2月から始まった全国ツアー「君は一人だけど 俺も一人だよって」、そして5月からのアリーナツアー「真っ直ぐ行ったら愛に着く」で巡った全23公演のファイナルが7月24日(木)に日本武道館で行われた。

バンドであること、多くのファンを前に生で音楽を届けること、それらの当たり前がはっきりした理由もなく、なんとなくグラつくようにも感じられる今だからこそ、クリープハイプが刻んだ2時間半をライブレポートというかたちで残しておきたい。

ライブは終わりから始まった。いや、それは何かの続きだった。
1曲目は「天の声」。
2024年12月にリリースされた7枚目のオリジナルアルバム『こんなところに居たのかやっと見つけたよ』の最後に収録されている曲だ。
尾崎世界観(Vo&Gt)のアルペジオから始まった演奏はバンドのアンサンブルを加えて、ふわりと会場ごと浮かんだような感覚があった。
ああこれは、アルバムの続きでもあるし、尾崎が昨年7月に上梓した小説『転の声』の続きかもしれない。あるいは全国ツアーの続きでもあり、それぞれの日常の続きでもあるのだろう。
ライブは非日常空間だとよく言われる。まあそうかもしれない。理想を言えば。けれど、そんな簡単に日々の煩わしさを切り離して最初の音が鳴った瞬間から何もかもを忘れられるように我々は都合よくできていない。心のどこかにこびりついた日常へのわだかまりから何とか目を逸らしてやり過ごすうちに、やがて目の前から放たれる生の音がどこかへ連れ去ってくれる。それを待っている。
不思議なほど地明かりが目立つ照明に、みんな何を重ねただろう。
私は、これが1曲目だからこそ、なんとなくまだ自分の部屋にいるような気がした。もちろんそんなわけないのはわかっていながら、自分の部屋にある安いスピーカーから流れてくるクリープハイプの音楽を聴いている――そんな安らぎを得てはじめて、今俺は武道館でライブを観ているという現実に心と肉体を任せ切る準備が整った。
〈こんなところに居たのかやっと見つけたよ〉
ありがとう。曲終わりの尾崎の言葉と自分の心の声が重なる。

2曲目の「生レバ」で過剰なまでの炎の火柱が上がる。人間の欲望を燃料に燃え盛る炎は実際の炎を超えて「炎上」し、いくつもの世界をダブらせてここがどこだかわからなくする。言い換えれば、ここはライブの場というリアルでありつつ、クリープハイプがつくり上げた創作空間でもあるのだ。繊細、かつダイナミックに拡散していくようなバンドの演奏が、まるで巧妙に張り巡らされた迷路のように我々の意識を奥へ奥へといざなって行く。
炎のゆらめく先に街のようなものが見える。中文の電飾看板が点灯している。けれどビルのように段違いに組まれたトラスには建設途中でもあるかのような白い紗幕が掛かっている。ステージ上のセットはおおよそそれだけだ。たとえば映画『ブレードランナー』でリドリー・スコットが描いた未来にある架空のアジアの都市のように、どこでもないここに立ってバンドの4人は演奏している。
しかしそこは、全く見慣れない場所というわけでもない。知っているけど知らないところ。まるで、初めて訪ねて行った友人の部屋に入ったときのような奇妙な感覚を思い出した。本棚がある、テレビがある、冷蔵庫がある……ここにあるものはほとんど自分の部屋にあるものだけれど、そのどれもが中身の一つひとつから同じではない。そうしたズレを尾崎は描き、クリープハイプは演奏そのもので表現していく。5曲目「鬼」の歌詞冒頭に出てくる〈津田沼の六畳間〉が行ったこともないくせに――というか、行けるわけもない場所なのだが――そこにいるような没入感に浸れるのは、自分がライブ会場で生の音楽を聴いているというリアルタイムの実体験が可能にする得難い感覚で、それこそが〝プレミア〟だ。

「世界観という名前をつけた自分よりも世界観を出さないでくれるかな」と尾崎より注文をつけられた長谷川カオナシ(Ba)によるライブ中盤のMCは、自身が好きなラジオ番組風に『電話人生相談』として披露された。出演するパーソナリティー(おそらく中年の女性)と相談者(限りなく自身に近い男性)とコメンテーターである爬虫類研究家(おそらく初老の男性)を一人で演じる意外性と、演じ分けられた3人がそれぞれに自分自身の分身であるという紛れもない事実によって、ライブをよりライブたらしめるためにはリアルだけではなく虚構も必要なのだということを暴露していた点で、今回のライブにおいては特に効いていた。
MC明けに披露した「ラブホテル」のラスサビ前のブレイクでは尾崎が『電話人生相談」に電話をかけ、どうやったら最後のサビが盛り上がるか? それが「一夏の思い出」となるか?を相談するという場面があった。歌という創作物とそれを表現するリアルと、そこに入れ込まれた架空の番組がブレながらひとつの世界を構成し〈夏のせい〉になるというカタルシス。ちなみに、カオナシ演じるラジオパーソナリティーの助言は、「あなたの抱えたナルシシズムときちんと向き合うことでそれは達成される」というものだった。表現することのど真ん中を実はぶち抜いているような気がして、笑いながらも深く感心させられた。さらに、このやり取りの最後にポツリと尾崎が言った「電話つないでおきますね」の一言が、この会場にはいない誰かに向かって放たれたようで、ここが決して閉じられた空間ではないのだと思えた。
そしてその感覚が「リバーシブルー」「百八円の恋」というデビュー以後における初期の名曲を辿って13曲目「ナイトオンザプラネット」に着陸すると、ゆっくりと回転を始める。ステージの床面に置かれた4つのミラーボールとともに。武道館の天井にはミラーボールが反射する無数の光が星となって瞬き出す。本当の星は天井を突き抜けたはるか上空でぼんやりと光っているのだろう。けれど、ここにいる私たちにとっての星は天井に映っているその嘘くさいまでの輝きを放つ光なのであり、それこそがここにいない人たちにも見えるものだと信じている。歌詞とも違う、まして小説の文章でもラップでもない、叫びでも囁きでもない、あえて言うならそれらどれもの中間にある言葉が光とともに降ってくる。うんざりする過去と最高に楽しい思い出を一緒くたに引き連れて。

「楽しくやってますか?」と尾崎がバンドメンバーに訊ねる。
小川幸慈(Gt)と小泉拓(Dr)が「楽しい」と返す。カオナシが笑顔でうなずく。
「HE IS MINE」「愛の標識」での特効で盛り上がりつつ、この2曲から始まった計5曲のブロックを駆け抜けた後、尾崎がオーディエンスに語りかける。
「楽しいな、満たされているなって感じられるのは、お客さんがそういう空気をつくってくれているからだよね。ありがとう」
そして、バンドのやるべきことを言語化していく。
「思いっきり賞賛される気もないし、もちろん叩かれたくもない。だから、その間にあるもの、ボーッとしていても目に飛び込んでくるものじゃなくて、目を凝らして近寄っていかないと見えない、触れない、聴こえない、そういうものをこれからもずっと届けたいと思っています。(中略)でも何でも思い通りにいっているわけではなくて、ライブって本当に難しい。期待してくれている人たちがいるから、これだけ長くやっていてもいまだに緊張してズレたりする。そのズレを噛み締めながら、今日はライブをしていました。よく歌の上手い人のことを〝口から音源〟と言うけれど、自分の歌はそれとは程遠いと思っています。でも自信を持ってここに立って、自分が作った曲を自分のバンドメンバーと演奏しています。〝口から音源〟じゃなくて、〝口から人間〟出して帰ります」
途切れない拍手のなか、カウントが入り「寝癖」へ。「ままごと」「凛と」、そしてデビューシングルの「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」まで一気にたたみかける。
今日のライブはどういうライブだったか? と問われたら、先ほどの尾崎のMCをそのまま伝えることが最も伝わる答えだと思う。そして、クリープハイプはどんなバンドですか? と訊ねられたら、最後の曲「幽霊失格」の前に語った次の尾崎の言葉を伝える。
「わかりやすいものが溢れていて、一瞬で良いか悪いか判断しないといけない。だけど、曖昧なもの、よくわからないもの、そういうものを信じて自分なりに向き合うことが大事だと思っています。クリープハイプというバンドは、それをずっとやってます。根気強く粘り強くやっていきましょう。これからも悩みながら迷いながらバンドをやっていこうと思っています。必ず最後はいいところへ連れて行くので、これからも悩みながら迷いながらついてきてください」

曲に入る前のかき回しでステージ上にいくつもの照明が混ざり合ってメンバーの姿が見えなくなる。そのなかで尾崎がまだ語りかけている。イントロに入ると霧が晴れるように照明が散らばり、ステージが現れる。そこには何もなく、ただバンドの4人だけが楽器とともにいる――というのはきっと錯覚だ。だけど、最後の最後に彼らの姿は曖昧で、捉えどころのないものとして、それなのにはっきりと存在はしている。音だけが異様にクリアに聴こえる。こんなライブを、こんなライブの最後を、見たことがない。
全てが終わった座席で一人、こう思う。
まだ終わってないよね? これには続きがあるんだよね?
そう思えるから、僕らは〝ここ〟から外へ踏み出せる。

Text:谷岡正浩

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