Hakubiがニューミニアルバム『throw』を携えた全国13本のツアーを敢行。その11本目となる東京公演を目撃した。つい先日誕生日を迎えたフロントマンの片桐(Vo/Gt)がMCでも話していたが、彼女は27歳という年齢を迎える想像ができていなかったようだ。早逝したロックスターの悲しい偶然……27クラブではないけれど、確かに今のままで30代を迎えることはできるんだろうか?未来のために今を犠牲にするのが正しいんだろうか?と逡巡した記憶はもうずいぶん年齢を重ねた今も覚えている。まさにリアルタイムでその逡巡を抱えている人、そんな想いを過去に抱えていた人たちがここには集まるのだろう。Hakubiのファン層の厚さの理由だと思う。
さめざめとした蒼いライトが夜明け前を思わせるステージで、これぞオルタナなささくれたサウンドで覚醒する「最終電車」のスタートはこのツアーのゼロ地点といった趣きだ。新曲で始まったあとは初期ナンバーの「ハジマリ」や「フレア」がブラッシュアップされた演奏で届けられ、自然と起こるクラップの広がりにファンの前のめりなマインドが伺える。片桐の吐き捨てるようなボーカル、それに呼応するマツイユウキ(Dr)とヤスカワアル(Ba)の猛るようなリズムに心拍が上がる「Dark.」、サイドからのライトに片桐の顔とブロンドの髪が浮かび上がる演出がまるで一人きりの部屋のように感じられ、胸苦しさが増す「午前4時、SNS」の静寂。孤独に耐えかねる語りが走り出すビートとシンクロして不特定多数のオーディエンスに共振していることが手に取るようにわかった。孤独を共有することしかできない。でもそれがこの場所にいることの答えでもあるのだ。
5曲ノンストップで畳み掛け、片桐はツアーを重ねてきたことでこの日にたどり着いたと話した。これは決してこなすことが目的のスケジュールではないというふうに聞こえた。
続くセクションでは歌うことに徹する片桐のアナザーサイドを見ることができた。浮遊感のあるエレクトロニックなSE、生ベースでシンセベースに負けるとも劣らない空気を作るヤスカワ、ミニマムなビートのマツイが作るアンサンブルの上で丁寧に言葉を紡ぎ、声を届ける「Soumatou」、この並びでより曲の世界観が際立ったポエトリーリーディングのような「サイレンと東京」、ループするアコギのSEがフラジャイルな片桐のボーカルと抜群の相性を聴かせたR&Bの匂いもある「GHOST」の3曲はライブの流れにいい緩急をつけていた。加えて世界の一つの潮流でもあるサッドガールインディ的なムードとも自ずとリンクしていたように感じ、Hakubiのアンテナの確かさを認識するセクションでもあった。
曲紹介のMCで、この曲をリリースしていいのかわからなかった、でも聴いたファンが良かったと言ってくれたことで間違っていなかったと思えたと言い、「あなたに聴いて欲しくて作った曲です」と、「ワンルーム」の演奏が静かに始まる。最小限に絞った音数で歌詞の臨場感が伝わっていく。曲中で片桐が前方で倒れそうなファンを見つけマイクを通して救護の指示を出す場面もあり、ああ、この人は決して自己陶酔していないんだなと知ることにもなったのだった。しかし確かに集中して聴いてしまう曲だ。体力より意識がピークに達してしまうんだろう。
渋谷クアトロでの前回公演はまだコロナ禍の規制があったが、今回は規制もなく超満員のフロアだ。メンバーから嬉しさが溢れていた。
聴かせる曲が続いたあとは心身ともにエネルギーをぶつけ合うセクションに突入。片桐が「よし!できる人はジャンプして!」と呼びかけた「Eye」では言葉数の多い歌詞とビートに鼓舞されるようにフロアが躍動する。立て続けに8ビートが疾走する初期ナンバー「辿る」では片桐が虚空を蹴り飛ばすようにキックし、「夢の続き」ではAメロでフロアにマイクを向けて歌わせ大きなシンガロングを起きる。新曲「Decadance」でのトーキング調のボーカルとダンサブルなグルーヴも一つの流れの中で自然に届いた。
その後も、『throw』からの新曲が立て続けに演奏されるセクションの前に、前出の片桐が27歳を迎えた際の心情が語られた。気がついたら27になっていて、地元の友達が結婚していたり、親になっていたり、久々にあった両親がこんなに小さかったかなと感じたり。時とともに変わっていくことを感じながら、それを悲しむより諸行無常として受け入れて少しずつ進んでいる、おそらくそんな心情なんじゃないかと感じられた。それが片桐の今のスタンスを作っているのだとも。この小さくて華奢な存在が今を生きる同時代のロックスターにしか見えない振る舞いをステージで行っている根拠もおそらくそこにある。
事実に基づいたもう会えない人への手紙のような「拝啓」が深くオーディエンスに染み込んでいく様子が、この曲に続くドキュメントのようだった。そして生き残った自分を感じさせる「Heart Beat」はロングトーンの絶唱で幕をあけ、それはまるでここにいることを叫んでいるようでもあった。そこからはもう一つらなりの激闘のごとくコードをストロークし、止まることを知らないビートが走る「mirror」、嵐の中を進むような「光芒」の先で“生きてゆけ”と言う一言にみんなでたどり着く感覚のリアル。
グッと生々しさを増した演奏が鼓舞する「悲しいほどに毎日は」でも自然に起きるシンガロングはお決まりのライブのルールではなく、口ずさむ人にとっての歌になっていた。普通に考えれば“悲しいほどに毎日はあっけなく終わってく”なんて楽しくはないフレーズだけど、時は止められないから自分が進んでいく他ないことを言い聞かせるのは悪くない。まるでともに暗闇を歩いてきたような本編のラストはマツイのマーチングドラムが導き、一編の物語の終わりを告げるような「Sommeil」。穏やかに片桐が歌う最後の“もう大丈夫おやすみ”という言葉が、新旧の楽曲を繋いできたこの夜のドキュメントにやさしい句読点を打つようだった。見事である。
一旦BGMが流れても止まないアンコールの拍手に迎えられ、「どこにも行けない僕たちは」と「君がいうようにこの世界は」で締め括った3人。明日を想像できない「最終電車」で始まり、おしまいはかすかな光が見える始発電車のシーンが描かれる「君がいうように~」だったことが深く胸に響く。Hakubiのライブに私たちの毎日を映してしまう必然をはっきり見た。
(おわり)
取材・文/石角友香
写真/佐藤広理
Hakubi『throw』
2024年3月13日(水)発売
通常盤(CD)/PCCA-06279/2,500円(税込)
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