ミューズ・レコードは、1970年代のプレスティッジ・レコードであるという言い方が、このレーベルの性格をうまく言い表しているように思える。というのも、設立者のジョージ・フィールズも、プロデューサーであるドン・シュリッテンも、かつてプレスティッジ・レコードで活躍していた人たちだからだ。
マイルス・デイヴィスやウエザー・リポートに代表される“エレクトリック・ジャズ”が勢いを増していた1973年に設立されたミューズ・レコードは、いわゆる「ハード・バップ・リバイバル」の気分にうまくフィットする、オーソドックスな作品を目玉としていた。「ハード・バップ・リバイバル」とは、1970年代の激しいジャズ変動期に、50年代60年代から活躍していたハード・バップ・ミュージシャンたちの安定した実力を再評価する動きを指している。
60年代から活躍していたトランペッター、ウディ・ショーは、本来ならもっとその実力を認められてよいはずだが、70年代はマイルス・デイヴィスやフレディ・ハバードの派手な動きの影で少々割を食っていた。1975年に録音された『ラヴ・ダンス』は、4管の斬新かつ分厚いサウンドをバックに、ウディ・ショーがオーソドックスながら時代感覚にマッチした演奏を繰り広げた傑作だ。
70年代にミンガス・バンドに在籍したテナー・サックスのリッキー・フォードも、実力がありながら「これ1枚」という作品に恵まれず、いまひとつ知名度を欠いている。『テナー・フォー・ザ・タイムス』は普段着の彼の姿が記録された気持ちの良い作品。80年代テナー・アルバムの傑作と言える隠れ名盤だ。
知る人ぞ知るギター名人、パット・マルティーノの最高傑作であるばかりでなく、これを知らなければギター・ファンとしては「もぐり」だとされる、超絶技巧の粋が記録されたのが『ライヴ!』だ。あまりにもパッとしないジャケットからは想像もつかない強烈な演奏は、現在でも強烈なインパクトを放っている。
60年代末に結成されたヨーロピアン・リズムマシーンでは、かなりメタリックかつ、モダンなサウンドに変わっていたフィル・ウッズが、本国に戻ってアメリカ人ミュージシャンと共演した作品が『ミュージック・デュ・ボア』だ。相変わらずアルトの音色は強烈だが、面白いことに、演奏から受ける印象はザラっとしたジャズ独特のダークな感覚が蘇っている。70年代ウッズの代表作に上げられるアルバムだ。
70年代ハード・バップ・リバイバルを単なる保守回帰現象から救っているのが、ソニー・クリスの一連の作品だった。50年代60年代から活躍していたクリスは、70年代に入って明らかに演奏に深みと味わいを増している。『アウト・オブ・ノーウエアー』では、昔ながらの定番曲《オール・ザ・シングス・ユー・アー》を実に気持ちよく吹いている。何気ない作品ながらじっくり聴けばクリスの進化が実感できるはずだ。
ハンク・ジョーンズは70年代にトニー・ウイリアムスと組んだ「ザ・グレート・ジャズ・トリオ」が有名だが、彼本来の持ち味はもう少し落ち着いたもののはずだ。『バップ・リダックス』はジョーンズのしみじみとした味わいがさりげなく記録されている。
これらミューズの作品に共通するのは、ベテランの実力を正当に反映させたごくオーソドックスな制作態度である。地味なレーベルだが、見逃せない作品が多いのも特徴だ。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
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