ジョン・コルトレーンの死からマイルス・デイヴィスのエレクトリック路線へと至る、ジャズが大きく方向を変えようとしていた60年代後半吹き込まれた『デモンズ・ダンス』(Blue Note)は、ブルーノート・レーベルへのマクリーン最後の吹込みであると同時に、この録音以後5年に及ぶ活動休止期を迎えるエポック・メーキングなアルバムだ。アナログ時代B面に収録された共演者ウディ・ショー作の《スィート・ラヴ・オブ・マイン》は、永遠の名曲だ。
1960年代後半、アメリカのジャズ状況はビートルズ出現に象徴されるロック・ミュージックの台頭によって、あまり芳しいものではなかった。多くのジャズクラブが閉鎖され、レコード会社はロックへと方向転換していった。そうした事情もあって、現場を離れもっぱら音楽教育活動に精を出していたマクリーンが演奏活動を再開したのは、デンマークの新興ジャズ・レーベル、スティープル・チェースへの吹込みがきっかけだった。
1972年、ジャズ研究家ニルス・ウインターがコペンハーゲンのジャズクラブでのマクリーンの演奏を個人的に録音したことが、スティープル・チェース・レコード誕生へとつながっていったのだ。73年録音の『ア・ゲットー・ララバイ』(Steeple Chase)はスティープル・チェースへの初期の吹き込みで、プレスティッジ時代を思わせるタイトル曲の哀感がたまらない。若干音質に問題があるが、これは設立したばかりのスティープル・チェースのライヴ録音技術が、まだ確立されていなかったため。
同じく70年代に録音された『ニューヨーク・コーリング』(Steeple Chase)は、マクリーンが息子のルネ・マクリーンと結成した新グループ「コスミック・ブラザーフッド」によるアルバムで、トランペット、テナーサックスを擁した3管セクステットによるダイナミックな演奏が小気味良い。息子と共演するマクリーンは元気いっぱいでいかにも楽しそう。ハードバップ時代とは一線を画した新しいマクリーンの誕生だ。
だいぶ時代は下るが、続いてもう1枚マクリーンが息子と共演したアルバムをご紹介しよう。88年録音の『ダイナスティ』(Triloka)はマクリーン57歳のアルバムだが、アルトの音色にまったく衰えはなく、むしろ力強さは増しているように聴こえる。さすが長年鍛え上げたテクニックはすごいものだ。もうこの時期のマクリーンは50年代60年代の哀愁路線とは縁を切り、オーソドックスなスタイルの中で新時代のジャズを展開している。
再び70年代に話を戻すと、70年代ハードバップ・リバイバルの流れに乗ったマクリーンは、かつての名盤『レフト・アローン』(Bethlehem)の再演をマル・ウオルドロンと行う。『ライク・オールド・タイム』(Victor)はいかにも日本制作といったアルバムだが、くすんだ哀感をたたえた《J.M.’s Mood》など、やはりマクリーン・ファンにはこたえられない味わいだ。
最後にご紹介する『マック・アタック』(Birdlogy)は、晩年になってもマクリーンはまったく衰えを見せず、アルトの音色などむしろパワー感を増しているところが聴き所。それにしても、最初からフルスロットルで吹きまくる《サイクリカル》など、ヘタな若手が束になってもかなわない迫力だ。60年代日本のジャズ喫茶で圧倒的人気を誇ったマクリーン節は、形を変え、90年代にも力強く息づいていたのだ。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
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