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中山路子(なかやま・みちこ)ミュベール デザイナー
東京都生まれ。2000年、服飾学校を卒業、アパレルメーカーに勤める。02年、デザイナー冨田靖隆と「MOSSLIGHT(モスライト)」を設立に携わる。世界に通用する東京モードの一角として評価される。06年、海外に進出。07年、モスライトを解散し、自身のブランド「MUVEIL(ミュベール)」を設立。
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女性たちの生き方から生まれるコレクションテーマ
ミュベールのコレクションでは最近、自らの人生を自分らしく生き抜く女性をテーマにしています。何か基準のようなものを設けているのですか
「特に基準というものはなく、こういう女性の方を見つけようと思っているのではないのですが、例えば2022年の秋冬は、"グレイ・ガーデンズ"がテーマでした。ミュベールを始めた頃でしたから15年ほど前でしょうか、アートブックのお店でそのタイトルの写真集を買いました。コラージュで表現された表紙がとてもインパクトがあって、きれいだったので写真集の解説を読み、ジョン・F・ケネディの妻、ジャクリーヌの叔母とその娘の暮らしを追ったドキュメンタリー映画の写真集だと知りました。彼女たちは当時の社会規範に馴染むことを拒否し、正直に生きるため、豪邸が建ち並ぶ米国イーストハンプトンの別荘で長年にわたり隠遁生活を送っていました。庭は荒野のようになり、家にはアライグマが棲みつくほどになっても、独創的なファッションに身を包み、歌い踊る日々を過ごしました。その映画を観てみたい、もっと彼女たちのことを知りたいと思い、海外からDVDや写真集などを本屋さんに取り寄せてもらったのが始まりでした」
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どのようにコレクションのテーマを決めるのですか?
「展示会の準備が終わる頃になると、少し気を緩められる時間ができていろんなことを考えます。そういう時に、以前から気にかけていた人たちが思い浮かぶことがあります。最初から服作りにつなげようとは思ってはいないのですが、そのとき気になった人たちをもっと知りたいと思い、調べながら自分の中で消化していきます。そして、その人物の存在感が時代の流れや、自分の感情とぶつかるときに改めてその人の背景を掘り起こしていき、テーマになっていきます。グレイ・ガーデンズもそういう感じでした」
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2023年のクルーズコレクションでは、アメリカの絵本作家で園芸家のターシャ・テューダーさんに焦点を当てていましたね
「ターシャさんに行き着く前に、グランマ・モーゼスとの出会いがありました。本名はアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスさんといって、農家の主婦として暮らしてきて70代で絵画を始め、ニューイングランドの自然や農村の暮らしを描きました。101歳で亡くなるまでに1600点もの作品を残しています。偶然、村を訪れたコレクターに見い出されて人気作家になったのですが、彼女は絵を売ることを目的とせず、趣味で描き続けました。なので、作品がとてもピュアに感じます。生き生きとしている、結婚式の絵を見ると、町の人たちが家にある鉢を持ち寄って式場を飾っていました。このような絵にすごく心を揺さぶられて、モーゼスさんのことが気になり調べていきました。その過程で、モーゼスさんとほぼ同時代のアメリカに生きたというつながりで知ったのが、ターシャ・テューダーさんでした。彼女は56歳の時に自分で家を建て、花畑を造り、動物を飼って、本当の意味での自給自足をした女性です。開拓者のように自分で旗を立ててやり切るところにとても惹かれ、勇気をもらえました。もちろんモーゼスさんも素敵な方でしたが、当時はターシャさんの熱量が自分自身にとって、そしてコレクションにとっても必要だったと思っていたのかもしれません」
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手仕事で表現を追求することから始まる服作り
この人をテーマにすると決めたら、どんなふうに服作りに入っていくのですか
「まずはその人に関わる要素を形にしていきます。ターシャさんをテーマにした時は、彼女の絵本や絵、暮らし方などから浮かんでくるアイデアや作品に使われている手法、そしてモチーフなど様々な要素を咀嚼(そしゃく)し、自分自身の手で刺繍や、縫う作業などを模索しながらディテールサンプルを作っていきます。ある程度デザインや素材などが決まった段階で、パタンナー、生産の担当者、そして企画チームの人たちに相談し、こちらの元種をどう服に育てていくかを話し合い、展示会に向けて準備していきます。ディテールサンプルまでは、模索しながら自分でちまちまと作っているんですね(笑)。コロナ禍になってからは、以前よりもディテールサンプルを作る機会が増えたのですが、"ちまちま"とした作業を続けることで、良いアイデアや方法が見つかります。そして、とても小さなディテールにも新しい発見が見つかり、チームに表現したいものを伝えやすくなり、より的確なアドバイスをもらうことができるようになりました。このようにして、サンプルが出来上がっていくのですが、製品に進めていくまでの過程では色々と問題が起こることも多々あります」
23年クルーズコレクションの着想のもとになったターシャ・テューダーの絵本「SPRINGS of JOY」
テーブルクロスをイメージした先染めのリネンワンピース。コットンテープを洗い、太さの違う赤いテープを使ってストライプ状にして縫ったもの。縫い糸の加減で、ビンテージのキッチンクロスに近い表現にしたかったので、さらに胸からスカートの部分に細かくピンタックを入れて、膨らみを出している。
20種類以上のビンテージ柄を組み合わせたパッチワーク風オリジナルプリントのワンピース。ステッチをきかせたキルトがポイントとなり、ターシャさんの作業着から落とし込んだ胸あてのディテールとガーランドのようにジグザク裾のデザインがポイント。生地を組み合わせて縫うなどデザイナー自身が手作業を行いながら、最終のデザインを決めていく。
工場で生産できるようにしていかなければなりませんね
「良質なものをお客様にお届けするにはどうしたら良いか常に考えます。生産管理の担当者の方を中心に、アイデアを出し合ってもらい量産における問題点を一つひとつ解決していきます。今は円安の進行や原材料費、物流費の高騰が続き、いろいろ厳しくなっています。一つのアイテムを作る上で、考えること、問い合わせることが以前よりも増え、生産や物流の編成も見直しが必要な状況もありますが、商品は値段を含めて一つの塊だと思っているので、きちんとお客さまにお届けできるように、いつも試行錯誤しています。ミュベールの服は可愛いけれど、ちょっと毒がある。ブランド名のもとになったスズランも可愛らしいけれど、その花や根には毒があり、だから花言葉も"幸せを願う"。商品はECと卸を軸に販売してきましたが、どんなお客様が中心なのでしょうか。お値段が少し高めですので、すごく若い人は正直少ないですが、興味を持ってサイトに入ってきてくださる方々の年齢層は幅広く、親子や三世代のお客様も結構いらっしゃいます。自分を楽しませる心地よさに重さを置いていることを理解していただいている方が多く、職種も多様で、知的な方が多いと感じています。そして、お客様からいろいろなことを学ばせてもらっています」
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常にアンテナを張っている
今、ファッション業界を目指す若い人が減っていて、服飾学校に進む人も減少傾向にあります。その中で、服飾を学んだ人たちの4分の1がファッション業界以外に就職したいというデータもあります。ファッション業界を目指す若い人たちにメッセージを
「私の場合は常にアンテナを張り、地道に作り続けています。物作りをしている時は、本当に豊かな時間があることを実感できる仕事です。素材や糸、織物や編物、染色、刺繍、服飾資材など様々な分野があって、一つひとつの世界を読み解いていく楽しさがあります。コレクションが完成すると、カメラマンやスタイリストによって自分には生み出し得ない表現へと広がり、媒体によってより表情がプラスされます。そしてお客様は一人ひとりが自分らしいファッションを楽しみ、その先には古着になって次の世代に循環してけるようになってもらえたら嬉しいです」
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常にアンテナを張っているって正直、すごいと思います。やはり、そこにクリエーションが生まれるのでしょうね
「アンテナを張っていても、簡単に物は作れないと実感しています。私がファッションの世界を志したのは大人になってからですけど、好きなことに出会えて本当に良かったと思っています」
写真/野﨑慧嗣、ミュベール提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。