デビュー30周年を迎えたヴァイオリニスト、葉加瀬太郎が昨年、キャリア史上初のフル・オーケストラによる全国コンサート・ツアーを開催した。30周年アニヴァーサリー・イヤーの2020年にリリースされた、全編オーケストラ・アルバム『The Symphonic Sessions』を携えての絢爛豪華なツアーだ。当初予定の2020年からコロナ禍で延期を余儀なくされ、再延期や会場の変更、キャパシティの制限などがありながらも、総勢50人強からなる一行は、徹底した対策のもとファイナルまで完遂。各地で静かなる熱狂と、大きな感動を巻き起こした。
セット・リストは、『The Symphonic Sessions』の代表曲に、ツアーのために選りすぐった楽曲を加えた、フル・オーケストラで聴く葉加瀬太郎のベスト・セレクション的な内容。自身とファンにとって、ひとつの大きなレガシーとなったことは間違いない。このツアーより、東京国際フォーラム・ホールAで行われた公演の模様を収録したBlu-ray/DVD作品『30th Anniversary TARO HAKASE Orchestra Concert 2021〜The Symphonic Sessions〜』が、3月30日にリリースされる。それに先駆けて、本人に話を聞いた。
――映像作品を拝見しました。ステージ上の葉加瀬さんが、感慨深そうに見えました。
「ずっと不安を抱えながら、“無事、千秋楽までたどり着けばいい”という希望を持ちながらのツアーでしたからね。ひとりでもコロナ感染者が出たら、その時点で中止にせざるを得ないですし。何しろステージの上だけで50人、スタッフを入れたら100人以上になっちゃうわけで、その全員が毎日検査をして、コンサートが終わった後は外食禁止ですから。反省会と称して酒を酌み交わし、仲間とのチームワークやメンバーシップみたいなものを育むということを、30年やってきたわけですけど、それができない。逆に言うと、徹底して音楽に集中する喜びを、学んだことは学んだんですけどね。そういう新しいツアーのあり方だったので、収録は最後のほうだったとが、無事、千秋楽までたどり着けた安心感と達成感で感慨深いものがありました」
――初のオーケストラ・コンサートが実現した経緯を、教えていただけますか?
「“やりたいね”っていう話が出たのは、5年ぐらい前なんですよ。でもオーケストラで全国ツアーとなると、経費がかなりかかってきます。それに、具体的な話になりますけど、僕の作品はカヴァーのものでも、従来のクラシック音楽のベートーヴェンやブラームス、マーラーもみたいなサウンドとは、作り方もスタイルも違うんですね。わかりやすく言うと、大阪なら大阪フィル、名古屋なら名古屋交響楽団とやればいいというわけにはいかないんですね。彼らはピュアなクラシックを演奏するスキルやハウトゥーは持っていても、僕の音楽の演奏となると、変わってくるところがたくさんあるわけなんです。とは言うものの、完全に自分だけのオーケストラを50人ぐらいで編成して、みんなで旅に出るとなるとですね、これはもう赤字どころの騒ぎじゃないわけで」
――そうですよね。
「それで何をしたかというと、各セクションのリーダーには、僕がよく知っていて信頼しているツアー・メンバーを選んで、一緒に全国に旅に出てもらうと。そしてそれ以外の人たちは、現地で若いミュージシャンをオーディションで募って参加してもらいました。弦楽器のみならず、管楽器もすべてそうです。そのメンバーで2週間ぐらいかけて東京でリハーサルをして、音源のファイルと譜面をもとに、オンラインミーティングで変更点や要望などを確認し合う。それを毎晩やった後に、一度全体で合わせて本番に臨むっていう流れを、システムとして作り上げたんです。これが一番大変でしたね。インフラを整えるのが。だから、すごくでっかいプロジェクトなわけです」
――実際にフル・オーケストラをバックにステージに立ってみて、いかがでしたか?
「もうイヤ。吐きそう(笑)」
――(笑)。
「いや、もちろん楽しいんですけど、人の“気”にやられるんですよ。多ければ多いほど。客席に3,000人、5,000人いるのは慣れているんですけど、加えて後ろに50人いて、両方のエネルギーに挟まれると、こんなにキツいのかと思いましたね。もちろん、感動もしますよ。プレッシャーがある分、進歩もあるし、納得しながらではあるんですけど、“もうちょっと楽な仕事あんべ”っていう(笑)。まあでも、“もうイヤ!”って毎日思っても、“あれ良かったですよ、もう1回聴きたいですよ”、なんて言われると、“そう?”ってなっちゃう。そんなもんなんじゃないですか。“やりがいのある仕事です”って言うのが正しいんでしょうけど、僕はみんなに甘えて生きているので(笑)」
――セット・リストも多彩ですね。
「アルバム『The Symphonic Sessions』からの「交響詩「希望」」は、目玉かもしれませんね。『ファイナル・ファンタジーXII』の楽曲として、ずいぶん前に作ったんですが、なかなか演奏する機会がなかったんですよ。いつもの9〜10人編成のバンドで、コンピューターでオーケストラの音を出してっていう方法でも演奏できるんですけど、もっとでっかいサウンドででき上がっている楽曲なので、あえて避けてきたんですね。だから、ここで一発バーンとやるのもいいなと。組曲で、全部で8〜10分かかるんですけど、最初から最後まで初めてやりました。あと「流転の王妃」というテレビドラマのために書いた「最後の皇弟メインテーマ」は、19世紀ロマン派的なサウンドをもとに作ったので、生のオーケストラで演奏しないとなんの意味もないんですよ。このコンサートでしか演奏できないと思って、やりました」
――「新日本紀行」は、冨田勲さんに対するオマージュですか?
「冨田先生との思い出ですよね。大尊敬していたし、僕のやっていたバンドのライヴにも、よく足を運んでくれていました。飲みにも連れていってもらいましたね。日本酒が好きな方で、僕がまだ日本酒が好きじゃなかった頃に“この酒を飲みなさい”って言われて、断れずに飲んだり(笑)。そういう青春の思い出がいっぱいあったから、やりたかったんです」
――「Moon River」は、とにかく好きな楽曲ということでしょうか?
「もう中学生の頃から、ずっと好きですね。ヘップバーンが好きで、映画『ティファニーで朝食を』なんか何百回観たかわかんないです。アホみたいに好きです。特に音楽に関して言うと、60年代から70年代までのヨーロッパの映画音楽……「Moon River」の(ヘンリー・)マンシーニや、ニーノ・ロータ、最近亡くなったエンニオ・モリコーネとか、あのへんのイタリア系の人たちの音楽って、音楽そのものが映画の一番のテーマになっていますよね。映画『シェルブールの雨傘』もそうだし、すごく聴いていたから、根っこにあります。大好きです」
――モーツァルトとベートーヴェンの楽曲も、演奏されていますね。
「ふたりの曲は、僕の幼少期の思い出として心に刺さっている曲をジャンルレスにカヴァーした、『Dal Segno〜Story of My Life』というアルバムからの出典なんですね。しかも「トルコ風コンチェルト」は、僕の大学入試の時の課題曲なんですよ。それを50を超えてやるのも、面白いなと(笑)」
――ご本人としては、このコンサートのどのようなところが観どころだと思いますか?
「僕の音楽を知ってくださっている方にとっては、オーケストラによってひと味もふた味も違うサウンドになっていると思いますし、“こんな「情熱大陸」もあるんだ!?”って思ってくださったりしたら、僕も愉快です。あとは、クラシカルなオーケストラのサウンドっていうと、堅苦しいイメージを持たれるかと思いますが、そうではないということですね。どんどん時代は変わっていて、照明も含めて楽しめるエンターテインメントとしてのオーケストラの形があるので。古典というのは、姿を変えていくわけですよ。そういう意識で僕は音楽を作っているので、そんなことも感じてもらえたら嬉しいです」
――4月からは、このツアーが再び始まります。セット・リストは、基本的には同じと考えていいのでしょうか?
「これが、かなり変えているんです」
――そうなんですね。
「全然違うものになります。チャレンジでもありますけどね。1曲目から度肝を抜かれると思いますよ。ちょっとしたビックリ箱を作りたかったので。新曲もたくさん入れています」
――楽しみです。
「本編の最後にやった「情熱大陸」、今年は1曲目です。“その後どうすんねん?”みたいな(笑)」
――それ、言っちゃっていいんですか(笑)?
「適当に調整しておいてください(笑)。あとは、3月5日に放送されたスペシャルドラマ『津田梅子~お札になった留学生~』のテーマ曲も、演奏します。とてもいい曲ができたので」
――指揮者も変わるのですか?
「水野(蒼生)くんには、またやってもらいます。彼とは、ラジオ番組にゲスト出演してもらって、面白いヤツだなと思ったのがきっかけなんですけど、棒を振っているところなんか1回も見たことがないのに、声をかけてみたら“やります!”って言うんです。それで試運転として、音楽祭でオーケストラと演奏した時に振ってもらったんですけど、おかしかったですよ。もうガチガチで、終わってから僕の楽屋に来て、“太郎さん、今だから言いますけど、プロのオーケストラで振ったのは今日が初めてなんです”って。“お前、今かよ!”っていう(笑)。それで、さっき話した2週間のリハーサルの後、セクションのリーダーを交えてミーティングをしたんですけど、もう袋叩き状態ですよ。“あれで指揮だと思っているのか?”、“あんなので音を出せると思っているのか!?”って。で、コロナで間が空いて、2021年のリハーサルの初日に、ひょっこり“よろしくお願いします!”って。俺だったら絶対無理だっていうの(笑)。あれだけダメ出しされて」
――ハートが強いんですね(笑)。
「そうなんです。実際、成長していて素晴らしいんですよ。まだ場数を踏んでいないし、テクニック的にまだまだなところもありますけど、もはや信頼しています。今はみんなで水野くんを育てようとしていますね。彼はすごいヤツになると思いますよ。音楽家の愛を、今いっぱいもらっているから」
――40周年に向けて、すでに新たな10年が始まっています。今後の展望を聞かせてください。
「コンサート活動はライフワークだと思っているので、体力と気持ちが続く限り、やるつもりです。継続していくことの大切さを、今ひしひしと感じていますし。あとは、50を超えたあたりから、“若い人たちに何を残してあげられるのか?”っていうことを考えるようになったので、いろんな形を検討していこうと思っています。“そういう年になったんだな”って、実感しています。若い頃はそんなことは思いもしなかったし、それこそ弟子もひとりも取っていないので。ずっと、若い芽はとにかく早く摘むことしか考えていなかったから」
一同:(爆笑)。
「最近は、ちょっとお譲りしてもいいのかなって。ようやくですよ。それまではできるだけ、いろんな手を使って摘んでおこうと思っていたから(笑)。そこは変わってきましたね。なんと言っても音楽家が伸びていくのは、10代、20代なので、夢を与えてあげたいなって。だからこそ、水野くんなんですよ。ギャンブルだけど、ワクワクしています」
(おわり)
取材・文/鈴木宏和
RELEASE INFORMATION
葉加瀬太郎『30th Anniversary TARO HAKASE Orchestra Concert 2021~The Symphonic Sessions~』
2022年3月30日(水)
Blu-ray/HUXD-10956/5,500円(税込)
HATS
葉加瀬太郎『30th Anniversary TARO HAKASE Orchestra Concert 2021~The Symphonic Sessions~』
2022年3月30日(水)
DVD/HUBD-10957/4,950円(税込)
HATS
LIVE INFORMATION
葉加瀬太郎 オーケストラコンサート2022 ~The Symphonic Sessions~
2022年4月3日(日) 富山 富山オーバード・ホール SOLD OUT
2022年4月10日(日) 東京 J:COMホール八王子 SOLD OUT
2022年4月15日(金) 福岡 福岡サンパレス SOLD OUT
2022年4月17日(日) 兵庫 神戸国際会館 SOLD OUT
2022年4月20日(水) 北海道 札幌文化芸術劇場hitaru SOLD OUT
2022年4月23日(土) 大阪 フェスティバルホール SOLD OUT
2022年4月24日(日) 大阪 フェスティバルホール SOLD OUT
2022年4月28日(木) 神奈川 神奈川県民ホール SOLD OUT
2022年4月29日(金・祝) 京都 ロームシアター京都 SOLD OUT
2022年5月1日(日) 熊本 熊本城ホール メインホール SOLD OUT
2022年5月3日(火・祝) 広島 広島文化学園HBGホール SOLD OUT
2022年5月4日(水・祝) 愛知 愛知県芸術劇場・大ホール SOLD OUT
2022年5月5日(木・祝) 愛知 愛知県芸術劇場・大ホール SOLD OUT
2022年5月7日(土) 東京 東京国際フォーラム ホールA SOLD OUT
2022年5月8日(日) 東京 東京国際フォーラム ホールA SOLD OUT
ツアーファイナル公演(東京国際フォーラム ホールA)の模様をWOWOWで完全独占生中継決定!
5月8日(日)午後2:00~
葉加瀬太郎の映像作品をU-NEXTで見放題配信!
3/30(水)12:00より、
・30th Anniversary TARO HAKASE Orchestra Concert 2021~The Symphonic Sessions~
・30th Anniversary CONCERT TOUR 2020 FRONTIERS
・25th Anniversary Concert 2015 DELUXE~Best Selection~(Taro Hakase 25th ANNIVERSARY Pictures Box より)
・TARO HAKASE Best Acoustic Tour 2014 "Etupirka"(Digest)(Taro Hakase 25th ANNIVERSARY Pictures Box より)
・BEST OF THE THREE VIOLINISTS〜HATS MUSIC FESTIVAL VOL1 葉加瀬太郎・高嶋ちさ子・古澤巌 3大ヴァイオリニストコンサート〜