濱田博人 株式会社バブアーパートナーズジャパン代表取締役社長
1965年、熊本生まれ。大学卒業後、サンエー・インターナショナルで営業、MD、店舗開発などを経験し、マーケティング本部執行役員に就任。TSIホールディングスの取締役を経て、2016年にTSI傘下のナノ・ユニバースの代表取締役。同社でデジタルマーケティングを推進し、就任3年目に過去最高益を達成する。20年、マッシュスタイルラボ専務取締役。22年から株式会社バブアー パートナーズ ジャパン代表取締役社長を兼任。

マッシュグループ初のポートフォリオ

――2022年春に日本のバブアーの店舗が全て閉店となり、根強い支持者がいるブランドだけにファッション業界、バブアーファンに動揺が広がりました。

伊藤忠商事がバブアーの日本市場における独占輸入販売権を取得したと発表したのは同年8月のこと。それから間もない22年秋冬シーズンから、マッシュホールディングスが100%出資したバブアー パートナーズ ジャパンが日本での展開を始めました。
話自体は21年秋に伊藤忠商事から持ち込まれたものです。当時、僕はマッシュグループのメンズ事業で伊藤忠商事が保有するブランドとのコラボレーションを進めていました。その流れで、日本でのパートナーを探しているブランドについてお話があったんですね。いくつか紹介されたブランドの中に何とバブアーがあった。130年近い歴史を重ね、世界にファンを持つブランドですし、僕自身、ナノ・ユニバース時代にたくさん買い付け、別注もしていたので、「えっ、本当に!?」と。

バブアーの広告媒体のアーカイブ(ショールームにて)

――突然の提案への驚きから契約、会社設立に至った経緯とは?
マッシュグループのポートフォリオには無かったアウトドアライフスタイルというカテゴリーであり、世界的なサステイナブルへの流れも含め、すごく惹かれました。バブアーは日本では質実剛健なメンズアウターブランドのイメージが強いけれど、ここ数年は女性のファンが増えています。ジェンダーを超えた提案の観点からも関心を持ちました。また、マッシュグループは自社でブランドを開発することが多かったのですが、その頃はマッシュグループとして海外事業を強化し始めた時期だったんですね。ニュージーランドのナチュラルデイリーケアブランド「エコストア」の取り組みが2017年にスタートし、ライセンス事業(海外ブランド事業)にさらに注力するという機運が高まっていました。近藤さん(マッシュホールディングスの近藤広幸社長)はどういう反応をするかなと思いつつ、「様々なキーワードが時代とマッチしていて、マッシュグループの事業との相乗効果も高いと思う」とストレートにお話ししました。

――いかがでした?
即決でしたね(笑)。すごくタイミングが良かったんですよ。マッシュスタイルラボの専務としての仕事やメンズ事業のプロデュースで多忙ではあったのですが、バブアーそのものが面白いブランドなので自分が引き受け、本国との基本合意を結んで22年4月にバブアー パートナーズ ジャパンを設立しました。この時点で22年秋冬シーズンからの展開は決まっていたんですけど、アプルーバルの詳細がフィックスしてから同年8月にローンチしたという形です。

本国と日本のブランドイメージのギャップを埋める

――バブアーはグローバルで見ると、すでにメンズアウターブランドからライフスタイルブランドへとシフトしています。
バブアーは本国の英国市場の売上高が全体の50%を占めます。ブランドに対する認知度が非常に高く、売上構成比もメンズ60%、ウィメンズ40%とジェンダーに関係なく売れています。ジャケット以外にもカジュアルシャツなど他のカテゴリーも売り上げを牽引しているんですね。一方、日本市場は特定のカテゴリーに特化したブランドを好む傾向が根強いこともあり、前代理店の時代にはメンズアウターの卸売りを中心とした展開に留まっていました。海外ブランドビジネスで卸売りはもちろん大切ですが、バブアーというブランドが持つ価値を広く、正しく伝えていくには、リテールも含めたブランディングが重要になると考えています。

バブアーを象徴する「WAXED JACKET(ワックスジャケット)」
本国ではメンズ、ウィメンズともにブランド認知が進み、アウター以外のアイテムも売れている
ドッグウェアも好評
レインシューズなどの小物も展開

――前代理店の在庫も引き継いだのですか。
前代理店の契約は21-22年秋冬物までで、全店舗を閉店した22年3月までにほとんどがプロパーで売れていました。最終的な在庫もアウトレット店舗のみ半年間延長して売り切っています。卸先も維持することに成功し、だからこそ、日本におけるバブアーの事業を継続することができたと思っています。ただ、ビジネスは22年秋冬シーズンからのリスタートだったため、22年春夏シーズンはバブアーのプロパー商品が日本市場から消えることになりました。それだけに卸先の発注意欲が強まり、かなりの勢いで受注が入っています。これまでいろんな事業を手掛けてきましたが、ここまでスタートから良いという経験は初めてです。大手セレクトショップでの消化率も良く、現在は新たな取り組み先を開拓するところまでステップアップしています。

――リテールの状況はいかがですか。
22年9月にバブアーの公式ECサイトを立ち上げ、同月に伊勢丹新宿メンズ館、10月にルクアイーレ、11月に大丸東京店と、立て続けに3店舗を再出店することができました。売り上げも、22年9月から23年3月までの予算比で想定の2倍近い数字となっています。伊勢丹新宿店はメンズ館内にあるのでオーセンティックな店作りをしていますが、コアなブランドファンやファッション感度の高いお客様が多いですね。東京駅に隣接する大丸東京店は訪日外国人客の購買が目立ちます。中国人観光客が戻ってきていない中で、インバウンドによる売り上げが約10%を占めています。駅ビルに立地するルクアイーレ店は女性客のトラフィックが多く、特に20~30代の女性を中心にバブアーがターゲットとしてこなかった新たな客層の獲得に寄与しています。今年3月には北海道初の直営店を大丸札幌店に出店しました。ゴールデンウィークまではアウターの消化が見込めますが、その後はシャツや薄手の羽織物、レインアイテムなどを投入し、ライフスタイル提案を強めていきたい。

訪日外国人客のニーズを捉えている大丸東京店
コアなブランドファンを集客している伊勢丹新宿店
春夏以降、ライフスタイル提案を充実させた大丸札幌店
ルクアイーレ店は若い女性客とバブアーの出会いの場となっている

――卸もリテールも好調に推移していますね。
いずれにおいてもユニセックスのアウターとしての認知が高まり、ファッション感度の高い女性たちの間では人気が高まっています。とはいえ、買い上げ客は男性が8割を占め、まだまだメンズのイメージが強いのが現状です。ウィメンズに関してはマッシュグループのノウハウを生かし、日本独自のマーケティングを継続します。本国へのフィードバックとともに協力も仰ぎながら、アウター以外のアイテムを徐々にローカライズして日本市場に広め、定着させていきたい。本国と日本のブランドイメージのギャップを埋め、ジェンダーを問わない「ライフスタイルブランド」として認知していただけるよう、23-24年秋冬シーズンからはさらにブランディングを強化します。

「WAX FOR LIFE」の体現と新たなファン作り

――ライフスタイルブランドへのブランディングを進めていくためにも、ブランドの世界観を体現する空間作りが必要ですね。
核となる卸ビジネスとのバランスを取りながら、リテールを少しずつ伸ばしていく考えです。今後、路面店を通じて目指すのは、グローバル展開しているサステイナブルプロジェクト「WAX FOR LIFE(ワックス・フォー・ライフ)」の体現です。バブアーだからこその「サステイナビリティー」の取り組みを推進していきます。

ロングライフな着用を促す「WAX FOR LIFE(ワックス・フォー・ライフ)」の取り組み

――ワックス・フォー・ライフとは?
2つあります。1つは「RE-WAX(リワックス)」です。バブアーを象徴するアイテム「WAXED JACKET(ワックスジャケット)」は、高密度コットンにワックスを染み込ませることで撥水性や防風性を高めたアウターですが、定期的に専用のワックスで手入れをすることで本来の機能を保ち、経年変化を楽しみながら長く着用することができます。そうしたメンテナンスに対応する常設のリワックスカウンターと、デモンストレーションやイベントを通じてリワックスを体験していただくスペースを店内に設ける予定です。
もう1つは「RE-LOVED(リ・ラブド)」です。本国で展開しているプロジェクトを日本でも検討しています。英国では、破れてしまったり、着古してダメージのひどい箇所をワックスドコットン生地でリペアしています。それでも着用が難しくなったジャケットを回収し、まだ使える部分を組み合わせて新たな1着へとリプロダクトして販売しているんですね。捨てるのではなく、「もう一度、愛用してもらう」という取り組みです。バブアーならではの「良いものを長く大切に使っていただく」施策としてリ・ラブドを推奨していきます。

――ということは、濃い顧客を対象にしたショップですか。
主対象はロイヤルカスタマーを想定しています。手持ちのワックスジャケットなどを毎シーズン、きちんとメンテナンスして長く大切に着継いでいただく。それによってバブアーを本国のように父から子、孫へと受け継がれ、長く愛されるブランドとして定着させていきたい。商品面でもジャケットやコートなどの定番アウターだけでなく、シャツやニット、カットソーなどのトップス、パンツ、ドッグ関連のウェアや雑貨など、ライフスタイルブランドとしての多様なアイテムを提案します。そうしたモノとコトをしっかりと体験できるよう、ワンフロアで落ち着いた空間を作っていこうと考えています。

乗馬用ジャケットから進化したワックスジャケット「Bedale(ビデイル)
ワックスジャケット「Beaufort(ビューフォート)」。狩猟用ジャケットとして開発され、現在はカジュアルにもビジネスにも着こなせる
定期的なリワックスでワックスジャケット本来の機能を保ち、長く楽しめる

――インショップはどのような出店戦略ですか。
百貨店はロイヤルカスタマーが、ファッションビルは女性を含めた新規の若いお客様が多く来店しています。卸先の状況に配慮しながら立地や地域特性に応じて出店し、向こう3年間で十数店舗ほどでしょうか。今年4月現在は4店舗ですが、メンズフロアの店舗でも女性客がすごく増え、ブランド認知度が一気に上がったと実感しています。アプローチ面でも、各店舗に女性スタッフを配置する、ウィメンズが弱い春夏物を中心にライセンスでサイズや色など日本の女性に合わせたアイテムを作る、広報も女性誌へのリリースや貸し出しを増やすなど、これまでとは違ったことに取り組んでいます。伝統的なアイテムでありながら日常に着られるということを前面に打ち出していきたい。

ブランドが培ってきたカルチャーをしっかり吸収し、伝えたい

――濱田さんは現在、マッシュスタイルラボの専務取締役でもあります。
サンエー・インターナショナルで営業からMD、店舗開発などに携わりました。その後、TSIホールディングスの取締役を経て、傘下のナノ・ユニバースで社長を務め、20年にマッシュスタイルラボの専務に就任しました。専務としては、粗利コントロールがメインの仕事です。営業本部、MD本部、生産本部の各本部長と連携しながら、会社全体の最大粗利を実現するという役割を担っています。

――それにプラスして、メンズの新規事業のプロデュースに携わり、日本におけるバブアーのブランディングも手掛けることになった。
ナノ・ユニバースの社長を退任するときに、これからの人生では自分自身がピンとくることをやりたいと思ったんですね。もともと経営者になりたかったわけではないので、メンズブランド「AOURE(アウール)」を立ち上げたり、バブアーの日本におけるブランディングに携わったりと、マッシュグループのポートフォリオにはなかった事業を手掛けることができているのはとてもありがたいことです。忙しいけれども健全に仕事ができていると感じています。

――バックオフィス的な「守り」と、自ら仕掛けていく「攻め」がバランス良くできているということですね。
忙しいことも健全だと思っているんですよ。全く暇はないんですけど楽しくやらせていただいてます。自分が「これだ」と直感したことをやれていて、そのことがモチベーションになっている。何をするにも「自分事」にできることが、やはり大切なのではないでしょうか。今回のバブアーに関しても同様です。来年には130年を迎える老舗の本格ブランドを自分たちが日本で展開できる機会を得たわけですから、ブランドが培ってきたカルチャーをしっかりと吸収し、伝えることで、マッシュグループのブランドにも刺激を与える存在にしていきたいと思っています。

写真/遠藤純、バブアー パートナーズ ジャパン提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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