きものを「過去」に留めず、アップデートし続ける

やまとの海外への取り組みは現社長の矢嶋孝行氏が新規事業開発を担当していた2000年代半ばに始まった。16年と18年にはパリでのポップアップショップ、19年にはメンズウェアの国際見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」への出展、メンズきものライン「T-KIMONO(T-キモノ)」で協業するデザイナーT-MICHAEL(T-マイケル)のパリ旗艦店での展示会、さらに台湾のビームスでのポップアップとアプローチを続けた。ただ、「当初は確たる戦略があったわけではなく、海外マーケットの可能性を模索したかった」と矢嶋氏は話す。

19年に出展した「ピッティ・イマージネ・ウオモ」
T-マイケルのパリ旗艦店での展示会
T-マイケルのパリ旗艦店での展示会

矢嶋氏は13年にやまとに入社。販売を経験後、事業創造本部でメンズきものテーラー「Y.&SONS(ワイ・アンド・サンズ)」、ジェンダーレスに楽しめるきものを提案する「THE YARD(ザ・ヤード)」と新たなスタイルのきものブランドを立ち上げた。19年に社長に就いて以降は、きものを通じて夢を創造する「KIMONO DREAM MAKERS」をコンセプトに、「きものでエキサイティングな世の中をつくる」というビジョンの実現を追求。ヤング層へ向けたブランド「なでしこ」を世界にデザインソースを求めて自在なスタイリングを生み出す「KIMONO by NADESHIKO(キモノ・バイ・ナデシコ)」へとリブランド、異業種との協業も積極化するなど、伝統や文化を背景に持つきものの「服」としての可能性を広げてきた。その中で、将来への選択肢の一つとしてずっとあったのが海外への出店だった。

「Y.&SONS(ワイ・アンド・サンズ)」
「KIMONO by NADESHIKO(キモノ・バイ・ナデシコ)」

しかし、社長に就任した翌年にコロナ禍となり、国内の店舗さえ営業がままならない日々が続いた。「自分たちは何のためにきものを生業としているのか、きものが世の中に必要とされるには何をすればいいのか、改めて考えました。パリコレクションなどで提案されている洋服には、未来へとつながっているというイメージがあります。一方、きものという言葉を聞いて一般的に連想されるのは歴史というか、過去なんですね。歴史は大事ですが、過去に感じられてしまう現実を変えていきたいと思った」。例えば和菓子の老舗「とらや」は1980年にパリに出店し、フランスの文化や嗜好を尊重しながら試行錯誤を重ね、新しい和菓子のスタイルを作り上げ、現地でブランド化した。「きものも同様に、日本とは異なる環境に飛び込むことで、国内だけでは難しい進化を遂げられるのではないか」という思いを強めた。
また、海外への出店は、社員からも上がっていたテーマだった。「きもの業界ではメーカーが伝統的な物作りを生かして海外に出ることはあるけれど、小売業ではありませんでした。その中で、当社はポップアップ出店などを通じて模索してきました。そして企業として、実際に海外に会社を作り、店を出すという大きなチャレンジをすることで、社員のチャレンジスピリッツに火をつけたいという思いもあった」。
自身も「経営者として将来、やり残したと思うことは無くしたい」と、海外への本格進出を決断。場所は世界のファッションの中心地であり、期間限定店の経験があるパリに定め、25年までに直営店を出店する計画を立てた。ただ、きものの販売には各産地の染めや織り、採寸、お手入れなど様々な専門知識や対応力が必要になる。やまとでは、例えば黒の羽織ひとつとっても素材や織の異なるアイテムをいくつも展開し、違いを説明できなければ価値は伝わらない。そのため現地法人を立ち上げ、社員の常駐を決めた。23年3月に海外事業開発課を設置。10月にフランス法人「YAMATO FRANCE SAS」を設立し、現地スタッフは社内公募をかけ、手を挙げた15人から2人に絞り込んだ。

MDは訪日外国人客の支持を増やすメンズとウィメンズで構成

ヤマトフランスの初の取り組みとなるポップアップショップは、マレ地区のGALERIE DE THORIGNY(ギャラリー・ド・トリニー)で24年1月18日から6月30日まで出店する。マレは小さな路地に歴史的な建築物が建ち並び、新旧カルチャーが混在するエリア。ギャラリーはピカソ美術館に近く、繁華街だが観光客の人波が落ち着く小路に立地し、1階と地下に展示スペースを備える。「マレでは最も静かなエリア。じっくりと物を見て、試着もして、スタッフの接客を受けながら買い物をするには良い環境だと感じたんです。人通りの多い立地で通行客を狙うのではなく、僕らが提案しているモノやコトを目掛けて来るようなデスティネーションストアを作る視点で物件を探し、このギャラリーを選んだ」。

マレ地区でも落ち着いたエリアに立地するギャラリーに出店

総面積は約60㎡。1階はメンズのワイ・アンド・サンズ、地階はウィメンズのキモノ・バイ・ナデシコで構成した。それぞれ客層も商品テイストも異なるが、日本のショップでは以前から訪日外国人客を多く集客していたことによる。コロナ禍の行動制限が緩和されて以降はさらに増加。両ブランドとも23年3月期は過去最高の業績となり、共に売上高に占める訪日外国人客のシェアは5割に達し、今期も好調を継続している。
「両ブランドとも海外を想定して立ち上げたブランドではなく、日本国内できものの可能性を広げていくことが目的でした。インバウンドが増えたのは、ジャケットとしての羽織が浸透してきたことが大きいですね。洋服に羽織を合わせるスタイルをずっと提案してきて、日本のショップに来て購入するという流れができてきた。羽織ジャケットのスタイルは海外から逆輸入されたような形になっています」

1階にはワイ・アンド・サンズのアイテムを集積
キモノ・バイ・ナデシコをラインナップする地階
生地や糸、織機の杼(ひ)など物作りを連想させるものをインテリアに
生地や糸、織機の杼(ひ)など物作りを連想させるものをインテリアに

ワイ・アンド・サンズは「メンズきものテーラー」をコンセプトに、和装の固定概念にとらわれず、伝統と革新を融合した今のきものスタイルを提案するブランドとして15年にデビューした。国内産地の職人たちとの物作りをベースに、国内外のブランドやデザイナーとの協業も積極的に行い、現代の街に溶け込むスタイリングに落とし込む。片貝木綿や十日町紬、結城紬、大島紬、尾州ウールなど多様なオリジナル生地を揃え、採寸から仕立てまで最短3週間で納品する。「THE INOUE BROTHERS(ザ イノウエブラザーズ)」とのアルパカ素材のきものや「Graphpaper(グラフペーパー)」とのフランネルのきもの、「AURALEE(オーラリー)」の厳選した生地を使ったきものや羽織、T-マイケルとの「T-KIMONO」など、コラボレーションからもこだわりが窺える。ショップは東京の神田明神前と京都の新風館にあり、きものや帯、小物の他、「KIJIMA TAKAYUKI(キジマタカユキ)」のハットや「JUTTA NEUMANN(ユッタ ニューマン)」のサンダル、「Comme des Garçons(コム デ ギャルソン)」のウォレットなどもスタイリングアイテムとしてセレクトしている。
キモノ・バイ・ナデシコは昨年、新コンセプト「きものを通して世界を見わたす」を打ち出し、アイテムとスタイリングの表現に自由度を増した。ポリエステル製で洗えるマドラスチェックやカモフラージュ柄などの「カジュアルきもの」、カメラマンジャケットに着想を得て袖や前身頃など11カ所にポケットを施した「POKET KIMONO(ポケットキモノ)」、今治のタオル生地をコーデュロイのイメージで仕立てた「タオルきもの」、山形のニットメーカー米冨繊維と協業したベストなど、きものの形は変えず、素材や色、柄、コーディネート、スタイリングでワクワクさせる。ショップは現在、原宿キャットストリートと札幌に展開し、ブランドの世界観を体験できる拠点となっている。
今回のポップアップでは、両ブランドとも仕立て上がりのきものと羽織を中心に、バッグやサンダル、ストール、扇子などのスタイリング小物をオリジナルとセレクトで揃えた。きものや羽織はプレタポルテだが、同型で生地を変えたい場合は日本に在庫する生地で対応し、スタッフが採寸のうえ要望に合わせて仕立てる。すでにきものや羽織を所有している人には、洗い張りやお直しなど日本と同様のサービスを提供していく。きものや和のカルチャーに関わるイベントも随時開催する考えだ。

ワイ・アンド・サンズのきものや羽織
ウィメンズのきものや羽織、ニットのアウターも提案(キモノ・バイ・ナデシコ)

きものの多様性を未来につなぐ、グローバルな企業ブランドへ

オープンして約1カ月の時点で客足は順調で、エリア特性もあってファッションやインテリアなどのデザイナー、エディターなどクリエイティブ系の仕事に携わる人たちの来店が目立ち、「陸続きなので周辺国などから仕事で毎月、パリに来る人も多い」。特に動いているのは、ワイ・アンド・サンズの羽織やスノーピークとの協業による「OUTDOOR KIMONO(アウトドアキモノ)」、扇子や番傘、団扇(うちわ)、手拭いなどの和小物、ストールやハット、キモノ・バイ・ナデシコのオリジナル「足袋ソックス」などの洋小物だ。
羽織は、ロイヤルアルパカのグレーや尾州ウールリネンのものが好評。アウター感覚で気軽に袖を通せる点や、基本的に無地で奇抜にならず、洋服に取り入れやすい点が共感を呼んでいる。アウトドアキモノは「日本らしいアウトドアの雛型を創る」をテーマに18年にスタートさせた。帯を使わず、ボタンとベルトで着装できるプレタきもので、アウトドアの環境で実証されてきた高機能素材を使い、街中でもファッションとして着られる汎用性の高いデザインに仕上げている。小物を購入する人も多い。「ストールやハットなどはもちろん、扇子や団扇などもパリで売っている店はあるのに、なぜ僕らの店で買うのか。お客様に聞くと、『きもの屋が出店するというからきものだけかと思っていた。そのきものも煌びやかなものを想像していたら、微妙な色違いの黒があったり、タオル生地のきものがあったり、ニットのベストもあったり。そういう空間にある小物なので興味を持った』と。きものの多様性を表現した空間にある商品への信頼のようなものを感じます」。

Y. & SONS の羽織 ロイヤルアルパカグレー
Y. & SONS の羽織 尾州ウールリネン
スノーピークとの協業による「OUTDOOR KIMONO(アウトドアキモノ)」
ボタンとバックル式テープベルトでフロントを留められる仕様
ボタンとバックル式テープベルトでフロントを留められる仕様
和洋のスタイリング小物に興味を示す来店客も多い(ワイ・アンド・サンズ)
キモノ・バイ・ナデシコの小物

ポップアップは冬から春、初夏までの3シーズンありMDも変化していくが、「まずはきものを着てもらうことを重視していく」と矢嶋氏。一定の認知を得た羽織スタイルを広めながら、次のステップとして洋服とのスタイリングを模索する。メンズであればシャツの上からコートのようにコーディネートする、ウィメンズであれば帯結びを必要としないスタイルを工夫するなど、「きものの形を変えることなく、洋服に合わせる提案」だ。洋服ではオーバーサイズのトレンドなどもある中で、ファッションとして楽しみたい人には羽織感覚できものを提案し、例えば結婚式などオフィシャルな場で着用したい人には、タキシードと同様、伝統的な作法に則った寸法バランスのきものを伝えていく。「個々のお客様のTPOに応じて接客し、カジュアルに着たいのであればハードルを下げる提案を推進する」。
今後はパリを拠点とした海外展開だけでなく、日本国内の外国人労働者の増加を見据え、外国籍の人材採用・育成も積極化する。「海外の人たちが『着たい』という思いからきものを購入しています。また日本で働く外国籍の人たちが増加し、50年には外国人比率が西欧並みになるとされています。きものの物作りも販売も未来へと持続させていくには、国籍にとらわれていてはいけないと思うんです。産地の方々にもそういうお話をしています。当社ではきものの『デザインがしたい』『販売に携わりたい』という外国籍の人たちの採用を進め、今後は全従業員に占める数値目標も設定して達成していきたい」としている。グローバル仕様の企業ブランドへ、きもの小売業としてのチャレンジに注目したい。

写真/久保雅裕、やまと提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディターウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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