──今回のプレイリスト「casual moment」では、どんなところにこだわりましたか?
「前回のプレイリストを作成したときにも意識していたことですが、やはり全体の流れを大切にしました。ちょっとビートが強めのものも増やしつつ、途中でスタンダードジャズが入ってくるなど、流れの中にもコントラストはつけるように工夫をしていて。スタンダードジャズの中でも、心が躍るような楽しいもの、しかも今の人が聴いても同じように感じる曲を選んだつもりです。
もうひとつは、“耳から”というより“体から”音が入ってくるような音楽。聴き手によって、どういうシチュエーションで楽しむかは人それぞれですが、ふとした時に流れてくる音楽によって調子が良くなることってあると思うんです。そういう意味では、無意識に入ってきた音楽によって心や体が躍るようなプレイリストといえるかもしれないですね」
──プレイリストの内容について、「何気ない日常の瞬間に心躍るような、静かにステップを踏めるような音楽を充てがってみました」というコメントをいただきました。河原さんは、どんなときに“何気ない日常”を感じますか?
「改めて考えると難しいですね(笑)。そもそも“何気ない日常”って言葉自体、ちょっとフワッとしているし……ただ、自分自身の一日の過ごし方を考えてみると、何か考え事とかしなくてもいいような時間のことを指すのかもしれない。朝、目が覚めて“今日は制作をするぞ”と決めた日は、まず部屋の掃除から始まるんですよ。仕事の前に、ある程度家事を済ませておきたいタイプなんです。それと、寝間着のままで作業をしたくないというポリシーが自分の中にあって。“今日は、こういうスタイルで過ごそう”というモードを、着るものでもちゃんと整えるようにしています。そう思うと、家事が終わって制作に取り掛かるまでの、ちょっとした時間が自分にとって“何気ない日常”のような気がしますね」
──ベニー・シングスの「Young Hearts」から始まるプレイリストですが、こうやって改めて聴くとベニーの楽曲はTENDREとの親和性がものすごく高いですよね。目指している心地よさが同じところにあるというか。
「確かに。一緒にコラボ曲「SING」を作ったこともありますが、以前から彼の音楽性のファンです。すごく手作りっぽい感触があって。シンプルかつフラットなようで、その中に息づいている音楽の豊かさを感じるというか。ルーツなどを紐解いていきたくなるような魅力があるんですよね。サウンドを使った仕掛けがものすごく巧みだなといつも思いますし、僕自身が目指すところでもあるなと。非常に強いシンパシーを感じるアーティストの一人です」
──フレッド・アステアの「Cheek to Cheek」も入っていますね。
「実家でも良く流れていたし、昔からずっと聴いているスタンダードジャズです。聴くと懐かしい気持ちになるので入れました。最初は小気味いいテンポの楽曲からスタートして、だんだんビートが強めな楽曲になり、かと思えば唐突にジャズのスタンダードが入ってくるという緩急もつけています。そこでふとノスタルジックな気分に浸っていただいた後、再びビートを取り戻していくっていう。緩急をつけるといっても、あくまでも心地の良い曲線を描くような、そんな流れを作るようにしていますね」
──そういう流れで聴いてみると、もちろんテーマに沿って選んだ楽曲ではありますが、そこにはTENDREらしさというか。コード進行やそこに乗せるメロディライン、楽器編成やアンサンブルなどに、これだけジャンルや時代背景も違うのに、どこか共通点を感じますよね。
「確かにそうかもしれない。僕自身、鍵盤から曲を作ることが多いので、鍵盤楽器と主旋律の絡み方とか、そういう部分に好みがはっきりと表れているような気がします。音数が少ないけれど、そこから滲み出る豊かさみたいなものを感じる楽曲が多かったりするのもそう。あと、久しぶりに聴いてみて改めていい曲だな、面白いなと思ったアーティストも加えていますね。例えばメイヤー・ホーソンとか。“こんなおもろい曲、どうやって思いつくんだろうなあ”なんて、思いを馳せながらプレイリストに入れたのですが、そうやってプレイリストを作ることで、楽曲を再発見していく楽しさもありますね」
──その中でも軸となる曲はありましたか?
「最近、個人的に気に入っていてよく聴いているのがNIKIというアーティスト。Jojiとのコラボで彼女の存在を知ったのですが、この「エヴリ・サマータイム」という曲は確か前回のプレイリストにも入れたと思います。曲名にサマーというワードが入っていますが、サウンドやメロディの温度感がすごく心地良くて、どんな季節でも聴きたくなる。思い切りブチ上がるような曲でもなければ、めちゃくちゃダウナーな曲でもなくて(笑)。このくらいのグルーヴ感で1日を過ごせたらいいなと思わせてくれる、自分自身の軸にもなりそうな楽曲です。続くCordaeの「Bad Idea (feat. Chance the Rapper)」という楽曲もそう。リリックは結構哲学的なところもある内容なのですが、それを自然体なラップで表現しているところも好きですね」
──アンダーソン・パークをフィーチャーしたドミ&JD・ベック,アンダーソン・パーク名義の「テイク・ア・チャンス」が入っているのも気になりました。つい最近、ドミ&JD・ベックの来日公演がありましたが、行かれました?
「残念ながら行けなかったんですよ。評判はいろんな方面から耳に入ってきて、ずっと悔しい思いでいます(笑)。とにかくドミ&JD・ベックは、二人の可愛らしいキャラクターと生み出されるケミストリーのギャップに驚かされますよね。そもそも2人だけでアンサンブルが成立するという、その演奏スキルや音の選び方ひとつひとつにセンスや才能を感じます。僕自身もTENDREを5人編成のバンドアンサンブルで見せる時もあれば、2人もしくは3人のみのアコースティックセットで見せる時もあって。大人数で音を合わせた時のインパクトはもちろん格別ですが、2人だからこそ生み出せるダイナミズムや、生かせるアイデアもたくさんあって。アンダーソン・パークがそこに惚れ込んでコラボを引き受けるのも頷けます」
──個人的にフェニックスの楽曲が入っていたのはツボでした。TENDREのセレクトとしては、意外だなと思わせるところもあるし。
「フェニックスは、それこそ20代の前半くらいからずっと好きで聴いていました。アルバムごとに作風がどんどん変わっていくので面白いんですよ。おそらく、多くの人がイメージするフェニックスは2009年リリースの『Wolfgang Amadeus Phoenix』のような、エレクトロとロックをブレンドしたポップミュージックだと思うんですけど、『Alphabetical』(2004年)に入っているこの「If It's Not With You」という曲は、ソウルやR&Bにも通じる雰囲気があって。聴けば聴くほど味が出てくる魅力があるんですよね」
──他に選曲でのこだわりポイントはありますか?
「全体的に明るいムードのプレイリストなのですが、その中にサンダーキャットの「Them Changes」を入れたのは、そのギャップが個人的におもろいかなと思っています(笑)」
──確かに、この曲が入るのと入らないのとではプレイリストの印象もだいぶ変わりますね。
「2017年のEP「Red Focus」でこの曲をカバーをしたことがあるのですが、歌詞も“何を言ってんの?”みたいな内容ですし(笑)。初めて聴いた時に感じた衝撃というか、鳥肌が立つような不気味さと、なぜか同時に感じる心地よさが今も変わらずあって。毒を一滴垂らすような感じで入れてみました」
――今回の選曲テーマからすると、たとえばTENDREさんのレパートリーでは「DRAMA」あたりが入っていても、しっくりくると思うんですが……
「ああ、なるほど!そうですよね……いや、ぜんぜんありだと思います(笑)。「IMAGINE」とか「CLOUD」あたりの曲もなじませやすいかもしれませんね」
──ぜひ今回のプレイリストに追加してもらいましょう(笑)。さて、今年はTENDREのデビュー5周年です。
「振り返ってみると非常に濃密な日々を過ごしてきたなと思います。作品もコンスタントに出すことができましたし、毎年何かしらの成果を出してこられたのはよかったなと。もちろん、大変なこともたくさんありましたが(笑)」
──今年は4月に、昔の楽曲を再録したものと新曲「YOUTH」を加えた4曲入りの「BEGINNING - EP」をリリースしました。
「そこでちょっとした振り返りをすることもできました。もちろん過度なノスタルジーに浸ったり、ことさらエモーショナルに語るつもりはないんですけど、こうやって節目を意識するのは大事なことなのかなと。そんなことを改めて考える上半期だったと思います。これからの半年間をどうやって過ごすのか、考えるためのいいきっかけにもなりましたし」
──昔の曲を再録してみて、何か気づくこともありましたか?
「シンプルに、歌い方が全然違ってきました。デビューしたばかりの頃は、あまりシンガーとしての自覚がないまま歌っていたというか(笑)。楽曲があって、そこにメロディがあるから楽器演奏の延長線上で歌っていたのが、最近になってようやく歌そのものをちゃんと意識するようになってきた気がします。よりシンガーらしくなってきたというか……」
──なるほど。
「ただ、これはどのアーティストもそうだと思うんですけど、初期衝動みたいなものは、やっぱり昔の楽曲には宿っていたと思いますね。あの時にしか出せない力みたいなものがあって、それを今無理やり出そうとしてもそれは難しいわけじゃないですか。歳を経て得たものと、歳を経て失ったもの、両方をはっきりと自覚したという意味でも、再録という今回の試みはやってよかったと思っています」
──昨年リリースされた『PRISMATICS』のアナログが8月にリリースされます。アナログレコードに対する思い入れはありますか?
「やっぱり、サブスクやストリーミングが普及して音楽がデータとして聴かれるようになったからこそ、それをカタチにして残しておきたいという欲求が以前よりも大きくなってきたところはあります。自分の手元に残ると、そのぶん愛着も湧いてきますし。お客さんの中には“アナログプレイヤー、持ってないけど買います!”みたいに言ってくださる方もいらっしゃって(笑)。確かに、レコードはジャケットをそのまま飾るだけでも楽しいですし、自分が心を込めて作った作品を手元に置いておきたいと思ってもらえやらそれだけでも十分嬉しいので」
──そのうち聴きたくなってくるかもしれないですし。
「そうなんです。まずはレコードを手に入れ、それをきっかけにアナログプレイヤーを手に入れ、そこからレコードに針を落とす楽しさみたいなところにまで気付いてもらえたら最高ですよね。デジタルではなく、アナログだからこそ聴こえる音があるという楽しさを、ゆくゆく感じてもらえたら嬉しいです」
(おわり)
取材・文/黒田隆憲
選曲監修/林 健斗、大園絢音
写真/平野哲郎
ヘアメイク/高野友里(106)
「OTORAKU -音・楽- 」PLAY LIST「casual moment」 Curation by TENDRE
何気ない日常の瞬間に心躍るような、静かにステップを踏めるような音楽
1. ベニー・シングス「Young Hearts」
2. パーセルズ「Tieduprightnow - from Hansa Studios, Berlin」
3. Corinne Bailey Rae「ホース・プリント・ドレス」
4. TENDRE「DRAMA」
5. Thundercat「Them Changes」
6. NIKI「エヴリ・サマータイム」
7. Cordae「Bad Idea (feat. Chance the Rapper)」
8. Remi Wolf「Liz」
9. Syd「Out Loud (feat.ケラーニ)」
10. Victoria Mon?t「Smoke (feat.Lucky Daye)」
11. Carter Ace「The One And Lonely」
12. RAYE「Worth It.」
13. TENDRE「IMAGINE」
14. Jordan Rakei「Rolling into One」
15. Toro y Moi「Sweet」
16. Prep「Cold Fire (feat. DEAN)」
17. Aaron Childs「Peach」
18. Charlie Burg「Chicago (Take It Or Leave It)」
19. ドミ&JD・ベック,アンダーソン・パーク「テイク・ア・チャンス」
20. Cisco Swank「Home」
21. Stuff「Sun Song」
22. スライ・スリック・アンド・ウィッキド「Sho' Nuff」
23. マディソン・カニンガム「L.A. (Looking Alive)」
24. Junior Mance「ジュビレイション」
25. Fred Astaire「Cheek to Cheek」
26. テディ・ウィルソン「明るい表通りで」
27. ベニー・グリーン「Ain't She Sweet」
28. Leon Bridges「Shy」
29. TENDRE「CLOUD」
30. Laufey「Falling Behind」
31. ドロシー・アシュビー「By The Time I Get To Phoenix」
32. Bakar「Hell N Back」
33. Phoenix「If It's Not With You」
34. Matt Maltese「Like A Fish」
35. Mayer Hawthorne「ワイン・グラス・ウーマン」
36. Moonchild「Last Time」
37. アレッシア・カーラ「Clockwork」
38. BENEE「Glitter」
39. Still Woozy「Habit」
40. MICHELLE「STUCK ON U」
41. Rex Orange County「WHO CARES?」
42. ジェイコブ・コリアー「オール・アイ・ニード」
LIVE INFOデビュー5周年ツアー「5th Anniversary concert - Part.2 THIS IS TENDRE」
10月6日(金)darwin(仙台)
10月9日(月)Kanazawa AZ
10月13日(金)名古屋 CLUB QUATTRO
10月15日(日) BEAT STATION(福岡)
11月5日(日)YEBISU YA PRO(岡山)
11月8日(水)BIGCAT(大阪)
11月24日(金)札幌 PENNY LANE24
11月29日(水)Zepp DiverCity(TOKYO)
DISC INFOTENDRE『PRISMATICS』
2023年8月5日(土)発売
LP/PRON-7012/3,630円(税込)
ユニバーサル ミュージック