商品を体験・確認するショールームで、ECで購入できる。お客様の都合に応じて買い物ができる環境作りですね。それでも実店舗に来店されるお客様がいらっしゃることはとてもありがたいことですし、だからこそ実店舗にはリアル空間にしかない価値の提案が求められると思うんです。"見る""触れる"など五感を通じた体験価値を高めていくことがますます重要になる。実店舗で過ごす時間がより充実するよう、接客をはじめ、ブランドや商品の魅力の伝え方に磨きをかけていく必要があります。一方で、ブランドを愛する人たちの生活に潤いを与えるような提案も大切です。例えば陶器の展覧会や和紙を漉(す)くワークショップなど、様々なイベントを企画することによって文化体験を提供していきたいと考えています」

「サードマガジン」22-23年秋冬コレクション

サステイナビリティーへの情報共有と行動

SDGsやサステイナビリティーが社会的な課題として浸透し、特にファッションは環境に大きな負荷をかけている産業として様々な改善が求められています

「夏には今までになかったほどの熱波を感じますし、ゲリラ豪雨に見舞われたり。環境がかなり変化してきていることは、誰もが体感的に理解していると思います。環境が良くなければ人の営みは途絶えてしまいますし、ファッションに携わる私たちにとっては生業に直結する問題です。環境問題には個人としても企業としても真剣に対応していかなければいけません。ビギグループの今年の重要テーマの一つが、サステイナビリティーの実現です。各社に環境保護に向けた施策を立案するワーキングチームを組織し、すでに様々なグリーンプロジェクトを進めています」

具体的にはどのようなことに取り組んでいるのですか

「物作りの面ではエコ素材の積極的な活用、自分たちが作っている衣類の回収・リサイクル、資材のエコ化ではハンガーのリユース、エコビズボックスの設置、製品袋等のバイオマス化などを進めています。このような取り組みをサステイナブル情報としてグループ各社の社員が共有できるポータルサイトも開設し、環境に対する意識向上を図っています。今後は生産時に出る残反や端切れ、さらにスワッチ等の回収・アップサイクルに取り組む予定です。廃棄衣料品を紙に変えるプロジェクトにも参加します。紙の再利用率は他のものに比べて高いんですね。どうしても残ってしまう在庫を紙にし、名刺や袋など実用品にアップサイクルする。様々な循環型の取り組みについて今、準備を進めているところです」

サプライチェーンの見直しも業界では喫緊の課題になっています

「最も注力しているのは、自社で対応可能な在庫しか残らない生産の仕組みの確立です。もともとビギグループのブランドは大量生産型ではありませんが、きちんとプロパーで消化できるだけの生産量を目指しています。そんな中、長期にわたった行動制限が緩和されて海外へも行けるようになり、2年ぶりにジョンスメドレーの英国本社を訪ねました。そこで実感したのは、海外のほうが環境問題への取り組みは進んでいるということです。生産に必要な電力を確保するための発電機とか、環境に負荷をかけない染色やスピニングの設備とか、いろんなことに大きな投資をして変えていっています。国からの積極的な要請や補助金もあってのことですが、日本でも生産に関しては同様な対応が必要になってくると思います」

「売って消化率を高める技術」を磨く

適量生産のお話がありました。最近ではAIで需要を予測して生産するメーカーもありますが、ビギグループで重視していることは?

「社内のマーチャンダイジング技術の向上です。デジタルも駆使しながら需要予測を立て、生産量と売り上げのバランスを整えていきたい。ただ、店頭での売れ方はなかなか計画通りにはならないものです。売り上げ目標に届いていないのに消化率だけ上がっても、店舗に迷惑がかかってしまいます。また、多く作った商品が外れると、多く残してしまうことになりかねません。そうした事態を回避するため、数日おきに売れ行きを分析し、必要であれば追加生産しています。こまめに見ていけば、売り上げと生産量のバランス化を図りながらプロパー消化率を高めていけるんですね。"売って消化率を高める技術"に磨きをかけることを、経営企画室でサポートする体制を整えました」

追加生産の判断のタイミングも含めて細かく見ていく。そうしたマーケティング的な物作りは今、必要だと思います。でも、ファッションにおいてはクリエーションがやはり、とても重要です

「近年、ラグジュアリーブランドとファストファッションの間にある中価格帯の商品が、消費者の価格意識の変化もあって全体的に厳しいですよね。当グループのブランドも中価格帯が中心ですが、以前のように売り上げの山を作ることが難しくなっています。その中で、やはり大切にしたいのがクリエーションです。クリエーションがなければファッションではありません。次の時代を感じ取り表現するデザイナーの感性、そして発信力はブランドの生命線です。提案力がなかったり、発信力のないブランドは崩壊していくことになります。クリエーションについてはしっかりと追求して、表現していき、数字を整えるところはマーチャンダイジングが担っていく。2軸の考え方を採っています」

先進的な提案から未来は創られていく

今後の3~5年後、ファッション業界はどんなふうになっていると考えますか

「希望を含めて言うと、もっともっとファッションが細分化されて楽しいものが溢れ、企業規模は小さくても成立する世の中になっていてほしいですね。小さくても魅力は大きい、その魅力が日本だけでなく世界にも広がり、人の心を潤わせ、幸せにする。しかも、熱狂的に支持される。そういうクリエーションがないと生活も面白くないですし、感動も生まないと思うんですね。そこに私たちも挑戦していきたいと思っています」

そのためには、どのような取り組みが必要でしょうか

「提案することです。マスを狙った提案をしようとすると、どうしても中道的な商品になってしまいます。最大公約数的な商品になるので、便利さとか価格に終始することになる。でも、人の心を豊かにするのは、便利さと価格だけではありません。生活に必要はなくても、心を大きく揺さぶるクリエーションはあります。それが次の時代のベースを作るものになっていくんですよ。過去のプロダクトを見ても、先進的だったものが今の"普通"になっています。先進的な物事を提案する人たちがいて未来が創られていくということは、忘れてはいけないことだと思っています。大きなビジネスになるからブランドを作るのではなく、こういうものが今の世の中に足りないから、それを作って提案し、喜んでいただけ、未来につながっていくという考え方を優先してビジネスに取り組んでいきたいですね」

ビギグループには長く支持されているブランドがありますね

「"ヨシエイナバ""パパス""モガ"などは40~50年にわたり継続しています。"ピンクハウス"も今年で設立50年です。今もすごく売れていて、親子でファンというお客様も多くいらっしゃいます。海外のバイヤーが買い付けるケースもありますし、当グループでも海外に開設しているECサイトで販売しています。今秋にはアーカイブを集めた"ピンクハウス展"を代官山ヒルサイドテラスで開催予定です。ピンクハウスが歩んできた歴史とともに、その世界観を表現していきます。現在は環境への配慮など課題が多くありますが、未来のためにやるべきことをしっかりとやりながら、各ブランドの価値を高め継続させていきたい。それもサステイナブルなことであると思っています。

取材・文/久保雅裕
写真/野﨑慧嗣、ビギホールディングス提供

  • 「ヨシエイナバ」22-23年秋冬コレクション
  • 創業当時から変わらない独自の世界観を打ち出した「パパス」22-23年秋冬コレクション
  • 「ピンクハウス」22-23年秋冬コレクション「エターナルローズ シリーズ」

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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