音と歌で編まれた私小説。デビュー20周年を記念した、笹川美和の約5年半ぶりのオリジナル・アルバム『続』は、そんな表現をしてみたくなる一作だ。前作『新しい世界』が自作曲以外を歌った作品だったことを考えると、シンガー・ソングライターとしては『そして太陽の光を』以来、約9年半ぶりのオリジナル・アルバムとなる今作。いわゆるキャッチーさとは一線を画した、聴くほどに耳に心に沁み入るように馴染むメロディに乗せて、響きも美しい言葉で丹念に描かれていく心象世界は、たおやかで温かく、聴き手の心にそっと寄り添ってくれる。まさに、唯一無二。大人の愛と浪漫に満ちたラスト「旅に出よう」で<行く先は無限>と歌われているが、それは彼女の未来をも示唆しているかのようだ。本人に話を聞いた。

――20周年おめでとうございます。プロとして20歳を迎えた心境を聞かせてください。

「ありがとうございます。10周年の時は、“ありがたいことだな”と思うぐらいだったんですけど、20周年となると、40歳の私の人生の半分なわけで、それを考えると感慨深いものがありますね。あっという間ではありました。ただ思い返すと、あんなことも、こんなこともあったなと。でも、昔に戻りたくはなくて、今が一番いいかな?って思えるのは、やっと大人になったということなんでしょうね(笑)」

――デビュー当時は、20年後をどうイメージしていましたか?

「デビューした時、私はレコード会社と事務所と3年契約だったので、3年後は当時つき合っていた方と結婚して、専業主婦になるはずだったんですよ。音楽は、流れで始めたようなものでしたし…」

――なんと!

「だから、人生って本当に面白いなって思います(笑)」

――それがなぜ、こういうことになっているのでしょう?

「喧嘩別れでもなんでもないんですけど、3年経ったら違う環境に身を置きたくなって、メジャーレーベルを離れたんです。インディーでは見えなかったものがたくさん見えて、やっと自覚を持てて、自分で作った曲を聴いてもらいたいという気持ちが強くなったんです。この取材にしてもそうですけど、直接応援してくださる方のためにも、もっとやりたい、やめるわけにはいかないなって」

――そう言う意味では、インディーに行っていただいて良かったです(笑)。

「本当に。順番は逆なんですけど、メジャーからインディーに行って、自分が恵まれていたことにも気づけましたし。結局、その後に“戻ってこない?”と声をかけてもらってメジャーに戻って、現在に至るので、人との縁も感じますね」

――あの…結婚話はどうなったのですか?

「いつしか消えてしまっていました。どんどん結婚願望もなくなって、結局お別れすることになって。でもまさか、40歳でまだ独身でいるとまでは、想像していなかったです(笑)」

――その分、音楽の神様に愛されたということで。

「そうですね。せめて音楽の神様には愛してもらえないと、悲しすぎるので(笑)」

――今回のアルバムは、20周年というのを踏まえて作られたものなのでしょうか?

「いやそれが、実は2016年には完成していたんです」

――えっと…?

「話が変わってきますよね。でも結局のところ、どうして今までリリースしなかったのか、これといった理由がないんですよね。ウケません?」

――はい、ウケます(笑)。いわゆるお蔵入りとは違うのですか?

「要はお蔵入りになっていたということなんでしょうけど、理由がわからないんです。暗いからという説が、あるにはあるんですけど、ちょうどアルバム『新しい世界』(2018年リリース)のお話をいただいたころでもあったので、なんか宙に浮いてしまったんでしょうね。頭の中には、ずっとあったんですよ。“いつリリースすればいいんだろう?”って」

――なぜ、このタイミングになったのでしょう?

20周年が見え始めて、なんとなく、いいタイミングなんじゃないか?と考えてはいたんですね。とは言え、聴き直してみて、私の今の感情と違っていたらイヤだなと思いました。それで実際に聴いてみたら、逆に今のほうがしっくりくるんですよ。当時“こうなりたい”と目指していた自分に、わりとナチュラルになれていた感じで、今のほうが説得力があるんです。ものごとにはタイミングがあるから、それが今ということなのかな?と思いました」

――当時、どのような音楽的、精神的モードで作ったアルバムだったのですか?

「アルバム『そして太陽の光を』(2014年リリース)の時に、やっと自分をアーティストと言ってもいいのかなと思えるようになったんですね。でも今度は、自分がどういうアーティストになりたいのかとか、いろいろ迷い始めて、すごく内省していました。だから、『そして太陽の光を』は恐ろしいほど暗いんです。でも『続』の時には、“こうありたい”、“こうなるんだ”って、自分を鼓舞する感じで歌えるようになっていたんです。達観したように歌っているんですけど、実際は願望や、覚悟みたいなものだったように思います。引き返したくはないっていう」

――それが今では、ごく自然な感覚になっていると。

「そうなんです。悩んでいた私がいたというのは事実で、やっぱり段階があって、今ようやくそういう境地にたどり着けたのかな?って。ここからまた悩んで、そうやって人生は続いていくんだと思いますけど、だんだん問題に対処する術が備わってきたので、思いのほか傷つかない気がしています。おばさんって、強いですよね?」

――最強です(笑)。

「うらやましいんですよ。あれはたぶん、初々しいときから数々の闘いを経ての、ひとつの境地なんですよね(笑)。私なんか、まだまだ中途半端なところがあるので」

――それにしても、『続』というアルバム・タイトルも、タイミング的にピッタリですよね。

「アルバムのタイトルは今回つけました。20周年を迎えて、音楽を続けたいという気持ちが強かったので」

――なるほど。まさか7年前に完成していたとは思わず…。

「いいんです。それでいいんですよ。こっちが勝手にやったことですから。本当に申し訳ない(笑)」

――(笑)。聴かせていただいて、まずは全編通して余白が見事にいかされた演奏で、歌がより際立っていると感じました。

「私自身、余白がすごく好きなので、音を詰め込まないでほしいってお願いしたんです。そして、一発録りが多いんですよね。そうすると、自ずと余白ができますし。ダビングとかをしないから」

――生っぽい感じも、いいですよね。

「そうなんですよね。でき上がり過ぎていない感じというか。あと一発録りって、めちゃくちゃ集中するので、ミュージシャンの皆さんが感性や才能や技術をより発揮してくださるんですよね。こんなにうれしいことはないです」

――アレンジによるところが大きいのかもしれませんが、曲調もより多彩になったように思います。作風で変化したことなどは、ありますか?

「基本的に、ピアノで作って曲と歌詞が同時っていうのは、ずっと変わらないんです。だから、アレンジャーさんのおかげですね。ただ、歌詞の言葉数は増えました。昔はもっと少なかったし、意識としては、できるだけ少なくしたいんですけど。あと、常にピッチは気にしています。つまりは丁寧に歌うということですね」

――ライヴでも丁寧に歌っていますよね。

「私って“ワ〜っ”て盛り上げられるタイプでもないし、来てくださるお客さんも聴き込みたい方が多いのかな?と思うと、大事なのは上手に歌うことなんですよね。クセがあるし、上手ではないんですけど、1文字1文字、1音1音を丁寧に歌うようにしています。歌詞は絶対に、事実に基づいたものにしていますし」

――いくつか歌詞について聞かせてください。アルバムのタイトル曲とも言える「続く」は、決意表明みたいなものですか?

「私の始まりというか、プロローグですね。望んでいた今日ではない、しんどい毎日が続いていく中で、じゃあどうやって生きていくのか?…どうせなら幸せに生きたいし、人は幸せになるために生まれてきているんじゃないのか?っていう、もがきが凝縮されています。今は、達観できるようになった気がしているんですけど」

――「女王」は、歌詞にあるように<あたしは女王。>っていうくらいの心意気を持ちたいという曲ですか?

「そうです。当時は、人生の選択を誤っているのかな?と悩んだこともあるので、自分を認めるための曲です。そうしないと、どうにもならなくて。自分に言い聞かせながら作った曲ですけど、今はいい意味で開き直れるようになったし、自然にこの曲のように思えるようになりました。自分の人生は、自分で作るものですからね」

――「知っててね」は、終わってしまった恋愛の曲ですね。

「私にすれば珍しくかわいい恋愛の曲ですけど、この感情は当時も今も同じですね。素直じゃないんですよ。だから、いまだに独身なんでしょうけど(笑)。こればっかりは変わっていない。素直になれないんです。でも若い時は、そこであがくんですよね。今は、得手不得手があるから、“ダメなものはしょうがない”っていう、あきらめの境地というか(笑)」

――「鼴」(もぐら)では、よろしくない関係について歌っています。

「素直って、いいこととされているけど、悪いこととされることもありますよね。そのジレンマというか。私は昔も今も、不倫はしていないですけど、不倫ってそうですよね。感情には素直だけど、その前に人としてのモラルがあって、そこは素直になっちゃいけないっていう。どっちなんだ!?って思うんですよね」

――このアルバムを聴いて、聴く前よりもぐっと、笹川美和さんという女性とお近づきになれたような錯覚に陥りました。

「(爆笑)。でも距離感を近く感じてもらえるのは、うれしいです。皆さんにとっては2016年というのは関係ないと思いますけど、お話ししたように、私の中では2016年からの変化を実感できる作品なんですよね。私が経てきた苦悩とか、とりあえず達成できていることとかを通じて、ちょっと頑張ってみようと思ってもらえればと。人生って、終われないじゃないですか。私の歌が、少しでも明日へのよすがになったらいいですね。20年やってきて、生かされているということも強く感じているので、少しでも皆さんのよすがに、明日を生きる力になれたらうれしいです」

――笑顔のアーティスト写真が、またいいですね。

「ありがとうございます。冷静に見ると、花を持ってヘラヘラ笑っている変な女なんですけど(笑)。でも、笑って20周年を迎えられて良かったです」

――新たなる10年に向けて、抱負をお願いします。

「一つひとつを丁寧に、ですね。いつ死んでも悔いがなかったと思えるように」

――早いです(笑)。

「(笑)。とりあえず、20周年の今年はライヴも多いですし、全力で駆け抜けたいと思っています」

(おわり)

取材・文/鈴木宏和

RELEASE INFORMATION

笹川美和『続』

2023年913日(水)発売
CTCR-96083〜43,960円(税込)
cutting edge

笹川美和『続』

LIVE INFORMATION

笹川美和 20th Anniversary Live -泣き笑い-

日程:2023918日(祝・月)
 1st Stage Open 14:00/Start 15:00
 2nd Stage Open 17:00/Start 18:00
会場:Billboard Live YOKOHAMA

笹川美和 20th Anniversary Live -泣き笑い-

笹川美和 20th Anniversary Live -初冬の都会灯-

日程:122日(土)
会場:ザ・フェニックスホール
時間:開場17:00/開演17:30

笹川美和 20th Anniversary Live -初冬の都会灯-

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