1941年生まれのピアノ、キーボード奏者、チック・コリアが新時代のピアニストとしてジャズシーンに登場したのは1960年代の後半だった。最初にご紹介する67年録音のスタン・ゲッツのアルバム『スイート・レイン』(Verve)は、ゲッツの作品として高く評価されたが、サイドの新人ピアニスト、チック・コリアの才能にも多くのファンの注目が向けられた。そういう意味では、このアルバムをチックのスタートと地点と見なすこともできるだろう。

そして翌68年、マイルスのバンドに参加すると共に発表したリーダー作『ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス』(Solid State)は、それまでに無い斬新なアプローチのピアノトリオ作品として、チックのピアニストとしての地位を確立させた傑作だ。バド・パウエルを思わせる切れのよいリズム感から繰り出される新鮮なフレーズは、旧来のパウエル派の域をはるかに超えている。

そして1971年に録音された記念碑的アルバム『ピアノ・インプロヴィゼーション第1集』(ECM)は、相前後して発表されたキース・ジャレットのソロ・ピアノ・アルバム『フェイシング・ユー』(ECM)と共に、70年代ソロ・ピアノ・ブームを引き起こす画期的作品となった。今でこそピアノ・ソロなど珍しくないが、当時はアルバム1枚をソロで通した作品などほとんど無かったのである。

また、そこで展開される創造力に富んだ煌くような世界も、60年代までの若干ダークでいかにも地下のクラブに似合いそうな「ジャズ」のイメージを大きく覆すものだった。そしてその延長上とも言えるゲイリー・バートンとのデュオ『チック・コリア・ゲイリー・バートン・イン・コンサート』も、透明感あふれるECM録音の効果も手伝い、まさしく新時代のジャズ到来を宣言しているように思える名演だ。

そしてそれ以上にジャズシーンに大きな影響を与えたのが1972年に録音された『リターン・トゥ・フォエヴァー』(ECM)である。演奏自体は今聴けば快適なフュージョン作品ぐらいの印象しか受けないかもしれないが、この時代はこうしたタイプのジャズなどまったくなかったということを思い出していただきたい。まさにこの作品をきっかけとして、70年代半ばのフュージョン旋風が巻き起こったのである。

ところでチック・コリアの魅力の第一に挙げられるのが、ちょっとエキゾチックできらびやかなメロディラインだろう。それは彼がスペイン系の血を引いていると言われるところから来たものだ。『マイ・スパニッシュ・ハート』(Polydor)は、チックのエキゾチック趣味を反映したフュージョン的作品の傑作で、エレクトリック楽器やコーラスの使い方など、伝統的ジャズとはずいぶん趣が違う。

そして最後にご紹介するのが、80年代に再びアコースティック・ピアノに回帰したチックが、当時の新人テナー奏者、マイケル・ブレッカーをサイドに起用した『スリー・カルテッツ』(GRP)だ。70年代半ばから後半にかけ、フュージョンブームの最中はチックもブレッカーもオーソドックスなジャズファンからはちょっと距離を置いて見られていたが、この作品で改めて彼らの実力が再評価されたようなところがあった。とりわけ、典型的フュージョン・テナー奏者と見られていたマイケル・ブレッカーの深みのある演奏は、彼に対する認識を大幅に改めるきっかけとなった。

文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)

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