神保 蘭(じんぼう・らん)L.L.Bean ビジュアルマーチャンダイジング リード
大学卒業後、アパレルブランドで販売、店舗VMDやPRを経験。結婚・出産を経て、2012年よりL.L.BeanにVMDとして入社。現在は5名体制のチームをリードしながら、ストアデザインやPRイベントの会場設営、メディア向けリーフレットのスタイリング等クロスファンクショナルに関わっている。
本国から商品を買い付け、日本市場にローカライズ
表通りから一歩入った住宅街、井の頭公園のすぐそばに立地するL.L.Bean(エル・エル・ビーン)吉祥寺店。
クリスマスシーズンの夕方ともなれば敷地内の大きな木にイルミネーションが灯る。
日本の旗艦店として出店した1994年に植えたスプルースは、今や約9メートルに成長し、2002年にスタートしたイルミネーションはいつしかエリア最大級の冬の風物詩となった。
使用されるLEDライトは約1万5000球。
今冬は「ギフトラッピング」をテーマに建物をエル・エル・ビーンらしいバッファローチェック柄のリボンのモチーフでくるみ、ツリーも蝶結びのリボンで装飾し、店全体がプレゼントというメッセージを発信している。
「ツリーや建物に施すデザインはクリエイティブチームがディレクションをして、VMDチームが運用・管理しています。このクリスマス装飾はジャパン社のオリジナル。本国からも毎年楽しみにしていると言われています(笑)」とVMDチームのリーダー、神保蘭さん。
外資ブランドは本国のレギュレーションが厳しかったりするが、エル・エル・ビーンでは「アウトドアを楽しもうというブランドメッセージを体現する」ことが大前提としてあり、そこから先のビジュアル表現はジャパン社に一任されている。
「日本のマーケットにフィットするよう、どう創意工夫してローカライズしていくか」がVMDのポイントだ。
このように自由度が高いのは、拠点がある北米のメイン州と日本では気候が全く違うことによる。
「北米は3月、4月ぐらいまで寒く、9月にはもう寒くなりはじめる。夏もそれほど暑くなく、日本のような春夏秋冬がないので、同じシーズンに同じ品揃えが難しい」。
そこで日本の店舗で展開する商品はジャパン社のバイヤーがセレクトして買い付け、そのMDを生かすビジュアル表現を工夫している。
本国からのシーズンストラテジー毎のウインドーや店内の展開イメージ、ルックやグラフィック資料を基に日本の店舗で使えるものを選別し、カタログやウェブの表現とも連動させながら空間に落とし込んでいく。
アメリカに来たと思ってしまうような空間作り
VMDチームは現在、神保さんを含む5人体制。
国内で展開する29店舗(常設25、ポップアップ4/12月20日現在)のVMDを担っている。
店舗は規模別に、100坪以上のL店舗、80~100坪のM店舗、60~70坪を中心とするS店舗、40坪程度のXS店舗、さらに小さくブーツやトートバッグなどを中心としたMD構成のコンセプトストアがXXS店舗に分類される。
VMDはM店舗を基準に計画し、規模別にコントロールしている。
いずれにも共通しているのが「アメリカの息吹」だ。
- 名古屋栄店。店舗形状に応じてクラスターやフィクスチャー配置も客動線に合わせてローカライズする
- 愛知東郷店。少ない面積でより多くの商品を陳列できる生産性の高いフロア什器を開発。店舗デザイン、什器開発からVMDまでを一貫して行うことができるのが醍醐味
- 銀座店。モノグラムミシンを完備。モノグラム刺繍は即日渡し可能
フラッグシップの吉祥寺店は約260坪あり、リテール部門におけるシーズンのフルラインを網羅する。
それだけに、「分かりやすく、かつダイナミックな見せ方を意識している」と言う。
マネキンやトルソーによるコーディネート陳列に頼り過ぎず、「アイテムが持っている良さをアイテムで伝える」ことが身上だ。
その入り口となるのが正面のクラスター。
シーズンの店の顔であり、店内回遊の端緒となるため、ストラテジーに沿ったストーリーを作り込む。
「誰が、誰と、どこに、何をしに行くのか、シーンを具体的に設定」し、マネキンスタイリングを組み、什器やオーナメントを選択し、セットアップする。
今年のクリスマスシーズンは、ツリーと建物の装飾に惹かれて店内に入ると、家族や友人とパーティーやアクティビティーに出掛けるシーンが展開されている。
スタイリングにホリデーらしいバッファローチェックを挿すことで外装との連動性を持たせた。
売り場全体ではアウターを軸とするアイテムインパクトで、「アメリカに来たと思ってしまうような空間」を演出している。
客とアイテムをつなぐ役割を果たしているのが、店内の随所に配されたアウトドア体験を楽しむ「笑顔」のビジュアルとブランドイメージを伝えるプロモーション動画だ。
登場する人物は老若男女、人種・性別を超えてアウトドアの喜びを体現。
加えて、日本ではスタッフがシーズンのお薦めアイテムを紹介する動画の作成も今春から始め、インスタグラムはもとより、店内モニターでも発信している。
- 老若男女、人種・性別を超えた「笑顔」でアウトドアの楽しさ、喜びを伝える
個店対応とブランディングのバランス
店舗に対しては、売り場の具体的なイメージ画や仕様レイアウトをまとめた指示書をイラストレーターで作成し、VP(ビジュアルプレゼンテーション)を展開する商品のスタイリング画像とセットで指示している。
とはいえ、ストア形状や什器数も一様でない売り場で、また商品展開や在庫数が異なる店舗で全く同じようには着地できないのがVMDでもある。
また、立地によって売れ筋が異なるケースもある。
エリアマネージャーと情報を共有し、店長とVMD担当がコミュニケーションを図り、売れ筋のアイテムが目に留まる回遊導線を取るなど適宜、部分的な調整も行う。
「商品を前面に見せることだけがVMDではないので、その手法を使って解決に向けて対応していく」と神保さん。
店舗の要望とチェーンオペレーションによるブランディングのバランスを取り、売り上げの最大化を図っていくこともVMDの重要な役割だ。
- アイテムの良さを、あえてシンプルにアイテムで魅せる
- トートバッグにその場で刺繍を入れるサービスも提供
しかし、コロナ禍では行動制限により店舗に行けない日々が続いた。
その一方、ポップアップ出店が増加し、「期間限定であれ新規出店と変わらない準備」に奔走するようになった。
だからこそ、改めて実感したのが「自分たちの動き方も効率的に、生産性を高めていく」ことだった。
この3年余りでウェブ会議ツールの活用を進めた。
「小さな空間だけど全体の表現で大事なところ、什器の裏側、画面から外れたところとのバランスなど、オンラインではどうしても見えない部分があり、リアルな売り場での指示はゼロにはできません。ただ、自分たちが行かなくても、一定水準のVMDを実行できるようにしたい。そのためのツールとしてオンラインを活用しています。いろいろ試行錯誤して改めて実感するのは、店長やスタッフと私たちとのコミュニケーションやのトレーニングが課題ということです。併せて、売り場作りの基軸になるVMDの指示書も充実させていきたい。店舗は立地も規模も様々ですが、全てがエル・エル・ビーンのブランディングを構成する要素です。VMDの意図や実際の作り方をもっと詳細に伝えていく必要があると考えています」
店舗のビジュアル以外にも、VMDチームでは販促のイベントや卸向けの展示会のセットアップも担っている。
イベントはコロナ禍以降、途絶えていたが、吉祥寺店は今年10月に3年振りに開催されたファッションショーを軸とする地域イベント「吉祥寺コレクション」にブース出店した。
エル・エル・ビーンのシンボルとなっているブーツモービル(創業者が開発したエル・エル・ビーンのアイコン商品「ビーン・ブーツ」のデザインをベースにした自動車)の展示や、穴にブーツを投げ入れるゲーム「ブーツトス」でアウトドアを楽しむ体験を提供し、豊富なラインナップを取りそろえる吉祥寺店に誘導を促した。
2022年はエル・エル・ビーンが創業して110年。
この間、フィールド・コートやビーン・ブーツ、ボート・アンド・トート・バッグなど多くのヒット商品を生み、ロングセラーへと育ててきた。
そのデザイン、品質を生み出したクラフトマンシップを踏まえ、日本市場に向けたスタイルへと再構築した新たなコレクション「ジャパンエディション」を2023年春夏シーズンから発売予定だ。
どんなシーン、ストーリーで魅せていくのか、この売り場表現にも注目したい。
写真/遠藤純、エル・エル・ビーン提供
取材・文/久保雅裕
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。