榎本光希(えのもと・こうき)アタッチメント ヴェイン デザイナー

「ATTACHMENT(アタッチメント)」「JULIUS(ユリウス)」「UNDERCOVER(アンダーカバー)」でアシスタントデザイナーとして経験を積む。その後、自身のブランド「VEIN(ヴェイン)」を立ち上げ、20年春夏パリファッションウィークでデビュー。22-23年秋冬コレクションよりアタッチメントのデザイナーに就任。

アタッチメントは「過程」、ヴェインは「構造」の表現

今年2月に22-23年秋冬コレクションのランウェイショーを行いました。アタッチメントのデザイナーとして初のコレクションで、ブランドとしては実に13年振り。7月には23年春夏コレクションのショーも開きましたね

「1回目は僕という人間を知ってもらいたいという気持ちもあって、新生アタッチメントのお披露目として四谷のスタジオで行いました。テーマは"Volition"。画家のロバート・ライマンが残した"There is never any question of what to paint only how to paint(何を描くかではなく、どのように描くかという問いである)"というフレーズからの着想です。ブランド名のATTACHMENTは"付属"を意味し、服は着る人を魅力的にするための付属と捉えています。"人を引き立たせる服"を提供していくために、糸や生地、染色、縫製など服作りの「過程」にこだわってきました。まさに"どのように作るか"です。これからも妥協しない服作りを続けていくという思いを、意欲や意志、決意を意味するVolitionに込めました」

  • 今年2月、イメージスタジオ四谷で行った22-23年秋冬コレクションのランウェイショー
  • 大ぶりな襟が特徴のダブルのコートはアーティスト:ロバート・ライマンのアートワークをジャカードで表現した(アタッチメント、22-23年秋冬)
  • 極端なほどにディテールを削ぎ取ったムートンブルゾンはアタッチメントのシンプリシティーの哲学を反映している(アタッチメント、22-23年秋冬)

2回目の会場は屋外でした

「開放感のある場所でやりたいと思っていたんです。春夏コレクションは"HORIZON"をテーマにしたのですが、そのヒントになったのがカナダのアーティスト、アグネス・マーティンのグリッドのみで構成された絵画でした。僕らは地球にいて、今、この場で起きていることを地球と共に感じる。そういうマインドセットをしたかったんです。都会にいながら水平線を感じられる場所を探し、代々木第二体育館のエントランス空間を選びました。階段にグリッドが表現され、石畳が広がっていて、背景には丹下健三さんが設計した第二体育館がそそり立っている。その景色の中にはヴェインのクリエイションに通じる表現もあったので、悩まず決めました」

7月にはアタッチメントとヴェインの合同で23年春夏コレクションを披露

2ブランドによる合同ショーは初めてでした

「両ブランドを交錯させることで、互いの違いをより豊かに表現できると思ったんです。例えば、アタッチメントでは2000年代のアーカイブに着目し、それをもとにシュリンク加工を施したシャツや、内側にカーブしたシルエットのパンツなどアップデートしたものを中心に披露しました。ヴェインで取り組んだのは、構造自体のデザインです。ジップを使って立体的なシルエットを表現したレザーブルゾンや、オーバーサイズの服を解体・再構築したカットソーやパンツなどを提案しました。共通の素材を異なる世界観を持つデザインで表現したアイテムもあります。その6月にパリで両ブランドの展示会を行い、とても好評だったのですが、ショーでは人が歩いて動きを見せることで互いの特徴が際立ち、より強い手応えを得ることができました」

「寄り添うデザイン」から浮かび上がる変化

アタッチメントとヴェイン、どんなことを意識して服作りをしているのですか

「ヴェインは自分で始めたブランドなので、ライフワークに近い感覚を持ちながら、語弊はあるかもしれないけれど、やりたいことをやっている感じが色濃く出ていると思います。一方、アタッチメントはコンセプトがしっかりとあり、歴史もあって、国内外にたくさんのファンがいます。基盤がある中で引き継いだので、"寄り添うデザイン"をイメージしています。熊谷さんのアシスタントデザイナーとして蓄積した経験を抽出しながら、"人を引き立てる服"というコンセプトと"過程を選択する"というクラフトマンシップからぶれず、社会やお客様の変容を咀嚼(そしゃく)して少しずつ変化させていくことを意識しています」

清涼感のあるミリタリーアイテムにはベルトによるウエストマークでポイントを作った(アタッチメント、23年春夏)
アーティストのアグネス・マーティンをイメージした淡いカラーリングのセットアップ(アタッチメント、23年春夏)

「寄り添うデザイン」に榎本色が表現されてくると

「"榎本色"とは何なのか、自分では正直、あまり分かっていないんです。自分のキャリアの中で長くデザインしてきた靴や小物を含めてスタイルとして提案するということは、今までよりもできてきていると思いますけど。ただ、ショーを2回やって、いろいろな方々に"榎本っぽくなってきたね"と言われます。確かに生地や色使いの柔らかさなどちょっと中性的な表現は、以前のアタッチメントにはなかったかなあと。でも、中性的ということは全く意識していないんですよ。自分自身は中性的ではないけれども、ジェンダーに対して垣根を作らない。それを意識的にやっているのでもなくて、世代なのかもしれませんね。同じTシャツを"男女どっちが着てもいいじゃん"っていう。その意味で、"男の服"というストイックなイメージは自然と変えているかもしれません。団塊の世代ぐらいまでは、男はカッコいいみたいなイメージが強かったですからね。革ジャンにデニム、ブーツを合わせるみたいな。そういうスタイルは僕も好きだし、やってもいました。でも、時代が変化してきて、今はもうちょっとリラックスした雰囲気というか、ユニバーサルな方向性になってきている。その中で、メンズブランドが対象とする人物像も男性だけではなくなってきているとは感じますね」

フォトグラファー西川元基氏のグラフィックを使用したフリンジアイテム(ヴェイン、23年春夏)
今シーズンの特徴だった、ダブルジップ仕様でのドッキングブルゾン(ヴェイン、23年春夏)

パタンナー志望から企画者、デザイナーへ

榎本さんはもともとデザイナー志望だったのですか

「そういう思いは全然無かったんです。中高生の頃は建築家や美容師になりたかった。何かを作る仕事をしたいと思っていたんです。洋服も好きではあったんですけど、ミシンを触ったこともなく、ボタン付けもできませんでした。何がきっかけだったかは覚えていないのですが、高校3年生のときに専門学校への進学を決めるタイミングで突然、ファッションという言葉に何かを感じたんですね。急転直下でファッションの専門学校に進み、そこで初めてミシンの使い方を覚えたんです。学んでいくうちにパターンが好きになって、それからはずっとパタンナーになりたいと思っていました」

専門学校を卒業してアタッチメントに入った?

「ほぼそうなんですけど、夜間の学校でもっとパターンを学ぼうと思い、表参道のプーマのショップで販売のアルバイトを始めたんです。そんな生活を始めた頃、専門学校の先生からアタッチメントで新人を募集していると勧められ、すぐに入りました。バイトからスタートし、企画職としてデザイナーのアシスタントをするようになったんです」

アシスタントデザイナーになったことがきっかけでデザイナーになろうと

「全く思わなかったんですよ(笑)。アタッチメントも、その後にアシスタントデザイナーを務めたアンダーカバーやユリウスも、デザイナーの存在感がすごいじゃないですか。それを間近で感じていたので、自分がデザイナーになるなんて想像もできませんでした。30歳を過ぎてもそんな感じで、ユリウスにいたときに熊谷さんから"戻ってこないか"と声をかけられたんです。で、11年ぶりにアタッチメントに復帰したら"新しいブランドを作ってみないか"と勧められて。相応にキャリアを積んでいたこともありますが、その言葉がきっかけで初めて"やるなら今しかない"と思い、2020年にヴェインを立ち上げました。このブランドの根っこには建築家のジャン・プルーヴェへのリスペクトがあります。彼は自らを建築家ではなく、建設家と呼んでいました。スケッチも全体像からではなく、ディテールから描き始めたといいます。僕も自分をデザイナーというよりは企画者として捉え、ブランドを始めました。自分のブランドの服作りに取り組む過程でデザイナーとして自覚するようになっていったんです」

ヴェインの立ち上げから2年でアタッチメントのデザイナーに。熊谷さんから直接、打診があったのですか

「前触れもなく突然に。"自分は退いて、榎本に引き継ごうと思っている"と言われたんです。驚きましたが、やりたいと素直に思いました。でも一度、落ち着いて考えたかったので、数日間いただいたんです。アタッチメントのような中堅ブランドでデザイナーが変わって成功した例は、海外では普通にありますが、日本ではあまり思い浮かばなかったからです。デザイナー交代という変化が日本のマーケットに合うんだろうかと考えたり、既存のお客様を裏切ることになってしまうかもしれない、残念がられてしまうかもしれない、そんな怖さみたいなものも感じたり。でも、やってみないと分からないじゃないですか。あまり前例のない中堅ブランドのデザイナー交代にチャレンジすることは、今後の日本のファッション業界におけるブランド継承に寄与できるかもしれない。大袈裟かもしれないけれど、ポジティブな捉え方をして覚悟を決めました」

ブランドを引き継いだのはコロナ下。海外生産地のロックダウンがあり、しかも円安や原材料費の高騰、ウクライナ戦争など、いろいろなことが次々と起こりました

「うちも生産面では中国の工場がロックダウンで稼働が止まり、サンプルも作れなかったので国内に振り替えたりしました。2回目のショーの準備は、アパレル人生で一番しんどかったですね。ロックダウンの解除後でも、国内生産に切り替えたものもありますが、中国の工場は技術力が高く、良い関係を維持してきたので継続して生産を依頼しています。彼らの仕事が無くなってしまっては迷惑をかけますし、僕らも作ってほしいと思っているからです。また、生地へのこだわりはアタッチメントの身上です。日本全国の産地を回り厳選しています。日本の生地は世界のメゾンが好んで使っていますよね。欧米にも優れた生地はあるのに、何でわざわざ日本で買うのか。欧米ではメーカーが作った生地を使うか使わないかという選択になりますが、日本の場合はアレンジに対応しているからです。大変だとは思いますが、素晴らしい仕事をされています。僕らはマーケットと物作りのハブでもあるので、変わらずコミュニケーションを育みながら、共に妥協のない服作りをしていきたいですね」

販売スタッフはブランドのフロントマン

ブランドのコンセプトやシーズンテーマ、商品の魅力など、店舗での伝え方についてはどう考えていますか

「店舗のビジュアルは大事とは思うんですけど、アタッチメントを引き継いで最も大事にしているのは、販売現場のスタッフとの意識共有です。SNSやECで簡単に服が買える時代だからこそ、店に来てくださるお客様にはウェブ以上の情報をサービスとして伝えられることが大切です。"自分はこう思っていて、だからこういうふうにこの服を作っている""次はこういうものを作ろうと考えているけど、どう思うか"など、かなり意見交換をしています。言葉を交わすことで伝わるというか、人から人へということですね」

アナログを大事にしたいと

「ブランドにとってのフロントマンは販売スタッフですから、彼らが一番、ブランドを好きでいてほしい。ブランドの伝達者として信頼しているからこそ、僕が考えていることをしっかり伝えたい。アタッチメントのショップは現在、都内に直営店が3店舗と、新潟、福岡にフランチャイズがあります。ヴェインは卸とECで展開しているので、店舗運営は僕にとっては未知の領域。だからこそ、スタッフとのコミュニケーションを重視しています」

  • アタッチメント表参道ヒルズ店
  • ランウェイショーの動画をエントランスで
  • 前デザイナーから引き継がれ、アップデートされたカットオフディテールのカットソーとシャツ
  • ミニマルにデザインされたアメリカ軍G-8ジャケット
  • オリジナルソールを使用したローテクスニーカーはアメリカ軍のコーラルシューズをモディファイ

ヴェインの直営店出店は考えている?

「チャンスがあればとは思っています。しっかりとした世界観を見せていきたいので、そのためにもブランドの規模感をどうするかなど、まだ検討課題があります。ヴェインに関してはインディペンデントでありたいという気持ちもあるんです。"誰が行くの?"みたいな立地で、二畳ぐらいの店をやったら面白そうだなとか考えたりはしますね」

最後に、アタッチメントでは今後、どんなことに取り組んでいこうと考えていますか

「"人を引き立たせる服"の考え方は変わりません。その中で今、海外をすごく意識しています。6月にパリでの展示会を再開したのも、その一環です。ランウェイショーもそうですが、僕らがブランドとしての態度をどう発信しているのかを、海外の人たちも少なからず見ています。ブランドの世界観を伝える活動を工夫していきたい。ショーを続けるのか、インスタレーションなど違う表現を採るのか、方法はいろいろあります。大事なのは、何でそれをやるのか。そこを見極めながら、服作りと伝達を磨いていきます」

写真/野﨑慧嗣、アタッチメント提供
取材・文/久保雅裕

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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