こんどう・ひろゆき
1975年生まれ。建築デザイナーを経て、98年にCGグラフィックを制作するスタジオ・マッシュを設立。99年にマッシュスタイルラボに社名変更。2005年にファッション事業を立ち上げ、「スナイデル」などのブランドを展開。12年にマッシュホールディングスを設立。ビューティー、フード、さらに不動産などライフスタイル全般に関わる幅広い領域に事業を広げている。
ファッションで持続可能社会へのムードを作る
新型コロナ禍で暮らしが大きく変わり、2年が経ちました
近藤広幸「人の生活をサポートするのがファッションなので、生活の変化はファッションのあり方にもつながっていきます。コロナ禍前は、普通に朝起きて、洋服を着て、仕事に行って帰ってきて、たまに友達と飲みに行くといった生活を人々が何気なく送っていました。当時は仕事を中心とした1種類だけの生活スタイルが主流でしたが、今の時代、仕事とそれ以外の2軸をもって自分自身の本当の幸せを見出すという価値観になってきていると感じます。中でも、自然と触れ合うという行動が象徴的です。キャンプや釣りなどのアウトドア、ゴルフなどのスポーツもブームになりました。それらを楽しむための洋服が売れたり、以前は"海外セレブが持っているバッグ"が購買動機になることもありましたが、今は壊れにくくて機能性もしっかりある物を選んだり。仕事以外にも生きがいを見出そうとするライフスタイルの変化とともに、それを支える物にお金を使うようになってきています」
その背景には、サステイナブルであることへの意識があります
近藤「サステイナブルの元の意味は"耐えうる"ということです。今は地球が耐えてくれているけれども、この先は耐えられなくなることが分かったのですから、サステイナブル化は加速度的に進めるべきでしょう。当社ではデザイナーとMD全員を対象に講習会を始めました。産業革命以来、世界の平均気温は1.2℃上昇し、何もしなければ2030年には1.5℃の上昇に達します。温暖化を止めるために必要なのがカーボンニュートラルです。例えば今、1本のデニムに3700リットルもの水(綿花栽培、デニム製造、家庭洗濯合わせて)が使用されると言われています。その製造段階の水の濾過の方法やドラムを回す電気の使用量など生産背景を正しく知ったうえで、真剣に対応していく。そういう思考が、これから物作りをしていくデザイナーやMDには欠かせないと思います」
企業という社会的な存在としてクリエイティブであるということですね
「社内の意識改革を徹底することで、物作りのプロセスやアウトプットされる商品が変わっていきます。並行して、市場にもサステイナブルに対するムードが醸成されていくことが大切です。物を作ってお客様に届けることは幸せを届けることであり、そこにはそのお客様の子どもの未来もまた幸せであってほしい、という思いもあります。そもそも物を作るときにはまず発想しますよね。発想をするときに一番大切なのは考え方です。例えばココ・シャネルは、女性はコルセットで締め付けた窮屈な服を着ることが当たり前とされた時代に、初めてパンツスーツを作りました。そのファッションが世の中のムードを変え、女性の社会進出が促されていった。今の時代は、環境に対して一人ひとりが考え方を正して、未来の子どもたちの幸せも守っていくというムードを作らないといけないと思います」
スペシャリティーとトレンドの掛け算
日本ではコロナ禍が落ち着きを見せていますが、今後の消費はどうなると思いますか
近藤「過去にもSARSやMERSの感染拡大があり、収束までに約2年かかっています。ただ、その後は何事もなかったかのように経済発展していきました。その頃と今が違うのは、環境問題が深刻化しているということです。それを加味すると、まったくの元通りには戻ってはいけないと思っています。むしろ、サステイナブルの加速みたいなものが生まれるのではないか。そうした社会、消費のあり方を想定、期待して、"MIESROHE(ミースロエ)"というブランドを今年3月に立ち上げます。ユニバーサルデザインであるほか、私たちが生産過程にどうコミットしているのかをタグに表示しているのも特徴です。品質表示のあり方に自分たちで規制を設けていくということです。他にもファーフリー宣言など様々な取り組みがあります。お客様と寄り添い、確認し合いながら、サステイナブルの仕組みを定着させていくつもりです」
■サプライチェーンの見直しも必要になります
近藤「サステイナブルであることを心掛けている企業が世界に何社あり、各サプライヤーがどのような物作りをしているのか、どんな人たちが働いているのか、全て可視化できるようなアーカイブを作成中です。世界中の良き素材のバイイングシステムの整備ですね。一方、ECが急伸する中で、実店舗に来店したお客様にどんな価値を提供していくのか。それは、"ウェルネスサービス"を追求し、弊社だからこそのブランドコミュニケーションを実現することです。そのためには、やはり教育が重要です。例えばアウトドアショップや釣り具店のスタッフは、みんなスペシャリストではないですか。ファッションに対しても、きれいになりたい、可愛くなりたい、トレンドが知りたいなどいろいろなニーズがあります。そのお客様にフィットした対応や提案ができるよう教育を徹底し、"洋服博士"を育てていくことが課題です。詳しさとトレンドの掛け算でパーソナルな満足を実感していただくことが、より大切になると見ています」
写真/野﨑慧嗣
取材/久保雅裕(くぼ まさひろ)
- 蛍光灯やブラウン管をリサイクルすることで作られた面材や什器を始め、壁や床・鏡に至るまでサステイナブルを追求した店装を実現したSNIDEL ルミネ新宿2店。
- 2016年から東京本社で毎年開催されている被災地復興支援プロジェクト「マッシュパークプロジェクト」やEC企画のチャリティキャンペーンでの寄付金をもとに建設し、女川町へ寄贈された公園「マッシュパーク女川」
久保雅裕(くぼまさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。