ツアータイトル“SARAH ÀLAINN 10th Anniversary 〜 One”に掲げられている“One”は、彼女が5月にリリースしたアルバムタイトルでもある。本公演はアルバム『One』の全収録曲に加え、デビュー当時の楽曲、この日が初披露となった最新曲「SUNBREAK」まで、サラ・オレイン10年間のキャリアを余すところなく詰め込んだ、充実のセットリストで行われた。
ライブの幕開けを飾ったのは、アルバム『One』の収録曲「映画『ウエスタン』―テーマ(Once Upon A Time in The West)」。紗幕に浮かび上がった彼女のシルエットから発せられる透き通るソプラノボイスが会場に響き渡り、厳かな雰囲気でライブは始まった。続く「言葉にできない」では、のちのMCでも触れられた“大好きな日本でデビュー10周年を迎えられたこと”、“平日にもかかわらず、たくさんの人たちが会場に集まってくれたこと”など、彼女の胸の内にある感謝の想いが溢れ出た歌声で観客を魅了。さらにボーカリストとしてのデビュー曲「Beyond The Sky(『ゼノブレイド』エンディング・テーマ)」を歌い終えると、客席に向かって深く一礼した。
そして英語と日本語による挨拶をし、破顔したサラ・オレイン。神々しいと言っても過言ではない歌唱中の表情から一転、MCではキュートな一面を覗かせるのも彼女の魅力だ。ここでは10年前に初めて行ったコンサートで、全曲歌い終えた後にようやく“今更ですが…サラです”と自己紹介したという初々しいエピソードを披露。それが今では“スタッフから、頼むからあんまりしゃべらないでって言われます(笑)”と話し、観客の笑いを誘う。その要望を守ってか、早々にヴァイオリンを手にすると「Animus Remix」を演奏。続く「Csardas」も含め、卓越したテクニック、力強く艶やかな音色に浸っていると、予想外のサプライズが訪れた。「Csardas」の途中でいきなり映画『男はつらいよ』でおなじみのイントロが流れたのだ。演奏にのせて<私、生まれも育ちもシドニー、オーストラリア。オペラハウスでうぶ湯を使い、姓はオレイン、名はサラ次郎、人呼んでフーテンのサラと発します>と見事な口上を述べると、客席からは大きな拍手が湧いた。グッズ紹介を兼ねたこのパートは、実は公演地によって選曲が変わるとのこと。今後開催が予定されている大阪(8月21日)、札幌(9月7日)、宮崎(9月25日)、岡山(10月1日)、神戸(10月14日)、広島(10月15日)、福岡(10月18日)でも各地にちなんだ楽曲が披露される予定だが、それぞれの楽曲から再び「Csardas」に戻るアレンジにも注目しながら楽しみにしていてほしい。
さらにヴァイオリンをマイクに持ち替え「スペイン(Spain)」「ザ・ウィナー(The Winner Takes It All)」とニューアルバム『One』からの楽曲が続き、第1部を締めくくったのは「Breathe in Me」。亡き父を想って作ったというこの楽曲では、時折後ろを向き、まるで指揮者のようにバンドの演奏をリード。その息の合った様子は、クラシックをベースにしつつもさまざまなジャンルを柔軟に取り入れながら生み出されるサラ・オレイン独自の世界観を、繊細かつダイナミックな演奏によって支える彼らとの固い絆を感じる場面だった。
第2部では、サラ・オレインの真骨頂とも言える場面がいくつも訪れた。まず会場を沸かせたのが、第2部1曲目の「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」。第1部の白いドレスから一転、黒いチューブトップにショート丈の白いジャケットを羽織り、黒のスキニーというクールな装いに身を包んだ彼女は、ステージ袖から姿を現すとループマシンを使って声を幾重にも重ねていく。複雑なハーモニーを完成させると今度はピアノに移動し、弾き語りを披露したかと思えば、そのうちにバンドが加わり、中盤にはピアノを離れ、エレキヴァイオリンを弾き倒すなど、まさに彼女にしかできない変幻自在なスタイルで「ボヘミアン・ラプソディ」という楽曲が持つ複雑さを見事に体現。観客からは大きな拍手が送られた。
続く「スピーチレス〜心の声(映画『アラジン』)」で語られたメッセージも印象的だ。ディズニー映画に登場するプリンセスといえば、シンデレラや白雪姫など、かつては王子様が現れるのをひたすら待っているのが定番だった。けれども近年は自立した女性像が描かれるようになり、『アラジン』のジャスミン姫も、アニメのときには歌がなかったが、2019年に公開された実写版で初めてジャスミン姫の歌が登場。それが「スピーチレス〜心の声(映画『アラジン』)」だ。日頃から世界の動向を注視しているサラ・オレインにとって、世界各地で頻発する紛争や戦争と同様、女性の人権問題も決して目を背けることはできないもの。誰もがそうした辛い現実を生きているからこそ、サラ・オレインは<Is this the real life? Is this just fantasy?(和訳:これは現実なのか? それともファンタジーなのか?)>という歌い出しで始まる「ボヘミアン・ラプソディ」で“ときには逃げることも大切”というメッセージを伝え、ようやく“自分の歌”を得たジャスミン姫の「スピーチレス〜心の声(映画『アラジン』)」で、<I won’t be silenced You can’t keep me quiet(和訳:私は、もう これ以上 黙っていられはしない)>と歌う。その歌声は、彼女自身の心の声であると同時に、共に声を上げて、この生きにくい社会を変えていこうというメッセージのようにも聴こえた。
その後、先日プロへの転向を発表したフィギュアスケーター・羽生結弦も出演した2015年の「ファンタジー・オン・アイス」のテーマソング「Fantasy On Ice」、2014年にパラスポーツ応援テーマソングとなった「Dream As One -Remix」といった懐かしい楽曲を披露。
そして圧巻だったのは、映画『フィフス・エレメント』の中で“人間が歌えない”とされた楽曲「Diva Dance」。ここでのサラ・オレインはジャケットを脱ぎ、肌が露わに。その結果、実際に耳に届く歌声だけでなく、視覚的にも、この楽曲を歌うためにどれだけ身体を使っているのかを目の当たりにすることができ、改めてサラ・オレインというアーティストの凄みを証明する1曲となった。
ライブはいよいよ終盤戦へと突入。ここから、彼女がアルバム『One』に込めた想いが、より色濃くなっていく。
全曲カバー曲で構成された『One』。選曲にあたり、テーマとして掲げたのは“メンタルヘルス”や“セルフラブ”、そして“争いのない平和な世の中になりますように”という願いだった。みんな“一人しかいない唯一無二の存在”だけれども、“一人ではなく、支え合う関係”だと話すサラ・オレイン。ライブの後半戦は“共に笑い、共に泣き、一つになって、現実を乗り越えよう”と作り上げた『One』の中でも、ひときわパーソナルな理由によって選曲したという「ひこうき雲」でスタートした。これは、少し前に三回忌を迎えたという親友に向けた1曲。悲しさ、切なさ、悔しさ、愛しさ、温かさ、力強さなど、さまざまな感情を内包した歌声は、会場に集まった観客の胸を打った。
続く「シンドラーのリスト(Schindler’s List)」では映画と彷彿とさせる赤いシャツを羽織り、美しくも切ないヴァイオリンの音色を響かせたサラ・オレイン。さらに、敬愛する坂本龍一の名曲「Merry Christmas Mr. Lawrence(Somewhere Far Away)」では、後方のスクリーンに映し出された無数の花びらが最後、彼女の手の動きを合図に満開の桜の木に戻る幻想的な演出も印象的だ。「ひこうき雲」以降、アルバム『One』収録順に3曲を歌い終えた彼女は“このアルバム『One』、そしてツアーで伝えたかったメッセージを、ここにいるみなさんと共有できて本当にうれしいですし、感謝です“と語った。
そして本編ラストを飾ったのは「My Way」。実は「My Way」の原曲はフランス語によるシャンソンで、歌詞の内容もフランク・シナトラが歌う英語版とはまったく異なり、彼女は原曲のほうが好きなのだという。フランス語のタイトルは「Comme d’habitude(コム・ダビチュード)」。日本語に訳すと「いつものように」。サラ・オレインによると、人生の終幕期を迎えた男が「ここまで悔いなく生きてきた」と胸を張る英語版に対し、原曲では「朝起きてコーヒーを飲み、急いで仕事に行き、そして家に帰る」といった冴えない男の変わり映えしない日常の様子が歌われているとのこと。英語版、フランス語版共に“大事なことを教えてくれるの。私たちは生きているだけで十分頑張ってる。だから、頑張らなくても大丈夫。「Comme d’habitude」が教えてくれるのは、自分らしさを見つけること、自分らしく生きることに尽きるんじゃないかなって”と話し、そして静かに“Your Way, My Way 進んでいますか?”と問いかけ、「My Way」をフランス語、さらに後半は英語も織り交ぜながら歌い上げた。
アンコールでは、6月30日に発売されたばかりの人気ゲーム「モンスターハンターライズ:サンブレイク」内で流れる楽曲に彼女が歌唱参加した「SUNBREAK」を世界初披露。自身のデビュー曲もゲーム音楽だったことから、「10年目でもこうしてゲームの作品に関われるのが本当にうれしい」と喜びを爆発させた。
ラストを飾ったのはアルバムと同じく「誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)」。美しいハイトーン・ボイスによる歌唱が終わると同時に、客席ではスタンディングオベーションの嵐が巻き起こる。その光景に気付いたサラ・オレインの“みんな立ってるの!?うれしい!”という言葉に、ひときわ大きくなる拍手。観客の熱気、いつまでも鳴り止まない拍手に包まれながら、この日の公演は幕を閉じた。
ライブ中、これまで応援してくれたファンへの感謝の言葉を何度も述べたサラ・オレイン。さらに「11年目からはまた新たな挑戦、新たな表現をしていきたい」と、未来に向けた決意も口にした。デビューから10年、すでに唯一無二の存在感を放つアーティストへと成長した彼女が、これから先、私たちにどんな姿を見せてくれるのかを楽しみにしていたい。
取材・文/片貝久美子
SARAH ÀLAINN 10th Anniversary 〜 One
=SET LIST=
M1. 映画『ウエスタン』―テーマ(Once Upon A Time in The West)
M2. 言葉にできない
M3. Beyond The Sky
M4. Animus - Remix
M5. Csardas +男はつらいよ
M6. スペイン(Spain)
M7. ザ・ウィナー(The Winner Takes It All)
M8. Breathe in Me
M9. ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)
M10. スピーチレス〜心の声(映画『アラジン』)
M11. Fantasy On Ice
M12. Dream As One - Remix
M13. Diva Dance
M14. ひこうき雲
M15. シンドラーのリスト(Schindler’s List)
M16. Merry Christmas Mr. Lawrence(Somewhere Far Away)
M17. My Way
En-1. Monster Hunter Rise
En-2. 誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)
┗2022年7月6日(水)@東京国際フォーラム ホールC
Interview
サラ・オレイン インタビュー――デビュー10周年を経て輝きを増す唯一無二の存在が特別な年にリリースするアルバム『One』
ライヴで人気の楽曲を多数収録した3年半振りのNEW ALBUM『One』を5月20日にリリース。その間には新型コロナウイルスによる世界的パンデミックなど様々な状況の変化があった中、デビュー10周年という特別な年を迎えたサラ・オレインにじっくりと話を聞いた。
インタビューはこちら >>
Release Information
サラ・オレイン『One』
2022年5月20日(金)発売
限定盤(SHM-CD+フォトブック付 デジパックトールケース仕様)/UWCD-90001/3,850円(税込)
ユニバーサル ミュージック
Live Information
SARAH ÀLAINN 10th Anniversary 〜 One
8月21日(日) 大阪 NHK大阪ホール
9月7日(水) 札幌 札幌コンサートホール Kitara 大ホール
9月25日(日) 宮崎 メディキット県民文化センター 演劇ホール
10月1日(土) 岡山 岡山市民会館
10月14日(金) 神戸 神戸文化ホール 大ホール
10月15日(土) 広島 広島国際会議場 フェニックスホール
10月18日(火) 福岡 福岡国際会議場 メインホール