“恋愛の神様”“ラヴ・ソングの女王”としてワン&オンリーのキャリアを歩み続けてきた古内東子が、シングル「はやくいそいで」での1993年のデビューから30周年を迎えようとしている。それに先駆けて、30年目のスタートとなるデビュー日の2月21日に、セルフプロデュースによる通算19作目のニュー・アルバム『体温、鼓動』がリリースされた。心のディスタンスまで広がった感があるこの時代に、音、声、言葉が持つ優しさ、温かさというものを皮膚感覚で伝えてくれる逸品だ。

アルバムは全編ピアノ・トリオ編成で、しかもライヴやレコーディングでゆかりの深い中西康晴、河野伸、森俊之、草間信一、松本圭司、井上薫の6人のピアニストが楽曲ごとに代わる代わる演奏するという豪華さ。30周年を記念してラストに収録されている「はやくいそいで(2022 Piano Trio Version)」では、音源としては初めて古内東子自らピアノを弾いている。

3月2日のブルーノート東京公演に続き、6月に東阪&横浜(4日:大阪、12日:横浜、30日:東京)のビルボードライブでの公演が開催されることも決定。彼女のまさに体温と鼓動を感じることができる、アニヴァーサリー前夜となりそうだ。本人に話を聞いた。

――長引くコロナ禍により、音楽との向き合い方で何か変わったところなどはありますか?

「やっぱり一番難しいのはライヴをやることで、不自由さを感じざるを得なかったですね。なるべく止まらないように、ちょこちょこはやっていたんですけど、数ヶ月は全然できませんでしたから。まあ、皆さんそうなんでしょうけど、そこからはいろいろ工夫しながらなんとかやっていた感じです。ただやっぱり、ステージから見える景色は一変しましたし、ライヴに来ていただく努力も何倍もしないといけないので、そういうことに奔走していたところはありましたね。でもそれが結局、何につながったかというと、ライヴができることのありがたみを感じられたということなんです。足を運んでくださることの重みを実感しましたし、感謝の気持ちが本当に強く深くなりましたね」

――今回のアルバムはデビュー日のリリースですし、30周年記念盤と捉えて良いのでしょうか?

「そういう意味合いもありますね。30周年ということで、かつてお世話になっていたソニーさんにお手伝いしていただいてリリースできることになって、内容を考えた時に、ピアノを中心としたアルバムにしたいと思ったんです。私は作曲する時に必ずピアノを使いますし、これまでいろんなピアニストの方たちとの出会いがあって、その方たちに音楽性を広げてもらってきたところもあるので。だから、改めて共演させてもらって、1枚のアルバムにしたいなと」

――それでピアノ・トリオなんですね。

「何か大きなことをやるのではなくて、30周年だからこそ意味のあるものにしたかったんですよね。そこでピアノが頭に浮かんで、ピアノが一番輝くというか、一番おいしいというか、どんな曲でも自由に素敵に奏でられるのがトリオじゃないかなって。しかも、ベースとドラムは固定して、ピアノの方を曲ごとに迎え入れる形にしたかったんです。そこからピアニストの皆さんに連絡して、オッケーをもらったところで曲を書き始めました。そこは全部つながっているんですよね」

――なるほど。音源で聴いていても、距離が近いというか生っぽい感覚があるのですが、ライヴ録音というわけではないですよね?

「ライヴ録音ではないですけど、3人揃って“せ〜の”では録っています。皆さんブースに入って。当然、納得するまで演奏したりっていうのはあるんですけど、3人揃って同じスタジオに入って、同じピアノで弾いていただきました」

――セルフプロデュースですし、そこはこだわりたかったということですね。

「そうですね。違いというか、個性がより出るように。ベースとドラムをそれぞれ同じ方にお願いしたのも、ピアノの方々の個性を考えてのことでした。やりたいことが、明確にあったんです。それこそ30年やってきたことの良い部分は、ミュージシャンの方たちと絆みたいなものを築けたことなんですね。だからこそ、直接言ったほうが伝わるだろうし、話に乗ってもらえるかなと思って、個人的に私からお願いしました」

――曲名にもなっているアルバム・タイトルも、象徴的ですね。

「本当に、究極のシンプルというか、直接的なタイトルだと思っています。体温と鼓動があるから、人は生きていけるわけで、生きているという証でもあるし、それ以上でもそれ以下でもないというか、それしかないというか、それがすべてというか。私が今、そんな心境なのかもしれないですね。私は音楽で恋愛というものを描いてきたし、今回もそうなんですけど、そこにあるのは生身の人間と、その人の感情だけなんです。それを表現しているタイトルだし、タイトル曲でもありますね」

――いわゆるJ-POPに大きく括られるような、かつての音楽から、AOR的な大人の音楽へと進化してきているのは、ご自身の意識が変わってきたからなのでしょうか?

「う〜ん、割と自然の流れの中でやってきたとは思うんですけど、最近は、本当に自分がやりたい音楽を、やりたい人と作って届けたいという思いが強くなりましたね。デビューした90年代というのは、ミリオン・ヒットも出ていたし、みんながCDを買う時代でもありました。だからヒットするものに対しても、聴いてくれる人に対しても、誰もがちょっとずつ迎合してしまっていたところもあったのかなとは思いますね、今は。その時はその時で、自然にやっていたんですけど。私はもともと聴いてきた音楽というのが、AORだったりソウルだったり、洋楽なんですね。そういう自分が好きな音楽に、より近づけていこうと思っているわけではないんですけど、聴いてきたものが自分の中に確かにあるんだなということを感じています。今は皆さん、J-POPも洋楽もあまり関係ないと思うし、まあ日本で流れる限りはJ-POPになっちゃうんですけど、もうジャンルレスというか、好きなものを好きなだけ取り入れて、好きなように昇華させていいんだよっていう空気がある気もするんですよね」

――今回のアルバムの歌詞にも、はっとさせられてしまうわけですが、ご結婚されて母にもなられて、歌詞のインスピレーション源や書き方に変化はありましたか?

「基本的には変わっていないと思いますけど、どうですか(笑)?」

――はい、変わっていないと思います。もともと実体験というより、ご自身が感じることを含めて、フィクションではないですがストーリーテリングのような感覚で書くことが多いのでしょうか?

「う〜ん、そこまで客観的ではないのかな。なんでしょうね、まあバランスですかね。そのバランスも曲によって違うと思いますけど、自分の中にある題材を見つけてはいます。知らない誰かを主人公にして書くみたいなことは、いまだにないですから。それはできないというか」

――なんというか、日々恋をしている感覚を持ち続けていたり……。

「それはまた、いろんな誤解を生みますけれども(笑)」

――おっしゃる通りですね(笑)。

「う〜ん、目分量というか。でも、そんなに他人事だと思って書いてはいないというところはあります。我が事として書いていますけど、それを全部、“今こうなんだね”って言われると、イエスともノーとも言えないというか」

――書く題材に困るようなことはないですか?

「それはないですね。たとえば小説とかだと、長いですし、題材を探すのがまず大変なんでしょうけど、ラヴ・ソングの場合、そんなにパターンってなくて、失恋か、恋の始まりか、あとは友達との三角関係とかですから。それを手を変え品を変え、みんなが曲にしている感じだと思いますね。たとえば自分が昔作った曲を、今ライヴで歌っても、昔の気分では歌っていないんですね。今の自分の気分で歌っているので、“あの時いくつだったかな?”とか、“あの人を好きだったんだよな”みたいな記憶は、まったくたどらないんです。常に今の自分自身のフィルターを通さないと、歌うことも書くこともできないというか」

――昔の体験を、今書くみたいなことはありますか?

「それはありますね。かつて自分が抱いていた感情が今も残っていたりすると、それが突如出てくることもあると思うので」

――個人的には、『体温、鼓動』はひとりで酒を飲みながら聴きたいと思いました。

「(笑)」

――ご本人は、車の中で音楽を聴くことが多いんですよね?

「そうですね。あんまり家では聴かないんです。聴くとしてもイヤフォンかヘッドフォンで、自分だけという状態で聴きます。車というのも、そうですね。ひとりで聴きたいんです、音楽は。ライヴもひとりで行くことが多いし」

――とても共感します。ご自身の音楽を、こういうシチュエーションで聴いてもらえたら嬉しいというのはありますか?

「やっぱりドライブですかね。音楽によって景色の見え方も変わってくるので、お勧めしたいです」

――ちなみに、デビュー時に30年後をどのようにイメージしていましたか?

「先のことはまったく考えていなかったです。今も割とそうですけど、明日あさって、来週ぐらいまでのことで精一杯というか。ほかのこともやりたいとか、そういうことじゃないんですけど、私には一生歌しかないとか、お婆さんになるまでとか思ったことがないんです。でも、30年続いた今思うのは、やっぱり歌が好きなんだなっていうことですね。落ち込む時は、ひたすら落ち込んだりもしましたけど、それでも“辞めたるわ”みたいなことはなかったから。まあ、芸能界には合っていないなあとはずっと思っていますけど(笑)。でも、音楽という表現に関しては執着していますかね」

――天職というやつでしょうか。

「今回も、すごく楽しかったんですね。参加してくださった方にも素晴らしい演奏をしてもらって、満足いく1枚ができて、30年経ったんだなって考えると、天職と言ったらおこがましいけど、“これしかできないな”って。きっとこのまま、這いつくばってでもやるのかなって思います」

――ご本人にとっても、思い入れが強いアルバムなんですね。

「もちろんです。愛着がめちゃめちゃあります」

――30年前の古内東子さんが今の古内東子さんに声をかけるとしたら、なんと言うと思いますか?

「“今回のアルバムいいね!”って言いますね(笑)。二十歳の私も絶対好きだったと思うので」

(おわり)

取材・文/鈴木宏和

Release Information古内東子『体温、鼓動』

2022年221日(月)
MHCL-2939/3,300円(税込)
ソニー・ミュージックダイレクト

特設サイト

Live Information

JCB Presents Toko Furuuchi Live at BLUE NOTE TOKYO
3/2(水) ブルーノート東京
 1st:Open 17:00 / Start 18:00
 2nd:Open 19:45 / Start 20:30

Toko Furuuchi Live 2022
3/21(月・祝) 名古屋 BLcafe
 1st:Open 14:00 / Start 14:30
 2nd:Open 17:00 / Start 17:30

TOKO FURUUCHI 30th ANNIVERSARY 体温、鼓動
6/4(土) ビルボードライブ大阪
 1st:Open 15:30 / Start 16:30
 2nd:Open 18:30 / Start 19:30
6/12(日) ビルボードライブ横浜
 1st:Open 14:00 / Start 15:00
 2nd:Open 17:00 / Start 18:00
6/30(木) ビルボードライブ東京
 1st:Open 17:00 / Start 18:00
 2nd:Open 20:00 / Start 21:00

TOKO FURUUCHI 30th ANNIVERSARY LIVE TOUR
4/30(土) 広島 LIVE JUKE
 1st:Open 15:30 / Start 16:00
 2nd:Open 18:00 / Start 18:30
5/1(日) 松山MONK
 1st:Open 14:30 / Start 15:00
 2nd:Open 17:30 / Start 18:00
5/13(金) 熊本CIB
 Open 18:30 / Start 19:00
5/14(土) 福岡ROOMS
 1st:Open 14:00 / Start 14:30
 2nd:Open 17:30 / Start 18:00
5/29(日) 札幌PENNY LANE24
 Open 15:30 / Start 16:00
7/2(土) 新潟県民会館小ホール
 Open 18:30 / Start 19:00

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