今いる場所の「向こう側」へ
ショップは2階建ての一軒家。もともとは1階のみで、鉄工所だっただけあって天井高がある。後にこの空間を生かしてスタジオが入居し、入り口前にはカフェシーンの撮影ができるスペースを設け、2階を増築した。昭和時代からの歴史を経た建物は、外壁に蔦(つた)が絡まり、今という時代にありながら微妙に隔絶した「向こう側=Far Side(ファーサイド)」感がある。
店名の「THE PHARCYDE(ファーサイド)」はFar Sideの意で、米国カリフォルニア出身のヒップホップグループに由来する。1990年代を中心に活動し、ギャングスターラップの全盛期にあった当時、ソウルやファンク、ジャズをサンプリングした新たなグルーブを創出し、ヒップホップシーンを変えた。その名をショップに冠したのは、マインディレクターの神谷康司が敬愛するグループであり、「単純に自分の好きな音楽をやっていること、そして今いる場所からは見えないオルタナティブな『向こう側』を見せたいという思いがあったから」と神谷は話す。
店内は左右の大きな窓全体をカーテンで覆い、オールドスクールな家具や照明などを配したミュージックビデオのセットのような空間。調度類はブランドのメンバーが買い付け、内装も「水回り以外は全て手作り」した。レジ横の壁面は三原康裕や神谷らが壁紙を貼っては剥がし、その繰り返しで現代アート作品のように仕上げた。
レジカウンターはDJブース仕立て、その前でひと際、存在感を放つのはオーディオマニア垂涎の音響機器ブランド「アルテック・ランシング」の巨大なスピーカーだ。「自分たちが好きなミュージシャンが活躍した70年代頃に隆盛を誇ったのがアルテック。オークションで落札して手に入れた」。ファーサイドをはじめ、ソウルやファンクのレコードも揃え、そのサウンドからマインのコレクションの背景を感じることができる。
店奥上のタイル製サインもハンドメイド。ニューヨークの地下鉄をイメージし、タイルを切っては貼り付け、「THE PHARCYDE」をモザイクで表現した。店が出来上がるまでに1カ月半を要したが、「みんなで作り上げたので、思い入れが強い空間」という。そこにマインのコレクションをサンプリングすることで、Far SideなTHE PHARCYDEの世界観が立ち現れる。
ミクスチャーが魅力のコレクション、コラボアイテムも展開
マインはメゾン ミハラヤスヒロのストリートラインとして2016年に立ち上がり、スニーカーから出発し、ウェアのコレクションも発表。ユース世代のカルチャーやアイデアを投影したデザインが注目を集めた。神谷は16年にマインの販売スタッフとして入社し、現場経験を積み、19年、ディレクターに大抜擢された。ファーストコレクションのテーマは「RETROFUTURE(レトロフューチャー)」。デビュー時から新旧のサンプリングが強く意識されていたことが分かる。
「アメリカの伝統的なワークスタイルがベースにあり、そのままでは野暮ったくなってしまうので、今の要素、新しいエッセンスをミックスしていく。ミクスチャーは僕自身のスタイルでもあり、コレクションは自分が絶対に着ると実感できるものを発表している」
直近の23年春夏コレクションは「BORED TEENAGER」がテーマ。思春期のやりきれない退屈からくる抑えられない衝動をディテールや加工で表出させた。
「ウェーブデニムパンツ」は今季の一番人気アイテム。生地を貼り合わせて凹凸のある表情を作るオパールボンディング加工を施した独自のデニム生地を使い、波打つ模様が立体的に表現されている。ハンドクラフト感の温かみとラフなストリート感を備えた、ストレートシルエットの5ポケットパンツだ。オーバーサイズ、ドロップショルダーの「ウェーブデニムジャケット」とのセットアップ。羽織物では「ツイードニットドリズラージャケット」も好調だ。ツイード柄のニットが程よくワイルドで、軽くて着やすい。フロントにヤギのグラフィック、バックに「MYne」のロゴをプリントしたニットTシャツも好評だ。軽量で落ち感のあるサマーニットを、ゆったりとしたサイズ感で、袖丈と着丈を長めにデザインし、ダメージ加工がシーズンテーマを想起させる。綿のローゲージニットを使ったカーディガンは、ルーズフィットのシルエットがストリート感を強調。職人による手刺繍で、一点一点の風合いが異なる。
ファーサイドでは、コラボアイテムも展開する。22年には「TOMMY JEANS(トミー ジーンズ)」との協業が話題を呼んだ。テーマは「Ambivalent(アンビバレント)」。トミー ジーンズのアメリカンクラシックをクールに再構築した90年代スタイルとマインが得意とする東京のストリートスタイルという、異なる価値のミクスチャーだ。
デニムジャケットとパンツのセットアップは、トミー ジーンズの定番シルエットをベースに、全体に両ブランドの筆記体ロゴをレーザープリントした。ワンポイントのアクセントカラー使いも心憎い。Tシャツでは、両ブランドのネームを組み合わせたフラッグをフロントに象徴的にプリントし、ダメージ加工を施すことでビンテージな趣に。ビッグシルエットでアシンメトリーなデザインのラガーシャツや、90年代の空気感を醸すUSシルエットのレガッタジャケットなど、9型を提案している。
独自加工によるスタッズを模した立体的な柄が特徴の日本のアイウェアブランド「GLITCH(グリッチ)」とは、22年からコラボアイテム「HEADLINER(ヘッドライナー)」を展開している。50年代に生まれ、80年代には米国海軍に正式採用されたビッグスクエアのサングラスをベースに、90年代を意識したサイズ感への調整、オリジナルカラーのレンズなどこだわりを凝縮している。
オルタナティブな場の力が生むカルチャー
マインはユース世代をとらえてきたブランドだが、旗艦店のファーサイドは中目黒という立地性や路面店ということもあり、30~40代を中心に幅広い世代が来店している。多様な客層との出会いを通じて今後、ブランドがどう変化していくか注目したい。
「三原からは『マインはもう神谷のブランドなんだぞ』とよく言われます。僕自身も、ソスウの背景を生かしながら、自分たちでブランドを作り上げる覚悟で臨んでいます。僕らの世代でブランドを強くし、カルチャーを醸成していきたい」と神谷はいう。商業施設にも直営店を出店してきたが、「マインの『今』を体現し、既成の枠にはまらない取り組みやお客様との直接のコミュニケーションができる場が必要になったことから、路面の旗艦店を選んだ」。ヒト、モノ、コトが交流・交錯する中からコレクションが紡がれ、カルチャーが生まれていく場としてファーサイドはある。マインのアイテムを提案するだけでなく、親和性や親交のあるブランドのポップアップ、絵画や写真などのアーティストによる個展、DJによるライブなども開催していく。自在なクロスジャンルによる、ファーサイドだからこそのオルタナティブな場の力の創出を追求する。
写真/遠藤純、ソスウ提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。