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2021.05.07

バーニーズ ニューヨーク&ナノ・ユニバース、ファッション業界人の音楽談義──「ファッションと音楽は繋がっているのか?」

切っても切れない関係と思われるファッションと音楽。ファッション業界の中でも音楽が好きな人に聞く、音楽とファッションの話。 今回は、バーニーズ ニューヨーク ビジュアルディスプレイチーム リーダーの本村雅之さんとナノ・ユニバース PR/マーケティング セクション長の田中直樹さんに、自身の音楽人生とともにファッションと音楽の繋がりについて語り合ってもらった。

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──どんな音楽を聞いてきたのですか?

田中直樹(以下、田中)
「ほとんど俗にいうJ-POP中心です。洋楽でいうと15~6歳くらいにヒップホップに興味を持って、ターンテーブルをいじるようになって、アナログレコードでダンスクラシックやヒップホップ、R&Bなどのクラブミュージックを聞くようになりました。だから、僕的に洋楽といえばクラブミュージックなんです」

本村雅之(以下、本村)
「ヒップホップは僕も好きですね。ジャングル・ブラザーズの”I’LL HOUSE YOU”とか、ジャケットアートも好きです」

田中「デ・ラ・ソウルとか、ア・トライブ・コールド・クエストとか、オールドスクールよりもニュースクールが好きでした」

──さて、「ファッションと音楽は繋がっていると思いますか?」というテーマなのですが、実際はどのように感じていますか?

田中「コレクションのショーのランウェイとかのイメージですかね。あとは、時代で流行っている音楽とそのジャンルの服装が流行るとか。僕自身は、洋服が好きで、音楽は小室哲哉さんが好きですが、だからといってTMネットワーク時代の小室さんみたいな格好はしないかなと(笑)。パンクが好きだからボンテージパンツをはくとか、ロックが好きだから革ジャンを着るみたいなことはなかったので、別の物という認識ですね。”こういう音楽だからこういう服”みたいな部分が苦手なんです」

本村「僕は音楽に影響を受けています。ただ、僕もこの音楽を聞くからこの格好をするみたいな入り方はしていませんが、でも、RUN DMCやLL cool Jなどの強烈なアーティストがいましたよね。今日、田中さんはリーバイスの70505を着ていらっしゃいますが、その辺はアメリカのカルチャーの影響は大きいんじゃないですか?映画でいえば”E.T”のネルシャツにBMXとか」

田中「映像の影響は大きいですね」

本村「世代的に映画の方がファッションと繋がっているかもしれませんよね。もちろん音楽もですが。例えば、”グーニーズ”ではシンディ・ローパーが歌っていたり、映画、ファッション、音楽、この3つのリミックスみたいな世代だと思います」

──80年代中盤から90年代頭に掛けては、MTVなどのMVカルチャーも流行っていましたからね

本村「マイケル・ジャクソンの”今夜はビートイット”の衣装って、山本寛斎さんのオーダーメイドなんですよね。デビッド・ボウイもそうですし。当時の日本発信のファッションって、知らず知らずのうちに目から入ってきていて、影響を受けていたと思います」

田中「僕は、どちらかというと日本のドラマが大好きで。世代的には木村拓哉さんのドラマを見ていて、服装は影響を受けていましたね」

本村「当時、木村拓哉さんはスタイリストの野口強さんがスタイリングをやっていましたよね。野口さんは長髪で、”ヘルムートラング”のスーツに、”ガボール”のウォレットチェーンとか。当時、芝浦のクラブ”ゴールド”にお二人で遊びにいらしていたのを見たのを覚えていますが、僕の中で音楽とファッションの繋がりって、おしゃれな人が音楽が流れている遊び場に行くという印象ですよね」

──例えば、90年代だと、ヒップホップ好きの人はヒップホップアーティストの格好をしていたり、ファッションによって聞いている音楽が分かる時代だったと思うのですが、いかがでしょう

本村「僕は、パブリック・エナミーのチャックDみたいな、キャップにTシャツ、スタジャン、あれが当時かっこいいと思ってました。ダボダボでズルズルの腰履きしてという方面とは、テイストがちょっと違っていて、世代的にオールドスクールなんでしょうね。田中さんは、DJをやられていた当時、どんな洋服を着られていたんですか?」

田中「その時代はジャケットに、ピケの細いパンツを合わせて、革靴を履いてという、綺麗めな感じでした。とにかく女性にモテたかったんですよ(笑)」

本村「おしゃれですね」

田中「実際は、あまりモテなかったです(笑)」

──DJはずっとヒップホップをやられていたんですか?

田中「元々DJ HONDAのスクラッチを聞いたのがきっかけだったので、最初は大会系のバトルDJで、スクラッチ系なんですよ。2000年くらいまではずっとニュースクールヒップホップでしたが、早いビートのものが好きになっていって、21歳くらいからハウスミュージックをやっていました」

本村「どの辺りのハウスミュージックですか?」

田中「ボーカルものが中心でした。それもあって2000年くらいの時は、J-POPをほとんど聞いてなくて、あまり知らないんですよ」

本村「時代的には、MISIAがデビューしたくらいだと思うのですが、聞かれていましたか?」

田中「MISIAはクラブミュージックの感覚として聞いていました」

本村「あの時代、やはり宇多田(ヒカル)とMISIAで、R&Bとハウスがトレンドなんですよね」

田中「MISIAは衝撃的でしたね。DJ WATARAIさんのリミックスが入っていたりして、当時、イヤホンの音を大きくして、わざと音を漏らして聞いてましたよ。”俺、MISIA聞いてる”って気づいてほしくて(笑)」

──音楽がステイタスだったということですよね。本村さんはレコード店「One Way」に通われていたとか

本村「通ってました(笑)。もともとバーニーズ ニューヨークの店舗BGMはそこの村田さんという方にお願いしていたんです。2000年から2018年までですが」

田中「以前、中目黒に住んでいたので、実は僕もよく行ってましたよ。DJ Premier(DJ プレミア)のラジオ番組を録音したテープを売ってたりして、衝撃的なレコード屋さんでしたね」

本村「”HOT 97″じゃないですか?」

田中「それです!手作り感あるジャケットのカセットテープでした(笑)」

本村「やることが色々と早かったんですよね。”ブラック・エンターテインメント・テレビジョン”というアメリカのテレビ番組をビデオでダビングして、それを売っていたり。革命でした(笑)。音楽とそういうカルチャーすべてがミックスされた良い時代だったと思います」

──もっともファッション的と思われるアーティスト、音楽、ジャケットなどはありますか?

本村「ファッションとジャケットアートという点では、グレイス・ジョーンズの”Nightclubbing(ナイトクラビング)”はかっこいいですよね。彼女が角刈りで、黒豹(ひょう)みたいなルックスで、たばこをくわえて、”イッセイ・ミヤケ”を着て、ビジュアルとグラフィックがかなり衝撃でした。ヒップホップだとジャングル・ブラザースですね。ジャズもアート的というか、書体がかっこいいジャケットが結構多いので影響を受けています。例えば、ジョニー・グリフィンの”Congregation(コングリゲーション)”は、ジャケットの挿絵をアンディ・ウォーホルが描いていたり。マイルス・デイビスの作品も絵というよりも字がかっこいいですし、マイク・ノックの”In Out And Around(イン・アウト・アンド・アラウンド)”とか。そういったデザインされているフォントのものが多くて、ジャズのジャケットは今見てもすごいと思います。ちなみに、マイルスは”アーストンボラージュ”の佐藤孝信さんがデザインした服を着ていて、佐藤さんはパラダイスガラージのあのTシャツを作った人ですよね」

田中「おしゃれなジャケットアートと、例えば、そのジャケットアートのプリントTシャツが着られるというのは関連ありますか?」

本村「ロックTとか、ニルバーナとかはあります」

田中「僕の中でジャケットアートがかっこいいという概念がなくて、着られないんですよね」

本村「僕はライブに行ったら、Tシャツを買ってしまうんですよ。ザ・クラッシュの”ブラン・ニュー・キャデラック”というアルバムのプロモーションライブで買った、キャデラックの絵が描かれたTシャツとか。おしゃれで着るというより、スウェットの上に着るみたいな。そういうTシャツの運命って、ヨレてくるとパジャマ化するじゃないですか。それもまた良いですよね(笑)」

田中「なるほど。僕は、竹内まりやさんの”プラスティック・ラブ”が好きなんですよね」

本村「(山下)達郎ですね」

田中「あの曲は、グローバー・ワシントンJRの”Just The Two Of Us”のコード進行が使われていて、だから好きなんです。最近のアーティストもよく使っているのですが、曲調がおしゃれなんですよね。音楽もそういう部分でしか聞けないというか、もともとヒップホップカルチャーって、トラックが同じようなものが当たり前のように使われていて、上物だけ、歌詞だけが変わっているとかじゃないですか」

本村「今の日本の曲も、そういう元ネタものを使った曲は多いですよね」

田中「音楽を聞く時にそういう部分ばかりが気になって。曲の理論とか、どうやって作っているとか、そういう話も好きで、例えば、小室さんの話で、カラオケが流行っているからサビの前にみんなで合いの手を打てるように間奏を入れたとか。そういう背景が好きなんです」

本村「定番の黄金比というか、リズムはあると思いますよね」

──音楽とファッションで繋がっているといえば、パンクはわりと繋がっているカルチャーのような気がしますが、いかがでしょうか?

本村「僕はもろに影響を受けています。例えばサーフィンだと海まで行かないと出来ないですが、パンクってその場にあるもの、例えば安全ピンを刺すとか、”自分でも出来る”みたいな、そういうストリートな発想が好きなんです。当時、10代でお金もなかったし、セックス・ピストルズのシド・ビシャスとか、そういう部分には影響は受けましたよね。リチャード・ヘルの”ブランク・ジェネレーション”のジャケットとか、ダムドとか、パンクはジャケットアートで影響を受けた作品やアーティストは多いかもしれません」

──サウンドも含めてDIY的な感じでしたよね

本村「同時に、ブライアン・フェリーみたいなスーツを着たおしゃれもかっこいいと思います。単純にファッションとしてかっこよかったのは、ドナルド・フェイゲンの”ナイトフライ”ですね。アメリカントラッドな格好でおしゃれなんですよ。パンクやデビッド・ボウイはヨーロッパですが、僕の音楽的な中心がどうしてもアメリカなんですよね。大きく分けるとモードとカジュアルみたいな。どちらも好きなのですが」

田中「僕自身もパンクファッションはしていましたよ。中2の時にボンテージパンツをはいて、ドクターマーチンを履いて、自転車をこいで、塾に行ってました(笑)。ダブルカフスのシャツにメッシュのTシャツを着て、キャスケット被ってって。塾って、中学生の時に私服になれて、ある種、友達とおしゃれをしにいく場所だったんですよ」

本村「社交の場ですよね。でも、受験は受からなそうです(笑)」

田中「ファッションって、時代と音楽からの流れが服として形になっている、多分音楽と洋服のどちらも好きな人にとっては当たり前のことなのですが、僕の場合、パンクの音楽さえ聞いたことがない。落ちてきた洋服として表現されたものから入っているので、そのバックボーンには興味がなかったんです」

──元を辿れば音楽だった、という話ですね

田中「音楽やカルチャーから入っていなくて、ただ流行として、洋服になって落ちてきた時に接していた。洋服以外に興味がなかったからかもしれません。時代とか音楽とか、全然気にしていなかったです」

本村「車や漫画、映画、音楽、ファッションも含めて、カルチャーですべてが繋がりますよね」

田中「今日は、カルチャーの関わりを学んだ気がします(笑)」

──最近は、どういう音楽を聞かれていますか?

田中「(sic)boy、KMですね。彼らの”Heaven’s Drive”という曲が、もともと彼らがL’Arc-en-Cielが好きで作ったという話を聞いて、世代的に親近感を感じましたし、曲を聞いてみたら音もかっこ良いですし。1曲の中に何ジャンルも入っているような感じで、あの曲を聞いたら今のシーンが分かるみたいな。あとは、PVで”ストーンアイランド”のスウェットを着ていて、それも今っぽく大きめに。僕自身、そのブランドが好きということもあって、それも共感していて、最近では彼らが好きです」

本村「僕は、ジャイルス・ピーターソンが、インコグニートのブルーイと組んだユニット、STR4TA(ストラータ)ですね。DJのフランソワ・Kがラジオで流していたのですが、アルバム自体も良くて、久しぶりに新譜で良い音楽を聞いたなと思いました」

──店頭と音楽の役割についてのお考えはありますか?

田中「二十歳の時にファッション業界に入ったのですが、当時って、内装よりも音楽でそのお店のテイストを差別化していたと思うんですよ。音楽でブランディングというか、お店のイメージを作る。近年は、内装は凝っていますし、各ブランドの色が出ているので、本当の意味でのBGMになってしまった気がしています。僕自身、音量のせいなのか、そっちに気がいかなくなったのか、昔よりも店内のBGMを聞かなくなりましたしね」

本村「バーニーズ ニューヨークは、元々本国のお店が、黒人、インド人、コリアン、白人、イタリア系もいるし、とにかくいろんな人種のスタッフが働いていることもあって、BGMを決める基準は、100連奏のCDに自身の思い思いの曲を入れて、それをシャッフルさせるんです。いろんな人がいろんな感性で入れていますから、当然予測不能なんですけれど、それが環境を邪魔せず、主張もし過ぎず、でもテイストはあるという、うまい役割を果たしていたんです。 当時、僕が入社した時は、選曲家の方がBGMを選曲されていたのですが、特にこだわっている感じもしなかったということもあって、僕の方で本国から曲目リストを送ってもらってやり始めることにしたんです。それが今、うちのBGMのベースになっていて、そこに新譜も入れたりして更新して、継ぎ足しではないですが、現状の店頭のBGMはそういう感じになっています」

田中「最近、音楽が印象に残ったようなお店はないですよね。商業施設の中だと音量も制限されたり、なかなか自由に出来ないというのもあります。僕が入った当時の渋谷店は、毎日がセールみたいな感じで何でもありでしたから」

──結局のところ、音楽とファッション、映画と、カルチャー全般は繋がっているということですよね

本村「音楽って不思議で、その曲を聞いた時の時代の物事を思い出しますよね。すべてが繋がるんですよ」

田中「そのときの匂いとかも思い出したり」

本村「音楽のすごいところって、そういう部分だと思います」

田中「例えば、気分を上げる時に聞くとか、着るとか。ファッションと音楽って、心理的な関わりはあると思います」

──ありがとうございました



「グレイス・ジョーンズのはかなり衝撃でした」と本村さん。

「クローバー・ワシントンJRの『Just The Two Of Us』のコード進行が好きなんです」と田中さん。

「車や漫画、映画、音楽、ファッションも含めて、カルチャーですべてが繋がりますよね」と本村さん、「今日は、カルチャーの関わりを学んだ気がします(笑)」と田中さん。



本村雅之

バーニーズ ニューヨーク ビジュアルディスプレイチーム リーダー
1993年株式会社バーニーズ ジャパン入社。
横浜店のオープニング準備から携わり、新宿店に23年勤務したのち、2016年六本木店のオープニングにも携わる。
現在は銀座本店に勤務をしながら、2000年より本格的に行っている店内BGMの窓口を担当している。
1989年に1年間のイギリス短期留学中に行った際、ロンドンのオクスフォードサーカスに当時あったクラブ「LEGENDS」で聞いた初期ACID JAZZに衝撃を覚える。
ほかHOUSE、HIP HOP、ROCK、PUNK、JAZZ、CLASSICなどジャンルを超えて幅広い音楽を聴いている。

田中直樹

ナノ・ユニバース PR/マーケティング セクション長
2002年(株)ナノユニバースの渋谷店のオープニングスタッフとして入社。その後プレス、プレスマネージャーを経て現在に至る。
PR、マーケティングを統括し、 ブランディング、商品PR、コンテンツメイク、コラボなど 多岐にわたりプロデュースを行う「ナノの仕掛け人」。

(おわり)

写真/野﨑慧嗣
ナビゲーター・取材・文/カネコヒデシ





カネコヒデシ
カネコヒデシ メディアディレクター、エディター&ライター、ジャーナリスト、DJ。編集プロダクション「BonVoyage」主宰。WEBマガジン「TYO magazine」編集長&発行人。ニッポンのいい音楽を紹介するプロジェクト「Japanese Soul」主宰。そのほか、紙&ネットをふくめるさまざまな媒体での編集やライター、音楽を中心とするイベント企画、アパレルブランドのコンサルタント&アドバイザー、モノづくり、ラジオ番組製作&司会、イベントなどの司会、選曲、クラブやバー、カフェなどでのDJなどなど、活動は多岐にわたる。さまざまなメディアを使用した楽しいモノゴトを提案中。バーチャルとリアル、あらゆるメディアを縦横無尽に掛けめぐる仕掛人。









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