映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』レビュー

あなたがいま見ている世界の景色は、誰しもにとって同じ見え方なのだろうか?

シンガー・ソングライター、Siaの初監督作映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』が2月25日より全国公開される。

物語は、主人公のズー(ケイト・ハドソン)と長らく生活を別にしていた自閉症の妹、ミュージック(マディ・ジーグラー)のふたりが、ミュージックの面倒を見ていた祖母の急死を機に再会することで大きく動き出す。他人と上手くコミュニケーションが取れないミュージックは、祖母や周囲の人々に温かく見守られながら生活していた。そんな彼女の頭の中にはいつもカラフルでポップな世界が広がっている。

アルコール依存症のリハビリを受けながら心に傷を抱えて独り暮らしていたズーは、突然降り掛かったミュージックの世話や生計を立てる術を模索しながらも、心優しいアパートの隣人、エボ(レスリー・オドム・Jr)の支えを得て奮闘する。

やがてズーのなかでミュージックがかけがえのない存在へと変化していくのだが、自らの心の弱さと不注意からやがて試練の時を迎えることとなる。

Siaが監督のみならず原案、脚本、製作をも手掛けた本作のベースは、かつて薬物やアルコール依存症に陥り、自殺まで試みたというSia自身の半生そのもの。またミュージックというキャラクターの着想は、Siaがアルコール依存症者の集会で出会った自閉症の男児の母が発した「私がいなくなったら、誰がこの子を愛してくれるのかしら?」という言葉から得たものだったという。

つまりSiaが自身を投影させた主人公がズー、彼女を救った“音楽”がミュージックというわけだ。物語の冒頭、ズーは抽象的な“楽園”への憧れを何度か口にする。それもまた、もしかすると現実から目を背けていたかつてのSiaの姿の片鱗なのかもしれない。

劇中、登場人物たちはSiaが本作のために描き下ろした12曲の劇中歌を歌い踊る。従来のミュージカル映画とは異なり、彼女たちの脳内世界を描いたミュージックビデオが随所に挿入されるというスタイルだ。物語とミュージックビデオの融合という独自のスタイルが本作の最大の特徴と言えるだろう。

女優としてはもはやベテランの域に達したと言っていいケイト・ハドソンは確かな演技力で不安定なズーの心の機微を、そしてSiaのミューズとして彼女の数々のミュージックビデオに出演してきたパフォーマー、マディ・ジーグラーは難役とも言えるミュージックを、イノセントな魅力たっぷりに好演している。

ケイト・ハドソンは2009年公開のミュージカル映画『NINE』でも貫禄のある存在感を示していたし、マディ・ジーグラーは言わずもがな。ふたりともに、やはりSiaファミリーの一員であるライアン・ハフィントンによる振り付けを見事に踊りこなしている。

心の傷を打ち明け合い、自らの人生を精一杯生きる。ときに打ち砕かれながらも、精神を解き放ち、より良い未来を想像する者たち。Siaが本作で訴えた愛の力や他者と繋がり互いを受け入れる行為の尊さは、ささやかだがしかし厳かなクライマックスへと結実していく。

では、主題歌「Together」の日本版カバーソング・アーティストであるELAIZAは本作をどう観たのか?ここからは、先日開催されたプレミア上映会イベント前の合間を縫って行われたELAIZAへのインタビューをお届けする。彼女が本作を通して示したSiaへのリスペクトの丈が読み取れるはずだ。

ELAIZAインタビュー

――まずは映画の感想から聞かせてください。

「他者との関わり方や分断について見つめ直すきっかけになりました。コロナ禍、世の中が閉鎖的になって、人と人との関わり合いも深くなり、辛くなり、多くの人々の視野も狭まっているのでは?と感じていました。映画の冒頭、ミュージックと街の人たちが共生しているシーンを観て、そうした関わり合いへの恋しさも覚えました。改めて街を見渡してみれば、様々な人々の人生が常に同時に動き続けている。その事実がとても新鮮に感じられました。私達もズーやミュージックのように生きることが出来るはず。それは決して不可能ではない。そこに希望も感じましたね」

――特にシンパシーを感じたキャラクターはいましたか?

「ミュージックかな。彼女の頭の中にこそ、私たちが守り続け、学び続けなきゃいけない尊さがあると思ったので。世の中を見渡して、そこに希望を見出し、楽しむことの出来る彼女に共感しました。そして、その気持ちをずっと持ち続けていたいとも思いました」

――ELAIZAさんにとってSiaの魅力とは?

「マグマのように溜まってしまった自分の感情を叫ぶように代弁してくれる歌声のパワーでしょうか。心が穏やかになる曲もあれば、心の中身を引っ掻き乱してくれる曲もあって。この映画を通して新たなSiaに出会えたという感覚もありました」

――「Together」の日本語版カバーが決まった際の心境は?

「光栄に思うと同時に動揺しました。簡単に真似できる歌声ではないし、そもそも真似ではいけないし。日本語には“ありがとう”という言葉ひとつにも柔らかさがありますよね。歌詞のひらがなを粒と捉えた時、それがどんな粒なのかを意識しつつ、日本語の魅力を大切にしながら歌おうと心掛けました。「Together」の歌詞には母性もあれば正直な思いも込められている。ミュージックが見た世界、つまり<その心には虹が見える>とか、<耳から見える稲妻/怯えてるね>といった、ちぐはぐなようで実は世界を肯定しているような明るさに対する私自身の共感もポップに表現したかったので、歌い方にアクセントをつけて、一音一音を立てながら、ハッピーな気分が高まるように工夫しました。すごく難しかったですね」

――ELAIZAさんは監督業も経験されています。クリエイター/アーティストの視点からこの映画に思うことは?

「様々な経験を経た素晴らしい感性と言葉を持った女性監督の映画が見られることが純粋にうれししかったですね。Siaというアーティストが映画という表現の場を選んだことも幸せな選択だと感じられました。彼女の一ファンとしても、同じ女性としても、映画監督としても、多くの幸福を感じました」

――Siaは「私は映画監督になりたかったわけじゃないし、もう映画を作る予定もない。この映画が作りたかったの」と語っています。

「納得です!本当になりたくて映画監督になりたい人や映画で人生が救われた人がいるように、Siaは自分の止まらないアイデアを形にする手段が映画だったのでしょうね。私もちょうど一昨日、ショートフィルムを一本撮り終えました。評価は観てくれる方々のものですが、私も伝えたいことがあればまた映画を撮るかもしれないし、書くことも好きなので小説を書くかもしれないし」

――ELAIZAさんにとって、表現という行為の意味や意義とは?

「生き甲斐、ということでしょうか。それしか生きている理由がない。私は自分のために生きるだけでは生きながらも死んでいるように感じられてしまうので。それなら誰かのために生きるほうが私自身も生きやすいし得るものも大きい。ただ、こうして頂いたお仕事とその都度向き合っているという意味では、会社員の皆さんとマインドは同じかもしれません。自分から“あれがやりたい”“これがやりたい”と手を挙げるタイプじゃないのですが、私は私を必要としてくれている場所にいたいし、与えられた場所の中で私の切り拓ける場面があるならば僅かでも力になりたい。いつもそんな気持ちを持っています」

――ELAIZAさんが表現を通して伝えたいこととは?

「伝えたい内容はその都度違うし言葉にするのも難しいのですが……例えば悲しいニュースを目にすると、その渦中の人はもしかしたら私のことを応援してくれていた人かもしれないと想像して無力な自分に歯痒さを感じる時があります。そういう思いとはずっと真摯に向き合いたい。勿論、考え過ぎると自分の気持ちも報われなくなるから折り合いをつけて生きていくのですが、なるべく誰かを見捨てたり、見逃したりすることのないように、広い視野を持って、多くを学び、発信し続けていきたい。それを皆さんに受け取ってもらえたらうれしいです」

ELAIZAの世界の見方には、Siaの世界の見方と相通ずる要素が多々あるように感じられた。またそれらは映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』から得られる多幸感とイコールのパワーでもある。もし同じ質問をSiaに投げ掛けたら、きっとSiaもELAIZAと近しい言葉を語るのではなかろうか。

上手くいかない……多くの人は自分の人生をそう感じているのではないだろうか。世界の捉え方、人の愛し方、自分の愛し方、人からの愛され方、愛の求め方……明日を今日から変える。そのための勇気とアクションに繋がるヒントが、映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』とELAIZAの「Together」には込められている。

最後にスポイル無しの鑑賞ガイドをふたつ。本編中、時々流れるテレビの教育番組にも注目を。そして――本作に限ったことではないが――間違ってもエンドロールの最後まで席を立たないように。

(おわり)

文・構成/内田正樹
インタビュー/高橋 豊(encore)
写真/中村 功

映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』プレミア試写会より

INFO『ライフ・ウィズ・ミュージック』

2022年2月25日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
配給/フラッグ

Ⓒ2020 Pineapple Lasagne Productions, Inc. All Rights Reserved.

映画『ライフ・ウィズ・ミュージック』オフィシャルサイト

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