──まず、なぜモスバーガーが音楽レーベルを立ち上げ、オーディションをやろうと?

太田恒有「外食産業って五感を楽しんでもらうビジネスなんですよ。味覚はもちろんですが、においや視覚、あとはパリパリのレタスで触覚みたいなところも刺激しますよね。でも音に関しては、なんというか、あまりこだわってこなかったんじゃないかと。もちろん、邪魔にならない程度のBGMはありますが、もっとお客様に耳でも楽しんでもらえることができるんじゃないかと、ずっと気になっていたんです」  

──たしかに、聴覚以外は揃っていますよね。

太田「そんな中、コロナ禍になって音楽活動ができないとか、ライヴハウスが無くなるなんていう話を聞いて、お店を使ってもらって何か音楽を続けるための手助けができないかと考えたんです。そこが最初のアイデアなんですが、モスバーガーでアルバイトしながら音楽をやっているという人たちも結構いますし、彼らの夢も一緒にかなえられるといいのではないかと思って、じゃあせっかくやるならレーベルも作っちゃおうかというノリで始めました」

──音楽業界以外の企業が音楽産業に参入する話はまれにあると思いますが、そこで働いている人たちが対象になるという図式は聞いたことがないので驚きました。

太田「モスバーガーは全国に約1300店舗ありますし、2万5000人くらいの人たちが働いているんですよ。その中からデビューすることになったら面白いなって思ったんですよね」

──とはいえ、実際にそのアイデアを形にするのはハードルが高いですよね?

太田「それはありましたね。だから最初に行ったのはパートナー探しです。縁あって倉木麻衣さんなどを手掛けた音楽プロデューサーの海老原俊之さんに参加していただけることになって、形になっていきました」

──第1回のオーディションが昨年の4月に開催されていますが、どのような形で募集したのでしょうか。

太田「まず、モスバーガーのアルバイトさんに対して、オーディションをやりますということを公表し、Googleフォームで応募してもらうという形です」

──そこに応募したアルバイトさんのひとりが、松本シオンさんだったわけですね。

松本シオン「はい、通知が来てびっくりしました。というのも、モスバーガーでアルバイトを始めてまだ1年くらいだったのに、オーディション企画があるなんて私のためじゃないかと(笑)。こんないい話はないので、これは私が受けなきゃ!って、チェリストのグレイ理沙さんといっしょに応募しました」

──松本さんはモスバーガーで働く前から音楽活動を行っていたんですか。

松本「小さい頃からヴァイオリンを習っていて、そのまま音大で学んで卒業してからフリーで活動していたんです。でも、やはり音楽だけではなかなか生活できないので、バイトをしようと思ってモスバーガーにお世話になったんです。音楽以外のことを経験するのも大好きなので、とても楽しく働かせていただいていました。働き始めたと思ったらこの話が出てきて、本当に偶然で驚きました」

──松本さんのように音楽をやりながらアルバイトしている方は、全国にたくさんいらっしゃるということですよね。

太田「100組くらい応募が来ましたし、実際にはもっといるんじゃないでしょうか。音楽だけじゃなく、役者を目指したり、絵を描いていたり。彼らとはあくまでも企業とアルバイト、いわばお金だけでしかつながっていなかったんですが、オーディションをやることでその人の人生も応援できるんじゃないか、ということもこのオーディションの役割だと思います」

──夢に向かって頑張っている人たちにとっては、とても素晴らしい試みだと思います。

太田「もちろん、こうした取り組みによって、モスバーガーを好きになってもらいたいというブランディング的な目論見もあります。一般的にモスバーガーっていいイメージを持っていただいているんですが、じゃあ働きたい会社かというとなかなか難しい。外食産業自体が魅力的な働く場として認識されていないんです。だから、単に時給がいいとかシフトが組みやすいとかそういうことだけじゃなくて、もっと楽しんで働いてもらいたいという気持ちもあります」

──オーディションの基準はどういうものなんですか。

太田「音源と写真を送ってもらったのですが、あとはどれだけ夢を実現させたいかっていうメッセージを書いてもらいました」

──松本さんはどういうメッセージを書いたんですか。

松本「モスバーガーの企画に応募するからこそ、そこで自分が何をできるのかということをすごく考えました。これはずっと考えていたことなのですが、音楽家と料理人ってすごく共通した部分があるんです。料理人はお腹をすかせた人に美味しいごはんを食べてもらいたいと愛情を込めて食事を提供すると思うのですが、音楽家も自分の音楽で元気になってほしいとか癒されて欲しいという気持ちが原動力になっているんです。そんな想いをぶつけてみました」

太田「でも彼女たちが送ってきたのが最終日のギリギリだったんですよ(笑)」

松本「そう!24時締め切りのギリギリに。応募するために動画を録ったんですが中途半端なものが嫌だったので、いろいろ調整していたらそうなってしまって。面接でそのことを突っ込まれてヒヤヒヤしました(笑)」

──松本さんはいわゆるクラシック畑のヴァイオリニストですが、他にもシンガー・ソングライターやロックバンドもいるわけじゃないですか。

太田「実は、まさかクラシックのアーティストが来るなんて思いもしなかったんですよ。自分のなかでバイアスがかかっていたのか、みんなシンガー・ソングライターかバンドだろうなって思っていましたから」

松本「私たちもクラシックでいいのかな、と半信半疑で。こういうオーディションはヴォーカルがメインだと思うので、歌には絶対負けるだろうと。だからこそ本気ではありましたが、楽しんで参加したというのはありますね」

太田「ただ単にクラシックを演奏するだけなら選んでなかったかもしれないんですが、彼女たちはディープ・パープルの「Burn」を演奏して、なんというか、いい意味で違和感があったんですよね。違うものを組み合わせて新しいものを作るっていうのは、我々がやっていることと近いし、イノベーションとしては面白いんじゃないかって」

──それにしてもなぜディープ・パープルを演奏しようと思ったんですか。

松本「二人ともロックが好きだという共通点があって、一緒にライヴなどで演奏するときも、一部はクラシック、二部はロックというようなこともやっていたんです。他にもクイーンやガンズ・アンド・ローゼスなどハードな曲を演奏していました」

──クラシックに影響を受けたロックの曲も多いですからね。

松本「そうなんです。ディープ・パープルなんかは原曲のオルガンの間奏の部分でバッハの曲を引用する、みたいなことはもともとやっていたので、そのあたりは一番聴いてほしかったところでした」

太田「本当に想定外ではあったんですが、演奏のクオリティは高いですし、キャラクターも明るいし、何よりもやりたいという気持ちがすごく前に出ていたので、これは一緒に頑張れるなって思いました」

──ちなみに、松本さんたち以外にクラシックの方はいたんですか。

太田「いなかったです。でも、今年に入って2回目のオーディションを開催したのですが、クラシックの子たちがすごくたくさん来ました(笑)。そういった意味でも、彼女たちの存在は刺激になっていますよね」

──第1回のオーディションからはシンガー・ソングライターのLuiさんが昨年9月にデビューを果たし、松本さんのPurple Flamingoなど4組のアーティストが「MOS RECORDS NEXT」に選出されています。

太田「Luiはミュージックビデオを作って、サブスクでも配信するのはもちろんですが、モスバーガー約1300店舗の店内放送用にUSENさんに彼女が出演するラジオ番組を作ってもらっています。他には、レシートにQRコードを付けて、ミュージックビデオにアクセスできるようにしたり、お店にあるデジタルサイネージで曲を流したり、全面的に応援する体制を取っています。今はメジャーデビューしてもそこまでやってもらえることはあまりないと聞いています。そういった応援体制があることはモスバーガーの強みだと思いますね」

──確かに、お店そのものがプロモーションツールになっているというのはすごいことですし、拡散力もありそうですね。

太田「もちろん、本人の努力があってこそなので、モスバーガーが売ってくれると思わないで欲しいんですが、僕らとしても一緒に働いている仲間が世界を目指してデビューするのであれば、できる限りのサポートはしていきたいと思っています」

──モスバーガー出身のアーティストともなれば、全社で協力したくなるのは当然ですよね。

太田「気持ちの部分ではそうなんですが、まだビジネスとしてはまったく回ってないのでそこは課題です。将来的にマネタイズできるのかと言われると、今のところ未知数です。ただ、それはともかく、企業としてはブランド力が上がることも大事なんですよ。実際、このオーディション以降、10代、20代のアルバイト応募が130パーセントくらいに増えました。もともとモスバーガーのキャストって辞める人が少なく、居心地がいいらしいのですが、働くまでのハードルって高いじゃないですか。入りやすいイメージになったのだとしたら、多少は目的を達成できたのかなと思います」

──松本さんのPurple Flamingoは、デビューを目指して活動していく「MOS RECORDS NEXT」アーティストということですが、具体的にはどういう展開をしていくのでしょうか。

松本「もちろんライヴやイベントなどにどんどん出演していきたいと思っているのですが、モスバーガーならではということで言うと、モスバーガー共栄会の集まりなどでも演奏させてもらっています」

太田「補足すると、モスバーガーは本部とフランチャイズ加盟店とのつながりだけでなく、加盟店同士のつながりも大切にしているんです。なので、共栄会という名のもとに定期的に会合を開いて情報交換などをする場を設けています。そういったところで、彼女たちにも演奏してもらうんですよ」

松本「すでに名古屋と広島で行われたお店のスタッフが集まるイベントでPurple Flamingoとして演奏してきました。その時もクラシックだけでなくロックなど馴染みやすい曲を演奏して、皆さんに喜んでいただけました」

──加盟店の方も応援したくなりますよね。社内プロモーションはとても効果的だと思います。

松本「そうですよね。バイトの仲間やパートさんからも応援しているって言ってくださいますし、モスバーガーの中での反響はとても大きいです。あと、モスバーガーを見ると私を思い出すっていう友達もいますし、私に会うとモスバーガーが食べたくなると言われます(笑)。外の人たちの反応を見ていても、モスバーガーが面白いことをやっているという印象はあるようでうれしいですね」

太田「第2回のオーディションでは応募者のレベルが一気に上がりました。本気度が違うというか、昨年応募してくれた人もさらにパワーアップしているような印象です。このオーディションのことを知ってモスバーガーで働き始めて応募したという方もいらっしゃるくらいなんです」

──音楽だけでなく、アート部門も新設されましたね。

太田「これはお店の外壁に、バンクシーみたいに絵を描いていいですよ、というイメージです。お店って古くなってくると改装するじゃないですか。そうなるとゴミもたくさん出るんですが、そうじゃなくてリニューアル代わりに絵を描くことでゴミも減ると思うんですよね。地球の環境のためにもなるし、アーティストの夢をかなえることもできると思うんです」

──そういったアートと音楽がつながるとさらに面白くなりますよね。

太田「次は映像作家を育てるとか、多分野のアーティスト支援をしていくことで、究極な話をいうと、これまで外注してきたデザインなども内製化できるのでコストも減り、ビジネス的にもいいことではないかと思います。今後はMOS RECORDS主催のフェスなども考えていきたいです。音楽があって、アートもあって、キッチンカーも出せますし、エンタメがすべて詰め込まれたようなイベントを行うことができれば最高ですね」

松本「フェスができると本当にいいと思います。実は8月にモスプレミアムの店舗でライヴをさせていただくことになっているんですが、そうやって少しずつモスバーガーと音楽の架け橋を作っていきたいですね。モスバーガーという場をお借りして、音楽で社会貢献ができないかなということは常に考えています」

太田「アーティスト支援を楽しみながらトライしていく中で、モスバーガーって面白いな、モスバーガーで働いてみたいなと少しでも思ってもらえるとうれしいですね」

(おわり)

取材・文/栗本 斉
監修/小島万奈(USEN)
写真/平野哲郎






Purple Flamingo 1st ONE-MAN LIVE at MOS Premium 千駄ヶ谷LIVE INFO

2025年8月8日(金)MOS Premium 千駄ヶ谷

MOS Premium

株式会社モスフードサービスSPECIAL THANKS

取締役上席執行役員 新規飲食事業本部長/MOS RECORDS エグゼクティブ・プロデューサー 太田恒有氏。「MOS RECORDS NEXT」アーティストの 松本シオンさん(Purple Flamingo)と。

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