板倉慶二(いたくら・けいじ)ザ ケイジ・イジットアンドコーデザイナー
愛知県生まれ。1990年に名古屋モード学園を卒業後、エー・ティーに入社。93年と96年に東京新人クリエーターズコレクション最優秀賞。96年、「A/T」のチーフデザイナー就任。野田秀樹作品の舞台衣装を複数担当。2003年に独立し、「イジット(IJIIT)」を立ち上げる。04年、旗艦店「イジットアンドコーリミテッド表参道」を出店。16年、ニューヨーク発のブランド「ザ ケイジ」を発表。21年、イジットを「イジットアンドコー」にリブランディング。
「フレーム」から立ち上がる服の存在感
「デビュー20年を一つの節目として、新たな気持ち、新たな装いでスタートしようと思った」と板倉は言う。
その拠点となる「ザ ケイジ・イジットアンドコー表参道」は内外装とも様々な「フレーム」で構成されている。
構造物や枠を意味するフレームをテーマにしたのは、ザ ケイジで取り組んでいるインサイドアウトの表現によるもの。
「本来は服の裏側にある構造を表に出す、つまり内部の構造や機能をデザインにする」試みである。
ライトグレーの再生コンクリートパネルを張り詰めた正面の外壁は象徴的だ。
コンクリート解体物を破砕し、整粒した骨材による再生コンクリートは成分が均一ではないため、一枚一枚のパネルは同色でも濃淡が生まれ、異なる表情を持つ。
「それぞれの味」が外壁というフレームのもとに凝縮されている。
店内は、天井の板を剥がして梁(はり)をむき出しにし、内壁と床とともにライトグレーに彩色、照明用のダクトレールなどに黒を使い、シャープに仕上げた。
その空間に配置された什器はクラシカルな木材によるフレーム構造。
什器ごとにイジットアンドコーとザ ケイジの商品をラック掛けし、交互に配列している。
両ブランドの個性が溶け合いながら、それぞれの商品の存在感がフレームを超えて立ち上がってくる。
「どちらのブランドも主役にしたかった」ことから、あえて売り場を二分して見せる手法は採らなかった。
- 「ザ ケイジ・イジットアンドコー表参道」。外壁には再生コンクリートを使用
- 幾重ものフレームで構成された店内
- 「ザ ケイジ」と「イジットアンドコー」の融合を表現したアート
取材時には2022-23年秋冬コレクションが展開されていた。
ベーシックなアイテムだが、独自のレイヤードデザインなどによりブランドならではの価値を生んでいる。
客はフレームからフレームへと身体と目線を移動しながら、お気に入りへと焦点が絞られる。
ザ ケイジとイジットアンドコーを組み合わせたスタイリングを楽しむ顧客も増えているという。
- ザ ケイジらしい異素材使いのレイヤードブルゾン。MA-1ベルトがセットの3ウェイプリーツスカートとのコーディネート
- クロップド丈の切り替えがポイントとなるタイムレスなデザインのボアベスト
- ミリタリーコートは裏毛とミックスすることでコンフォータブルなフードジップコートを提案
アトリエショップだからこその発信と対応
板倉はアパレル卸を営む家に生まれ、「様々な洋服が常にある環境で育ち、アパレルの仕事をしようと自然と思うようになった」。
ファッション専門学校に進んでデザインを学び、田山淳朗のデザインや服作りの哲学に触れ、「何が何でも田山さんのエー・ティーで仕事がしたいと思った」と言う。
しかし、人気デザイナーのもとには多くの志望者が詰めかけ、面接に行ったがすでに空きはなかった。
それでも諦めきれない。
就職浪人を決め、「毎日、エー・ティーに電話を入れ、"空きが出たらお願いします"とアピールし続けた」。
何とか入り込めたのは1年後。
以来、がむしゃらにデザインに打ち込み、1993年には東京新人クリエーターズコレクションの最優秀賞を受賞。
二度目の同賞受賞となった96年には「A/T」のチーフデザイナーに就任した。
その後はパリコレクションへの参加、直営店の出店、百貨店を中心とする卸などデザインとビジネスの両面で活動し、A/Tの成長に貢献した。
「A/Tは大好きだったんです。でも、いろんな経験を積んできて、違う世界を表現したくなったんですね。工場と直接、やりとりをしながら一点一点を作り上げていく物作りもしたかった」と板倉は話す。
思いを実現するため2003年に独立し、自身の会社イジットアンドコーを設立、「KEIJI ITAKURA(ケイジイタクラ)」を発表した。
エッジを効かせたデザインで高い評価を受けたが、あえてコレクションは行わなかった。
「お客様の声をダイレクトに聞ける環境」にこだわり、中目黒の3坪ほどの倉庫のような立地に直営店を出店。翌年には表参道の現在地に移転し、ショップを開きアトリエを併設した。
「服を作っている自分が常に店にいることで、お客様の様々な声が入ってきます。ウェストや丈などのサイズ感に対する要望などは、実際にお話を聞くことで実感として理解できるんです。可能な範囲でその場でお直しも承るようになりました」。
- デビュー時の「ケイジイタクラ」のコレクション
- 独立して出店した中目黒の直営店
しかし、時代は大きく変わり始めていた。
ファストファッションの浸透を背景に服に対する消費者の価値観が変わり、デビューまもない1店舗だけのブランドは厳しい展開を余儀なくされる。
「デザイナーズブランドの服とその価格が受け入れられない時代になってしまった」と振り返る。
一方、来店客の声に耳を澄ますことで、次のヒントをつかむこともできた。
考えた末、より買いやすい価格帯でデザイン性を追求したセカンドライン「IJIIT(イジット)」を立ち上げた。
まもなくケイジイタクラを休止し、イジットに専念。
このブランドがデザイナーとしての第2章を開いた。
30代を中心とする大人の女性のファッションマインドを捉え、国内はもとより、香港などアジア圏を中心とする海外へとマーケットが広がったのだ。
アトリエショップを軸に卸と小売りを行う現在のスタイルが築かれていった。
2016年に満を持して発表したのが「ザ ケイジ」だった。
独自のパターンメーキングやカッティングで異なる素材や色、柄を組み合わせ、アシンメトリックながら程よいバランスを生み出す。
スタンダードなアイテムを展開しながらも、ディテールには多様な技術が凝らされている。
このブランドで目指したのは「本格的な海外進出」だった。
ニューヨーク発のジャパニーズブランドとしてローンチし、展示会もニューヨークのショールームだけで開く。
これによりザ ケイジは海外のセレクトショップへの卸やECでファンを増やした。
19年には展示会の場をパリに移し、ヨーロッパでの基盤作りを始めた。
一方、イジットはメンズのパターン技術を応用した服作りを特徴としていたが、2021年にブランド名を社名と同じイジットアンドコーに変更。
トレンドに左右されないブランドを目指し、「タイムレス&コンフォータブル」をコンセプトとする大人の女性に向けた上質なワードローブへとリブランドした。
- ザ ケイジ23年春夏より。ブリーチ加工したデニムとクラシックな花柄をミックスした柄をプリントしているデニムセットアップ
- ザ ケイジ23年春夏より。テーラードジャケットとジレをレイヤードしているようなイメージのセットアップ
- ザ ケイジ23年春夏より。トレンチとMA-1をミックスしたデザインにレースを使用した3ウェイコート
- イジットアンドコー22年秋冬より。イジットアンドコーの代表的なセットアップ、ウエストのジップによりクロップド丈になる2ウェイジャケット
- イジットアンドコー22年秋冬より。ショート丈の切り替えがポイントのフードジレとマルチカラープリーツスカートのコーディネート
- イジットアンドコー22年秋冬より。キルティングジャカードのパーカーとカラーブロックプリーツスカートにボアとの異素材使いトレンチコートとのコーディネート
現在、全体に占める卸の比率は約70%。
両ブランドとも海外向けの比率が高く、その認知度からインバウンドによる表参道店での買い上げも19年までは「滅茶苦茶あった」。
コロナ禍でインバウンド需要はほぼ無くなったが、海外への卸は増加中で、「ビジネスとしてのバランスは今までで最も良い状態」という。
デビュー以来、初のコレクション参加も構想
リニューアルした表参道店の客層を聞くと、30代後半~70代と幅広い。
「ファッションが好きな大人の女性をターゲットに服作りをしていることもありますが、ファストファッションが浸透した時代に育った世代には価格的に難しいようですね。ただ、商品に興味を示す若い人は多く、ザ ケイジに関していうと、海外ではお客様のほとんどが20~30代」と、ブランドの伝え方によってはさらに客層の広がりが期待される。
「お客様の目に留まる環境を作り、ブランドの認知度を上げていきたい」と、今後はダブルブランドによる直営店の出店も構想している。
複数の店舗を持つことでよりマーケットの動向をキャッチでき、服作りや卸先への売り場展開の提案などに生かせるからだ。
出店先は国内やアジア圏の主要都市を想定している。
もう一つの直営店と位置づけているのがECだ。
実店舗と在庫を共有し、スタッフによるインスタライブとの連携で購入への流れを作っている。
EC比率は現在10%程度だが、「顧客による購入が多く、新しいお客様の利用も促していく」ため、インスタライブを充実させていくという。
全ての発信の拠点となるのが表参道店。
創業時から堅持してきたアトリエと直結した「お客様の声をダイレクトに聞く場」としての機能を磨き、積み上げてきた各工場とのつながりを生かし、ブランドの服作りに反映させていく。
プロダクトの表現・伝達手法として、ブランドデビュー以来、封印してきたコレクションにもザ ケイジで参加する考え。
コロナ禍の推移にもよるが、「パリでの展示会も来年3月には再開したい」と話す。
写真/遠藤純、ザ ケイジ・イジットアンドコー提供
取材・文/久保雅裕
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。