――まずA夏目さんのアーティストネームの由来はなんなんですか?
「夏目漱石さんがもともと好きで、”夏目“は名前に入れたいなと思って。熊本にゆかりがあるというか、熊本に住んでたみたいなんですよ。あと、検索で引っかかりやすい名前にしようと思ったんですよ。それで大文字のAを頭につけて、”あ“って読んだらアルファベット順でも五十音順でもいちばん先頭に来るじゃないですか。だから検索で一番上に来るし、エゴサーチしやすい名前にしようと思って、A夏目っていうふうになりました」
――去年高校を卒業したんですよね。
「去年高校卒業して、今は音楽作っているって感じです」
――別に上京しようとは思わない?
「そうですね。高校卒業する前までは東京に憧れてて。でも、東京にお仕事で行くことが多くなって、“このまま熊本に住みながら音楽やってもいいかな?”って気持ちがだんだん強くなってきて、まだ東京に行こうという目処はないって感じですね」
――それは環境要因が大きいんですか?
「熊本の街が好きだし、友だちも親も近くにいるから心地いいんですかね。東京に行ったときよりも、熊本のほうがいろんな面ではかどるというか、やりやすいです」
――ちなみにA夏目さんはリリックを書くのとフリースタイルやるのとどっちが先だったんですか?
「小学校の高学年ぐらいからラップバトルをやってて。高校2年生ごろから本格的に音楽を作り始めて。先にフリースタイルにハマって、長期間フリースタイルやってて、で、歌詞を書き始めたのが結構最近っていう感じです」
――小学生のフリースタイルの内容が気になるんですけど(笑)。
「“イエー、お前の服シマシマ”とか、単なる見た目いじりとかそういうレベルなんですけど(笑)。でもだんだん最初僕だけだったのがラップ友達もどんどん増えてって、中学校では休み時間にベランダでみんなでラップしたり、高校生ラップ選手権とか流行りだしてから、地道にラップできるようになってって。割と自由にお互いラップバトルできるようになったぐらいの時に、“じゃあ今度は音源作ってみようよ”ってことで、次は音源という形で、“どっちがかっこいい?”かみたいな勝負し始めたりして、今に至ってますね」
――校内サイファーしてたんですね。
「そうです(笑)。ベランダから次は音楽室になったりとか、どんどん規模がでかくなって(笑)」
――面白い。プロでやっていくにあたってトラックメーカーの人と仕事をするようになるわけですが、今現在一緒にやってる人たちとはどういうふうに知り合ったんですか?
「僕が高校2年生の冬に(事務所の)ROOFTOPに自作の音源を送って、そこから所属するっていう流れなんですけど、所属するまでは僕らはずっとYouTubeの著作権フリーの音源でやってて。だからトラックは全然作ったことはなかったんです。で、所属してから、今作ってもらってるトラックメーカーさんにトラックを送ってもらうようになったので、事務所に入ってからですね。自分ではトラックは作ったことはないです」
――Taro IshidaさんはクボタカイさんやRin音さんにも作ってらっしゃいますもんね。
「はい。クボタカイさんがめちゃくちゃ好きですごいファンだったので、クボタカイさんが出す音源のクレジットにTaro Ishidaさん名前が入ってて、事務所に所属する前からTaro Ishidaさんの名前は知ってたんです。だから事務所に入って、“このトラック、Taro Ishidaが作ったんだよ”っていうのを聞いて、嬉しくてたまらなかったです」
――今回の『Carry Case』は「東京の冬」以降のリリースでデジタルシングルやアルバム曲が集約されてる一枚だと思うんですが、「東京の冬」からすごい時間経った感じしません?
「そうですね。もう1年経ちますし、あっという間でしたね。「東京の冬」を出してから今までと、また新しい一面を見せたいし、“もっと世間の人に共感してもらえるような曲を作りたいな”っていう一心でこの1年間やってきたんですけど、そういうものが詰まってるアルバムかなと思います」
――「東京の冬」に関しては曲の発端になったABEMA『恋する♥週末ホームステイ』への参加だったり、活動が広がって行きましたね。
「あれから一気に世界が広がったというか、事務所に所属して音楽活動やっていく中で、自分が世間の人たちにたくさん聴いてもらえてるというか、ちゃんとアーティストとして認識されてるっていうのを確信したというか。そういう曲になりましたね。すごい反応もいただきましたし、お仕事も増えて、やっぱり今こうやって色々取材とかも受けさせてもらってるのも「東京の冬」のおかげかなと思ってます」
――この曲自体、ラップなんだけどJ-POPの要素もあったり、日本の原風景というか住んでる所と東京の対比も見える歌詞だったりするので、なかなか他の人は書かないリリックかなと思います。
「僕の意識というか、歌詞を書くときのテーマっていうのも、まだ誰も表現したことのないような表現の仕方で表したいというのがあって、だから新しい歌詞というか、僕が歌詞書きながらも、“あ、この表現の仕方、今までになかったよね”みたいな、そういう歌詞がいっぱい当てはめれていると思うから、そういうところはよくできたかなと思います」
――例えば「東京の冬」なら、話す文章とも書く文章とも違うので、言葉の並び方がユニークで。最初のヴァースの<口ずさみたいな軽快なリズムで>では口ずさむとみたいながつながっていたり。
「それはなんか良くも悪くもだと思うんですけど、意味も当然大事ですけど、最初に聴いた耳に音が触れる感じで、“心地いいな”と思ってもらえるような音を重視してるので、ラップ的な言葉の入れ替わり方もそうだし、聴こえ方的に“あ、これちょっと意味は違くなってしまうかもしれないけれど、こっちの母音、この言葉のほうがいいよね”ってなったらそっちを使うし。そういう聴こえ方のこだわりっていうのは強くあると思います」
――特徴的な曲について伺いたいんですけど、「インディゴアイランド」はラテンフレーバーもあってしかもファンクです。
「レゲエ調のファンクだと思うんですけど、この楽曲に関しては初めてやるジャンルだったので、僕の言葉の感じと言葉遊びと発声の仕方が多少変わってるんですけど、残しつつ、楽しいファンク調のラップになればいいかなと思って作りましたね。新しいんだけど、悪目立ちしてないというか。違和感としてはそんなにないのかなと」
――ラップなんで当然なんですが、言葉数も多いし、2番の歴史と地理感。これはA夏目さんらしいのかなと。
「そういうのも僕が社会で習った言葉とか地理とかを織り交ぜてやってたり、そんなに知識があるわけじゃないけど、今まで習ったこととか、最近知った言葉とか、そういうのをぶち込んで、“楽しくなれるよね”って楽曲になってるんじゃないかなあ、と思います。僕の中にある最大限の言葉遊びを並べていったって感じですね。どれだけ自分が言葉で面白いことができるのかっていうチャレンジ的な曲ですね」
――逆にミニマムというか、ワンループの「この夜のこと」のような曲もありますね。
「そうですね。この曲は僕が一番最初に作った音源で、1stEPのリード曲なので。もともと僕がフリートラックで作ってた音源で、Taro Ishidaさんに編曲してもらったんです。もう1年半前ぐらいに作ったすごく思い入れが深い曲なんですけど、ワンループぐらいの曲なのがせつない感じがして。儚いというか、自分が作ったメロディだけでこの曲を完成させてるので、儚さとせつなさの感じが歌詞と一緒に聴く人に伝われば嬉しいですね」
――物事が進まない感じも同じループで歌詞の内容だけが変わっていく構成に似合ってる気がします。
「この曲は僕の中でもほんとに最初っぽいなというか、すごい純粋というか、自分の根本、最初の基礎の部分で深いところにあるもので、それがいちばん感じられる曲なので、すごい好きですね」
――技術の巧拙みたいなことではなく、コアにある考え方というか?
「この頃はごく一部のラッパーしか聴いてなくて、ただ自分が作りたいものを作ってる時にできた曲で。それから月日が経って音楽活動がだんだんできてきたときに、いろんなアーティストの方が身近になって行ったりとか、自分の環境が大きくなって行ったりして、自分の根本にあるものからちょっと違う音楽になっていったり、発声の仕方とか歌い方が変わって行ったりしてきて、それも今の自分なんですけど、「この夜のこと」っていうのは自分がまっさらな状態で書いた曲で。そのまっさらのときの歌詞なので何回聴いても自分を思い出すというか、“あー、懐かしいな”って感じになる曲ですね」
――しかも簡単に人と会えないここ2〜3年を後々思い出すのかもしれない、そういう曲でもあると感じます。
「物事がうまくいかない寂しさをちょっと書いたんですけど、そういうのにもマッチしてくると、より「この夜のこと」という曲が映えるような気がします」
――リスナーさん一人ひとりにとっての「この夜のこと」があると思うので。
「ああ、そうですね。恋愛とか友達関係とか、夜が明けてほしくない理由は書いてなくて、いろんな方、10人いたら10人に、この“ちょっと明日がこなければいいのにな”と思う瞬間があると思うので、いろんな方に合うようにこの歌詞を書いたというか、いろんなパターンで「この夜のこと」って曲が自分に重ね合わせて聴けるようにしたっていう曲ですね」
――「ひとつだけ」とか、もさを。さんとやってらっしゃる「あの音」はほぼ歌モノと言っていい感じの曲だと思うんですが、歌メロのある曲は自然に作るようになったんですか?
「最初始めた頃もすごくラップを聴いてたわけでもなくて、ポップなバンドとかシンガーソングライターが書く曲を聴いてたりして、割合的にはヒップホップよりもポップスを聴くほうが多くて。で、そういうのから受けた恩恵というか。普通に僕はメロディがある曲が好きなので、そういのがやりたいっていうのと、一般的に皆さんに聴いてもらうときに、歌メロのほうが受け入れてもらいやすいのかなていうのがあって。歌メロは今からもこれからもずっとやっていくつもりなんです。でも、僕も一応ラッパーなので、ラップがしたいっていうのもずっとあって。ラップの曲をレコーディングしたり、歌メロレコーディングしたりは結構、半々だったりするんですけど、この2つは歌メロははっきりしてるんですけど、自分がやるラップよりメッセージが強いというか、多くの人に受け入れてもらえるようなメロディで、多くの人に共感してもらえるような歌詞にして、「ひとつだけ」と「あの音」という曲は伝わる曲にしようという感じですね」
――シンプルな歌詞でA夏目さんの同世代の人に届けようとしてる曲なのかなと思いました。
「そうですね。僕の曲は自分で書きながら思うんですけど、伝わりにくいというか、どんどん難しい方向に行っちゃうんで、この「ひとつだけ」は伝わりやすいメロディにしようと思ったんです。これだけは最初から最後まで意味を突き通して人に伝わる曲じゃないとダメだなと思ったので、自分の歌詞を難しくする傾向を一旦、消して全部クリアにして、“どうすれば聴いてもらう人にグッと刺さるのかな?”と思いながら、できるだけシンプルに書いたのがこの「ひとつだけ」です」
――そういうふうに曲の役割を明確に分けられるのがポップなんだなと思いますね。
「僕もそう思いますね。この11曲全部に曲の役割があると思ってて。それぞれにこの曲はこうあるべきとか、どういう届き方をするべきっていうのが僕の中では明確にあるので」
――「アリクアンド」は哲学的ですけど、A夏目さんがフェイバリットに挙げてらっしゃるMrs.GREEN APPLEの影響を感じました。
「そうですね。なんかこの曲は最初の「この夜のこと」を書いた当時では書けない曲で、いろんなアーティストさんを聴くようになってから、影響を受けたっていう意味ではそうですね。Mrs.GREEN APPLEさんとかRADWIMPSさんとか、そういうメロディの作り方とかをしている気がします」
――メロディのスキルだけじゃなくて、哲学というか歌詞に含まれてるものも共通するものを感じます。
「“この意味を完璧に解説できるか?”っていうとできないんですけど、意味として聴いてもらった人には哲学的でちょっと深くて、もっというなら宇宙を感じるような曲だなと感じてもらえるようにしたくて。トラックはYuta Hashimotoさんの神秘的なトラックというか宇宙空間的なトラックなので、わかりやすい歌詞よりも哲学的にしたほうがこの曲にはハマるのかなと思ったので、これは自分の世界観というか、自分特有の歌詞に自分の好きな感じ、哲学的に書いたっていった感じですね」
――言葉遣いが面白いですね。<痛いも痒いもなく>って、普通は「痛くも痒くもない」というから。
「(笑)。なんかここは不思議な空間というか、聴いてて異世界チックにしたくて。で、なんか言ってることはわかるようで“深いこと言ってるのかな?”みたいな。この曲はスッて物語が入ってきちゃダメな気がしたんです。異世界感を出すために言い回しをちょっと難しくしてみたり、聴いたことのないような文字の配列にしてみたり、こんな歌詞でこんな使い方するんだみたいな、そういう感覚で書いたような歌詞です」
――「アリクアンド」ってどういう意味なんですか?
「これは“いつか”とか“たまに”とかいう意味なんですけど、一応、歌詞のあらすじっていうのが、幼馴染の男女がいてこれから歩いていく中で、夢を語ったり離れ離れになったり、何かがもどかしくて、近づけるようで近づけないような距離感をどうにかして表したくて、そうやって歌詞を書いていくうちに不思議な空間になったというか。なんかすべてが噛み合わないようで噛み合ってるような、変なことを言ってるようですけど(笑)」
――そこは歌詞なので(笑)。そしてアルバムの中では異色ですが、個人的に好きな9曲目の「舞吐(まいど)」。トラックメーカーのNabTokさんはコアな界隈にいる方ですね。
「ヒップホップ要素が強いトラックメーカーさんなんですけど、このトラックが送られてきたときに、すごく新しいんですけど積極的にやってみたくて。「東京の冬」でみんなに知ってもらって、そういうポップで爽やかなイメージが強いと思うんですけど、それをアルバムの中で、いい意味で崩したくて、このちょっとヒップホップ強めな感じに挑戦してみたんです。このコアな感じのトラックで言ったら、ラッパーさんの武勇伝とか悪いことの自分語りというか、それが基本的にあると思ったんで、土台はそのセオリーでやりつつ、僕は何を自慢できるかって考えたときに、今までやってきた悪いこともないですし、警察に捕まったこともないですし。逆に自分のめちゃくちゃ普通っていうのを自慢していけばいいのかなと思って、この「舞吐」って曲では悪いこと自慢してるようで、めちゃくちゃ普通の人間だよねってことをアピールするような曲になってます」
――でも武器はラップだって言ってる感じはありますね。
「そうですね。ラップとちょっと悪いことはセットのイメージなんですけど、武器はラップで、ラップの技術だけでやってるよというか。僕がすごい尊敬しているCreepy Nutsさんとか、そういうスタンスでラップのヴァースが書ければいいかなと思って、作りました」
――確かにR指定さんは負けの美学というか、負けてきたけど負けてないみたいなスタイルですし。
「ダサい美学というか、今まで普通だったことを武器としてやってらっしゃるので、自分もそういうふうな書き方ができるといいなとも思いつつ、Creepy Nutsさんからいろいろ影響受けて、歌詞の書き方とかもいろいろインスパイアされて、ラップするときは書いてますね」
――Creepy NutsもMrs.GREEN APPLEも好きなのって今の10代の人らしいなと。どっちにもリアリティを感じてるわけですよね。共通してリスペクトしてる部分があるとしたらどんなところですか?
「リアルというか、どちらもスキルが高くて、スター性がある方たちじゃないですか。でも決してCreepy Nutsさんの曲でも、Mrs.GREEN APPLEさんの曲でも、なんか“俺はこうやってきたからこうすれば絶対うまく行くぜ”ってことじゃなくて、“こうしてみたらいいんじゃない?”とか“あなたはできると思うんだよね”とか、寄り添ってくれるというか。歌詞の面でいうとそうだったり、Creepy Nutsさんはジャンルはヒップホップなんですけど、今の若い人にも馴染みやすいような“ラップっていいね”って思ってもらえるようなポップスキルも持ってらっしゃるので、ラッパーじゃない高校生とかに共感してもらえるというか、ポップ寄りのヒップホップは親しみやすいじゃないですか。だから違うようでかけ離れてないっていうところですかね」
――そうしたA夏目さんのフィルターでどんどん曲を作って欲しいです。そしてツアーが始まりますが、どんなツアーにしたいですか。
「「東京の冬」でSNS上で応援してもらって、会いに行きたいとかDMやメッセージをいっぱいもらったので、こうやって1年経ってツアーやるのって、応援してもらった皆さんに僕から会いに行けることということなので、すごい気合い入れてーー緊張しますが、自分の力で盛り上げて”来てよかったな”ってお客さんを思わせれたらいいなと思います」
(おわり)
取材・文/石角友香
DISC INFORMATIONA夏目『Carry Case』
2022年2月16日(水)発売
XQMK-1004/2,500円(税込)
ROOFTOP
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