──現在、TikTokを中心に世界的な大ヒットをしている楽曲「life was a beach」は、どのようにして作られたのでしょうか。
「私はいつも数人のソングライターとコ・ライティング(共作)を行なっているのですが、そのチームのうちの一人が持ってきたラフスケッチがこの曲の原型となりました。それを聴かせてもらってすぐに私は気に入り、二人で曲を肉付けしていく中で歌詞も出来上がっていきました。その内容は、あくまでも私の経験をもとにしたものです」
──ちなみにその原型ってどんな曲だったか覚えていますか?
「どんなだったかな……(笑)。実は2、3回しか聴いたことがなくて、そこからどんどん変えていったのでよく覚えていないんです。ただ、サビのメロディは今の形に近いものだったはず。歌詞もまるっきり新しく書き直したわけではなくて、例えば“beach”というワードはラフスケッチの段階ですでにありましたね」
──タイトルにもなっているその“beach”が、この曲のキーワードだと思うのですが、“Life was a beach”とは一体どういう意味なのでしょう?
「ドイツには、“恋をしていると世界はまるでピンクのメガネを通して見ているようになる”という言い伝えがあるんです。要するに、すべてがぼやけて素晴らしく見えているわけですね。ビーチというのも、そんなピンクのメガネを通して見た素晴らしい世界の比喩として使っています。でも失恋して現実の世界に引き戻されると、実はそんなに素晴らしいものではなかったことに気づく……恋も終わってみると、そこまで美しいものでも完璧なものでもなかったと思うじゃないですか?(笑)」
──なるほど。歌詞の中に“Somebody show me how to not go crazy”とありますが、失恋や孤独で苦しい時に、go crazyにならないためにはどうしたらいいでしょう?
「私は母に育てられ、今もすごく親密な関係にあるのですが、彼女は愛情深い一方、物事の真理をズバリと突いてくる辛辣な一面も持っていて。そんな彼女と一緒にいると、「crazy」でいられる暇もないというか(笑)。非常にリアリストな母は、私に対してずっと“地に足のついた暮らしをしなさい”と言い続けてきたので。とはいえ恋をしている時は、なかなか平常心ではいられないですけど」
──確かに(笑)。平常心といえば、長引くコロナ禍で私自身は「地に足をつけ平常心で暮らすことの大変さ」を身にしみて感じました。マスクをつけ、一定の距離を必ず開けて人と会わなければならない時期にLenaさんは何をしていました?
「とにかくたくさん歩きましたね。私は犬と一緒に暮らしているので、犬を連れての散歩が非常にいい気分転換になりました。ドイツで最もロックダウンが厳しかった期間は、日用品を買いにスーパーへ行ったりする以外は外出も禁止されていたのだけど、犬はどうしても用を足すため外に出さなければならなかったので、それを言い訳にしてなるべく外の空気を吸うようにしていました(笑)。ずっと同じ部屋、同じ空間で過ごしていると、思考のループから抜け出せなくなる時ってあるじゃないですか。そういう時は足を動かし、考え事でいっぱいになっていた頭の中をクリアにしていましたね」
──ところで今回、「life was a beach」がクリス・ハートとのデュエット曲として9月ドイツより全世界配信されます。クリスのことはご存知でしたか?
「失礼ながら存じ上げなかったのですが、クリスも私のことは知らなかったみたい(笑)。で、Amazonの計らいによりリモート対談をする機会があり、そこで意気投合したというかウマがあったんです。彼も私もオーディション番組出身のシンガーですしね。その対談がきっかけとなり、一緒にコラボをすることが決まりましたので関係各位には感謝しています」
──実際にコラボをしてみていかがでした?
「「Life was a beach」が、全く新しい魅力を備えた楽曲に生まれ変わったと思います。一緒にやるからにはお互いの意見をぶつけ合ってみたのですが、それぞれの良い部分を取り入れミックスすることによって、「妥協」をせず納得のいく仕上がりになったなと。日本語の歌詞が入ってくるだけでも、これまでにないケミストリーが生まれましたし」
──男性ボーカルが入ったことで、男性目線もこの曲に加わり歌詞世界がより豊かになったとも思います。
「確かにそうですね」
──子供の頃はダンスを習っていたそうですが、音楽に目覚めたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
「ダンスはもちろん好きだったのですが、小さい頃から何かしらパフォーマンスをして誰かを喜ばせたいという気持ちを持った子供でした。例えば家に誰かが遊びに来れば、マジックショーを披露したりダンスをしたり、歌を歌ったり……当時はモルモットを飼っていたので、モルモットの餌付けを見せてあげたりしたこともあったな(笑)。ひとしきりパフォーマンスが終わったあとは、常に感想や拍手を求めていました。そんな流れでオーディション番組などにも参加するようになると、特に音楽が自分にしっくりくることも分かってきて。それで音楽の道を本格的に目指すようになっていったんです」
──影響を受けたアーティストとして、アデルやケイト・ナッシュ、バネッサ・カールトンといった女性アーティストの名を挙げていますね。
「はい。小さい頃はリリー・アレンやケイト・ナッシュなどUKインディーのアーティストが好きでした。その一方で、ブリトニー・スピアーズやクリスティーナ・アギレラ、ディスティニーチャイルドなどのパフォーマンスを見よう見まねで覚えたこともあります。おっしゃるように、オーセンティックでリアリティのある、しかも独自の光を放っている女性アーティストに惹かれる傾向がありました。今は1960年代のロックに興味がありますね。例えばフリートウッド・マックやビートルズ、イーグルス……同世代のミュージシャンだと、ハリー・スタイルズとマイリー・サイラス、その妹のノア・サイラスが大好きです」
──今挙げてくださったアーティストたちのほとんどが、いわゆるジェンダーモデルにとらわれることなく独自の表現スタイルを築いていますね。
「言われてみれば、確かにそうですね。特別に意識してそういうタイプのアーティストを聴くようにしていたわけではないのだけど」
──本国では多くの女性誌で表紙を飾るなど、ドイツ人女性のロールモデル的な存在となったLenaさんですが、最後に現在はどんなことに関心を持っているかきかせてもらえますか?
「社会問題は、私が関心を持っていることの中でも最も重要な事柄の一つです。例えばスマホが登場したことにより、これまで何千年と築き上げてきた人類の暮らしがたった10年で様変わりしてしまいました。誰とでも通じ合えるし、いつでもどこでも誰かの情報が得られるこの状態は、あまりにも情報過多ではないかと思っています。このことは、今後も人々や世界に大きな影響を与えていくでしょうし、非常に大きな懸念事項として全員がもっと真剣に考えていかなければならないなと。他にも異常気象の問題やパンデミック、戦争など、おそらく100年後に振り返った時に、今は激動の時代として語り継がれていることでしょうね。それが長期的にどういう影響を及ぼしていくのかを想像すると、時々怖くなる。タイムマシーンに乗って100年後の世界に行ってみたくなりませんか?」
(おわり)
取材・文/黒田隆憲
通訳/松田京子
写真/平野哲郎
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