──最初にちょうど1年前に恵比寿ガーデンホールで行われた吉乃さん初のカバーライブのタイトルになっていた『カサブランカ』の由来についてお伺いできますか? ジャケットやビジュアルに必ずカサブランカが描かれていますね。

「カサブランカの花言葉は花の色によって違うんですけど、白い百合の花言葉である“祝福”や“純粋”を自分自身の活動指針にしていて。生きているともちろん、活動を続けていく中でいろんな思いが交錯すると思うんです。焦りや劣等感を覚えることもあるでしょうし、逆にうまくいったときにちょっと態度が大きくなりそうになることもあるかもしれない。だから、いついかなる状況でも、“音楽が好き”っていう純粋な気持ちを忘れない自分でいられるようにという思いを込めて、普段から白い百合をモチーフにしています」

──続く、昨年8月の『COVER LIVE TOUR 2024 “爪痕”』は対極となる黒い百合を背負っていました。

「黒い百合の花言葉は“呪い”や“復讐”なんですけど、私は自分の悲しい気持ちややるせなさを吐き出すために歌を始めて。その気持ちを黒い百合で表現しました」

──改めて、歌い始めたきっかけを聞いてもいいですか?

「もともと歌自体は好きで身近な存在ではあったのですが、学生の時に同級生から“吉乃っていてもいなくても変わらないよね”って言われたことがあって。みんな笑って、誰も否定してくれなかったんです。1人だけ庇ってくれた子がいて、今はその1人の子にすごく感謝しています。でも、その時はそういう言葉を大人数の前で言われて、誰も否定してくれなかったっていう現実の方が勝ってしまって…“私は人としてこの場に必要ないんだ”と感じてしまいました。今、思えば、学校っていう小さなコミュニティでの出来事だったんですけど、学生時代は学校が全てですし、所属しているコミュニティが全てでしたから。それが自分の中ですごく堪えて、そういう思いを吐き出すために歌い始めました」

──まさにどちらの百合も描かれているメジャー1stアルバム『笑止千万』がリリースされますが、アルバム用の新曲8曲中6曲がボカロPによる提供曲になっています。

「ボカロPさんは全員、私からリクエストして作っていただきました。基本的には全曲を通して、流行に合わせてどうこうっていうよりは、不滅の良さというか、純粋に“いい曲を作ってもらう“っていうお願いをしました」

──ボカロPさん以外の方が作った曲を歌ってみてどう感じましたか?

「やっぱり新鮮でした。普段、ボーカロイドっていう、人間が歌う曲じゃないものを歌っているので(笑)。“息が吸える”とか、“余裕があるな”とか、“人が歌える曲だ”って感じました。あと、普段、【歌ってみた】でもあまり歌わないJ-POPを歌えたのは嬉しかったです。なかなかカバーではやらないので、アルバムにこういうちょっと変わった楽曲も入れられて、聴いていただくみなさんには新しい吉乃を届けられたんじゃないかな?って思いました」

──では、ボカロPさんにはどんな思いでお願いしたかをお伺いできますか? まず、いい肉の日(11/29)に先行配信された「転校性」は、ライブで「バレリーコ」、「少女レイ」もカバーしたみきとPですね。

「ボカロP界のレジェンドですよね。インターネットミュージックではあまりバンドサウンドは多くないと思っているんですけど、私はみきとPさんのバンドサウンドがすごく好きなので、そういう楽曲を作ってくださいとお願いしました。あと、私の視聴者層って10代よりは20代以降から30代前半ぐらいまでが一番多いんです。なので、自分を含めて、VOCALOID第一次全盛期のみきとPさんの曲を聴いて、今、社会人をしてる人たちに刺さる曲がいいなって思いました。過去を回顧して欲しかったんです。もちろん、みきとPさんは今でも素晴らしい楽曲をたくさん出されていますけど、“うちらの青春だよね、これ!”っていう曲を入れたかったので。“我らが青春”みたいな曲です」

──青春を謳歌している同級生を転校生のような眼差しでずっと見ている?

「そうです。いいですよね、2サビの<尖ったプライドが消えない>とか、“わかる!”って思います(笑)。やっぱり過去の学生時代の自分に向けて歌うような気持ちが強かったですね。<御飯事には興味ない>とか、ちょっと周りを冷笑して、馬鹿にしている感じ。今になって振り返れば、そういう年齢相応の振る舞いは素敵なことだと思うんですけど、当時の自分はノリ切れなかったですし、なんなら“嫌だ”くらいに思っていました。そういう過去の経験がレコーディングには生きたかなって思います」

──ご自身の経験と重なっていますか?

「学校があまりそりが合う環境ではなくて…。卒業式に涙は1滴も出てないですし、卒業式が終わってからも、一緒に教室に戻る友達もいないから、1人で廊下を歩いて戻った記憶があります。思春期ですし、どうにかして自分を肯定するしかないので、“別に寂しくないし”って思いながら1人で教室に戻ったってことを覚えています。本当は寂しかったし、悲しかったと思うんですけど、そういう穿った見方をしているが故の孤独感みたいなものはすごくリンクする点ではありました」

──当時ネットミュージックにハマっていた世代で共感する方も多いと思います。

──「エンドレス」は香椎モイミさんです。

「私は元々、香椎モイミさんの「天誅」がすごく好きだったんです。香椎さんは、ダイナミックだったり、綺麗だったり、はたまた可愛かったり、おしゃれだったり。いろんな楽曲を作る方なんですけど、世界観そのものはインターネットミュージックっぽいなってふうに思っていて」

──とても不思議な曲ですよね。歌謡曲っぽく感じるメロディだけど、和メロではないし、和製ハウスっぽい雰囲気もあって。

「しかも、裏声メインのボーカルで、流れるような旋律なんですけど、そういうカバーは今まで出してこなかったので、すごく新鮮でした。そういう新しい体験をモイミさんに書き下ろしていただいたオリジナル楽曲でさせてもらえるのは、すごく嬉しいですし、新しい挑戦だなって思いました」

──Xでは“この曲を初めて聴いたときからずっと、目の奥に宝石が見えています”ってコメントをしていましたね。

「キラキラした音が入っている楽曲ではないんですけど、途中でガラスが割れる音が入ったり、“激しいのにすごく綺麗な曲だな”っていうのを一貫して思っていて。アメジストやガーネットのような暗い色のキラキラした宝石のイメージです。かと思えば、<無垢な僕>っていうダイヤモンドのような歌詞が出てきて。本当に力強い綺麗さだなって思います」

──「BAD MAD」はGuianoさんです。ライブでは「私は、私達は」を歌っていましたね。

「今、出ているカバーは1曲なんですけど、実はあと2曲くらい、私の手元にはあるんです。元々Guianoさんの曲が大好きで。Guianoさんには“どんな状況でも綺麗事を信じられる曲にして欲しいです”ってお願いをしました。綺麗事って、心がすさんでいるときに見ると馬鹿馬鹿しいですし、“また言ってるわ”くらいのテンションで受け入れられないことがほとんどだと思うんです。現に私も綺麗事はあまり好きじゃないんですけど、綺麗事が言えなくなってしまったら、世界は終わりだと思っていて。あとは、Guianoさんに私の身の上話をして…」

──どんな話をしたんですか?

「当時の私のアルバイト先に、私の活動を知っていて、応援してくれている人がいたんです。休みを取る時も、“音楽メインでやってるんだから頑張りな!”って身近で応援してくださってた方です。その人がある時から突然来なくなったんです。私はただの夏バテだと伺っていたんですけど。その時には、Adoさんと弱酸性さんとで歌った「Ready Steady」のことや、初ワンマンのことも決まっていたんですけど、まだ言っちゃいけない時期で。戻ってくる頃には情報解禁されているから、私のことをすごく熱心に応援してくれた方に絶対に報告しようって思っていたんです。でも、そんな時に店長さんに呼ばれて、“実は亡くなりました”って伝えられました。後日、私が横アリのステージに立った前日に亡くなってたっていうのを聞いたんです…」

──…それは残念ですね。

「駄目なことではあるんですけど、情報解禁とか気にしないで報告しておけばよかったって思いました。もちろん、私の選択は社会的に言えばベストなんです。でも、そんなのを投げうってでも言えばよかったって思いましたし、同じ時期に、私を昔から可愛がってくれていた祖父もコロナ禍をきっかけに認知症になってしまって…。最後の方は誰が誰だか何もわからない状況になって亡くなったんです。そのタイミングが被ったというのもあって、自分の中で、いろんなことに対して間に合わなかったなって思いました。“自分、何やってんだろう?”って。でも、そんな中でも、もういない人たちに届けたかったんです。祖父も認知症がどんどん悪化していく中で、すごく不安だったと思う。もう1人の方は癌だったんですけど、私達には何も知らせず普段通り接してくれていました。私たちと過ごす当たり前の日常がその人にとっては大事だったから言わなかったと思うんですけど、余命を宣告されている中で生きていくのはどれだけ怖かっただろうと思って。だから、Guianoさんには愛の歌を作ってもらいたかったんです」

──今のお話を聞くと、<だけど絶対 明るくいたいな>がより胸に沁みてきます…。

──そして、リード曲「我が前へ倣え」は獅子志司さんで、ラップもフィーチャーしています。

「辛い時やしんどい時に獅子志司さんの楽曲に背中を押されて、これまで活動を続けることができました。だから、獅子志司さんご本人に曲を作っていただけることはすごく幸運なことでしたし、ライブでもカバーした「うつけ論争」だけじゃなく、YouTubeには上げていない曲もいろいろ歌っています。“逃げたいけど頑張りどきだぞ!”っていうときは、いつも獅子志司さんの楽曲を聴いていたので。メジャーデビューするにあたって、メジャーデビューがゴールじゃないですし、むしろ“これからだ!”っていう気持ち。いろんな壁にぶち当たると思うんですけど、そんな中で、泥臭くても、どんな状況でも前を向いて、駆け抜けていける曲がいいなって思いました。“過去も未来も今も全部ひっくるめて、ぶつかりにいける楽曲にしてください”ってお願いをしました」

──ライブで手を掲げてクラップしたくなるような曲ですが、歌詞にはまさに過去への悔やみ、現在の意気込み、そして未来への不安も全てを抱えて、もがきながらも突き進んでいく姿勢が描かれています。

「歌詞の内容は、私から具体的に言ったわけではないのに、“こんなにも突き動かされるリリックを書いてくださるんだな”って思いました。以前、獅子志司さんのインタビューを拝見したときに、“漫画から影響を受けて楽曲制作をしてる“とおっしゃっていて。私も人生の選択とか、かなり漫画に影響を受けて生きてきたところがあるので、自分としてものめり込める、もう自分が少年漫画の主人公だと言い切れるような楽曲を作ってくださったなって思います。なんというか…本当にあとにも先にも獅子志司さんの楽曲には背中を押されてばかりで。これから先、辛いときにまた、この楽曲を聴くんだろうなって。しかも、それが今度はカバーじゃなくて、自分の声で聴けるんだっていうのがすごく嬉しいです」

──自分がみんなの先頭に立つという曲ですが、アルバム全体としても、アーティストとしてやっていく覚悟や決意を感じます。

「そうですね。後付けっていうか、結果論にはなるんですけど、アルバムが出来上がって全体を見たときに、やっぱり現在の自分に一番あてはまる状況だなと思います。反骨精神というか、現状を変えたい、覆したいという楽曲が多くなったとは思いました。最近、この先のことを考えていく中で、私の場合、自分のことをすごいって思ったことが全然ないんです。“凡人の自分がどこまでやれるのかを試してみたい”って心持ちでずっと活動を続けてきたんです。でも、メジャーデビューできちゃって、2ndワンマンライブまでやった今、自分の意識は凡人のままでいいのか?って思っていて…」

──凡人には見えないですよね。

「ありがたいことに、“そんなことないよ”って言ってくれる人が多いんですけど、私の中の意識はどうしても、“いや、でも、私、普通だしな。そんなに秀でたものないし…”って感じだったんです。でも、最近、自分自身に対する認識が凡人のままで、そんな自分が生み出すものに価値はあるのか?って思うようになって。やっぱりアーティストはズバ抜けていないといけない。“いやいや、自分、普通ですから”って言いながら作るものって、このままだったら、それが作品にも出るんじゃないか?と思ってしまって。だから、自分の中の認識を改めなきゃいけないなって今は思っています。でも、それって、自分にとってまたさらに茨の道というか…」

──凡人じゃなくなるわけですからね。

「そうなんです。“自分は凡人だから”って思いながら作ることってすごく楽なんです。仮に満足いかなかったりしても、いつでも“凡人だし”っていう言い訳ができちゃうので。でも、今後はそれが許されない環境なので、すごく怖くはあるんですけど、“意識を変えなきゃ”って思っています。そんな自分を鼓舞してくれるような楽曲がこのアルバムには出揃ったんじゃないかな…」

──Nanao (Teary Planet)さんによる「KAMASE!!」にもその姿勢が表れていますよね。<負け犬の遠吠えのまま/終わらせんな>という思いで<いつか夢見てた舞台に/たった一度の人生/捧げたっていいだろう?>っていう。

「そこは自分の中でもグッとくる歌詞ですね。音楽で食べていくのはすごく難しいことですし、“立ち行かないな…”って思うこともたくさんあります。そこで諦めたとしても、世間には音楽が溢れていて、コンビニに入っても、テレビを見ても、大好きなアニメにだって、音楽がずっと流れています。そこで、音楽を聴いて、もしも自分が頑張っていたら叶っていたかもしれない未来を想像するのが、当時の私はすごくつらくて…。だったら、“一度きりの人生、やってみよう”って挑戦してきた活動ですし、それが、私が今、歌を歌っている理由でもあるんです。だから、<いつか夢見てた舞台に/たった一度の人生/捧げたっていいだろう?>はこれまでの過程で、そのあとに続く<何物にも代えられない自分に/その栄光を謳え>が今の自分の課題だなって思います。やっぱり“凡人だ”っていう意識をどうにかしないと、自分に栄光を謳うことはできないですし、“自分は何物にも代え難い”って言い切ることもできないですし。すごく自分自身も鼓舞してくれる楽曲だと思います」

──そして、アルバムの最後にカンザキイオリさんによるロックバラード「ババロア」が収録されています。

「ありのままの自分です。<愛されたい>とか、<ぶっ殺したいよ>とか、<全部ムカつくな>とか」

──<僕だけの呪い>という黒百合を想起させるフレーズもりますね。

「どストレートですよね。今って冷笑文化というか、泥臭く頑張っている人を見て、ちょっと笑う風潮があると思うんですけど、カンザキさんの楽曲は、そういうのを全部投げ打って、カッコ悪くても丸裸になるしかなくて。だから、カンザキさんに身ぐるみ剥がされて(笑)、もう自分をむき出しにして歌えたと思います」

──涙でぐちゃぐちゃになりながら歌っているようなところもあるのに、ちゃんと言葉が伝わってくる素敵な曲になっていますね。アニメ主題歌に起用された2曲を含む全10曲を収録したメジャー1stアルバムに『笑止千万』というタイトルをつけた理由も聞かせてください。

「“非常に馬鹿馬鹿しいこと”や“取るに足らないくだらないこと”っていう意味があるんですけど、この世界を宇宙まで引いて見たら、この世の全てはきっとどれもくだらないと思うんです。そういう視点で見て、世界は広いし、小さな喧嘩やトラブルは“くだらないよ“という結論になることがあると思うんですけど、個人的には、”くだらない“って切り捨てることができるものにこそ、その人個人の生きざまや譲れないもの、大事なものが詰まっていると思うんです。私自身で言えば、私みたいな凡人が音楽を続けている、それで食べていこうとしている、人様の力を借りて活動をしていこうとしているっていうこと自体がもう笑止千万というか、馬鹿馬鹿しいことであって。”そんな夢なんて追ってないで、まっとうに生きろよ!“って、もう1人の自分がいつも言ってくるんです。そんな真っ当な意見を聞いたら私の言っていることなんて笑止千万かもしれないですけど、私はこれがやりたい、音楽がやりたいって思いを込めて楽曲を作っていただきましたし、アルバムタイトルもこのタイトルにしています」

──オリジナル曲だけのアルバムが完成して、今後は何か見えましたか? もう凡人ではいられなくなりますよね。

「怖いです。恐ろしいです。でも、このアルバムは、私にとって、これからの人生において宝物みたいなものになっていて。このアルバムがこの先、いろんなところで私のことを支えてくれると思います。そして、2025年は、まだ自分の中で具体的なビジョンはそんなに持てていないですけど、殻を一つ破れる年にしたいです。何を破ったらいいのか?っていうのは、このアルバムを通して見えたので、今後の1年でそれを破っていかないと、先がないんだろうなって思います。“殻を破った”という明確な手応えを得られる年にしたいです」

(おわり)

取材・文/永堀アツオ

RELEASE INFORMATION

吉乃「『笑止千万』初回限定盤(CD+Blu-ray)

2025年122日(水)リリース
PCCA-063696,900円(税込)

吉乃「『笑止千万』

吉乃「『笑止千万』通常盤(CD Only)

2025年122日(水)リリース
PCCA-06370/3,500円(税込)

Download & Streaming:https://lnk.to/Shoshisenban

吉乃「『笑止千万』

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