熊切秀典(くまきり・ひでのり)ビューティフルピープル デザイナー

1974年、神奈川県生れ。97年、文化服装学院アパレル技術科卒業後、「コム デ ギャルソン」のパタンナーを経て、2004年に独立。06年、「ビューティフルピープル」を立ち上げる。2017-18年秋冬でパリコレクションデビュー。20年、第38回毎日ファッション大賞の大賞を受賞。

グレン・グールドの逆再生

サイドシーを展開して3年が経ちましたね。1着で最大24通りの着方ができる服もあり、衝撃的でした。さらに進化したダブルエンドでは、1着の上下を逆さに着ると全く異なるシルエットになる、相反する要素が共存した、いわゆる「両A面」の服を生み出しました。反応はいかがですか

「洋服の構造としての可能性に気づいた人からはお褒めいただくことが多いですね。ただ、パリコレクションでは3シーズンにわたってランウェイで見せたのですが、サイドシー、ダブルエンドの可能性に気づかない人もたくさんいました。その後、コロナ禍になって21年春夏からはムービー形式で発表したところ、僕らの洋服の仕掛けに気づいてくれる人が増えたんですよ」

サイドシーやダブルエンドは、世界観を表現するだけでなく、やはり「こうやって着る」というモノの説明をしないと良さが伝わりづらいと感じます

「23年春夏コレクションで久しぶりにランウェイに戻りましたが、また仕掛けが見えなくなってしまうのであれば意味がないなあと。そこでインスタレーションのような手法を採りました。技術的なところがきちんと反映された世界観を表現できていなければいけないと、僕は思っているんです。世界観だけ素晴らしいのは良くないということを、コロナ禍で自分の仕事を検証する時間ができて、それまで以上に実感しました。コロナ禍前はちょっとイケイケな気分になっていて、パリでやれているという自負もあって、他と同じようなランウェイをやってしまっていたんです。今は自分がユニークな存在であり続けることがパリコレに参加する理由になっているので、もうブレることはないでしょうね」

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ダブルエンドはサイドシーの発見から始まっていますが、何かきっかけがあったのですか

「コレクションを完成させて、次を考えているときにグッと進んだんですよ。そもそもサイドシーもダブルエンドも構造と技術の進化なんですね。コロナ禍で外からの情報が無くなったからこそ、自分が作った服の構造を見直すことにしか目を向けなくなったのが良かったのかもしれません。外部からの刺激ではなく、偶発的に生まれたというか、当初はずるずると進化させようと思っていたんですけど、一気にダブルエンドに到達したという感じです」

内向的、内省的に突き詰めていったのですね

「すごく内向的、内省的に。ダブルエンドを作る過程では、グレン・グールドの曲を逆再生したりしていました。譜面を上下逆にするということですから、ダブルエンドへの進化に影響しているかもしれませんね。グールドは優れた音楽家ですが、31歳でコンサート活動を止め、スタジオ録音しかやらなくなりました。そのスタジオで鳴る音だけがあるという環境がコロナ禍の自分にすごく近いなあと感じて、コレクションをするわけでもないのに一生懸命に服を作って、どう発表するかをずっと考え、撮影したりしていたんです。それがすごく楽しくて、居心地が良くて」

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「どちらでもない」「どちらでもある」ということ

実際問題として、ダブルエンドの構造を作るのは大変だと想像できます。単純な話、片方のA面はきれいにできても、もう一方のA面がうまくいかないとか

「最初の頃はありましたね。ダブルエンドの服は外側に二つの袖が付いているのですが、それが最も良いバランスを生むと気づくのに時間がかかりました。当初は上袖と下袖に分けていたんですけど、それだとバランスが取れないんですよ。いろいろと試して、単純に上袖を二つにすればいいじゃないかと。その気づきがあってバランスの取り方を想像しやすくなり、パターンの理論的にも出来上がっていったんです。この前、展示会の装飾を花道家の渡来徹さんに依頼したのですが、制作の様子を見ていると、一つの石のどこに重心があるかをずっと探していたんですね。変な形をした石なのに、ちゃんと花が立つポイントがある。そういう重心を探す作業、バランスを探す作業は僕らと同じかなあと思いました」

そのバランスを探り当てたわけですね

「そうです。両A面は「どちらでもある」ということで、最もバランスが取れた状態だと思うんです。例えば僕自身、自分の意見があったとしても、正反対の意見をまずは考えてみます。相手の立場に立って考えるみたいなことですね、すごく日本人的ですけど。アンケート調査で"どちらでもない"という選択肢があると、日本人はそれを選ぶと言われますが、それが僕自身の本当の気持ちだったりするんです。もちろん自分の意見は持っているけれど、"どちらでもない"という意見も持っている。それはバランスを取った上での意見なんですよ。ビューティフルピープルがずっと物作りでやってきたことです。その"どちらでもない"というポジションが今、"どちらでもある"という両A面に進化しているんですね。ダブルエンドによってバランスを取る新たな場所が見つかったと感じています」

アイテムの概念が「溶けていく」

服作りでは、コレクションのテーマを設定してから、デザイン、構造を考えているのですか

「今は全然違いますね。洋服の構造、作り方が先で、出来上がった洋服に対して、お客様に分かりやすく伝えられるようにテーマやストーリーを考えています。物作りができて、その表面にテーマを載せていく。トップとボトムが共存する服ができたときも、その上と下の構造を何に例えれば伝わりやすいかを考え、例えば雪が降り積もるというロマンティックな情景をストーリー化したり。雪が積もっているのを見て服を作ったのではなく、逆なんですよ」

ダブルエンドの構造をロマンティックに表現した2021年秋冬のランウェイショー

工学的な側面から服作りにアプローチしていって、最後は文学的に落とすみたいな

「最近はもっぱらそれですね。自分がやっていることは、そのほうが伝わるからです。文学的な部分、世界観だけを評価されるのが最近、あまり好きじゃなくて。その世界観は洋服の構造からきているということを評価されたいなあと思う。世界観も表現しているけれど、すごく大事なことは構造であって、そこに対して頭を働かせ、手を動かしています。そのバランスが取れてきたかなあと感じているんです。工学的なことの前には感受性が必要なので、そこはしっかり持ち続けたいと思っていますけど」

ダブルエンドでは、例えば上下を回転させるとスカートにもパンツにもなるものがあります。服のセオリーを突き崩すというか。熊切さんはそこに挑んでいると感じます

「アイテムという概念がなくなっていくかもしれないですね。"溶けていく"というか。自分の中でどういう服を作ればいいのかという問題は解けてきたけれど、概念までは溶けていない。その"溶"をこれからやっていくことになると思います」

男性客が増加、メンズを購入する女性客も

画期的な商品だけに、店舗のスタッフは大変だろうなと思ったりもします

「現在は5店舗ありますが、当初は各店のスタッフが良い意味でお客様と一緒に答えを探しながら販売していましたね。今は両A面のそれぞれにネームを付けることで、どれをどう着るのかを視覚的に分かりやすくしています。最近ではお客様のほうからダブルエンドを求められるようにもなってきていて、以前ほど接客時に説明が要らなくなってきています。むしろ店頭に出すと売れるので、追加をかけるのが大変で。この1年ちょっとでそんなふうに変わってきています」

  • beautiful people@Aoyama
  • beautiful people@Shibuya PARCO
  • beautiful people@JR NAGOYA TAKASHIMAYA

新規客が増えているということでしょうか

「ダブルエンドを始めてからメンズのお客様がすごく増え、最近ではメンズのアイテムを女性も買うという現象もあります。ドレスとスカート以外は基本的にはオールジェンダーに対応しているので、彼氏が買って、一緒にとか。サイドシーの最初のコレクションでは、上はメンズで、下はウィメンズにしたりしていました。男女共用を目指していたんですけど、アバンギャルドになり過ぎてしまうので、今は両A面のダブルエンドにしています。ダブルエンドの根本的な考え方は"男女を超えよう"なので、狙い通りになっていますね」

そうやってスタンダードになっていくのでしょうね。ビューティフルピープルの代名詞となったライダースジャケットもそうでした

「軽くて、小さくて、女性が着てもゴツゴツしないライダースジャケット。15年前に発表したんですけど、女性がライダースをファッションに取り入れるきっかけを作ったと思っているんです。何万枚と売りましたから。今や女性がライダースを着ることは当たり前のようになっています」

ビューティフルピープルの定番、ライダースジャケット

最後に、23-24年秋冬コレクションはどんな感じになりそうですか

「僕は"エルメス"のデザイナーになる前のマルタン・マルジェラが大好きなんです。その頃はマルジェラだけが自由なことをやっていたと思うんですよ。僕らも自由にコレクションをやれるポジションが与えられてきているので、ぜひ新しいことに挑戦したい。すでに23-24年秋冬の構想はあります。パリのチームにとっては衝撃的な内容なので、慎重に準備を進めています。まだ詳細は言えないのですが、自分が今いる環境と、自分の祖先がいた環境、未来の僕らのあり方といったことを考えています。自分が想像できないところまで想像したいという気持ちが今の僕の中にはあるんです。想像力の限界を探して、その先に何があるのか、そういうことにすごく興味があります」


写真/遠藤純、ビューティフルピープル提供
取材・文/久保雅裕

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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