洞田貫昌宏(どうだぬき・まさひろ) ワシントン靴店銀座本店 店次長兼B1フロアマネジャー・シューフィッター
販売スタッフ、店長職を経験した後、本社営業部にてマーチャンダイザー職に従事。商品企画、バイイング、店舗販促等に携わる。現在は銀座本店の店次長として旗艦店舗のマネジメント業務全般を行う。
勝野美紀(かつの・みのり) ワシントン靴店銀座本店 B1サービスマネジャー・シューフィッター
婦人靴卸メーカー、靴修理会社を経て入社。販売スタッフ、店長職を経験。現在は、これまでのキャリアを活かし、銀座本店のサービスマネジャーとして店舗運営、スタッフ指導に携わる。
「LOVE PEOPLE,LOVE SHOES」
銀座で靴店と言えば老舗の専門店やオーダー店、チェーン店もあり、セレクトショップやファッションブランドが展開する靴も様々と、多様な競合が存在する。その中でワシントン靴店銀座本店は90年にわたり商いを続けてきた。支持の理由は、やはりその商品力とスタッフの対応力だろう。
顧客にとってより良い靴を提供するため自社工場(現在は閉鎖)を立ち上げたのは1940年のこと。以来、「上品で美しいシルエット」「上質な素材感」「履き心地の良さ」にこだわったオリジナル商品の開発を続けてきた。現在は全商品の約6割をオリジナルで構成し、銀座本店限定のモデルやカラーも揃える。セレクト商品も国内外のブランドから厳選し、履きやすさや履き心地を確保するため別注も行うなど、銀座本店だからこそのラインナップを揃える。
店舗は銀座四丁目交差点近くの好立地。しかし売り場は地下1階と地下2階にあり、外からは店内が見えない。だが、1階入り口からエレベーターを降りると、店内は明るく、カフェをイメージさせるBGMが心地よく、むしろ外の喧騒から解放されてホッとする。
「お客様が少ない時間帯でも居辛さを感じないよう、全員であたたかくお迎えすることを常に意識しています」と銀座本店B1サービスマネジャーの勝野美紀さん。売り場作りのテクニックだけでは醸し得ない空気感のベースには、スタッフのホスピタリティーがあるのだ。
人を思うことを大切にする姿勢は、ワシントン靴店の企業理念「LOVE PEOPLE,LOVE SHOES(人を愛し、靴を愛す)」に表れている。「お客様は神様とする会社もありますが、ワシントン靴店はお客様もスタッフも同じ人として愛し、人と同じぐらい靴を愛するという考え方を採っています。
靴を通じてお客様と一緒に喜びや笑顔を生んでいく。この理念に共感したのが入社のきっかけでした」と話すのは、店次長の洞田貫昌宏さん。精神論ではない、理念が接客や商品、売り場に通っているからこその居心地の良さは、専門店にとって欠かせないものだろう。
Sサイズを充実させ、早め、早めに提案する
売り場は地下1階が21~24.5cmのレディス、地下2階が23~29cmのメンズ靴とLサイズ(25~27cm)のレディスで構成され、地下2階にはメンズ靴のオーダーサロンとシューリペアショップも併設する。
商品はシーズンやオケージョン、トレンドなどに応じて、本部の企画チームはもとより、店舗スタッフも加わって企画・開発、セレクトされている。「本部は世界から情報を集めて商品を企画していますが、店舗スタッフの声を吸収することも仕組み化されています。お客様は『デザインだけでなく、履き心地も大事にしたい』『履きやすくて、ヒールもきれいなものが好き』など、それぞれに思いを持っているからです。そうした現場に寄せられる声を含め、靴を構成する様々な要素に反映しています」と勝野さん。
売り場展開に際しては、スタッフ全員が来店客とのコミュニケーションで得た情報をもとに意見を出し合いながら、打ち出す商品を決め、配置していく。
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年間では、主力のレディスは2月に春物の先行予約会を開き、3月に販売を本格化、4月のゴールデンウイーク前後からはサンダル、6月にはレイン対応の靴、8月から秋物を紹介し始め9月に前面に出し、10月にはブーツなどの冬物を投入する。
実需期の1カ月ほど前という「季節を半歩先取りしたタイミング」で提案するのは、シーズンやトレンドを早く取り入れたいというニーズに応える一方、「フィットするサイズの靴を早めに購入したいというお客様が多い」からだ。一般にレディスの標準サイズである23~23.5cmはどの店も品揃えの層が厚いが、Sサイズは商品そのものが少ない。「好きなデザインがあっても選択の幅が狭い」ことから、ワシントン靴店銀座本店では21~21.5cmのSサイズを強化している。
「小柄なお客様は洋服選びでも困っている方が多いんです。銀座なら服も靴も一式で揃えられるので、その買い物のために遠方から来られる方もいます」と勝野さん。実需期になって売り切れていて後悔したくないので、早めに購入しておきたい。その気持ちに応えるためSサイズを充実させ、先行予約会などの場を設けている。来店時には次シーズンの入荷予定商品を尋ねられることもしばしばで、「こんな靴は入ってきますか」といったリクエストも多く受けるという。
実店舗での購買体験をベースにECを伸ばす
店頭での顧客とのコミュニケーションを通じてニーズを捉え、MDに反映させ、一人ひとりの好みや要望、サイズなどに適う靴を提案してきた。しかしコロナ下では休業が1ヶ月半ほどに及び、時短営業も長期化、インバウンド需要も激減した。
この間、強化したのがECだ。ECと実店舗の在庫連携を図る一方、ECモールへの出店拡大によってEC化率を高めた。21年には公式アプリを導入し、会員登録すればECでも実店舗でも商品購入時にポイントが付与される仕組みも整えた。「現在は全買い上げ客の約8割が会員登録し、その6割ほどがリピートしている」と洞田貫さん。デジタル活用は今後も力を入れていくという。
ただ、靴を買うときには、やはり自分で履いて、確かめたいもの。高いリピート率は、実店舗での購買体験があってのことだろう。ワシントン靴店としては「商品の購入に至ったお客様が『また来たい』と思ってくださるよう、実店舗での接客・対応を重視したい」とする。実際、行動制限が解除された昨春以降は客足も回復に向かう中で、顧客からはサイズ問題を含め、「勤め帰りに店に寄ることができず、本当に困っていた」という声が多く寄せられた。
昨年12月から今年1月にかけては日本海側を中心とする大雪もあり、ブーツを買い求める来店客が急増。雪の多い地域への旅行や帰省のために購入する客や、3年ぶりに帰国して「靴は自分に合うサイズがある日本で買いたい」と来店する客も多く、「久しぶりに商品が足りないという言葉を口にした」という。欧米やアジアからの訪日外国人客も増え、「日本がこんなに寒いとは思わなかった」と飛び込みでブーツを買い求めるケースもあった。「お客様にとっての実店舗の意味を再認識した」と勝野さんは言う。
- 今冬は天候の影響を受けブーツ需要が急増した
コロナ禍の3年余りで「ニーズの高まりを感じる」とするのはスニーカーだ。リモートワーク中に近所への買い物などでスニーカーを履く人が増加。「履きやすさ、足裏のフィット感や疲れにくいなど履き心地の良さから、オフィスワークが再開してからもスニーカーで通勤する人が増えた」ことも追い風となっている。
足の健康や履き心地への関心が高まる中、レディスではオリジナルブランドの「Foot Happy(フットハッピー)」も好調だ。「長く履いても疲れない靴、歩くことが楽しくなる靴」をコンセプトに、カジュアルなスタイリッシュラインとベーシックなフォーマルラインを展開している。
スタイリッシュラインはパンプスを中心に揃え、足ずれを防ぐノンスリップ素材で抗菌・防臭効果も備えた中敷き、沈みの少ない高反発とフィット感のある低反発のダブルクッション、足先にソフトで吸汗・速乾機能のあるウレタン素材、柔らかで返りが良く歩きやすいモードソールが特徴。ファッション性とノンストレスを両立させ、「歩くこと=美しく健康になること」をサポートする。晴雨兼用なのも嬉しい。
シーズンごとに新デザイン・カラーが発表され、「リピーターがとても多く、予約待ちするお客様も多い」アイテムとなっている。
- 履き心地の良さ、デザインが好評のスニーカー。「パトリック」「スピングル」などが充実している
これからの春シーズンは、レディスでは入卒や入社などのセレモニー需要や会社員が多い立地性からビジネス需要に対応する靴を中心に、コーディネートの汎用性があるパンプスやトレンドのローファーなど多彩な品揃えを展開する。甲が出る開放的なバレエシューズモデルのパンプスは例年、人気のアイテムだ。「初めてのハイヒールはワシントン靴店で買ってあげたい」と家族連れで来店する顧客も少なくない。
一方、メンズはビジネス向けを中心に、カジュアルなスニーカーも充実させる。「男性はビジネスなどに必要なアイテムとして靴を購入する傾向があり、女性はトレンドを取り入れたい、気分を変えたい、通勤にも履けるものが欲しいなど多様なニーズを持っているので、メンズとレディスではMDを変えている」と洞田貫さんは話す。
レディスでは19年から、国際皮革環境認証「レザーワーキンググループ」に日本で唯一加盟しているタンナーによるレザーの採用を始めた。フットハッピーなどのオリジナル商品に使用し、環境保護や持続可能な天然皮革製品の供給を目指している。
銀座本店だからこその来店価値作り
店作りでとくに意識しているのは、「銀座本店にしかない商品や、ここでしか味わえない体験を通じて来店価値を創出すること」と勝野さん。独自性がありながら行き過ぎない、「半歩先」のモノとコトの提案によって共感を広げることに取り組んでいる。
昨年8月から5カ月連続でリリースした「EXPLORING GINZA COLLECTION」は、銀座本店限定カラーのフラットシューズ。「色を通じて銀座の歴史や文化を探究する」をコンセプトに、銀座を象徴する「柳」や「カフェー」、「煉瓦」、「地下鉄」、「歌舞伎」のイメージをカラーで表現した。価格は1万1000円とリーズナブル。数量限定のコレクションだが、「長年、銀座で商いを営んできたからこそ表現できるカラーを追求し、発表すると売れるアイテムになった」と洞田貫さんは話す。
「特別な体験をしたいというお客様に好評」なのは、スニーカーブランド「PATRICK(パトリック)」のカスタムオーダー会。フランス発祥のブランドだが、同店では日本製に絞り込み、定番人気となっている。その代表モデルの本体、ライン、かかと、つま先・ハトメ飾り、履き口、縫い糸、織ネーム・ピスネーム、カップインソール、ミッドソール、クサビ、アウトソール、シューレースの実に12カ所を、メンズ・レディスとも自分仕様にできる。
また、日頃から予約制でパンプスのセミオーダー「i/288(ニーハチハチブンノ・アイ)」を提供している。i/288の名称は、日本人女性の足に合った履き心地の良いパンプスを目指し、全日本革靴工業協同組合が産学官協働プロジェクトで製作した288種類の靴型に由来する。顧客は足のサイズを3D計測した上で、最大で288のパターンから自分に最適なサイズを選び、マイサイズのパンプスをオーダーできる。銀座本店ではヒール高やトゥのデザイン、靴本体の色や素材(40種類から)も選べ、サイズだけでなく好みにも対応し、納期は約40日。「足は右と左ではサイズが違ったりするので計測は大切です。でも、自身の足のサイズを知らない、計測するのは初めてというお客様が意外とたくさんいます。お客様と一緒に来店されたご家族や友人も計測し、購入されるケースも結構ある」という。
パンプスについては他にも、オリジナル商品のカラーオーダーが可能だ。メンズはオーダーサロンを常設し、23~29cmのオーダーに対応している。靴のことで困ったり悩んだりしたら、地下2階のシューリペアショップが強い味方。専門的なアドバイスと適切な修理はもとより、靴のお手入れ用品や足のケアグッズも豊富に揃える。
フットハッピーは象徴的だが、ワシントン靴店は靴というモノを通じて「履くことで笑顔になる」というパーソナルなコトの実現をサポートしてきた。プロフェッショナルの対応が求められるため、新入社員は入社後に靴の知識や販売の基礎に関する研修を行い、さらに本部研修を経て店舗でのOJTを通じて対応力をつけていく。
「本当にそのお客様に合う靴なのか、フィッティングをしっかり見られるようになるまではお客様への対応はさせない、足に合わないものは売らないということが伝統としてある」という。笑顔になれる靴を顧客と共に探し当てていく。それは「LOVE PEOPLE,LOVE SHOES」からブレないからこそ、続けていけることではないだろうか。
写真/遠藤純、ワシントン靴店提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。