染谷裕之(そめや・ひろゆき) Shinzone代表取締役
1955年、千葉県生まれ。経営者。77年、大学卒業後、13年間にわたりアパレル3社に勤務。91年、OEMメーカーとして独立。2001年、東京・表参道に路面店「Shinzone」オープン。21年、竹素材を使ったブランド「takes.」をスタート。22年、すべての子どものいのちを祝う「一般社団法人いちご言祝ぎの杜」を立ち上げる。
「ファッションとウェルフェアの架け橋」に
シンゾーンの真骨頂は、オリジナルアイテムとセレクトやビンテージとの自在なミックススタイルの提案だ。その姿勢は「デニムに合う上品なカジュアル」というコンセプトに端的に表現されている。デニムを軸に、オリジナルはもとより、ハイエンドなセレクトアイテム、ビンテージアイテムを掛け合わせ、一人ひとりの客にとっての上品なカジュアルスタイルを作り上げていく。ブランドを売るのではなく、スタイルを売ることを基本に、主対象の35歳を中心に幅広い客層の支持を集めてきた。表参道、新宿、有楽町、横浜、札幌の5店舗、自社EC、卸の販路を持ち、コロナ禍でアパレル業界全体が落ち込んだ中にあって、順調に成長し続けている。2020年7月期に12億5000万円だった売上高は、21年に15億5000万円、22年に19億円に伸び、23年は21億円を見込む。
強化した自社ECはもとより、行動制限がなくなって以降は実店舗も好調に推移した結果だ。しかし「これからのことを考えると、何かが足りないと感じていた」と染谷裕之社長は話す。ショップはミックスMDでスタートしたが、出店に伴いビンテージは「Preloved(プレラブド)」として別業態化した。これにより、創業期から本店の役割を担ってきた表参道店が、「路面店でありながら商業施設内の店舗と同質化し、魅力が薄れてしまった。このままではジリ貧だなと思ったんです」。そこへ舞い込んできたのが、オフィスが入居するビルの1階が空いたという話だった。売り場面積が約3倍に広がることから、表参道店とプレラブドのMDを融合させ、シンゾーン本来の魅力を「これから」に向けて増幅させた旗艦店の構想へとつながっていった。
「コロナ禍になって資本主義の行き過ぎがはっきりしたというか。その副産物として『地球が危ない』といった状況になっています。価値観の振り子が『物』に振れ過ぎてしまって、今は改めて『心』に戻ってきていると感じるんですね。シンゾーンは服という物を提案していますが、そのベースとして『人の役に立とう』というクレドをスタッフが共有し、実践してきました。もちろん商品は重要ですが、ショップを構成する要素の一つです。環境に配慮した素材を使うとか、リメイクなどによってロスを出さないとか、弊社なりに様々なことに取り組んでいますが、それもすでに必須条件になっています。物以外にどんな軸がこれからのシンゾーンに必要かと考えていたときに、社会的慶祝活動を行う社会人ボランティアグループ『イチゴイニシアチブ』の存在を知ったんです」
イチゴイニシアチブは、児童養護施設や乳児院などの児童福祉施設で育っている子供たちに七五三や成人式など日本の伝統的なお祝いを贈るプロジェクト。アパレル業界でPRに携わる市ヶ坪さゆりさんが10年に立ち上げ、活動を継続してきた。市ヶ坪さんがキャリアを通じて知り合った業界関係者の協力のもと、きものの提供や着付け、ヘアメイク、記念撮影など各分野のプロと共に子供たちの人生の節目を祝う。そうしたサポートを通じて、子供たちが自身の成長はもとより、人から祝ってもらう喜びを実感することで、自分と周りの人を肯定できる存在になっていってほしいという思いが込められている。
染谷さんがこの活動に共感したのは、過去に支援活動に取り組んだことがあったからだった。十数年前、世界各地で行われている違法な児童労働をなくす活動に年間売上高の1%を寄付することを決め、実行した。しかし業績が悪化し、2年で止めざるを得なくなってしまった。「良いことでも続けることができなければ、やってはいけないということを学んだ」という。時が経ち、会社は成長軌道に乗ってきた。表参道店の刷新を考えていたときに出会ったのが、自分では境遇を変えることが難しい環境にある子供たちを支援し続けている市ヶ坪さんだった。その活動が「これからのシンゾーン像の空白だった部分にぴたりと合った」。イチゴイニシアチブの取り組みやネットワークをベースに、活動の原資としてシンゾーンが1千万円を寄付して「一般社団法人いちご言祝ぎの杜」を22年7月に設立した。
活動母体ができ、「ファッションとウェルフェア(福祉)の架け橋」を担うという旗艦店のもう一つの方向が定まった。イチゴイニシアチブの活動をいちご言祝ぎの杜として継続し、深めながら、今後は「施設の退所者やケアリーバ(元保護児)の就労支援にも取り組んでいく」。成人するなどして施設を出た後の就職が現在はまだ厳しい状況にあるため、受け皿となる企業が増える環境の創出を目指す。「シンゾーンでも採用を進めますが、1社では限界があります。ファッション業界が就職先の一つになっていければと思うんですね。そのための体制を作り、これからへ向けてスタートを切れるようにしたい」と染谷さんは話す。
子供たちの創意を反映したエコフレンドリーな空間
ファッションとウェルフェアの架け橋としての最初の取り組みは、市ヶ坪さんの活動を通じて知り合った里親養育支援やファミリーホームの運営などを行う「一般社団法人COCO PORTA(ココポルタ)」が支援する里親・里子らとのワークショップ。新たな旗艦店の内装と商品の一部をシンゾーンのスタッフとの共同作業で制作した。タフティング技法により子供たちのイニシャルや好きなマークを大きな布に刺繍し、試着室のカーテンに仕上げた。また、同店が取り扱うハーブティーを製造するライフスタイルブランド「UKAI Brooklyn(ウカイブルックリン)」の協賛を得て、子供たちが思い思いに描いたイラストをコラージュしたパッケージを制作。3種のフレーバーに使用している。今後はハーブティーの売り上げの10%をココポルタに寄付する。
- ココポルタが支援する里親・里子たちとのワークショップ
子供たちの創意も加わった新旗艦店は、エコフレンドリーな要素を充実させた造りが特徴だ。内装のメイン資材には京都の「北山丸太」を使用。約600年にわたり茶室や数寄屋建築の用材とされてきたが、近年は和風建築の減少により用途が著しく減った。「ファッションブランドによる新たな採用事例を作ることで、店舗内装への導入の活発化とともに丸太の過剰在庫の軽減を促し、日本の伝統工芸の継承を応援したい」とする。エントランスのディスプレースペースやレジ横など要所に北山丸太を使うほか、緩やかにアールを描いて奥へと続く空間には木製の什器を配置し、シンゾーンが売り場作りの軸としてきたミッドセンチュリーの家具と融合させている。また店内には給水機も設置し、給水スポットとしても気軽に立ち寄れる環境を整えた。
オリジナルを軸にセレクトとビンテージを自在にミックス
エントランスで提案されているのは、シーズンコレクションを象徴するアイテム。オープンに際しては、シンゾーンのMDに欠かせないデニムに焦点を当て、「John’s Clothing(ジョンズ クロージング)」に別注した廃棄デニムによるコレクションを打ち出した。デニムジャケット、デニムフレアパンツ、デニムペインターパンツの3アイテム。パンツは26、27、28インチの3サイズ展開だが、自分サイズにセミオーダーできるのがうれしい。
パンツはシンゾーンの主力商品で、なかでも一番の売れ筋が「クライスラーパンツ」だ。21年から展開し、これまでに約4000本を販売している。ツータックのメンズライクなスラックスで、ハイウエストが一般化した中で腰穿きするスタイル、そのシルエットバランスが新鮮。シンゾーンのエッセンシャルアイテムとなっている。オープン記念では、オリジナルアイテムで使っているコットンリネンの残反を生かし、制作した。
売り場の導入部には、大きな丸太を加工した重厚なテーブルにアクセサリーや小物類が並ぶ。壁面いっぱいの木製棚の枡目には、シンゾーンこだわりのデニムやTシャツ、バッグなどがゆったりと陳列され、書斎のよう。メキシコのオアハカの伝統手織工芸メルカドバッグを英国でデザインし、全てリサイクルプラスチックで作り上げるブランド「Lalo(ラロ)」など、遊び心あるアイテムが顔を覗かせる。
奥へと続くラックにはオリジナル、セレクト、ビンテージのウェアが混在しながら陳列され、所々に差し込まれたバッグやシューズ、サンダルなどのアイテムがスタイリングへの想像を膨らませる。現在、オリジナルアイテムの構成比は6割程度で、セレクトとビンテージの比率はシーズンによって変わる。23年春夏は、長らく扱っていなかった「SEA NEW YORK(シー ニューヨーク)」を多く入れている。「フリル使いなど可愛らしさが軽減され、刺繍などエスニックでカジュアルな要素が増えた」(プレスの陣内みなみさん)ことから、シンゾーンのスタイルとの親和性が増した。22年春夏デビューの新鋭ブランド「RUOHAN(ローハン)」も目を引く。「1枚でドレッシーに着られるアイテムも古着とミックスするなどして、カジュアルなスタイルを提案」している。
「新作が発表されると並ぶ」ほど顧客に人気なのが、バッグブランド「EB.A.GOS(エバゴス)」。家具などに使われる「紅籐」をメイン素材に、レザーや布帛などを組み合わせ、職人が手作りしているメイド・イン・ジャパンの籠バッグだ。人気だから別注でオリジナリティーを追求するのではなく、ブランドのインラインからセレクトし、そのままの魅力を訴求しているのもシンゾーンらしい姿勢が伺える。
「健康」という新たな服の価値を発信
環境への配慮がファッション業界が対応すべき必須課題となった中で、シンゾーンは21年に竹繊維「TAKEFU(竹布)」を使ったブランド「takes.(テイクス)」の製品を製造・販売する会社「テイクス」を立ち上げた。竹布は竹が持つ抗菌作用を生かし、ナファ生活研究所の相田雅彦さんが医療用ガーゼのために開発したもの。消臭性や吸水性、吸湿性、保温性も備える。竹は水や肥料を使って栽培する必要もなく、成長も速いため、地球環境にも優しい。
テイクスではこの竹布の魅力をファッションに取り入れ、多くの人に届けることを目指す。竹布の性質を最大限に生かし、服としての着心地を引き出すため、オーガニックコットンを掛け合わせた糸を開発。国内縫製でTシャツやワンピースなどベーシックなアイテムに仕上げ、21-22年秋冬シーズンから展開している。「軽く、柔らかい。夏場は接触冷感で涼しく、冬には遠赤外線効果で暖かい。つまり365日、快適に着られます。心地よいと、人は緊張が解け、筋肉が弛みます。すると血管が広がり、血流が良くなり、免疫力が高まる。身体に良いということです。テイクスを通して、『健康』という新しい服の価値を世界に発信していきたい」と染谷さんは話す。
テイクスのアイテムは現在、シンゾーンの各店舗で販売するほか、セレクトショップやライフスタイルショップなどに卸している。この2年間で「卸の販路は少しずつ広がっていますが、まだまだこれから。ただ、どのショップでも購入客はリピートする確率の高い商品になっています」という。今後は販路を開拓する一方、素材としての活用促進に向け、テキスタイル展などでの提案も視野に入れる。
テイクスの全アイテムを常時揃え、発信拠点と位置づけているのが表参道本店だ。シンゾーンがテイクスに別注したアイテムも展開し、特にワンピースは「袖の長さを変えるなどマイナーチェンジなんですけど、別注アイテムはあっと言う間に売れる」(陣内さん)と人気だ。
- 「takes.(テイクス)」のウィメンズドレス
- 「takes.(テイクス)」のTシャツ
- 「takes.(テイクス)」のロングスリーブTシャツ
「役に立とう」の実践と継続
独自のスタイルを提案し、ファンが生まれているのは、やはりスタッフの接客力があってこそだろう。カジュアルスタイルを提案しながらも、サロンのような接客を創業時から重視してきた。「単に物を薦めるのではなく、お茶とお菓子をお出しして、会話を楽しみながらゆったりとお買い物をしていただく。ワークショップで子供たちに描いてもらった絵をハーブティーのパッケージに採用したのも、お茶がシンゾーンにとって大切な要素の一つだからです」と陣内さん。コミュニケーションのプロセスでスタイリングを作り上げていくため、客の滞留時間は長い。ホスピタリティーがショッピングの体験価値を高め、客とスタッフの関係を培っていくことになる。信頼を持続させていくために、シーズンアイテムのセールは行わない。これもシンゾーンらしい意思の表明だろう。売れ残った商品については、20年に出店したコーヒー豆と服を販売する業態「ミドリコーヒ」でアウトレット価格で提供し、売り切っていく仕組みを整えている。在庫を再編集し、新たなスタイリングで魅力化する取り組みでもある。
関係性を重視する姿勢は、工場に対しても同様だ。一部を除いて国内生産を基本としてきた。難しい物作りにも挑戦してくださる」と陣内さん。しかし、コロナ禍で海外生産が不安定化し、円安などによる原材料費や輸送費などの高騰もあり、生産の国内シフトが進む中で、多くの工場が職人の高齢化や人員不足などの問題を抱えている。シンゾーンが主力とするパンツの生産にも影響はあるが、「工場に物作りを急がせるのではなく、お客様に事情を説明し、待っていただく」という。機会ロスになりかねないことだが、「入荷したら一番にご連絡するといったケアを自然にやっている」。物作りの現場を敬い、売り場のスタッフが顧客との関係を築いているからこそ「お客様も納得して待ってくださる」。
「役に立とう」の地道な継続が、シンゾーンの様々な取り組みの基盤になってきた。その新たな拠点ができ、福祉というテーマも加わった。「ファッションはやはりカッコ良くなければいけないし、楽しくなければいけないと思うんです。そうした提案をきちっとやっていくことは、これまでと変わりません。一方、そのファッションの力で福祉を楽しく、カッコ良くするお手伝いをしていきたい。非常にデリケートな活動なので、今まで以上に細やかに対応していくことが求められます。1年、2年という単位では結果は出ないと思いますが、だからこそやりがいがあること。『役に立とう』の実践を続けていきます」と染谷さん。新たな挑戦に注目していきたい。
写真/遠藤純、シンゾーン提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。