──ブルーレイ化されるライブツアー『Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record』を終えた全体の感想から聞かせてください。
「誰一人欠けることなくツアーファイナルのゴールまで走り切れたことが本当に嬉しかったです。10周年の記念ツアーというと、すごく区切りを感じてしまうんですけど、私にとっては喜びが大きかったです。10周年のタイミングで自分の活動が少し変わっていくのかな?という不安は全くなく、10周年を走り切れたのが光栄でした。この10周年ツアーをみんなでやり遂げたことが1番の喜びで、紛れもなく証明した事実がここにあることが、今日を生きる私の励みにもなっています。特にファイナル公演は、“この10周年ツアーをやりきった私たちが次にたどり着ける場所はどこなんだろう?”と考えて、ワクワクするような最終日でした。個人的には、もちろん悔しい部分とか、技術的にもっとこうできたとか、そういう部分は多々あります。でも、それは今後のライブでしっかりまた形にしたいです。“次はこんなことを頑張ってみよう”とか、それを体現できる場所があるという喜びを胸に、これからも楽しみながら歌っていきたいと思える10周年ツアーでした」
──改めてセットリストや構成を振り返っていきたいと思いますが、水瀬さんご自身は今回のツアーでは、どう見せたいと考えてましたか?
「10周年記念ツアーを行った2025年は、ファンクラブイベントでアコースティックライブも行っていて、世界観をしっかり作り込んだステージを披露していました。だから、打ち合わせの段階で、10周年ツアーでは水瀬いのりのアーティストとしてのアイコン的なものをオブジェとして置くよりも、“音と映像でみんなを連れていく”というシンプルな構成で王道の10周年を見てもらおうと話していて。今回のツアーに関しては、水瀬いのりという概念のようなものをモチーフにするわけではなく、“ここで歌う、ここで鳴る音、それが水瀬いのりなんだ”という空間にしたかったので。シンプルなんですけど、だからこそ伝えたいことが明確に届くように。“歌でみんなをこの空間に誘う”をテーマに作り上げていきました」
──オープニングは2017年の『Inori Minase 1st LIVE Ready Steady Go!』と同じ演出になっていましたね。
「“あ、やっぱりやっちゃうんだ!”みたいな感じでしたよね(笑)。みんなも妄想していたと思うんですけど、それを裏切るのではなく、王道でいくところがまた粋な演出だと思って。私のライブチームの舞台演出さんは1st LIVEからずっと変わらずなので、国際フォーラムから始まった私の単独ライブイベントを常に見てくれている演出家さんが考える10周年ライブでした。“これまで”と“これから”が詰まった、もう間違いのない演出だったので、個人的には全て身を委ねていました。私はステージに立って歌っているので、どんな映像でとか、どんな世界観で、というのは自分が歌っている時は見られないじゃないですか。だから、遠くで見てくれている舞台チームの皆さん、演出チームのみんなが見る“ライブの水瀬いのり”が一番正しいと思っています。そういう意味では、そこはもうお任せして、もう全力でそこに私も乗っかっていく感じだったので、それぞれいただく演出が本当に私への贈り物のような感じもして、すごく胸がいっぱいでした」
──10周年を振り返る幕間映像もありながら、「BLUE COMPASS」の前には横浜アリーナでの無観客ライブ『Inori Minase 5th ANNIVERSARY LIVE Starry Wishes』の演出もありました。
「あの時に行った紗幕の演出をもう一度挑戦しました。あの時は紗幕が下りても真っ暗な会場で、皆さんが普段振ってくれているペンライトや応援してくれている瞳がなくて…本当にどこまでも真っ直ぐに真っ黒な空間でした。歌詞では<一緒に行こう>と言っているけど、心の中では不安や孤独でいっぱいで。どこか、この歌に嘘をついている気がして寂しかったんですけど、今回は皆さんがイントロから、この曲に向ける気持ちを準備して、向き合ってくれていました。紗幕が下りた時にみんながいてくれる安心感はすごくありましたし、とても嬉しかったです。ただ、ファイナルは紗幕の演出で少し引っ掛かりが発生してしまって…当日に見てくださっていた方はそれを気にされている方が多かったですし、舞台チームの皆さんもとても気にしていたりするんですけど、私は生きてるからこそ感じられるものがあるのがライブだと思うんです」
──“ライブは生モノだ”ということですか?
「それも10周年ライブでより強く感じたことです。予定調和だったり、構成があったり、決まっているものがあれども、それを凌駕する“生モノ”というのが、水瀬いのりのライブや会場、空間にはあります。だから、私はあのアクシデントがあったことでより一層燃えました。自分の気持ちに更にギアがかかって。起こってしまった事実はあっても、それすらも“ドラマチックに変えてやる!”って。みんなの目線がそっちに行くなら、今こそ私の歌で引っ張って、みんなの視線を真ん中に戻すことをするべきだと考えました。“より一層、力強く歌おう”って」
──それを瞬時に考えたんですね。
「はい。私もそこは“ファインプレーだな!”って自分を褒めたいです(笑)。だから、あの瞬間、実は、右側を向いて歌うようにアドリブで変えています。そうすると、画面も右側を向いた私を抜くので、映像にも自然とトリミングされて映るんじゃないかな?っていうところまで考えて。みっちーさん(Ba/島本道太郎)も後ろで感心してくれていたらしいです。だから、私自身は全然気にしていないです。ライブですし、何が起こるか?というところも含めて楽しめる私でいました。もしかしたら心配してくださる方もいるかもしれないですけど、私はそれよりも“もっと自分の歌で頑張りたかった”という方が悔しいので、次、また頑張りたいです」
──そういうハプニングも楽しめるようになっているんですね。
「もしかすると“完璧な10周年のファイナルを見たかったよ”って、それくらい私のことを想ってくださる方もきっと中にはいると思います。より一層、また素敵な景色を次以降も見ていただけるように頑張りますけど、これも生きている証拠だと思って…“みんなであの空間にいられた”という。そういった意味でも強くなったと思う10年です」
──「Starlight Museum」では涙で歌えなくなるシーンがありましたが、どんな想いが去来していましたか?
「その時に感じていた想いなので、今、思い返すと、何がきっかけになっていたのか、事細かくは思い出せないです。でも、やっぱり私は、自分という存在に対して、個人の自分としてはすごく自分のことは好きなんです。ただ、お仕事をする上での“水瀬いのり”という人物になっている自分に迷いながらアーティスト活動をしていた時期があって。水瀬いのりとして、みんなに何かを伝えれば伝えるほど、伝えきれなかったことがある気がしてきて…もっとみんなに知ってほしいことがたくさんあるのに、それを伝えられる場所と、それを伝えきれる自分の言葉が見当たらなくて、もどかしい気持ちになっていました。“全員に自分のことを理解してもらうのは難しいこと”というのも、アーティスト活動や芸能活動を続けてわかってきて。ただ、やっぱりファンの皆さんには自分の伝えたいこと、そして、“こんな気持ちでいるよ”というのを伝えたいと想いながらずっと歌を歌ってきました。そんな時に、「Starlight Museum」で私がどうしても恥ずかしくてなかなか言葉にしてこられなかった<ありがとう/好きだよ>というフレーズが出てきて。この歌を歌いながら、“本当はみんなに伝えたかったことがたくさんあるんだよ”という気持ちが重なって出てきた涙なのかな?という自己分析です」
──この曲は、他の地方公演でも涙を流していたと聞きましたが、ファイナル公演のみで披露されたダブルアンコール「僕らは今」でも涙を流していましたね。
「完全に横浜アリーナのDay2だけの曲だったので、自分でも“ここで涙が出るんだ”と思っていました」
──映像を見直すと、<別々の違う道をくぐり抜けて>というところで涙が出ています。
「そうですね。生まれも育ちも全くバラバラな人たちが“水瀬いのりを応援してくれている”というところで集まってくださって。かつ、私はみんなと一緒にご飯を食べたりとかってしたことがないじゃないですか。でも、こんなにも無償に愛をくれて、応援してくれて。私の10周年をここまで熱くみんながお祝いしてくれている…その全てに泣けてきたというか。みんな違って、みんなバラバラだったはずが、水瀬いのりのもとに集って繋がって私を構成しているっていう今日この日。もう、いい人生すぎて。それで、涙が出てきました。みんなはただ単に一人のアーティストを応援するのではなく、“水瀬いのりを応援している”という目をしてくれていて。その瞬間に“すごい!”と思いました。ファイナルは両親も見に来てくれていたので、“あなたたちの娘は大成したよ〜”って思って」
──あはははは。誇らしかったでしょうね。
「お仕事ではない感情で向き合ってくれて、ずっと支えてくれているスタッフさんも含めて、もう全て、概念レベルで感謝して涙が出てきてしまいました。私のアーティスト活動はみんなに見える部分ではハッピーなことだったり、すごいことをたくさんやらせていただいていますけど、やっぱり自分の心が追いつかなかった時間が長かったので。それが、改めてこの10年で、やっと【アーティスト=水瀬いのり】と【本当の私=水瀬いのり】が横並びで手をつなげた気がしています。やっと追いつけたと思って。それが涙に変わりました」
──お客さんのシンガロングもすごかったです。
「みんな、顎が外れてしまいそうなくらいすごかったです。“みんな、すごい!”と思いながら花道からセンターステージに行って。アドリブというか…呼ばれた気がして、センターステージに歩いて行ったんですけど、結果、とてもいい映像になっていて。“あれは想定していたわけではないですからね!”って、みんなに伝えたいです。みんながそうさせた動きでした」
──「僕らは今」は夢を叫ぶ曲でしたが、ライブの本編を「夢のつぼみ」で始めて、アンコールを「夢のつづき」で終えたのはどんな意図がありました?
「最初のセットリストの段階では、「夢のつづき」でトロッコから出てくる案でした。でも、「Turqoise」で登場して「夢のつづき」で終わるというセットリストに変更しました」
──どうしてですか?
「ステージに立っている私だからこその観点かもしれないですけど、「夢のつづき」でトロッコで出てくるのが私の気持ちとしてなかなか馴染まなくて。「夢のつづき」はロックな感じもある楽曲なので、バンドメンバーと離れて歌うのが少し寂しかったんです。あと、私の“夢のつづき”がトロッコに乗って歌い続けることみたいな感じになってしまうかな?とも考えて。後ろにはバンドメンバーがいて、前にはみんながいて、袖にはスタッフのみんながいて、大好きな仲間たちに囲まれた中で、最後に「夢のつづき」を歌い切りたかったので、そこは変更させてもらいました」
──「夢のつづき」は、デビュー曲「夢のつぼみ」と同じ作家が作ってくれた楽曲で、かつ「夢のつづき」では共作で水瀬さんは歌詞も書いています。
「「夢のつぼみ」のカップリング曲「あの日の空へ」と「笑顔が似合う日」に出てくる歌詞も少し引用していたりするので、より一層、デビューしたあの頃の私から、今の夢というものへの感じ方もこの10年で変化があって。当時は、がむしゃらに前を向いて、<まだまだまだ>と言っていましたけど、今はどこか終わりを感じながら<まだまだまだ>と言う自分がいます。それは、やっぱり10年走ってきたからこその変化です。何事にも食らいついていた頃と今、10年後の私から出てくる<まだまだまだ>は全然意味が違うと思います。同じメロディーで同じ歌詞なんですけど、「夢のつぼみ」と「夢のつづき」ではまた違うというところで、ライブを「夢のつづき」で終わることが、また次のライブにも繋がったり、次のみんなと見る景色にバトンを渡せると思って選びました」
──ベストアルバム『Travel Record』と同時に2ndハーフアルバム『Turquoise』をリリースしたことも含めて、振り返る以上に、次というのを見ていますよね。
「そうですね。10年間続けてきた私なので、“ここからは少しわがままを言っていこうかな?”と思って。自分に似合う/似合わないというのは置いておいてと言うか…もしかすると挑戦することで新しい発見があるかもしれないので。10年見てきてくれた皆さんが作ってくれた“水瀬いのり”らしさは完成品として飾っておいて。次はまた土台を変えて、作り直していったりだとか、新しい作品作りみたいなところで、これからのNEXT DECADEをみんなとより一層、型を破って、らしさを壊して、挑戦していきたいという気持ちでいます」
──MC でも“やったことないこと、挑戦したいこと、まだまだあります”とおっしゃっていました。
「野外公演をやってみたいですし、海外公演もやってみたいです。具体的な環境の変化だけではなく、コンセプト強めなライブもやってみたいです。カップリング曲だけのライブとか、バラードだけのライブとか、オーケストラやアコースティックとか。あとは、せっかくファンクラブという場所があるので、ファンクラブイベントのツアーというか、全世界に“いのりまち”はあるので、そういった皆さんに私が会いに行くのもやってみたいですし、ライブハウスのような近い距離の景色も見てみたいです。みんなと一緒に歌うライブもしたいですし、リクエストライブもしたいです。ファンの人にも人見知りをする私なので、今までは皆さんとうまく交流ができなかったんですけど、ここ数年、“皆さんともっと交流したい”って感じになっていて。とは言っても、私が近づいてくることに皆さんの方が耐性がないので…」
──あはははは。“近い!近い!”ってなっている?
「逆にみんなが少し人見知りをしているかな?という感じがしています。器用じゃない私なので、距離の詰め方もゼロか100かなんです。今は100の感じでみんなに迫っているので、“ちょっと怖がらないでほしいな”と思いつつ、みんなで気負わないライブもしたいです。ファンの皆さんを信頼しているからこそですけど、新しいことをやってみたいです。自分の完成形とか、自分のゴールを定めないでやってきた10年だったので、この先もこれを成し遂げたら目標達成とかは全くなくて。自分らしさみたいなものにとらわれず、歌える限りは本当にいろんなことに挑戦したいです」
──すごく意欲的ですね。だから、“ここがゴールじゃないんだよ”、“これからも旅は続いていくんだ”ということを繰り返し伝えていたんですね。
「その根底には悔しさがあるのが自分の中では大きいかもしれないです。全てがパーフェクトで、自分の歌にすごく自信があって、すごくいい公演ができていたら、私はこの10年ですごく満足してしまったかもしれないです。でも、まだやりきれていない想いがあって、伝えきれてない想いがあるから、11年目以降も続けていきたいです。この幸せを続けていきたいという気持ちと同居して、まだまだ自分が追い求める歌心に到達できていない気がするのが、自分の原動力になっています。もっと自分がたどり着きたい歌とか、歌い方とか、声とか、そんなものにまだまだ出会いたいという好奇心みたいなものが大きいです」
──ツアーファイナルの最後は“10年頑張ってきて良かった”と言ったあと、“幸せ!”と叫んでいました。
「“幸せ!”と叫んで死んでいった、みたいな(笑)。本当に心から出た気持ちでした。“ありがとう”とも違いますし、“大好き”とも違って。みんなへの想いというよりかは、私の中の心から出た感情が“しあわせ”という四文字でした。“幸せ”って声に出すことって、あまりないじゃないですか」
──大声で言うことはないですよね。あれは、アーティスト=水瀬いのりと言うよりは、普段の水瀬いのりさんが最後に出てきたのでしょうか?
「確かにそうだと思います。本来の公演の最後としては、“みんな、ありがとう!”で投げキッスをして終わるのが今までの私だったと思います。でも、あの時は、“私にとって一番のご褒美だ”と思った瞬間だったので。そして、みんなにはまだお知らせできていないですけど、次にやることだったり、次にお届けできるものも準備を始めているわけじゃないですか。“このみんなと一緒に次の旅が始まる”と思った時に、“めっちゃ幸せだな!”と思って。私が10年かけて見つけた自分だけの景色だと思うんです。ライブは世界中いろんなところでやっていますけど、“今日この時間のこの景色が紛れもなく水瀬いのりのライブ空間”と思えた時に、手に入れたものが大きすぎて、かつ、それが身近にあるという喜びが、あの“幸せ!”っていう、オリンピックの後みたいな感じで」
──金メダルを取ったみたいな?
「はい。まだ心が追いついていない、脳が喋っているみたいな状態で私はステージから下りました」
──今、“次の旅”とありましたが、これからはどう考えていますか?
「とても楽しみがいっぱいです。それこそ、できるできないとか、悩みとかも全て打ち明けながら、時にはみんなで立ち止まりながら、これから先も旅が続いていきます。なんなら立ち止まることすらも私にとっては糧になるとも分かっている次の 10年が始まります。私は、“この時が一番良かったよね”みたいなことではなく、どんな時も今が一番良くて、それを続けていることに喜びを感じるので。もちろん、その当時にしかできなかったことはあっても、今の自分にしかできないことも必ずある。それを無くさず、見落とさず、その輝きと一緒に旅を続けていきたいと思っています。これから先、できなくなることが多くなるのではなくて、できなかったことができることに変わっていく 10年を歩めると思うと楽しみでいっぱいです。20代の前半は特に自分の想いを言葉にするのに戸惑って迷って、苦しんだ時もあったので、その分、 30代はやりたいことを口にして、それに挑戦するということを恐れず、何事も楽しみながら、そして、ダメな時は“ダメだ〜!”って叫んで、また切り替えてっていう。“人間を楽しもう”という 30代にしたいです」
──ファンの皆さんに“新しい未来を最高にします”と約束していましたからね。
「そうなんです。すごいことを言っていますよね…。今はちょっと言えないですけど」
──あははは。ここでは言えないですか?
「はい、すいません。アドレナリンなのかな?…でも、ブルーレイには入っていますから。みんなが私をそういうステージに立たせてくれるんですよ。一人ではそんなことも言えなかったけど、みんなと一緒だからこそ、そんなことも言えたと思います。そんな私がこの 10周年で紡がれているので、それを糧に、皆さんも次の 11周年、 12周年はどんな水瀬いのりが待っているのかを大いに期待しつつ、楽しみにしつつ、まだまだみんなの知らないアーティスト=水瀬いのりを提示していきたいと思っているので、ぜひ…少し間口を広めに待ってくれていると嬉しいです!」
(おわり)
取材・文/永堀アツオ
写真/中村功














