中山良子(なかやま・りょうこ)シップス・ウィメンズバイヤー
2009年シップス入社。約6年店舗経験をした後、営業部へ異動。VMD業務を中心に全国巡店や新規オープンの経験をした後、2018年現職に就任。
佐藤司乃(さとう・しの)パル「ガリャルダガランテ」バイヤー
前職のナノ・ユニバースに約9年勤務。販売員から入社したのち約5年間バイヤーとして勤める。2021年3月より現職に転職し、現在に至る。
この2年のコロナ禍を経て、バイイングで苦労した点、仕事の変化などはありますか?
中山良子(以下、中山)「細かい部分ではありますが、根本はそこまで変わっていないかなと思います。私は3年半前にバイヤーになったのですが、約2年間はコロナ下で、逆にこの状況の方が長いんですよね。ただコロナ前は、まだバイヤーになったばかりで、"あれやりたい""これやりたい"という欲求が強く、周りの人にとっては"ちょっとウザい"みなぎる系だったと思います(笑)」
佐藤司乃(以下、佐藤)「私も最初はそうでした(笑)!」
中山「このコロナの状況に入ってからは、自分がやりたい事の本質について考えるようになりました。もちろん根本的な思いの部分は変わってないのですが、自分のやりたい事が会社やお客様に"どう思われているのか"など。そういう意味では、ブランド価値、ブランドエクイティーを改めて考える、ある種の良い機会になっているのかなと思います」
具体的にどんな事を考えられたのでしょう
中山「現状、人を集められないのでイベント事は出来ないですし、そういう企画物が出来ないのは、私たちの仕事としては致命的なんですよね。それを組み立てていく仕事ですので。それに情報発信がSNS中心で機械的になったので、物と出会った時の高揚感が少なくなってきているように感じています。そこが削ぎ落とされているような状況が一番辛いですよね。バイヤーという役職になって、"出会い"という出来事がとても大事だなと改めて感じました」
現状は、海外へは行けないですが、国内に関してはリアル展も始まっているので、多少高揚感は戻ってきている感じではないでしょうか
中山「国内外の買い付けももちろんですが、海外に行ってその場の空気に触れる。そういう肌感的な部分が、イベントを企画するにも経験値としても大きいですよね」
佐藤「私の場合、このコロナ期間中に現職に転職した事もあって、正直まだ分かっていない部分はあります。ただ、取り扱っているブランドが全く違うので、バイヤー的に考え方が変わったというのはありますね」
現状はどのような事をやられているのですか?
佐藤「とにかく店舗に行くようにしています。それは"どういうお客様がいるのか"とか"ブランドを知る"という部分からなのですが、もちろんそこはコロナとは関係ありませんよね。前職がECの強い会社だった事もあって、ECで見栄えする物や話題性があるものに特化した別注だったり、イベントをやったり。"どうバズるか"という部分に焦点があったと思います。あとは、機能性などの素材が中心の男性的な目線のアイテムが多かったですし。現職とは扱っているブランドも会社の体制も全く違いますから、かなり心境の変化はありました」
中山「バズる企画を当てるというのは、かなり大変ですよね」
佐藤「特にガリャルダガランテは、より女性に寄り添った商材が多いので、そのバランス感覚がまったく違う。考え方が変わりましたよね」
現状、バイヤーとして苦労されている点はありますか?
佐藤「海外出張に行っていた時は、新しいブランドを見つけた時の"これ素敵!"みたいな思いだったり、出張先でバイヤー同士の話し合いから繋がるイベントやコラボが多かったのですが、現状はそういうエッセンスが無い状態。コミュニケーション部分もデザイナーさんと直接話せなかったり、話せてもズームではうまく伝わらなかったり。やはり実際に着られないというのは、自分にも、そしてお客様にも伝わりづらいという感じですね」
中山「実際のところ画面上の洋服だけでは、どうしても難しいですよね。そういった状況もあって、海外ブランドの取り扱いが減ってしまっている状態です」
リアリティーの部分では苦労されますよね。それをカバーするような工夫などあれば教えてください
中山「"そのブランドが、なぜそのシャツを作っているのか"みたいな、ブランドのストーリーやルーツを勉強しています。かなり今更ですが(笑)。例えば、ツイードであれば、以前はツイードとひと括りにしていたのですが、本来ならばシャネルツイードやブリティッシュツイードがあって。そういう感じで、レディスとしてのブランドをもっと深掘りしていくことが大事かなと。特にシップスはメンズから始まっているセレクトショップなので、イギリス、アメリカ、フランスの王道ブランドを続けてきたのですが、レディスに関してはトレンド物をやっています。そこをあえて王道方面に臨んでみようかなと」
佐藤「海外出張は減りましたが、海外ブランドは、もちろん入れ替えなどはありますが減ってはいない状態です。コロナ中に入れた新規海外ブランドもありますし。上司の木上(史子)も私も海外ブランドが好きなので、ミニマルとか、そういうエッセンスや雰囲気を大事にしたいと考えています。ガリャルダガランテ自体が、日本の文化も海外の文化も、国を決めずにそういうエッセンスを取り入れてシーズンに落とし込んでいますし。継続したい海外ブランドも"触れない""着られない"という部分はありますが、良い物ものは良いで、バイヤー同士で話し合って買い付けたりしています。そこは大事にしたい部分ですね」
中山「新規の海外ブランドを入れるのはすごいですね」
佐藤「挑戦ですよね」
バイヤーという仕事で心がけている事はありますか?
佐藤「ワクワクとかトキメキは大事にしています。パッと見た瞬間の"素敵!"という気持ちは大事ですよね。そこからブランドを知る事を始めて、買い付けるかどうかの判断に進みますから。あとは"ガリャルダガランテに落とし込めるのか"という部分ですね。木上自身が新しい事を発信していくタイプですし、今までのイメージを残しつつ、常に新しく見える要素を展開するようにしています」
「新しく見える要素」の取り入れ方は?
佐藤「新規ブランドも増やして、シーズンごとで変えているので、どちらかというと攻めている方だと思います。前職では店舗数が多かった事もあって、正直一店舗一店舗に向き合う事が難しかったのですが、現職では来店される目に見えるお客様を大事にしている事もあり、私自身もなるべくお店に寄り添いたいと思っていて、どういう物をお客様が好きで、どういう物がお店としていけるのか。ただ、新しく尖ったこともやっていかないといけないので、そういう部分にも挑戦しつつ、大事にしないといけない部分は守る。入社して約1年ですが、思考を変えていった1年でした」
攻めの商材の買い付けに関して、MDや現場スタッフなどとの調整はどのように?
佐藤「ブランドに協力してもらい、説明会を開いています。そうする事でスタッフ側もマインドを切り替えてくれますしね。その様な形でスタッフへの落とし込みは大事にしています。買い付けて渡す、ではなく、スタッフと一緒にお客様に対して"いかにして良く見せられるか"を考えています」
買い付けたブランドの軸をスタッフに丁寧に伝える事で、バイヤーとしては挑戦的なバイイングが出来るという事ですね。中山さんはいかがですか?
中山「私は約3年半、バイヤーをやってみて、個を出す部分と引く部分のバランスが大事だと感じています。バイヤーは、究極の中間業務で、お店があり、お客様が居て、取引するブランドがあって、作り込みのメーカーがあり、プレスやECなどのデジタルマーケティング課に派生していく。その全ての間に居て、どうバランスを取っていくのか。例えば、ひとつのブランドのコレクション全部をお店で表現するのも自分のさじ加減ですし、オリジナルの中のアウトピースのひとつとしてお客様に見てもらうのもそうですし。でも、バランスを取るだけでは個は出せない。だから、自分がやりたいと思った事はピンポイントで絞る。そのメリハリが大事ですよね」
個を強調する部分と和を成す部分、ジャッジの基準は何ですか?
中山「自分のテンションですね(笑)。やりたい事にも安心感と高揚感のふたつがあって、高揚感の方はMDに提案しても難しい。その場合は小さい店舗に絞って展開するとか。高揚感の部分を失ったら誰でも出来る仕事になってしまいますしね。そこは、やはり信頼できる店舗スタッフが居る点が強みになると思います」
佐藤「それ大事ですよね」
新しい事はやっていかないといけないけれど、スタッフとの調整は難しいですよね。例えば、取っていたバランスが悪い方向に行く場合もあると思いますが、いかがでしょう
中山「悪くなった時のバランスを取るのもさらに大変(笑)。例えば自分の"やりたい"を押し過ぎてしまった時とか」
佐藤「私もあります。前職でバイヤーを始めた時がそうでした」
中山「買い付けた物は、自分が良いと思っている訳ですけど、お店側のテンションが違う感じで、一人歩きしている状態になってしまいますよね。最近は、少しずつ冷静な自分が増えてきました(笑)」
バイイングの際に買う、買わないのバランスは?
中山「"お店とお客様に添っているか"、そして"来年、再来年に買いたい物か"というのも理由のひとつ。あとはイベントや企画などを盛り込む時に"現実的に可能か"というもあります。一緒に話し合って作り込んでいけるブランドかどうかは大きいですよね」
佐藤「中山さんと一緒で、バランスは大事だと思います。自分の思いだけで買い付けは出来ないですから、苦渋の決断をしないとならない時もありますし。そこの判断は難しいです」
どうしたら判断が出来るようになりますか?
佐藤「私もいろんな失敗を繰り返してきたので(笑)。バイヤーになりたての時は、"バイヤーって買い付ける仕事で、ブランドを探してくる"みたいな考え方だったんです」
中山「"探してこそ"ですよね」
佐藤「そういうマインドがあり、たまたまそのタイミングで前社の体制が一新する時にバイヤーになったので、自分的に"イメージを変えたい"と先走って新しい事をやり過ぎてしまった事がありました。今は"売りたい物を売る"、そういう物を買い付けるようにしています」
中山「それ大事ですよね!売れる物ではなく、売りたい物」
バイヤーとしてインスピレーションになっている物事はありますか?
中山「私は骨董市です。最初は、行っても何から手をつけて良いのか、どこに行けば良いのかも分からなかったのですが、ある時から"このオジさんがこういうのを持ってそう"とか、"この辺に欲しいのがありそう"とか、雑多な中でそういう匂いを感じられるようになった瞬間があって、そういう感覚は面白いですよ」
佐藤「私も骨董市に行っています。神社とかお寺でやっている事が多いですよね。中山さんは、何を買われるのですか?」
中山「器とか布、カゴなどです。佐藤さんは?」
佐藤「私は美術館が好きで、よく行っています。あと、地元が名古屋の近くで、喫茶店に囲まれて生きてきた事もあり、喫茶店に行く事ですね。いわゆる昭和喫茶です。古い喫茶店は、建物とか内装が豪華じゃないですか。お金を掛けて作られているバブリーな感じの雰囲気が好きなんです」
お二人にとってこれからのバイヤー像を教えてください
佐藤「バイヤーとしての役割は、ただ買い付けするだけではなく、スタッフやお客様にきちんと伝えて、満足していただく。ひとりで終わらせない事が大事だと思います。あとはイメージのインプットですね。自分自身で探したり、勉強したり」
中山「私は想像力をより磨く事だと考えています。深掘りした部分を、いかに想像を膨らませて、その掛け合わせをどうするのか。誰しも同じように情報は入ってくる時代ですから、自分で足を運んで情報を取りに行く事ももちろん大事。その情報を"どう組み合わせるか"という掛け合わせの部分は、私たちにしか出来ない事だと思っています」
引き出しを持っていないといけないという事ですね
佐藤「発想力は大事ですよね」
中山「作る人に比べて専門的な知識が無い分、そこが広くないとダメかな」
スペシャリティーよりはジェネラリティーが必要ということですね
中山「そうだと思います」
ありがとうございました
(おわり)
写真/遠藤純、シップス、パル
取材/久保雅裕
取材・文/カネコヒデシ
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長、杉野服飾大学特任教授、毎日ファッション大賞推薦委員。
繊研新聞社在籍時にフリーペーパー『senken h(センケン アッシュ)』を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。
カネコヒデシ
メディアディレクター、エディター&ライター、ジャーナリスト、DJ。編集プロダクション「BonVoyage」主宰。WEBマガジン「TYO magazine」編集長&発行人。ニッポンのいい音楽を紹介するプロジェクト「Japanese Soul」主宰。
そのほか、紙&ネットをふくめるさまざまな媒体での編集やライター、音楽を中心とするイベント企画、アパレルブランドのコンサルタント&アドバイザー、モノづくり、ラジオ番組製作&司会、イベントなどの司会、選曲、クラブやバー、カフェなどでのDJなどなど、活動は多岐にわたる。さまざまなメディアを使用した楽しいモノゴトを提案中。バーチャルとリアル、あらゆるメディアを縦横無尽に掛けめぐる仕掛人。
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