展示会で「別注」する感覚を顧客にも提供
2023年春夏のテーマは「Counter Culture(カウンターカルチャー)」。1960、70年代のヒッピーやロックに象徴される反骨のムードやマインドを、コレクションに反映させた。
その提案においても、いまだファッション業界の大勢が大量生産・大量消費にある中で、「一人ひとりの要望を実現するカスタムオーダー」にカウンターカルチャーのスピリットを込めた。とはいえ、一般にカスタムオーダーは仕様変更を伴うため相応の料金になる。
モード感のある服を10代、20代が買える価格で提供していることが魅力のブランドだけに、高価になっては入口を閉ざしてしまう。そこでコレクションの中の1万1000円(税込)未満のアイテムを対象とし、カスタマイズして1万1000円(同)に設定した。つまり、対象アイテムならどれを選んでも、自分仕様にして1着1万1000円。
「正直、元は取れません。今回は初めてなのでお試しという意味で、極限まで価格を下げた」とディレクターの右田拓也さん。提携する縫製工場と話し合いを重ね、売り場には対象アイテムのサンプルを陳列し、顧客の要望に沿ってカスタマイズしていくという企画を実現した。
ブランドの展示会でバイヤーが「別注」を依頼するような感覚だ。公式ユーチューブチャンネルで企画を告知し、先着10人限定でウェブ予約を受け付けたところ、「1分も経たないうちに枠が埋まった」。
「キャスパージョンでは大量生産する商品もありますが、売り切りを基本にしています。売れたら終わりで、インスタライブのアーカイブも残さない。そういう物足りなさ、そこから生まれる渇望感のようなものを常に意識しています。今回も10人限定は即埋まると予想はしていました。でも、これほど早いとは」。メンズ中心のブランドだが、女性客の応募も多かったという。
カスタマイズ企画の舞台はコレクションを披露する展示会。キャスパージョンは4シーズン・各30型程度のコレクションを発表し、21年秋冬からは顧客に向けた無料の展示会(ウェブ予約で先着70人限定)を渋谷の旗艦店で開催して提案する形態を採っている。
予約客は全新作商品の情報を掲載した資料をスマホのデータ共有機能で入手でき、事前に読み込んでから来店し、1時間半にわたりスタッフの接客を受けながら実物を見て、試着も自由にできる。
しかし、この展示会では商品を購入できない。「買えない状況だからこそ、商品の説明を素の状態で聞け、試着したら買わなければいけないといったストレスもない」からだ。
展示会後に、ゾゾタウンやブランドのECサイト、実店舗で購入するという流れになっている。予約できなかった人のために、最終日の20時からオンライン展示会を配信し、翌日には実店舗、翌々日にはゾゾタウンとECサイトに商品が並ぶ。テンションが下がらないタイミング、かつ顧客が買いたいと思うタイミングで購入できる環境が提供されている。無理なく計画的に買い物をしてもらうための仕組みでもある。
- 定番人気のシャツは23年春夏も充実
- デニムブルゾンとワイドパンツ(23年春夏)
- コーデも万能なロングシャツ(23年春夏)
「展示会は、ブランドの展示会をお客様にも体験していただきたいという思いから始め、当初は1週間で70枠が埋まっていましたが、最近では1日で埋まるようになりました。
この形態が浸透してきた中で、次に何をやるのか。思い浮かんだのがカスタムオーダー」と右田さん。「かつては服が他人とかぶることに抵抗がある人が多かったですよね。でも、今はSNSで情報を収集して一番安心なものを買うという傾向があります。
それを否定はしないけれど、キャスパージョンのお客様にはよりファッションを好きになっていただきたいんです。そのきっかけとなる体験価値としてカスタムオーダーを提案したい」。
色、生地、サイズをパーソナライズする
23年春夏物では30型のうち28型をカスタムオーダーの対象アイテムとし、パーカ1型、シャツ10型、パンツ9型、カットソー5型、ニット3型を揃えた。
1日2人ずつで各2時間、2人のスタッフが接客応対する体制を組み、「色、生地、サイズの別注」に対応した。型紙の変更が必要にならなければ、例えばボタンなど付属の変更も受ける。
- 別注する感覚でお気に入りへカスタマイズする。写真左はディレクターの右田拓也さん
- 豊富なカラーバリエーションから好みに合わせて色を選べる
- 気になる型のアイテムの生地替えにも対応
「ほとんどのお客様がカスタマイズした」のがパンツ。シルエットやフィット感が気になるアイテムだけに、ウェストサイズをキープして丈を調整する、逆にウェストを絞るなど様々だ。
アイテムでは重ね着風の2枚袖のパーカ(8800円)が人気で、生地をコレクションのパンツで使っている生地に変更し、あえて袖は1枚にして丈を直すというこだわり派もいた。
また小柄な顧客からは「シャツの身幅は変えずに着丈を詰め、肩幅を少し狭くして、オーバーサイズで着たい」といった要望も。
服のバランスが崩れないようアドバイスしながら、顧客と一緒にお気に入りの1枚へと仕上げていった。
他にも切り替えデザインのシャツの色を替えたり、切り替えの生地自体をスウェードに替える顧客もいた。パーソナライズによって、今後の服作りのヒントとなる多様なニーズが掘り起こされたとも言えるだろう。
「事前に告知していたこともあって、どういうカスタマイズがしたいのかを具体的に考えた上で来店するお客様が多くいました。僕らが驚くような要望も結構あったほど」だった。
大阪から夜行バスで来た顧客もいたという。「一人ひとりのお客様と一歩踏み込んだコミュニケーションができ、帰り際の表情からも嬉しさが見て取れた」。
今回の接客を通じてスタッフもカスタマイズに関する応対ノウハウを学び、「今後は対応の幅が広がっていくのではないかと思う」としている
スタッフによるビジュアル情報の制作・発信力
キャスパージョンは現在、展示会を起点として直営店とECで販売し、売り上げに占めるECの比率は85%に上る。EC売り上げの大部分を占めるのがゾゾタウンだ。
ECの販売量が多いためDtoCブランドと言われるが、もともとは古着ショップとして原宿で立ち上がった。
ほどなくオリジナル商品を開発し、モード系カジュアルブランドとしてラフォーレ原宿に出店して人気を得た。
11年にはルミネエスト新宿、大阪のヘップファイブに出店し、いわゆる「店持ちアパレル」として成長。同年にはゾゾタウンにも出店し、ECによる販売にも取り組んだ。
「ゾゾタウンとの相性が良く、とくにこの5年間ほどで一気にECが増加しました。それまでは、商品を作って店頭で売って、また作って売って、という感じでしたね。
スタッフが独学でユーチューブやインスタグラムなどの動画を撮影・編集できるようになり、お客様との様々な接点を作れるようになったんです」
新たな接点と展示会が効果的にリンクし、「買い物の失敗が少ない」状況を生み、高校3年生、大学1年生を中心とする10~20代というマーケットでファン層を広げた。
現在はユーチューブチャンネルの動画やコレクションのルックの撮影など、ブランドが発信するビジュアル情報の制作を内製化。
21年からは「関西コレクション」にも参加し、ショーで使う映像やBGMも自前で手掛けている。
スタッフが配信するインスタグラムなどSNSも人気で、10万人を超えるフォロワーを持つスタッフも在籍するというから驚きだ。
宣伝広告は打たず、デジタルを生かして自ら動いてファッションの楽しさ、ブランドの今をターゲットに伝える。「人」がブランドの躍進を支える原動力となっている。
ウェブを軸に多様な発信を続ける中で、今回のカスタムオーダーやシーズンごとの展示会もそうだが、「実物を体感したい」という顧客が増えているという。
「昨年は毎週のようにポップアップを出店しました。リアルの接点を重視しているんです。売り上げはECのほうがはるかに大きいのですが、それはリアルとのバランスがあってこそ」と右田さん。その意味で、「新宿と大阪という主要都市に実店舗があって、旗艦店が渋谷の路面にある、現在の3店舗体制は人員も経費も含めてちょうどよいバランス」とも。
展示会から直営店やECへの流れが確立されてきている中で、課題は「旗艦店をどう位置づけていくか。ショールーミングストアのような形態も含め検討中」と話す。
カスタムオーダーについては、今回の取り組みに対する顧客の声を踏まえ、展示会のサービスコンテンツとしてレギュラー化し、収益もある程度は出せる価格を設定できるよう工夫していく。
「お客様はこれからファッションをより楽しんでいこうという世代なので、効率化に走らず、深掘りしたアプローチを追求していきたい。カスタムオーダーはカジュアルなブランドが取り組むからこそ、これからのファッションにとって意味のあることだと思う」としている。
写真/遠藤純、キャスパージョン提供
取材・文/久保雅裕
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。