林 飛鳥(はやし・あすか) NEONSIGNデザイナー
1985年、富山県生まれ。2007年、文化服装学院卒業。09年、「布芸(ふげい)の追求」を通して「自分の色でいられる社会を作る」ことを目指し活動するブランド 「NEONSIGN(ネオンサイン)」を立ち上げる。19年、株式会社NEOISM (ネオイズム)を設立。

客の中に服作りから購買、着用までのストーリーを育む

自身の手縫いからブランドをスタートし、ユニセックス、ウィメンズ、グッズへと領域を多様化しながら20~30代を中心に支持を広げてきたネオンサイン。セレクトショップなどへの卸を軸に展開してきたが、デビュー14年目の今年、初の直営店「Nmw Research Center(エヌアールシー)」を出店した。南青山の骨董通りから路地を入った住宅街に立地し、50平米の前半分をショップ、奥をコレクションの制作を行うアトリエで構成している。
ガラス張りのエントランスから広がるのは近未来的な空間。ショップとアトリエの境にはブランドロゴのまさにネオンサイン、空間を縫うネオン管のようなラック、1960年代にデザイナーのディーター・ラムスが手掛けた「VITSOE(ヴィツウ)」の棚や「BRAWN(ブラウン)」のプレーヤーなどの音響機材、「VERNER PANTON(ヴェルナーパントン)」の照明、ラックと同じ素材の骨組みにアクリルを組み合わせた接客用のテーブルや椅子など、それぞれがシンプルながらレトロフューチャーな個性を放つ。打ちっぱなしのコンクリートの壁の無機質さと対照的に、ショップの床はブルーで統一。一見、コンクリートに見えるが、程よいクッション性がある。約160年前にアフリカで開発され、抗菌や防臭などの作用もあることから西欧の病院や学校などで用いられている床材「FORBO(フォルボ)」を採用した。
ロゴのネオンの向こう側には、トルソーやミシン、裁断台などが配置され、服が日々制作されている。ここで生まれたデザインがコレクションとなり、ショップ空間に並ぶ。「服を作っているところもお客様に見てもらいたくて」と林は言う。「もしかしたら、服を買うより面白いかもしれません。どうやって服を作っているのかを見て、製品化されたらショップで見て、買って、着て楽しむ。そこまでが一人ひとりにとってのストーリーになっていったらいいなと思っています」。

南青山に出店した「Nmw Research Center(エヌアールシー)」
             
エントランスを入って手前がショップ。ネオンサインを境にアトリエへ続く
               
「BRAWN(ブラウン)」のプレーヤーなど音響機器にもこだわる
管の中に入れる気体の種類により色が変わる「ネオンサイン」。この店では白になっている
エントランスのウインドー前で平日の予約来店を知らせる。アナログのモニターが渋い

オープン時には2023年夏秋コレクションをメインに提案した。「SPACE AGE WORLD(スペース・エイジ・ワールド)」をテーマに、世界の民族衣装のモチーフや技法を取り入れ、ダイバーシティーを表現したコレクションだ。もともとは「反戦」をテーマに服作りを始めたが、人間が争い合う根源をリサーチしていく過程で様々な民族の思想や美意識などを知り、探究心が触発され、「民族共存」へとテーマは変容した。
例えば、ロシアの民族衣装「ルバシカ」は、ウクライナの農民が着ていた服に由来する。その特徴である袖口や襟にあしらわれる刺繍をコレクションに取り入れた。「今は争っていても根源は一緒。そういう発見を服の中に融合させていった」。展示会用に作成したルックの表紙は象徴的だ。人種も性別も異なるモデルたちの顔のパーツをコラージュして1人の人間を表現し、共存のメッセージをビジュアル化している。

ルバシカの刺繍を使ったウェア
「SPACE AGE WORLD」ルック集の表紙

この他、林が自らストリートを探索し、採取したマテリアルで創作する一点物のシリーズ「STREET COUTURE(ストリートクチュール)」はビンテージをリメイクしたTシャツなど店舗限定アイテムを展開しているのも魅力、ネオンサインのセカンドブランド「Nmw R.C.(エヌアールシー)」で展開するロサンゼルスアパレルやプロタグなどとのコラボアイテムも揃う。一部のアイテムは色替えなどのオーダーも可能だ。
コレクションを軸にネオンサインの「今」を広く、深く体験できる空間になっている。

「Nmw R.C.(エヌアールシー)」のTシャツ
「NEONSIGN(ネオンサイン)」ストリートクチュールのTシャツ
             
ネックレスやブレスレットなどアクセサリーも好評
エヌアールシーのキャップ
ロサンゼルスのプロタグのボディーを採用したTシャツ    
ロサンゼルスアパレルのリミテッドエディションによるレイヤードスリーブTシャツ

「布芸の追求」を通して「問い」を投げかける

エヌアールシーは、平日の来店は1日1組限定のアポイントメント制で、公式サイトかLINEで予約する。土日祝日は予約無しで来店できる。現在は「すでにネオンサインの服を着てくれている人やEC経由で現物を見たいという人がお客様として来店」し、その場で商品を確認して購入する人が多く、個人受注も購入客の2~3割程度を占めている。
林自身が接客するスタイルは、やはり大きな特徴だ。「お客様と一番近い形で、友達のノリで接客するような店を作りたかった」と語る。
「ネオンサインというブランドの根底には『みにくいアヒルの子』のストーリーがあります。大人になって気づいたんですが、僕は子供の頃から少数派になってしまうものを自然と選んできていました。そのせいで、社会に上手く適応できないことや、一般常識を正義とする大人から『白い目』で見られることも多々あって。一般的な社会のルールが邪魔をして、何かを制限された嫌な経験っていうのは誰にでもあると思うので、『社会に染まらずに、自分の色でいていい』ことを示す一助になればと考えています」
その言葉通り、林の服作りは独特だ。「THE PURSUE OF CLOTH ARTS=布芸(ふげい)の追求」をコンセプトに、布から生まれる造形の可能性を追求し続けてきた。例えばMA-1をロング丈にリデザインするなど、服作りで当たり前とされている概念を壊し、再構築して新しい価値を生み出す。そのため、同じデザイナーのコレクションなのにシーズンごとに全く異なる「色」になる。「ネオンサインの色が管の中に入れる気体の種類によって変わるのと同じ」で、林が吸収したもの、感じ取った時代の変化などによってコレクションも変わるのは自然なことだった。

  • 23年夏秋コレクションより
  •      
  •      

いつしか次に何が飛び出してくるのか予測不能なブランドと言われるようになり、林自身も自在な変化を求めて、あくまで布芸の追求は貫きながらコンセプト自体を変えたのは2019年のことだった。新たなコンセプトは「MMMMMMWMMM」。“M”が連なったMajority(多数派)の中に1つだけ、Mがひっくり返った“W”が混じっている。「自分が多数派の側にいると気づいたら、もう意見を変えてもいい頃」という意味合いだという。その意見をコレクションでは「問い」として表現し、投げかけている。問いの表現やテイストがシーズンごとに変わることは卸先には売りづらい側面もあるかもしれないが、この変化はネオンサインの無二の魅力と言える。

ノームコアに中指を立てる

良くも悪くも周囲に合わせる傾向がある日本の社会において、個性が重視されるファッションの世界は少数派であり続ける林にとって生きやすい環境なのではないだろうか。尋ねてみると、「そうですね。それでもノームコアみたいなものが大半を占めているじゃないですか。何となくそうなっている状況にどこまで中指を立てられるか」という答えが返ってきた。実際、著名なキャラクターとコラボしたTシャツやフーディーなどのベーシックアイテムでも、顔の真ん中に「Nmwrc」のロゴが走っていたり、ネオン管をモチーフにした金具が取り付けられていたり。一般的には躊躇してしまいそうなアイロニックな表現を提示してくる。

「ピッグペン」のキャラクターにネオン管をモチーフにした金具を付けたTシャツ
ミッキーマウスのパーカ

「当てつけがましくしたくはないので、露骨に見せないようにやっているつもりではあるんですけど、人の心を変えるのは難しい作業なんだなと思っています。そもそも無地のTシャツであっても、自分の主張として着ている人はおしゃれだったりします。革ジャンに缶バッジを付けるパンクスと同じ感覚というか。多種多様な人がいる中で、いわゆるファッショナブルではないけれどおしゃれに見えてしまうような個性がもっと現れてくるといいなと思うんです。一方で、例えばパンツは何本か試着してジャストサイズを選ぶのが普通になっていますが、極端な話、サイズなんかどうでもいいんですよ。大きければ大きいなりに穿けばいいし、ジャストサイズもこう穿くともっとカッコいいとか。自由に発想していいのに迷ってしまうのって、すごくつまらない行為だと思うんです。確かに自分が着たいように着るのは少数派だけれど、その少数派を照らすことで世の中に良い作用を生んでいきたい。むしろ多数派を少数派に変えていくような場に、エヌアールシーをしていきたいですね。僕自身のお客様を作っていくことで、少数派が増えていきやすくなるのではないかと思っています」

少数派を照らすという意味で、22年夏のカプセルコレクションは象徴的だ。生まれながらに肌が白く弱いアルビニズム(白皮症)を病気ではなく、個性として服に表現。「PERSONALITY CRISIS(人格の危機)」をテーマに、「『色がない』ということが『自分の色』という、先天性の美しさに着目したコレクション」を生んだ。例えば、背中に傷の入ったデニムジャケットがある。デニムは経糸と緯糸を通常とは逆に配列し、そもそもの組成を変えることで、破れた傷口が青く浮き出ている。静かだが強烈なメッセージだ。

  • 「Albinism denim(アルビニズムデニム)」のジャケット
  •     

今後はショップスペースを活用し、「隔月ぐらいのペースでイベントも企画していく」という。第1弾として、林が衣裳デザインを手掛けるニューウェイブ系ガールズバンド「CHAI(チャイ)」とコラボしたアヒルのフィギュア「NEONdUCK(ネオンダック)」のイベントを7月中旬に予定している。チャイバージョンをメンバーと共に提案する。ネオンダックはネオンサインを象徴するアヒルのフィギュアで、頭部に虹色のネオンヘアーが生えている。捕獲するとコンプレックスが消えるというストーリーがある。
これまでにないショップのあり方を確立し、旗艦店の出店につなげていく考えだ。

ネオンサインの服を着たフィギュアたち
虹色のヘアーを持つ「NEONdUCK(ネオンダック)」

写真/遠藤純、ネオンサイン提供
取材・文/久保雅裕

関連リンク

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

Journal Cubocci

一覧へ戻る