一人のミュージシャンのデビューから最期まで見届けられるというようなことは、めったにあることではありません。それも第一級のジャズマンで、しかも“ヨーロッパ・ジャズ”の新時代を築いたようなビッグ・ネームともなれば、なおさらです。ミシェル・ペトルチアーニとの出会いはまさに「音楽の理想」とも思えるような状況でした。何の予備知識もなく、ただ耳に届いた音だけで「これは凄いぞ」と思わせたのですから・・・

1980年代の初頭、とあるジャズバーで聴いた彼のアルバムがきっかけでした。冒頭に紹介した彼の日本デビュー作ともいうべき『ミシェル・ぺトルチアーニ』(OWL)です。特に「ジャズ」を聴こうという気持ちもなく、お気に入りのツボルグ・ビールを傾けているとき、突如彼のピアノが耳に飛び込んできました。それはメロディではなく“タッチ”でした。輪郭の鮮明な力強いピアノの響きが、完全に私を“ジャズ・ファン・モード”に戻したのです。

その後、彼の名前はジャズ喫茶周辺からファンの話題となり、来日公演にも繋がったことは皆さんご存知ですよね。私も話には聞いていたのですが、実際彼の1メートル足らずの身長を間近に見て、改めてそのタッチの強さに驚いたものです。床に足が届かない宙ぶらりんの姿勢で、あれだけ“芯”のしっかりとした音を出すのは容易ではないはずです。

そしてドライヴ感の凄さ。それも単に「早弾き」を誇るのではなく、まさにジャズならではの心地よさが聴き手を魅了するのです。彼は直ちに新生ブルーノートと契約し、ウェイン・ショーターら、第一級の本場ジャズマンたちと共演することとなりました。『パワー・オブ・スリー』(Blue Note)がそれです。

当初、彼の魅力はどちらかというとオスカー・ピーターソンばりのアップ・テンポの小気味良さだと思っていたのですが、ベーシスト、ロン・マクルーアとのデュオ・アルバム『コールド・ブルース』(OWL)を聴いて、それこそビル・エヴァンスのように繊細な“インタープレイ”もこなせる表現の幅の広さを持っていることを知りました。まさに当代一流の新人ピアニストと言って良いでしょう。

それは共演者との組み合わせによって多様性が引き出されることでもわかります。ロイ・ヘインズと組んだ『ミシェル・プレイズ・ペトルチアーニ』(Blue Note)では、ビ・バップ生え抜き、ばりばりの名ドラマーを相手に回し、一歩も引けをとっていないことで明らかです。そしてまた、ジョン・アバークロンビーのようなタイプのギタリストとも何の違和感もなく快演を繰り広げているのです。

こうした彼のフレキシビリティが最大限に発揮された名演が、邦題『パリの二人』(Dryfus)です。フランスでは著名なオルガン奏者、エディ・ルイスとのデュオ・アルバムですが、ライヴならではの乗りの良さが素晴らしい。それにしても、《枯葉》とか《キャラヴァン》といった「やりつくされた」感のあるスタンダード・ナンバーから、これほど聴き応えのある演奏を引き出せるのは、両者ともに「ただもの」ではありませんね。

そしてアルバム『オラクルズ・デステニイ』(OWL)では、ピアニストとしての評価が歴然と見えてしまうソロ演奏でも、ペトルチアーニは明らかなオリジナリティを見せているのです。ともあれ、彼は初めて“ヨーロッパ・ジャズ”が本場アメリカのジャズマンに拮抗できることを示した、画期的なミュージシャンなのです。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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