――ベストアルバムの企画が立ち上がったのはいつ頃だったんですか?
篠田智仁「今年の春頃だったかな。先にベスト選曲のツアーをやろうという話が決まったんですよ。その段階ではベストアルバムのことは考えていなかったけど、“ベストアルバムを作るのもいいんじゃない?”とスタッフに提案されて、“確かに!”ってなって」
――すんなり受け入れた。
伊東妙子「はい。“いいですねえ!”って。代表曲と言えるものがけっこうかたまってきていたし、ここで出しておくのもいいかなと」
篠田「次のオリジナルアルバムに取り掛かるとなると、しっかり制作モードに切り替えなきゃならないわけですけど、まだその踏ん切りがつかないときにベストアルバムの話が出たから、オレらも軽く乗っちゃったという(笑)。それとあと、出そうと言ってくれたスタッフがライブのときに物販に立ってみたら、“どのアルバムがおすすめですか?”って何人かのお客さんから聞かれたそうで、何々が入っているのはこのアルバム、何々が入っているのはこっちのアルバムというふうに曲が分散しているから1枚だけ勧めるのが難しかったと。そういうときにベストアルバムがあると、お客さんにとってもありがたいんじゃないかという話になって、“確かにそうだね”って」
――なるほど。需要に応えたわけですね。
篠田「はい」
――それでまず、スペシャルサイトで「あなたの好きな楽曲投票」を行ないました。その結果の上位曲に、おふたりの選んだ数曲を加えて構成されたのが『THE BEST OF T字路s』ですが、集計結果に関してはいかがでした?「この曲が上位に入るとは思わなかった」という意外な曲もあったりしましたか?
伊東「「レモンサワー」の10位は意外でしたね。ライブでは『PIT VIPER BLUES』のリリースツアーくらいでしかやっていなかった曲なのに、けっこう上位に入ってきたなー!と(笑)」
――確かに。
伊東「あと、カバー曲が多かったのも意外でした。収録したのは「スローバラード」と「新しい町」と「襟裳岬」の3曲ですけど、ランキングでは「トンネル抜けて」だったり「のら犬にさえなれない」も入ってきていたので」
――逆に「私たちはすごく気に入っているんだけど、それほど票が伸びなかったな」という曲もあったんじゃないですか?
伊東「ありましたよ」
篠田「「宇宙遊泳」とか」
伊東「ふたりとも好きな曲なんですけど」
――僕、投票しましたよ!「宇宙遊泳」一押しなので。
伊東「おおっ!ありがとうございます !!」
篠田「T字路sの曲のなかでは曲調も珍しいし、すごくいい曲だと思っているんですけどね」
伊東「『BRAND NEW CARAVAN』だから、わりと最近のアルバムの曲じゃないですか。意外と初期の曲のほうが人気が高いんですよ」
――T字路sに限らず、ファンはどうしたって初期の曲に思い入れを持つものですからね。
篠田「それはありますね。それとの戦いみたいなところもある。いかにそれを超えていく新しい曲を生み出せるかっていう」
――因みに僕は「宇宙遊泳」と「最後の手紙」と、カバーの「ホームにて」の3曲に投票しました。
篠田「「ホームにて」は、わりと大事なライブのときは必ず演奏する曲ですね」
――ご自身が気に入っている3曲を選ぶとしたら、妙子さんは何ですか?
伊東「「遠くはなれて」がすごい好きで。ベストアルバムに入れたかったんですけど、票が集まらなかった。それから「夜も朝も午後も」もあまりに最近の曲なのでランキングには入ってないですけど、私的には「泪橋」に負けない曲ができたという手応えを持った曲なので、これは入れました。あともう一曲は……うーん、難しいな。全部可愛いから。「交差点」かな」
――篠田さんは?
篠田「僕はやっぱり「宇宙遊泳」ですね。それと「夜明けの唄」。あと「最後の手紙」ですかね。個人的な思い入れもあるし、納得のいくアレンジができた曲たちでもあるので」
――アレンジの素晴らしさで言うと、僕は「クレイジーワルツ」も大好きなんですよ。
篠田「ああ、そうですね。あの曲も個人的に思い入れが強いです」
――集計結果とは別に、自分たちがどうしても入れたくてベストアルバムに入れた曲はどれですか?
篠田「「幕が上がれば」。「はじまりの物語」もそう。あと「とけない魔法」も」
――なんかわかります。ランキング上位曲に、おふたりの思い入れのある曲を合わせたことで、結果としてすごくいいバランスになりましたね。まさに珠玉の18曲。
伊東「はい。珠玉の」
――収録された18曲のうち7曲は新録になります。これまでもT字路sは過去曲の再録を度々やっていますが、再録の醍醐味ってどこにあると思いますか?
伊東「初めに録ったときから月日が経って、その間にステキな出会いがあって。そうして出会った人と一緒に録音できる喜びというのが大きいですね。今回もそれによって新鮮な気持ち、楽しい気持ちで録音できたなと思います」
篠田「再録ってやりたくない人もいると思うけど、オレはけっこう積極的にやりたいほうで。もちろん最初のテイクはそのときにしか出せないよさがありますけど、やっぱり月日を重ねるなかで曲自体が少しずつ成長していくし、ライブで繰り返し演奏するなかでテンポが変わっていったものもあるので、その成長した姿を残しておくのは意味のあることだと思うんです」
伊東「歌い方もけっこう変わっていますからね」
――それは大きいですよね。ただ、初録音のときは歌にも演奏にも衝動が乗るじゃないですか。再録でそれを呼び起こすのが難しいというようなことはないですか?
伊東「難しいことはないですね。ライブで歌うときは一回一回その曲に魂を込めているので、レコーディングでもそれと同じ気持ちというか、そのときの集中力をガッと出すだけだから」
篠田「アレンジは多少変えることがありますけど、僕らの録り方は初期から一発録りなので、結局ライブのときと気合の入れ方は同じなんです。そのときにしか出せないものを出す」
――では新録の7曲について話を聞いていきますね。1曲目は、これぞT字路sの代表曲「泪橋」。ランキングでも予想通り1位でした。この曲は妙子さんが前にやっていたバンド、DIESEL ANNのときの持ち曲でしたよね。
伊東「そうなんですよ。そのときより今は2音くらい下げて歌っています。前のバンドのときは声の出るギリギリのところで歌うのがかっこいいと思っていたので」
――初録音時よりソフトな歌い方になっている曲もありますが、「泪橋」に関しては今回もやっぱり魂の熱唱といった感じで。
篠田「ソフトには歌えないですからね、この曲は(笑)」
伊東「ブースに入って歌うにしてもライブに向かう気持ちそのままに、みなさんを睨みつけながら歌っていました(笑)」
――歌詞を書いたときの気持ちって、覚えていますか?
伊東「あの頃はT字路sになってからよりも、もっと渇望感が凄かった。本当に土砂降りの真っ暗闇のなかを走っているような気持ちだったんですよ、当時、毎日が。それがそのまま出ていると思います。うまく生きられないし、いろいろ溜まってきて、そのはけ口が歌だったので」
篠田「とはいえ、この曲には凛としたところもあって」
伊東「うん。前を向いているというか」
篠田「それは今と共通している部分かなと思いますね。土砂降りだけど負けない、みたいな」
妙子「今に通じますね。通じるというか、自分、変わってないなって感じるところでもあって。まあ、今よりちょっと表現が勇ましいかなってぐらいで」
――新録ではホーンとオルガンが入って音も膨らみが出ていますね。ホーン・アレンジはテナーサックスの西内 徹さんとトランペットの黄啓 傑さんのお二人に任せているんですか?
篠田「初めにイメージは伝えますけど、あとはふたりにお任せで。細かく言わなくても察してやってくれるから」
伊東「しかも、私たちが思った以上のアレンジをしてくださるので。もともと徹さんのバンドによく黄さんが参加していたりと、ふたりの相性がすごくいいので、その場で意見交換しながら目の前でどんどんアレンジが進化していくんですよ」
――やっぱりこの曲のパワーは凄いものがあるなと、今回の新録を聴いて改めて感じました。
篠田「「泪橋」は『PIT VIPER BLUES』にも再録して入れたので今回が3回目の録音なんですけど、こんなに長いことやっているのに未だ完成していないところがあって。自分たちにもどこが完成なのかがわからない独特のエルネギーを持った曲なんです。例えばライブで妙ちゃんが突っ走り気味に歌って、そこにベースがうまく噛み合わないときもあるんですけど、噛み合わないときにも噛み合わないなりのパワーとかグルーブが生まれることがある。これだけやっているのに何が正解なのかが未だにわからないというのが、この曲の恐ろしいところで。そういう意味でも、この曲は自分たちにとっての指針みたいなところがありますね。妙ちゃんの左ひざがあがらなくなったら、そのときがこの曲がパワーを失うときなのかもしれない(笑)」
伊東「歌っていて、必ずサビのフレーズで左ひざがあがるんです。レコーディングでもあがるから不思議なんですけど(笑)」
――2曲目「はじまりの物語」の新録は、間奏にキレイなピアノが入って、そのあと妙子さんのディストーション・ギターが激しく鳴る。その対比が効いていますね。
伊東「録ったときは私のディストーションがもうちょっとマイルドだったんですけど、ミックスを聴いたら内田直之さんがもっとファズを効かせた音にしていたんです」
篠田「もともと静と動のコントラストをどれだけ出せるかが勝負の曲なんですけど、今回の再録でもそこはかなり意識しましたね」
――歌詞もまた、一番で「何も起こらなかったような夏の日に」と歌い、二番で「初めから仕組まれたような秋の日に」と歌うように、対比が効いている。
篠田「対比とか対になるフレーズとかをよく使うのは、妙ちゃんの詞の特徴だよね」
伊東「ああ、言われてみればそうですね。ここは対比させようとか意識して書いているわけではないですけど。詞として芸術的な形になっているように、っていうところをどっかで意識しているんだと思います」
――3曲目「暮らしのなかで」。これは7位ですからランキングでもけっこう上位に入りました。「苦しいのに 平気なふり 自分をごまかしてばかり」とか、そういうことって誰もが考えるときがあると思うんですよ。つまり共感性が高い。だから人気なのかなと。しかも妙子さんはそういう自分を客観視して書きますよね。「私はこうだー!」と生々しく書くやり方はしない。
伊東「ああ、そうですねえ。自分の気持ちをぶつけてはいるんですけど、詞にするとなると、やっぱり聴く人に重なってほしいという気持ちが働くというか。それが加味されるんでしょうかね」
篠田「妙ちゃん自身がそれをこの先何年も歌うわけじゃないですか。で、歌い続けるためには、そのくらいの距離感が必要だってことなんじゃないですかね。生々しく書きすぎると、何年か経って、あの頃の私と今の私は違うしみたいなことも出てくるだろうから。女優さんじゃないけど、妙ちゃんはその曲の物語に入り込んで歌うタイプだと思うので、歌に入り込みやすいように、書くときには自然と距離を取っているんじゃないかな」
伊東「そんな気はしますね」
――なるほど。あと今回のこの曲の再録では、ハモンドオルガンがいい味を出しています。
篠田「「だが、情熱はある」のサントラを手掛けたときから一緒にやるようになった縄田寿志さんが弾いてくれているんですけど、縄田さんはまったく我を出さずに全体を俯瞰で見て隙間を埋めてくれるタイプの人なんですよ。この曲もまさにそうやって弾いてくれました」
――次の「交差点」の新録もやはりオルガンが素晴らしい鳴り方をしています。
伊東「これもオルガンが絶対に合うと思って」
篠田「オルガンとホーン。これも3度目の録音で、1stアルバム『T字路s』のときはピアノとホーンが入っていたんですけど、今回は間奏のホーンのところを変えて、古き良き時代の歌謡曲のような間奏にしてみました」
伊東「「交差点」は、「裏・T字路sのテーマ」みたいなところもあるんですよ」
篠田「T字路sを組んで最初にできた曲が「T字路sのテーマ」なんですが、2番目にできたのが「交差点」だったんです。T字路sでどういう曲をやっていくかとか、組んだときはまったく決めていなかったけど、この曲ができたときに“この路線で行けるんじゃないか”って思えた。この曲でT字路sの方向性が決まったってところがあったので、ちょっと特別な思い入れがありますね」
――「蛙と豆鉄砲」も初期曲で、ライブでも毎回歌われています。
篠田「最初に録音したときは、まだちょっとイキってるオレたちみたいな感じがあったけど、毎回ライブでやって、リズムが少し落ち着いてきた。だから今録ったらニュアンスが変わるかなと思って録ってみました」
――それから「レモンサワー」。これは初めのバージョンの印象とそれほどは変わってない気がしましたが。
篠田「構成は一切変えてないけど、今回はオルガンを入れてもらって。初めはふたりだけで録り直そうと思っていたんですけど、たまたま縄田さんがいたから、“ちょっと弾いてみてくれませんか?”って言って、やってもらったらすごくよかったんです」
妙子「レモンサワーなのに沖縄っぽい感じもあって、“シークヮーサーサワーやんけ”って(笑)」
――こういうカリプソ感のある曲がここに入ることで、いいアクセントにもなりますね。
篠田「そうですね。この曲はできたときにけっこう気に入っていたはずなんですけど、いつのまにかライブでやらなくなっていた。今回取り上げたことで曲のよさを見直させたところもあって、そういう意味でもよかったです」
――そして「T字路sのテーマ」。参加メンバーがみんなでコーラスをして、メンバー紹介をするところもあり、まるでライブそのものといった仕上がりになっています。
伊東「今回は短い期間でしたけど、すごく充実したレコーディングだったので、参加してくれたみんなの声を入れたいと思ったんです」
――記念写真みたいな。
伊東「そうですそうです」
篠田「一発録りじゃないと、ああいうガヤガヤ感は出せない。重ねて重ねてでは、あの楽しさを表現できないですからね」
――この曲が最後なので、楽しい気分でそのままライブに行きたくなる。曲順はわりとスッと決まった感じですか?
篠田「スッとですね」
伊東「レコードになったときのことも想定しつつ決めました」
篠田「レコードにすると2枚組になる。「とけない魔法」でA面が終わって、「夜明けの唄」でB面が始まって……みたいなことを考えて決めていきました。曲順に関しては毎回レコードを意識しますね。レコードをひっくり返して、B面がどの曲で始まるかとか、そういうところが重要なので」
――さて、このベストアルバムがこれまでの集大成的なものだとしたら、次はいよいよオリジナルアルバムでまた新しいところへ踏み出すわけですよね。そういう意味で意義込みもかなり大きいのでは?
篠田「そうなんですよ。それはベストアルバムを出すことを決めたときに、すぐに思ったことで。そう考えると、自分たちのなかでのハードルもあがる。でも今がまさに自分たちにとっての転機でもあるし、ちょうど生活のスタイルも変わり始めたところなので……」
――生活のスタイル?
篠田「実は郊外の山奥に工場を手に入れまして。そこをT字路sの基地みたいにして、スタジオを作って、住めるようにもしたところなんです」
伊東「年明けからリフォームを始めて、つい先日までスタジオを作ったりしていて」
篠田「今までは都内の狭い家で作業をしていましたけど、環境が大きく変わって、そこでの出会いとかも妙ちゃんのこれからの曲に反映されるんじゃないかと。既に素晴らしい出会いがあったし、そういうところから「泪橋」を超えるすごい曲が生まれるんじゃないかとオレは勝手に期待してワクワクしているところなんです」
――T字路sの新章がもうすぐ始まるわけですね。
篠田「うん。T字路sを始めた頃はふたりとも貧乏で、反骨心で妙ちゃんが曲を作って、そこに共感する人が少しずつ増えていって……それを13年半やってきて、やっぱりあの頃とは自分たちも変わってきているわけで」
伊東「歳もとったしね」
篠田「相変わらず野良犬みたいなところは変わらないんだけど、野良犬なりに自分たちの餌の取り方を覚えたというか(笑)。まあ自立したところもあると思うので、ここからの自分たちに期待しているし、今の妙ちゃんからどんな歌詞が出てくるのか楽しみなんですよ。妙ちゃん節はそのままに、でも若い頃には書けなかった歌詞が出てくるんじゃないかと」
伊東「そうだね。このベストアルバムに入っている結成当初から最近に至るまでの曲を改めて聴いていて、“ああ、これは今は書けないや”っていう歌詞もいくつかあったので。今しか書けない曲をまた書いていけそうかなと思いますね」
――じゃあ来年を楽しみにしています。と、その前に今は「THE BEST OF T字路s TOUR2023」をがっつり展開中で。
篠田「今回からホールでのライブもやっているんです。9月の横須賀がT字路sにとって初めてのホール公演だったんですけど、手応えがあったし、ライブハウスとはまた違った見せ方があるなと思って」
――ホールともなればステージが広いから、でんぐり返しも思い切りできますね。
伊東「とりあえず1回目のホールではしましたよ(笑)」
篠田「一回転じゃ足りないぐらいだよね(笑)」
(おわり)
取材・文/内本順一
写真/hiro(2023年9月18日「THE BEST OF T字路s TOUR」@ヨコスカ・ベイサイド・ポケット)
THE BEST OF T字路s TOUR 2023LIVE INFO
8月26日(土)千葉LOOK
8月27日(日)宇都宮HEAVEN'S ROCK
9月1日(金)富山MAIRO
9月2日(土)金沢AZ
9月9日(土)高松DIME
9月10日(日)和歌山CLUB GATE
9月18日(月)ヨコスカ・ベイサイド・ポケット(神奈川)
9月29日(金)仙台darwin
9月30日(土)新潟LOTS
10月21日(土)青森Quarter
10月22日(日)札幌Bessie Hall
10月28日(土)福岡電気ビルみらいホール
10月29日(日)広島4.14
11月4日(土)京都府民ホール
11月5日(日)松阪M'AXA
11月17日(金)名古屋市千種文化小劇場
11月19日(日)味園ユニバース(大阪)
11月25日(土)日本橋三井ホール(東京)
12月16日(土)甲府桜座
12月17日(日)松本LIVEHOUSE ALECX
DISC INFOT字路s『COVER JUNGLE 2』
2023年10月25日(水)発売
POCS-23035/3,300円(税込)
Mix Nuts Records / Virgin Music Label&Artist Services