水上雄一郎(みずかみ・ゆういちろう) アバハウスインターナショナル 代表取締役社長
1995年、アバハウスインターナショナル入社。販売スタッフとしてスタートし、店長、マネージャーを歴任。2011年、店舗運営統括部関東店舗運営部部長。17年、執行役員店舗運営部統括部長。20年、取締役営業本部長。19年から販売子会社の㈱ABAHOUSE Retail Partners代表取締役社長、21年から関連会社の㈱ABAHOUSE SIDE-B代表取締役社長を兼任。
コロナ禍も自らの立ち位置を崩さず
創業者の眞岸洋一さんが長らく社長を務めたアバハウスインターナショナルを引き継ぎました。どのくらい前に社長就任の打診があったのですか。
コロナ禍に入る前、2019年の夏頃でした。眞岸から食事に誘われて「おまえ、そろそろどうなの?」と。僕にとっては身に余る話で、「またまたそんな冗談を」と返したところ、「考えておいて」と言われて。その場での話はそれで終わったんです。そういう話がもう1回あって、間もなくコロナ禍に突入しました。さらに眞岸が体調を崩して数カ月間、出社できなくなってしまったんですね。コロナ禍も眞岸の不在も初めての経験で、社員は不安になり、緊急事態宣言下で売り上げも激減しました。お先真っ暗みたいな時期に僕が指揮を執ることになったんです。そのときに眞岸は「こいつにやらせてみよう」と最終的に決めたのだと思います。
水上さんは20年に取締役営業本部長に就きましたが、その段階では社長就任がほぼ決まっていたのでしょうか。
はい。ただ、当時は経験も実績も豊富な役員が各部門にいたので、僕が社長になったとして、どういう組織になるのか全く想像がつかなかった。社員番号は眞岸が1番で、僕は67番。間を飛ばす形になってしまうので、いったいどうなるんだろうと。
20年以降はコロナ下でかなり大変だったと推察されます。
当時はセール時期の後ろ倒しが叫ばれましたが、実際は業界として全く変われませんでした。加えてコロナ禍になり、僕らが得意とする外出や人前に出るときの服がほとんど売れなくなりました。業界の中でも最も打撃を受けた企業の一つだったのではないでしょうか。でも、僕らはきれいめの服を作り続けたいし、売り続けたい。DtoCブランドやカジュアルブランドの台頭で苦しい思いはしましたが、「記念に残る1着」を提供するという使命からブレないことを選びました。僕自身がずっと販売をやってきたこともありますが、特に現場の販売スタッフを「大丈夫だ、着いて来い」と鼓舞し続けました。何しろ約500人の社員のうち400人余りが販売スタッフですから、モチベーションの維持、アップは必須です。一方、企画サイドにもアバハウスの服作りのスタンスを崩さず、「記念に残る1着を作り続けよう」と伝え続けました。自らの立ち位置を崩さずにやってきたのがこの3年間です。
20代主導でデジタルプラットフォームを刷新
具体的な施策としてはどんなことに取り組んだのでしょう。
21年にデジタルコミュニケーションチームを立ち上げました。当社は業界でもいち早く、09年に自社ECサイト「AT-SCELTA(アットシェルタ)」を立ち上げ、実績を積んできました。しかし、ECと実店舗がかけ離れていたんですね。コロナ下になって売る場所がECしかなくなった中でコロナ後を見据え、実店舗との距離を近づける、いわゆるOMO(オンラインとオフラインの融合)の仕組みを整えました。20代の販売スタッフ4人でチームを編成し、デジタルプラットフォームを構築したんです。商品、在庫、お客様の情報などあらゆるデータが集約・蓄積され、販売はもとより、ブログやSNSで発信もする。物作りと販売とお客様の3者のハブを作ったということです。
アットシェルタとは異なる役割を果たしている?
アットシェルタは当社のオリジナル商品はもとより、他社ブランドも展開するモール型ECを目指していました。収益も上げていたのですが、全スタッフをはじめ、顧客にもアンケート調査を実施し、自分たちの枠にない商品を集めて売るのではなく、オリジナルを自社ECできっちりと売っていくという結論に至ったんです。デジタルコミュニケーションチームの発足と同時にアットシェルタを解散し、MDもオリジナルに一本化しました。また、それまでは良い物を作って実店舗に並べておけば売れるという思い込みがあったんですね。デジタルプラットフォームの開設を機に、SNSやブログによる発信、お客様とのコミュニケーションも充実させました。
デジタルコミュニケーションチームの稼働により、ECと実店舗の融合ができていった。
以前は実店舗とECの間に意識の隔たりもありました。お客様を奪われるとか、在庫を取られたとか。そこで評価制度も変えたんです。実店舗の在庫をECに出荷した場合や、ECから実店舗に送客した場合も、それぞれに売り上げが立つ仕組みを作りました。スタッフのブログやSNSからの経由売り上げは現在約60%あるのですが、それもインセンティブの対象として、ECの売り上げを分配できるようにしたんです。これにより、スタッフによる投稿が増えました。平均フォロワー数は数千人程度ですが、中身の濃さを優先しています。その意味でも、コロナ禍で大きく変わりましたね。
販路に合わせて2極のMDを強化
新たな仕組みを生かすためにも、商品の魅力は必須です。MD面ではどのような施策を。
アバハウスの商品は単価が高く、コロナ禍前はEC化率が低かったので、ECを伸ばしたいという思いがありました。実店舗に関しても、各ブランドの店舗はもちろんのこと、アウトレット店舗もきっちりと利益を出していきたい。そこでECとアウトレットで全体売上高の50%という目標を設定したんですね。その達成に向けてEC専門、アウトレット専門のチームを編成し、各ブランドの服作りへのこだわりはそのままに、買いやすい価格帯のEC限定、アウトレット限定の商品を開発しました。当社のブランドの平均単価は2万5000円程度ですが、1万円前後を中心に据えています。アッパーゾーンの既存ブランドを充実させることはもとより、その服作りのイズムを貫きながら、単なる低価格ではない商品を強化したんです。2極のMDに力を入れました。
アバハウスのブランドは素材やパターン、縫製など服作りへのこだわりが強いですよね。そのイズムや仕組みを変えずに、単価の低い商品を作ることは難しくはないですか。
ECとアウトレットの専門チームができて、一気に変わりました。低価格商品であってもチープにしないという方向性を共有できたら、やるべきことが見えてきた。商品は1ブランドで数百枚ではなく数千枚の規模で展開し、特にECは実店舗がない分、商品開発、販促、人員など経営資源を集中投下することでコストバランスを図っています。担当者として、1人で数億円の売り上げを作るスタッフが現れています。21年秋冬からウィメンズのDtoCブランド「NOMINE(ノミネ)」も投入しました。実店舗を持たずに1万円マーケットを開拓していくことを前提にスタートし、好調に推移しています。今年、ものすごく動いているのがメンズのセットアップです。当社がメンズで培ってきた強みを生かし、オンにもオフにも対応できる商品に仕上げました。特に1万円台後半までのものが売れています。
現時点でECとアウトレットの売上構成比は?
ECは25%程度、アウトレットは20%程度で推移しています。ECについては2年間で30%まで持っていきたいと考えています。約1年半で25%にまで伸ばしましたが、ECは今、他社を含めて少し頭打ち感が出てきているように感じます。ECにおける単品の限界というか。実店舗ならではの購買体験やスタイリングなどを通じて、顧客を作っていくことはやはり重視したい。当初はEC化率40%を目指したのですが、今はそこまでは考えていません。
アッパーゾーンの商品に関しては?
ラグジュアリーブランドとドメスティックブランドの間が、ニーズはありながら品揃えが薄いんですね。このゾーンに向け、顧客への外販と卸に特化したブランドとしてメンズアウターを軸とする「COHERENCE(コヒーレンス)」や、圧倒的なクオリティーのメンズ革靴などを展開しています。アバハウスを愛してくださるお客様に向けて、本当に良い物を提供していこうという思いを形にしたんですね。コヒーレンスでは20万円オーバーの日本製ジャージー素材のコート、メンズの革靴ブランドでは10万円オーバーなど高単価な商品を揃えています。
EC向け、アウトレット向けとはまさに対極ですね。実際、こうしたブランド事業は好調です。既存ブランドでは「DESIGNWORKS(デザインワークス)」がトップ業態ですが、価格的にはその下ぐらいのブランドを強化していくと。
その意味で力を入れているのが、大人の女性に向けて上質なライフスタイルを提案する「THE STORE byC’(ザ ストア バイシー)」です。18年から直営店を展開し、デザインワークスやライフスタイルブランドの「collex(コレックス)」と共に出店の引き合いが増えています。デザインワークスはきれいめでエレガンスが強く、ザ ストア バイシーはもう少しカジュアル要素が強い。よりデイリーに着られる高級服というイメージです。新設されるハイクラスな商業施設には、このブランドでの出店を考えています。多くの出店はできないと思うんですけど、この1年間、徹底して準備してきました。
コレックスは、北欧をルーツとするクラフトマンシップの備わったプロダクトを提案するライフスタイルショップです。コロナ禍を経てかなりMDが変わりましたね。
コレックスはコロナ禍前に駅ナカ業態を出店したんです。東京駅や大宮駅などトラフィックがすごくある立地で、数千円のレスキュー商材を中心とした業態を一気に広げました。ただ、コロナ禍に入るとお客様自体が激減し、商売が一気になくなってしまった。全て退店し、MDを見直しました。代官山アドレス店と玉川高島屋S.C.店を軸に、高感度なギフトショップを構築しているところです。長く大切に使いたくなるもの、新築や結婚などのお祝いに贈りたくなるものなど、クラス感を重視しています。実店舗は表現の場、体験の場として上質なプロダクトで構成し、ECでは買いやすい価格帯の商品も組み込むことでMDの幅を広げています。
時代に逆行しても「ウェット」な会社作りを進める
経営面では、眞岸さんが服作り、水上さんが販売を見ていくということでしょうか。
眞岸は商品系、僕は営業系ですから。何かを決めるときには、必ず2人で協議しています。眞岸は長年、アバハウスの服作りを担ってきました。服作りのエンジンであり、僕らには見えていないものが見えている。やはり、ラグジュアリーなライフスタイルを肌で知っているんです。そういうお客様が望んでいるファッションや家具、インテリアなどについてよく話をします。今の僕らには想像ができない客層だけに、今後のアバハウスのブランド展開に生きてくる取り組みだと思っています。
眞岸さんは服作りを支えるということですね。
そうです。社長に就任してから眞岸と銀行や商社、ディベロッパーなどにご挨拶に伺いました。みなさんが「物作りに期待しています」「ドメスティックブランドを引っ張っていってほしい」とおっしゃるんですね。特にメンズへの期待が非常に高いことを実感しました。マーケットとしてはやはりウィメンズが中心で、メンズは売上構成比も3割程度ですが、アバハウスの原点です。改めてマーケットを開拓していきたいと強く思いました。ラグジュアリーブランドとドメスティックブランドの間にぽっかり空いたマーケットを狙っていきたい。トレンドにそれほど強い会社ではないので、いかにアバハウスらしいベーシックを作っていくかが鍵だと考えています。
一方、水上さんは外へ向かって攻めていく。
今、ファッション業界は人材難という問題を抱えています。20代に向けて商品を開発することも大切ですが、僕自身はアバハウスを「20代に響く会社」にしていかなければならないと考えています。アバハウスのブランドは知っていても、その運営会社の名前を知っている若い人は少ないのではないかと思うんです。コンテンツはたくさんあるんですけど、何しろ宣伝が苦手な会社なので(笑)。物は作れるし、実店舗もあるし、ウェブにプラットフォームを作ることもできました。肝心なのは、実際に販売するスタッフ、共に企画するスタッフです。様々な業界・企業がある中から選んでもらうために、企業価値を高める一方、アバハウスという社名をどんどん売っていきたい。ファッションですから、やはり常に20代が入ってこないといけません。実際の採用はなかなか難しいのですが、20代の女性が今、アバハウスの服に興味を持ってきているんですね。面接でも「歳を重ねても着られる服が欲しい」「良い物を大切に着たい」と、デザインワークスやザ ストア バイシーのブランド名を挙げて企画や販売を志望する人が増えています。
彼女たちはちょっとステップアップした自分を望んでいるのでしょうか。
望んでいると思います。僕らの時代は、まずは販売を経験して、店長やマネージャーを経て本社に入るという流れでしたが、入社したときからプロジェクトのリーダーを任せるような仕組みも必要になってきていると感じます。現在もデジタルコミュニケーションチームでは、2年目の女性スタッフがデジタル戦略の立案やウェブマガジンの作成などを担っています。若返りをどんどん図り、若い人たちにアバハウスの認知度を上げていきたい。
若返りと共に社風も変わっていくかもしれないですね。
「人を大事にしています」「個性を育てます」という会社はたくさんありますが、ウェットな会社が今、意外と少ないのではないでしょうか。昭和的ではありますが、僕はフェイス・ツー・フェイスで議論をするようなウェットな会社が好きなんです。なので、現在はリモートワークも認めていません。ファッションの仕事は基本的に会話や対話、実物に触わるなどリアルが大事だからです。面接でも当社はその方向であることを明言しています。商品のクオリティーはあくまで高く、社風は昭和な、ウェットな会社にしていきます。
ウェットな体質が合う人と合わない人に二分されませんか。
そうなると思います。ただ、「僕はウェットであることだけは譲れない」と眞岸に話したら、彼も同じ意見だったんですよ。「世の中の逆を行こう」と。みんなが右へ行ったら左へ、左へ行ったら右へ、という哲学なんです。効率を求めて会社を大きくしようとは思っていないですし、利益を社員に還元していくためには中身の濃い会社にしたいので、ウェットにこだわっていきたい。その上で、販売畑で培ってきた強みを経営に生かしていく。販売スタッフは今、実店舗はもとより、ECでも売ることができ、顧客に対しては外商的に売ることもできます。働き方は多様にある。そういう話を今、販売スタッフにはしているところです。お客様の思いに応えていくために、お客様との接点となっている現場の思いを聞きながら会社を作っていきたい。
写真/遠藤純、アバハウスインターナショナル提供
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。