──渾身の名曲が生まれたということで、新曲『愛々』が誕生した経緯をお伺いにまいりました。

「あははは。ハードルがあがりますね」

──すみません(笑)。早速ですが、最初にTBS⾦曜ドラマ『⽥鎖ブラザーズ』の主題歌のオファーを受けた時の心境を聞かせてください。

「“僕でいいのかな?”というのがまずありました。ましてや、新井(順子/プロデューサー)さんが作られるドラマは洗練された、研ぎ澄まされた作品ばかりなので、少し戸惑いはありました。だけど、直々に僕みたいな下町の中小企業みたいなところの門をノックしてくださったことに新井さんの確固たるビジョンを感じて。だから、まずは人でした。ツアーが始まる時だったので、正直、時間は限られていたんですけど、新井さんの確固たるビジョンと誠実さ、淡々とした熱量に惹かれたというのがあるかもしれないです」

──そこからどう制作は進めていきましたか?

「その後、台本を読ませていただいて…あるいは、新井さんと二人で飲んだりもして。新井さんの想いと物語の奥にある背景や狙いが見えてきた時に、“疲れていても、いくらでも作れる!”みたいな気持ちになりました。だから、僕、このためにデモを新規で6曲くらい作ったんです。そのうちの2曲をプレゼンにかけました。もう1曲は『愛々』とは打って変わって、軽快なナンバーでした。僕は“この曲しかない!”と思って作ったんです。でも、“もしかしたらまさかの事態もあり得るな”と思って、もう1曲、全く相反する系譜の曲を出しました。そのプレゼンの仕方が良かったのかな(笑)」

──(笑)脚本を読んで見えてきたものというのは?

「この曲を作っている時には4話目までの台本しか渡されていなかったんです。新井さん自身もある種、復讐を果たす物語を展開していく中で、“最後をどうするのか?”というのはその時もまだ迷っていたようでした。バッドエンドなのか、ハッピーエンドなのか、そのどちらでもないのか。ただ、一つだけはっきりしていたのは、“たとえどんな結末になっても、この物語を見た人たちの救いのような曲であってほしい”というのは伝えられていました。あとは、いち読者としてみるみる瞬く間に引き込まれていきました。“うまくできてる”というか、“この人が犯人かな?”と思う人が全然違っていたから」

──最初はどうしても岸谷(五朗)さんが怪しくみえますよね。

「あはははは。深読みしてあとで恥ずかしくなることってありますから。でも、実は僕も結末を知らないんです。でも、ただただ出来上がっている脚本を読んで何か理解を深めるしかなくて。そこで感じたのは、“この兄弟が巻き込まれた数奇な宿命みたいなものは、僕だったり、人々の日常で大なり小なりあることだ”ということでした。“なんで俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ”、“俺はもっと楽しく自由に生きたいのに、なんでこのことに執着しなきゃいけないんだ”みたいなことは、それぞれ見てる人にも聞いてる人にもあるわけで。そういう風に広く考えていくと、どんどん自分事になっていきます。だから、彼らの運命に自分の想いとか、自分のやりきれなさも照らし合わせながら作っていきました」

──田鎖一家殺害事件で両親を失い、真犯人を追い続ける兄弟にご自身のどんな想いを重ねましたか?

「実は曲のモチーフはずっと自分の中にありました。冒頭の<どこへ行くにもいつも一緒/終わりがないから雲の切れ間窺っている>という景色が浮かんで…楽しすぎて、どっちかが“終わろう”って言わないと終われないような時間、あるじゃないですか。そういう景色から浮かんできた時に、僕が仲良くさせてもらっている夫婦の姿が思い浮かびました。“あの二人、いつも一緒にいるな”みたいな。そこをきっかけに、二人のことを描写していく中で、自分事にも繋がっていって。季節、季節で友達だった人間とか、あるいは親との関係というのは象徴的ですよね」

──1つの関係だけではない?

「そうです。十代とか二十代、もっというと、赤ちゃんから小学生ぐらいまで、とか。必ず誰かと関わり合いを持って、自分が自立していくまでに一緒に肩を組んで歩いてくれる存在というものがあって。でも、いつしかどこかでその人との別れが来て、また違うステージや季節になると、その季節で支えてくれる人がいて、という。いいことばかりではなくて、その人との関係の中でもいろんなトラウマがあったりとか、いろんな依存があったりして。そういうものを手放しながら、人間は少しずつ成長していくんだと思います。だから、田鎖兄弟のことがきっかけで曲は大きく具体化していくんですけど、最終的にはとても自分事というか、主観的な曲になりました」

──<どこへ行くにもいつも一緒>というのは、高校時代からの友人で、デビュー以前からの共作者だった御徒町凧(カイト)さんのことではないですか?

「御徒町のことも、きっと節々に置き換えられることはたくさんあるんじゃないかな?」

──季節季節という話でいうと、直太朗さんは、2015年にそれまでマネージャーを務めていたお姉さんが離れ、2019年には“表現のパートナー”と言っていた御徒町さんとの関係を解消し、2023年にはお父さんが他界されています。先ほど、“自立”という言葉を使っていましたが、この数年はまさに自立して、一人で表現に向き合っているように見えています。

「そうですね。過去の自分はどこかで、いろんな顔色を伺いながら、バランスを取りながら、“自分の良さをどうすれば発揮できるだろう?”というスタンスでやっていたんです。でも、本当に自立するというか、自分で本質的な舞台を作っていくと、スタンスとかを考えている時点で何かすごく大切なものを失っていって。だから、“本当にやりたいことって何なんだろう?”ってことを…それは今も現在進行形で考えていますけど、この67年で本当に考えるようになりました」

──なるほど…

「僕は自分の名前で活動しているわけですから、本当だったら、もっともっと純粋にそういうことと向き合うべきだったと思うんです。でも、僕が潰れずにこれまで活動を続けてこれたのは、その季節季節で支えてくれていた人たちとのぶつかり合いや助け合いがあったからで。僕にとって、個人として振り切った活動に転化する中で、自立はこのタイミングでしかなかったんだと思います。それは自分の教訓でもあって、もっというと、こういう状態になれないまま活動を続けていたのかもしれないと考えると、それはそれで、どこかで健康的ではなかっただろうし。そういう意味では、いろんな時間の曲折を経て、今の僕にたどり着けたことは本当に良かったと思いますし、そこまでたどり着くまでのみんなに対しての感謝でしかないです」

──この曲ではスナックとソーダを分け合った二人を歌いながら、最後に<my life>と“個”に帰結しています。それはどうでしてですか?

「“自分で立って、自分で飛ぶ”ということを、『愛々』の中の主人公は選んでいくんだと思います。さらにもう一つ、みんなが旅立ちを選ぶというか…<見上げた空には雲がよどみなく広がっている>と歌っていて」

──そのあとは、<あの日の二人>と過去形になっていますよね。

「雲が広がる空の向こうの家々にはそれぞれの明かりが灯っていて。今はいろんなことがボーダレスで、いろんなコミュニティが作れる時代ですけど、基本的にはやっぱり人間は孤独だと思いますし、個人だと思いますし、一人だと思います。コミュニティというのも、本来は一対一、一対一、一対一、一対一が連なって、初めてそこで何か社会のようなものが出来上がると思っています。でも、実は今、そこが逆転している時代でもあると思っています。コミュニティありきみたいな…」

──最初に場を作って、そこに集まるという?

「そこでみんなで何かをシェアすることが正義で、個人としての感情を外側に表現したり、相手を自分の鏡として受け取ることのコミュニケーションのようなものが希薄になっていっている気がします。でも、そっちの方が楽なんですけどね」

──そうですよね。一対一で向き合わなくて済むから。

「そうそう。その分、バランスのいい世の中にはなるんです。でも、個性が埋没してしまう時代にもなっていく…。やっぱり人間ってそれぞれの感性で生きているから、その感性を余すことなく使い切ることが、クオリティ・オブ・ライフの一つのバロメーターだと思います。そういうところでいうと、“一対一である”ということが、最終的にタイトルが『愛々』になったことに繋がるのかなと」

──「愛」ではなく、愛と愛を重ねて「愛々」にしています。

「“人間は一人で生きてはいけない”とよく言われますけど、一人で生きていく状況になったことがないから、そんなことわからないですよね。一人でも這いつくばって生きていくのが人間かもしれないし。もう少し厳密に言うと、一人では生きていけるかもしれないけど、一人でできることは限られていて。一人で生きていくにはあまりにも受け止めきれない世界ですし、社会ですし。 だから、十年前くらいの僕が今の自分になろうとしたら、もしかしたら傷ついて死んでいたかもしれないです。その季節に一緒に体を張って、景色を一緒に共有してくれた人がいて。その季節がまた巡ると、そういう人たちとの別れがあって、また新しい出会いがあって。人間はいつも何かに少し依存しながら、自分の支えを持ちながら成長していて。成長したら、その支えがなくなっても大丈夫になって」

──そこに居続けるも人もいますし、次の成長を求めて環境を変える人もいます。

「だから、常にある季節は誰かに頼りながら、誰かに自分の弱さをさらけ出しながら生きていくんだと思います。そうしながら、その人は成長していくんだと考えると、やっぱりそれは、『愛々』なんです。それは相手にとっても同じで。その季節、季節、かけがえのないパートナーは存在していて。その対になっている関係が、たくさん相まって社会が出来上がっていって、それが世界になって、世界はその“愛々”でできている。そんな景色を最後、主人公がしみじみと見て、また旅に出ています」

──直太朗さんは合唱曲『虹』で<僕らの出会いを 誰かが別れと呼んだ><僕らの別れを 誰かが出会いと呼んだ>と歌っていましたね。

「表裏一体という考え方でいうと、実は全部、同義語になりえます。今、あの世とこの世の境がなくなってしまうような『あの世でね』というツアーをやっていて。影と光とか、対極にあるものの捉え方って、自分がどういう角度でその物事を捉えるかということだったりして。だから、実は境なんかないんじゃないか?って思っています。人間ってどうしてもカテゴライズしたくなる生き物ですけど、実はそこに境がなくて、僕が今、生きている世界が、例えば、あの世かもしれないという…」

──自分の主観で見ると“この世”だけど、違う視点では“あの世”かもしれない?

「それが、さっき言っていた“感性”だと思います。“そういう物事で捉えてみない?”という一つの提案を自他共にできるのが感性だと思っています。僕はたまたまそれが舞台表現とか音楽活動だったわけで」

──食べないと死んじゃう、寝ないと死んじゃうこの世は、もしかしたら地獄かもしれないですね。

「そうですよね。さっきの話で言うと、父親は幼くして自分の母を亡くして。僕のおばあちゃんなんですけど。父親は昭和の教育の中で育ったから、自分の寂しさや悲しみみたいなものをうまく外に表現できないまま大人になった人だったんです。弱音を吐いたりすると怒られるような時代だったから。でも、それでたくさんの人に迷惑をかけたという自負があったんだと言っていました。最後、肺がんになったんですけど、肺というのは“悲しみの臓器”と言われていて…自分の悲しみを外に表現できない人が、肺に溜まるって。最終的に肺がんで他界したんですけど、父親の顔を見た時に、その肉体的な苦しみ…田鎖兄弟が背負っている宿命じゃないですけど、そういうものから解放された…何て言うんだろう? “地獄ってこの世なのかな?”って思うくらい、悟った顔で他界していったんです」

──鎖から解放されたような感じでしょうか?

「そう。だから、死ぬことって、我々の目線から見ると、とても未知の世界で怖いことですよね。友達のミュージシャンの奥さんが60何歳で若くしてガンで亡くなって…まだ心の準備もできていない時に亡くなる感覚ってどうなんだろう? 圧倒的な寂しさがあるだろうなと思いつつも、でも同時に、僕の父に置き換えると、祝福でしかなかったんですよ。“この世界を生き切って、新しく旅立っていった”ってよく言いますけど、そうなってくるともう、“死って生まれることじゃん”みたいな。じゃあ、生まれて生きていつか死ぬことって何なんだろう?とか。そういうことって答えがないじゃないですか」

──そうですね。

「愛という言葉の概念もそうです。だから、芸術は生まれるし、社会は成り立っていくし。本当に大事なものを探して、たった今の正解にたどり着いたとしても、その答えは、メビウスの輪のようにずっとつかみきれないまま、みんなこのステージを終える…こんな話をするとは思っていなかったですけど」

──あぁ、すいません。

「でも、だから、みんな生きているんですよ。社会的な仕事をしながらも、自分の言語を探しているっていう。母国語なんていうのはあまり関係なくて、自分の言語を探していつも生きているんです。それが僕にとって舞台表現です。『愛々』というのは舞台を作る上でのきっかけであって、“ぜひライブに来ていただきたいですね”という、ライブの宣伝になってしまいますけど(笑)」

──(笑)。

──ツアーの話に行く前に編曲に映画『国宝』で日本アカデミー賞の優秀賞と主題歌賞をW受賞して話題になった原摩利彦さんと須原杏さんにお願いした経緯も聞かせてください。

「摩利彦君はかねてからの知り合いで、“いつかなにかやりたいね”という話はお互いにしていて。今回、シンプルに自然発生的にできた曲ではないですけど、この曲にもう一つ、自分の範疇から外側に押し出していくエネルギーが必要だと思った時に、摩利彦君の顔が浮かびました。時間がない中でしたけど、僕たちのツアーのブレーンにもなっている須原杏は、摩利彦君とも同じくらい付き合い長くて…“彼女が間に入ってくれることで、三角形が作れたら多分できるんじゃない?”と摩利彦君も言ってくれたんです。それで今回、こういう形になりました」

──お二人に求めたものはなんですか?

「曲自体はどう転んでも、ソウルフルで壮大なものになると思っていました。摩利彦君は劇伴作家で、須原杏も一緒に『NODAMAP』の舞台音楽も作っています。ボーカルポップスとしてではなくて、このドラマや曲の中に脈々と流れる摩利彦君なりの背景音楽を作ってくれるといいなって。結局、僕が<黄昏に染まるMy Life>と言って、それを言葉で説明していけばいくほど、人のイメージを奪う部分もあって。彼はそこのバランス感覚がすごくいいんですよ。だから、セリフみたいなものですよね。そこに対して、摩利彦君は風景描写をつけてくれたので、いい共作になったと思います」

──ドラマの放送もスタートしましたね。

1話目を見させてもらいました。新井さんは女性ですけど、“男前だな”と思いました。“男に二言はない”って感じです。自分が見えているものに対して一貫性があって、プロデューサーがこれだけブレないのは本当にいいチームだと思います。何よりドラマ自体の展開もこれからすごく気になりますし、本当にいいチームの一つの歯車として関われてよかったと思いました」

──そして、ツアーですよね。現在、『Yeeeehaaaaw』と『弓弦葉』、2枚の異なるアルバムを提げた、2つの異なる全国ツアー『森山直太朗 Two jobs tour 2025~26『あの世でね』 ~「弓弦葉」と「Yeeeehaaaaw!」』が同時開催中です。

「去年の 10月に2枚のアルバムを作りました。それこそ『愛々』じゃないですけど、どうしても、対になっているんですよ。ツアーの『Yeeeehaaaaw!』は非常に祝祭的で開放的な舞台作品で、打って変わって、『弓弦葉』はとってもシアトリカルで静かなる舞台作品です。双方コンセプトは全然違いますけど、2つのツアーを総称して、『あの世でね』というタイトルにしています。同じ人間が作っているのも大前提としてあるんですけど、コンセプトは違えども、やっぱり同じことを表現しようとしているので」

──手段は違っても、目的は一緒のような…。でも2枚同時リリースは聞いたことがありますけど、2つのツアーの同時開催は聞いたことがないです。

「リスクはあったんです。切り替えが難しいとか、スタッフがついてこれるのか?とか。 だけど、“どうやらできそうだし、やってみよう”ってなりました。僕自身が、“時期を変えて、半年後にやります”というのは、何も面白くないと思っていて。だったら、お客さんもちょっと振り回されるくらいの方が…」

──すごく振り回されますけどね。

「そうですよね。でも、それは僕の多重人格性を含めて、そっちの方が自分らしいことができると思って」

──だって沖縄の人は【Yeeeehaaaaw!】は観れても、【⼸弦葉】を観れないです。

「そこですよね」

──同じ日にソワレとマチネで 公演時間を1時間ずつというのは難しいのかもしれないですけど…。

「でも、昼の部を【⼸弦葉】にして、夜の部を【Yeeeehaaaaw!】にすると僕が死んじゃうので。本当に“あの世でね”っていう、よくわからない方向に行ってしまいます」

──あははははは。

「ただ、どちらにしてもとてもコンセプチュアルなアルバムですし、ツアーになっているから、一つの形態として、ブルーグラスを主体とした【Yeeeehaaaaw!】という形は、また続いていくと思っています。今回は 同時に2つの風呂敷を広げましたけど、深々とした時間の中に音楽や詩の朗読とか、物語を連結するような独白みたいなものが入っている【⼸弦葉】もここをベースにまた進化した形の少しシアトリカルな舞台表現として続いていくかもしれないです。全く同じものではないですけど、自分の引き出しとしては、これをまた掘り下げていく価値のあるものが二つできたので。これはこれで、またここから自立していくと思います。違う道をお互い歩んでいって、沖縄で【⼸弦葉】をやれる日が来たり、石川で【Yeeeehaaaaw!】をできるタイミングというのは、勝手ながらあると思っています」

──新しいテーマのライブシリーズが二つ立ち上がったような感覚でしょうか?

「そうですね。 総じて『あの世でね』と謳っていますけど、まさに『愛々』のように、これから独立していくと思います。でも、今回は“二つ一緒に同時に歩む”というのが双方にとって大事な要素でした」

──話を聞けば聞くほど、どちらも観たくなっています。

「僕は自分に関わる人はもちろん、今、街を歩いている人、この時代に生きている人たち、全てが対象だと思っているんです。それは自分の欲張りな部分もありますけど、“共生している”ということは、そういうご縁があるだろうと、どこかで思っていて。だから、よく言われるんですけど、“死ぬまでには一回は観たいとは思っているんだけどね”って人がいたら、死ぬ前とは言わず、今年が終わる前までツアーをやっているので、ぜひぜひ近くの公演を観に来てください。ドアの前でお待ちしております!」

(おわり)

取材・文/永堀アツオ
写真/中田智章

スタイリスト:夏見恵美子(suzuki takayuki)
ヘアメイク:河西幸司(アッパークラスト)

RELEASE INFORMATION

森山直太朗『愛々』

2026年418日(土)から配信中

森山直太朗『愛々』

LIVE INFORMATION

森⼭直太朗 Two jobs tour 2025〜26『あの世でね』〜「⼸弦葉」と「Yeeeehaaaaw!」〜

3⽉8⽇(⽇) 沖縄 那覇⽂化芸術劇場なはーと⼤劇場 【Yeeeehaaaaw!】
3⽉20⽇(⾦・祝) ⼤阪 フェスティバルホール 【Yeeeehaaaaw!】
3⽉21⽇(⼟) 奈良 なら100年会館⼤ホール 【Yeeeehaaaaw!】
3⽉25⽇(⽔) 東京 昭和⼥⼦⼤学⼈⾒記念講堂 【Yeeeehaaaaw!】
3⽉27⽇(⾦) ⽯川 ⽯川県⽴⾳楽堂コンサートホール 【⼸弦葉】
4⽉4⽇(⼟) 愛知 愛知県芸術劇場コンサートホール 【⼸弦葉】
4⽉5⽇(⽇) 三重 シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢 【Yeeeehaaaaw!】
4⽉9⽇(⽊) 北海道 札幌市教育⽂化会館 【⼸弦葉】
4⽉11⽇(⼟) 北海道 ⼩樽市⺠会館 【Yeeeehaaaaw!】
4⽉18⽇(⼟) ⻑崎 諫早⽂化会館⼤ホール 【Yeeeehaaaaw!】
4⽉19⽇(⽇) 福岡 福岡サンパレス 【Yeeeehaaaaw!】
4⽉25⽇(⼟) ⼭⼝ 三友サルビアホール(防府市公会堂) 【Yeeeehaaaaw!】
4⽉26⽇(⽇) 広島 東広島芸術⽂化ホールくらら⼤ホール 【⼸弦葉】
4⽉29⽇(⽔・祝) 宮城 東北⼤学百周年記念会館川内萩ホール【⼸弦葉】
5⽉2⽇(⼟) 新潟 ⻑岡市⽴劇場⼤ホール 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉3⽇(⽇) 富⼭ 新川⽂化ホール(ミラージュホール) 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉8⽇(⾦) ⾹川 サンポートホール⾼松⼤ホール 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉9⽇(⼟) 愛媛 しこちゅ〜ホール(四国中央市市⺠⽂化ホール)⼤ホール〜おりがみ〜 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉16⽇(⼟) ⼭形 やまぎん県⺠ホール(⼭形県総合⽂化芸術館) 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉17⽇(⽇) 福島 ふくしん夢の⾳楽堂(福島市⾳楽堂)⼤ホール 【⼸弦葉】
5⽉22⽇(⾦) 岡⼭ 岡⼭芸術創造劇場ハレノワ⼤劇場 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉23⽇(⼟) ⿃取 ⽶⼦市公会堂 【Yeeeehaaaaw!】
5⽉29⽇(⾦) 東京 浅草公会堂 【Yeeeehaaaaw!】
6⽉5⽇(⾦) 福井 福井県⽴⾳楽堂ハーモニーホールふくい⼤ホール 【⼸弦葉】
6⽉12⽇(⾦) 神奈川 カルッツかわさき 【Yeeeehaaaaw!】
6⽉19⽇(⾦) ⻑野 レザンホール(塩尻市⽂化会館) 【Yeeeehaaaaw!】
6⽉21⽇(⽇) 京都 京都コンサートホール⼤ホール 【⼸弦葉】
6⽉22⽇(⽉)  ⼤阪 新歌舞伎座 【Yeeeehaaaaw!】
6⽉30⽇(⽕) 東京 J:COMホール⼋王⼦ 【⼸弦葉】
7⽉3⽇(⾦)  東京 NHKホール 【Yeeeehaaaaw!】

森⼭直太朗 Two jobs tour 2025〜26『あの世でね』〜「⼸弦葉」と「Yeeeehaaaaw!」〜

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