ラムダン・トゥアミの「今」の興味とクリエイティブを凝縮
「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー」の成功は、ラムダン・トゥアミの名を世界に広めた。ビュリーは1803年にパリで総合美容薬局として創業し、独自の自然派フレグランス「香り酢」や「水性香水」などで19世紀初頭のヨーロッパを席捲。しかし20世紀半ば以降は長らく事業を休止し、人々の記憶からも遠ざかっていた。そのビュリーの哲学と自然由来の素材、伝統的なレシピを敬いながら、環境に配慮し、最新の技術で現代のライフスタイルに寄り添うプロダクトへと進化させたのが、ラムダンと美容専門家の妻ヴィクトワール・ドゥ・タイヤックだった。ファッションブランドや雑誌のデザイン、コンセプトショップのディレクションなど様々な分野でアートディレクターとして活動してきたラムダンは、店舗空間や商品パッケージ、ホスピタリティーなどのデザインも手掛け、そのクリエイティビティーも相まってビュリーは2014年のリローンチ後、一躍グローバルブランドとなった。

ビジネスの規模が拡大する中でラムダンとヴィクトワールが選択したのは、事業の売却だった。21年にそれまでも株主としてビュリーを支援してきたLVMHに経営をバトンタッチし、引き続きヴィクトワールはブランドディレクションを、ラムダンはアートディレクションを担う体制になった。ラムダンはそのかたわら、自身のデザインスタジオ「Art Recherche Industrie(アート ルシェルシュ アンデュストリ)」を設立し、より自在に八面六臂で様々なプロジェクトに取り組んでいった。その一つが24年10月、パリ・マレ地区にオープンさせたコンセプトショップ「WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES(ワーズ サウンズ カラーズ&シェイプス/ WSCS)」だ。

ショップ名は、人がコミュニケーションで使う言葉、音、色、そしてラムダンが生み出す様々な造形をイメージさせる形から成る。ラムダン自身が大ファンというジャズトランぺッターDonald Byrd(ドナルド・バード)のアルバムタイトルからネーミングした。ビュリーの売却後、その動向が注目されていたラムダンだが、数年をかけて出現させたショップは進行中の7つのプロジェクトの成果を複合した空間となった。
オリジナルのファッションブランド「DIE DREI BERG(ディ・ドライベーグ)」、自身のお気に入りだけを集積したアウトドアセレクトショップ「A YOUNG HIKER(ア・ヤングハイカー)」、60~70年代のレジスタンス活動をテーマにしたアート&グラフィックデザインの書籍やカウンターカルチャーマガジンの専門古書店「THE RADICAL MEDIA ARCHIVE(ザ ラディカル メディア アーカイヴ)」、クリエイティブディレクターのレオナルド・ヴェルネと共に立ち上げた出版レーベル「PERMANENT FILES(パーマネント・ファイルズ)」、コーヒースタンド「DREI BERGE CAFÉ(ドライベーグカフェ)」、名刺などをオーダーできる「SOC IÉTÉ PARISIENNED’ IMPRESSION TYPOGRAPH IQUE(ソシエテ パリジェンヌ ダンプレッション タイポグラフィック)」など、ラムダンの「今」の興味とクリエイティブが凝縮された場だ。この2つ目の店舗の出店地として選んだのは、ラムダンが「日本で一番好きな街」とする東京・中目黒だった。
WSCSパリ店の店内「ア・ヤングハイカー」
WSCSパリ店の店内「ドライベーグカフェ」
WSCSパリ店の店内「ザ ラディカル メディア アーカイヴ」
「ゼロプラスティック」の思いが通うビンテージな「山小屋」から
WSCS日本店は中目黒駅から代官山方面へ目黒川沿いに歩いて8分ほど、千歳橋を渡った住宅街の手前に立地する。「PEANUTS CAFÉ(ピーナッツカフェ)」の1号店があった3階建ての一軒家で、ラムダンの愛車からのインスピレーションで外装をカーキに塗り替え、無垢な白で店名を記した。5月17日にはプロダクトを販売する1階フロアをオープンさせ、2階、3階は今後、カフェやギャラリーを随時開設していく。

店内は約45㎡とコンパクトだが、もともとは材木店の建物だったため天井が高く、ゆったりと感じられる。改装中に天井を剥がすと縦横に伸びる板が現れたことから、その趣きを生かし、壁面にもビンテージウッドを張って山小屋さながらに設えた。内装に表れているように、WSCSは環境への配慮を基本姿勢とする。出来る限り化学繊維や石油由来の素材を使わない「ゼロプラスティック」を目指し、日本は山が多く自然に恵まれた土地柄であることから日本店は「自然」をテーマに店舗空間を設えた。


棚やハンガーラックはスティール、小物類が並ぶケースはガラスといったように、自然由来の素材を使う。スエットやシャツなどをディスプレイする棚には、60~70年代に活動したアメリカのミニマルアーティスト、ドナルド・ジャッドの金属製の箱を重ねた「スタック」シリーズの作品を用いていたりもする。ソファはイタリアのビンテージ家具で、壁面のランプや天井の照明にはビンテージの工業製品を配置し、どこかのんびりとした時間の流れを生んでいる。レジには産業用途として使われていた金属製の電話機が設置され、聞けば実際に店で使っているのだとか。壁面には環境破壊につながる行動への抵抗を背景にしたラムダン作の写真や絵画などのアートピース、「THE FOUR FUNDAMENTALS OF LIFE.THE BASES OF REAL WEALTH」(生命の4つの基盤、真の豊かさの基本)として「SUN(太陽)」「EARTH(地球)」「AIR(空気)」「WATER(水)」を挙げた張り紙など、強くメッセージを発しているのも他のショップには見ないアプローチだ。
店内にはラムダンが山に登る人たちのために選曲したポッドキャスト「MUSIC FOR HIKERS(ミュージック・フォー・ハイカーズ)」が流れ、ジャンルレスな音世界へ誘う。
ゆったりと寛げるソファ。バックにはラムダンによるフォトアート
青い棚はドナルド・ジャッドの「スタック」シリーズの作品
山などの自然を描いた絵画作品も
懐かしさとアートが溶け合うレジカウンター
産業用途として使われていた電話機
シーズンに縛られず、「作りたいもの」にクリエイティブを凝縮
MDの軸とするのは、24年に発表したディ・ドライベーグ。「環境負荷の少ない昔ながらの技術を駆使しながら、長く愛用してもらえる最高に美しいプロダクトを作ることをテーマに、イタリアと日本で製造・縫製された最上級カジュアルウェア」を展開する。中目黒店では日本の物作りへのリスペクトから、ほぼ全てメイド・イン・ジャパンで揃えた。
ラムダンはビュリーの仕事で知られるが、もともとはオリジナルのTシャツブランドで起業し、スケートボードブランド「King Size(キングサイズ)」、人気を博したコンセプトストア「L'Épicerie(レピスリー)」、サザビーリーグのコンセプトストア「And A(アンドエー)」のディレクションなど、ファッション・ライフスタイル領域でも活動し、日本との縁も深い。ディ・ドライベーグではその経験と探究心をフルに発揮し、自ら産地や工場を巡り、妥協の無い服作りで1着1着にクリエイティブを詰め込んだ。春夏や秋冬といったシーズンに縛られず、「作りたいものを作り込む」という姿勢もラムダンらしい。
「MULTI-POCKET SHIRT(マルチポケットシャツ)」シリーズは、シャツとアウターの縫製を専門とする工場でシャツとして仕立てた後、アウター感覚のステッチワークを施した。前後に2つずつ配した大きなポケットと小ぶりの丸襟のバランスが絶妙で、金属製のボタンがビンテージライクなムードを醸す。高密度で織り込んだウェザークロスによるコットン製のホワイトシャツ、経糸にインディゴロープ染色糸を使ったライトシャンブレーのサックスブルーシャツ、最高品質のシーアイランドコットンを使ったストライプのオックスフォードシャツの同型・生地違い3タイプを展開する。いずれもユニセックス仕様。
コットン製の「マルチポケット ホワイトシャツ」
ライトシャンブレー製の「マルチポケット サックスブルーシャツ」
シーアイランドコットン製の「マルチポケット ブルーストライプシャツ」
「IMPERIAL SUSHI ROLL SILK SHIRT(インペリアル スシロール シルクシャツ)」も手が込んでいる。最高級の「6A」シルクを福井のシルク工場で今も稼働する旧式シャトル織機を使って織り上げた生地に、「寿司ロール」の小紋柄を細かなドットのようにプリントした。京都の工場で版を作り、新潟の老舗プリント工場で捺染し、ドレスシャツの折り伏せ縫いで仕上げた高級感を醸す1着だ。貝ボタンを使い、ノープラスティックの意思を示した。
和歌山の老舗ニット工場とは、熟練の職人と共に今や貴重になった吊り編み機でスエットを作り込んだ。「CASHMERE/COTTON MAXIMAL BUTTON HOODIE(カシミヤ/コットン マキシマルボタンフーディー)」は、表地にシーアイランドコットン、裏地にはモンゴル産のロイヤルカシミヤを合わせた驚きの仕様となっている。オーストラリア産極細メリノウールと英国産シェットランドウールのブレンド素材をドイツ製の旧式編み機で編んだパーカ「WOOL HOODIE ROPE KNIT(ウールフーディー ロープニット)」は、メイド・イン・トーキョーのサプライズなアイテムだ。フードからフロントまでぐるりと巡るコットンロープは手仕事で仕上げられた。大きなエルボーパッチも特徴的だ。
「インペリアル スシロール シルクシャツ」
細かな寿司ロールの柄
「カシミヤ/コットン マキシマルボタンフーディー」
首元にはディ・ドライベーグのオリジナルチャーム
「ウールフーディー ロープニット」
「MILITARY JACKET(ミリタリージャケット)」は、日本の伝統的染色技法である京都の友禅染めで迷彩柄を表現した。太番手の10番糸を織り込んだ生地を使い、地染めの上に顔料で丁寧にプリントし、広島の工場で縫製。着るほどに柔らかさが増し、自然な経年変化を楽しめる。ストーンウォッシュでダメージ感を出したものもある。タグに「POST PLASTIC GENERATION」のメッセージを施した。
デニムパンツは20世紀初頭の風合いを再現するため、あえてホコリや糸くずを落とさずに撚り合わせた糸を使うなどこだわる。経糸と緯糸に強撚糸を使った厚手の綾織生地「カツラギ」による「WHIT PAINTER PANTS(ホワイトペインターパンツ)」も魅力。埼玉の老舗ワークウェア工場で縫製し、トリプルステッチやオリジナルの動物柄ボタン、グラフィックを施した紙パッチなど細部にも凝っている。ラムダンがペイント加工したバージョンも6月には入荷した。



シューズはディ・ドライベーグを象徴するアイテムの一つといえる。「DIE DREI BERGE LEATHER TECH MÖNCH 1(ディ・ドライベーグ レザーテックメンヒ1)」は、クラシックなスニーカーのデザインと登山靴の構造を一体化。トレッキング向けの機能を備えながら、タウンでも活躍するカラーリングで、重すぎず、革も柔らかいので歩きやすい。歩行時に底が削れてマイクロプラスティックの要因を生まないよう、ソールには天然ゴムを用い、100%プラスティックフリーで作り上げた。ドライベーグ(3つの山)をモチーフにしたオリジナルボタンがアクセントを添える。
「Napoléon Gaillard Leather Derbies(ナポレオン・ガイヤール レザーダービーズ)」はダービーシューズと登山靴を融合したシューズだ。山形の老舗靴工場で伝統的なグッドイヤー製法と最先端のレーザー加工技術を駆使して作り込んだ。アウトソールには化粧釘を施し、靴底先端にはトライアンフスティール、ノーズ部分にはパンチングで表現したドライベーグマークなどディテールにもこだわりが覗く。アイテム名はフランスの伝説の靴職人へのオマージュ。

ラムダン自身が熱烈なファンという「POTER(ポーター)」とのコラボレーションも実現した。ベースはポーターのバックパック。帆船の帆に使われていた丈夫なキャンバス地をメイン素材に採用し、サイドポケットには漁網、裏地にはナイロンツイルを使うことで、生地感のコントラストを生んだ。ステッチには太番手の糸を使い、あえて粗い手仕事感を表現。本体とポケットではキャンバス地の厚さを変え、ハーネスのクッション材も内側と外側で厚みを変えるなど、使いやすさを追求した。SとLの2型。価格はSが17万6000円、Lが18万7000円(いずれも税込)と高額だが、3月にローンチするとたちまち完売。中目黒店のオープンに合わせて再販し、好調に動いている。

スーベニア感たっぷりのグッズ、アートな書籍も魅力
オープンして間もないが、「今のところ男性のお客様を中心に、20~30代の女性も多い。クリエイティブなことを仕事にしている人や関心を持っている人、ラムダンのファンが訪れ、近隣に住んでいる人たちもよく来店される」という。「店には本物しか並べない」という姿勢で物作りをしているだけに単価の張るアイテムが多いが、いわゆるお土産品とは異なる高感度でリーズナブルなプロダクトもあるので気軽に店内を散策できる。
例えば、ラムダンがスイスで運営するホテル ドライベーグのためにデザインしたエスプレッソカップは秀逸。カップがソーサーにぴったり収まるように設計され、歩きながらでもカップを滑り落とさずにコーヒーを楽しめる。ヨーロッピアンなデザインだが、日本の磁器産地である有田で製造されたメイド・イン・ジャパンだ。また、世界各地の山などをモチーフにしたペナントやバンダナ、ソックス、ラグなども充実し、スーベニア感もたっぷり。パリの街をイラストマップ風に表現したバンダナはパリ店では大人気とか。各地区・区画の特徴をユーモラスなワードも添えて描写し、思わずニヤッとしてしまう。他のアイテムもそうだが、小さなものであっても作り手の「視点」が入っていて、自分には無い物事の見方に気づかせてくれる魅力もWSCSにはある。

書籍はクリエイティブなことに興味のある人は手に取りたくなるだろう。パーマネント・ファイルズが制作・出版する『USELESS FIGHTERS(ユースレス・ファイターズ)』は、文化や政治、スポーツ、アイデンティティーなど、世界にとっての「山」の重要性にフォーカスするビジュアル書籍。雪遊びや観光といったステレオタイプな楽しみ方への抵抗を背景に、山の魅力を再構築して提示し、新たな旅へのインスピレーションを喚起する。年2回の発行で現在2冊を刊行し、第2号ではコンゴ民主共和国のコバルト採掘、レバノンにおける違法薬物の製造と取引、トルコにあるとされるノアの方舟の遺跡、中国の巨大な太陽光発電所など、山々に埋め込まれた地政学的、経済的、宗教的なリアルな問題を探求している。記事は英語と日本語のバイリンガルで構成。書籍は他にもザ ラディカル メディア アーカイヴのまさにラディカルなアートマガジンをはじめ、社会風刺的なイラストやメッセージをデザインした缶バッジなども、我知らず見入ってしまう。



ラムダン自身は世界中を飛び回りながら、独創的なアイデアを形にする日々を送っているという。次は何が飛び出してくるのか読めない魅力がある。ワーズ サウンズ カラーズ&シェイプスは今後、カフェやギャラリーが併設される予定だが、良い意味での裏切りもまた求めてしまう。

写真/田村尚行、ホンモノファミリー提供
取材・文/久保雅裕
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。