おそらく、もっとも日本人好みのミュージシャンはアート・ペッパーではなかろうか。独特の哀感が込められた彼のアルトサウンドは、60年代ジャズ喫茶で多くのファンを獲得した。1970年代、ほとんど事前の告知も無くサイドマンとして来日したとき、ファンは暖かい声援で彼を迎えた。麻薬中毒の噂が絶えなかったペッパーは、当時半ば引退状態だと思われていたが、昔からの熱心なファンは彼の存在を忘れてはいなかったのだ。
『サーフ・ライド』(Savoy)は、典型的ウエストコーストの白人ミュージシャンであるペッパー初期の傑作で、確実なテクニックに裏付けられた快適な演奏は、ウエストコースト・ジャズの傑作として知られている。とりわけ、レスター・ヤング作曲の《ティックル・トゥー》は軽やかな名演。
『マーティ・ペイチ・カルテット・フィーチャリング・アート・ペッパー』『アート・ペッパー・カルテット』の2枚は、ペッパー初期の名盤にもかかわらず、共にタンパというマイナーレーベルに録音されていたため、かつては非常に入手が難しかった。《あなたと夜と音楽と》《ベサメ・ムーチョ》など、よく知られた名曲がペッパーならでは深い情感を湛えた演奏で聴くことが出来る。
ウエストコースト・ジャズのもう一人のスター、トランペットのチェット・ベイカーと共演した『プレイボーイズ』(Pacific Jazz)は、アンサンブルの妙が聴き所であるウエストコースト・ジャズの名盤として知られている。3管テーマから各自のソロへの転換が実に滑らか。
50年代のペッパーには名盤が多いのだが、マイナーな会社が多かったため、昔はなかなか聴くことができなかった。イントロ原盤の『モダンアート』や、アラディン原盤の『ジ・アート・オブ・ペッパー』は、90年代になってようやく全容が知られるようになった。派手なところはないが、聴くほどに味わいのあるマニア好みの演奏である。《ブルース・イン》の抑えた表情、《ホリディ・フライト》の楽器の鳴りなど、彼が第一級のアルト奏者であることを示した名演だ。
一方、もう少し大きな会社であるコンテンポラリーの『ミーツ・ザ・リズム・セクション』は、昔からモダンジャズ入門アルバムとして広く知られ、とりわけ録音が優れていたことからオーディオマニアがこぞって買い求めていた。マイルス・コンボのサイドマンであるレッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズという当代一流の黒人ジャズマンを向こうに回し、一歩も引けをとらないペッパーは、もはやウエストコースト・ジャズの枠に収まらない大物の風格を備えている。
スタン・ケントン楽団出身のペッパーは、大編成との共演もお手のものだ。ウエストコーストの名手11人をバックに軽やかに吹きまくる『プラス・イレヴン』(Contemporary)は、明るいペッパーの代表作。
麻薬に溺れたペッパーは70年代に奇跡の復活を遂げる。その第一弾が『リヴィング・リジェンド』(Contemporary)だ。かつての繊細な演奏に馴染んでいたファンは、コルトレーンを思わせるようなフリークトーンを多用するペッパーの変容に驚かされた。復帰後のペッパーはエネルギッシュな活動を続けたが、黒人アルト奏者の大ベテラン、ソニー・スティットと共演したのが『グルーヴィン・ハイ』(Atlas)だ。大物同士の顔合わせながら息はぴったりと合っている。
比較的力強い演奏が多くなった晩年の作品の中で、ストリングスと共演した『ウインター・ムーン』(Galaxy)は、昔ながらの情感あふれたペッパーが聴ける。しみじみとした味わいはやはり年輪のなせる業だ。
文/後藤雅洋(ジャズ喫茶いーぐる)
USEN音楽配信サービス 「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」
東京・四谷にある老舗ジャズ喫茶いーぐるのスピーカーから流れる音をそのままに、店主でありジャズ評論家としても著名な後藤雅洋自身が選ぶ硬派なジャズをお届けしているUSENの音楽配信サービス「ジャズ喫茶いーぐる (後藤雅洋)(D51)」。毎夜22:00~24:00のコーナー「ジャズ喫茶いーぐるのジャズ入門」は、ビギナーからマニアまでが楽しめるテーマ設定でジャズの魅力をお届けしている。