中村三加子(なかむら・みかこ) MIKAKO NAKAMURAデザイナー

東京都生まれ。1993年、株式会社オールウェイズを設立。数々の企業ブランドの企画、海外デザイナーのコンサルティングを担当。

2004年、オートクチュール、セミオーダーをメインとした「MIKAKO NAKAMURA(ミカコ ナカムラ)」を発表。「less is more」の精神で生み出される服は、シンプルでありながらも印象的。着る人をモードに美しく演出する。

08年、カジュアルライン「M・fil(エムフィル)」を発表。12年、両ブランドを取り扱う旗艦店「MIKAKO NAKAMURA南青山サロン」をオープン。

主役は個客、コレクションはサンプル

中村三加子さんがブランドを立ち上げたのは、それまでの自身の経験による。テキスタイルデザイナーとしてキャリアをスタートさせ、服作りを学び直し、洋服のデザイナーに転身。1980~90年代に人気を博した本格トラッドブランドのウィメンズラインでチーフデザイナーを務めるなど実績を積んだ。93年にアパレル企画会社として「オールウェイズ」を設立し、数々のブランドの商品企画やコンサルティングを手掛け、プライベートブランドのODM(相手先ブランドによる設計・生産)も担った。

しかし、セールを前提に商品を大量に生産し、常に新しさを追求しながらも短サイクルで流行遅れにしてしまう業界のあり方に疑問をもつようになった。やがてファストなファッションも台頭し始めると、自身の服に対する価値観との溝は深まった。会社を興して10年が経ち、「これ以上続けたらデザイナーとして駄目になってしまう。自分のブランドを立ち上げる最後のチャンスかもしれないと思った」と中村さんは言う。その背中を押したのが、前職の営業部長で、オールウェイズを共に立ち上げ、経営部門を担う副社長の堀越重弘さんだった。「自分が良いと思うこと、売れる、売れないを考えることのないブランドをやればいい」。それから一年余り、葛藤して導き出したのが「捨てる服はもう要らない」「less is more(少ないほうが豊かである)」というコンセプトだ。

その実現に向け、一客一客と向き合うオーダーを軸とするブランドを発想した。オーダーには、仮縫いのあるフルオーダーやデザインから起こすオートクチュール、さらに体型や好みに合わせて丈を調整するセミオーダーがある。より多くの女性が気軽にオーダーを楽しめるようセミオーダーを軸に、オートクチュールやフルオーダーにも対応するウィメンズブランド「MIKAKO NAKAMURA(ミカコ ナカムラ)」を立ち上げたのは2004年のことだった。服に着る人を合わせるのではなく、コレクションをサンプルと捉え、服のデザインを生かしながら着る人に合わせていく、個客が主役のブランドと言える。

ファーストコレクションの「カシミヤルナ」
パーマネントモデルとなったファーストコレクション(2019年、銀座・和光でのイベントより)

ファーストコレクションで発表したのは12型。最初に作ったのは最高級のカシミヤを使ったシンプルなAラインコートだった。生地は海外ブランドのデザインをしているときに発見し、感銘を受け、内モンゴルの産地で一から作り込んだ。印象的なキャメルカラーのコートは、ノーカラーで、4つのパッチポケットが付き、ダブルフェース仕立てでメルトンのような重厚感が表現されている。同様のこだわりが凝縮されたファーストコレクションは、客に愛着を持ってもらえるようデザインごとに女性の名前が付けられ、現在はブランドの定番「マスターピース」となっているが、その第1号「ルナ」である。しかしデビューしたての無名なブランド、初年度はほとんど売れなかった。

その中でミカコ ナカムラの存在に着目したのが、創刊準備をしていた「プレシャス」だった。翌年の創刊号で特集を組み、コレクションを紹介すると、徐々にオーダーの問い合わせが増えていった。一方、国内外の専門店や百貨店、セレクトショップも注目し、卸も展開するようになり、コレクションの発表の場としてランウェイショーにも取り組んだ。「ブランドのターゲットと重なる女性たちが読者の全国誌に取り上げられ、目利きとされるショップの店頭や外商催事で展開されたことで認知度が高まった」と、当時を知る販売課マネージャーの関口陽子さんは話す。

コレクションの熟練職人がオーダーにも対応

個客向けのオーダー、卸向けのショールーム、さらにプレスの機能を持つ旗艦店として12年にオープンさせたのが、ミカコ ナカムラ 南青山サロンだ。それまでは目白にあるオールウェイズの本社兼店舗でオーダーに対応していたが、「お客様を私のアトリエにお招きしているようにおもてなしをしたい」という中村さんの思いから、南青山ではサロンを意図して空間作りを行った。より一人ひとりの客と向き合うため、ランウェイからは身を引いた。

T-PLACEの2階にあるミカコナカムラ南青山サロン

南青山サロンは大人服のブランドやカフェなどを集積するT-PLACE(南青山郵船ビル)の2階角に立地し、店内は角の多い造りを生かした3つのスペースで構成している。

エントランスではミカコ ナカムラとカジュアルラインの既製服「M・fil(エムフィル)」、そして中村さんがヨーロッパでセレクトしたビンテージアクセサリー、オーダーのメインスペースとなる中央ではミカコ ナカムラの新作コレクションや定番アイテムを展開し、左壁面いっぱいに設えたクローゼットにはサンプルのアーカイブをストックする。奥はまさにサロンで、大谷石の壁と木製の梁で囲まれた空間にアンティークの家具や植物、絵画を配し、中村さんのアトリエを再現した。

仮縫いを伴うオートクチュールなどの接客では可動式のパーテーションで仕切り、プライベートルームにもできる。角地を活用した自然光が注ぐフィッティングルームもオーダー客に喜ばれている。

  • エントランスのディスプレー
  • 08年から展開するカジュアルライン「M・fil(エムフィル)」(2023年春夏)
  • 中村さんセレクトのビンテージアクセサリーも扱う

オーダーシステムはブランド設立時から変わっていない。セミオーダーは、サンプルからお気に入りの服を選び、デザインごとにデザイナーが設定した生地・カラー展開の中から、経験豊富なスタッフと共に絞り込んでいく。サイズは一般的な服と同様に36、38、40を基本とし、サンプルは標準的な38で揃え、試着でフィットするサイズを決め、袖丈や身丈を調整する。例えば36を選んで袖丈は2センチ出すなど、客の体型や好みに対応していく。

接客で得た情報を服に反映していくため、専属のパタンナーが1着1着のパターンをひき、縫製は工場の中でも丸縫いの熟練職人が全て縫い上げる。仕上げプレスも中村さんが指定した職人が担っている。ミカコ ナカムラのコレクションを手掛けるパタンナーと職人たちだ。「各工程のプロフェッショナルによる『チーム・ミカコ』の服作りが、オーダーでも行われている」と関口さん。セミオーダーであっても、「その服」を作ることに変わりはないからだ。これは大きな魅力だろう。

中村さんのアトリエを再現したサロンスペース
中央はオーダー客が服を選ぶスペース。壁面にはアーカイブをストックするクローゼット

中村さんのアトリエを再現したサロンスペース

オーダー対応のベースとなるコレクションは、自然をテーマにすることが多い。「本当に美しいものはデザインされていない自然のもの」という考え方から、無駄をそぎ落としたミニマルなエレガンスを追求し、着る人の個性を引き出すことを重視してきた。「デザインしないことが私のデザイン」と言う中村さんの服作りを支えているのは、自身の原点である生地と日本女性を引き立てる色だろう。

生地は全て国内生産で、カシミヤも現在は新潟の産地で作り込んだものを使用している。シルクウールは北陸で織り、京都で染める二段加工。綿は80番手のシャツ地にこだわる。ブラウスの定番素材として使うミカドシルクは、多くのファンを持つ。

ミカドシルクのブラウス

これらの生地にどんな色が載るのか、「新作のたびにお客様が最も楽しみにしているのが色」と関口さんは話す。その色も何度もビーカー出しをして作り込む。直近の23年春夏は水平線や水面の輝き、海に育まれた真珠に着想を得た、白からグレーへのグラデーションとホリゾンブルーをテーマカラーとした。シルクローンのボウタイブラウスや、チュールを2枚重ねて刺繍した生地を波打つように手作業で裂いたタイトスカートなど、海から広がったイマジネーションが様々なフォルムに収斂されている。

            
23年春夏コレクションより

コロナ禍ではコレクションのテーマ、その象徴となる色もメッセージ性が増した。21年春はコバルトブルーとビリジアンがテーマカラー。「届けたいのは色。それも赤などの攻める色ではなく、自然と共に生きる色、ほっとする色」と繊研新聞に語っている。

21-22年秋冬のテーマは、音楽で「強く」を表す「フォルテ」。オレンジとブルーをテーマカラーに、パワーストーンのカーネリアンとターコイズという強い色を採用し、カシミヤのマント風コートやツイードのAラインコートなどに表現した。南青山サロンが10年目を迎えたこの年には、「躍動」をテーマとする新ラインも発表している。

その軸としたのは白のシャツとブラウス。白という色、上質な生地と高い縫製技術で、「動」をイメージさせるフォルムを生んだ。動の表現はブランドを応援してくれている女性たちへのエールでもあり、アーティスティックスイミング選手でアテネ五輪銀メダリストの藤丸真世さんを起用したビジュアルも制作し、美しく躍動する女性像を体現した。

21年春コレクション
21年秋冬コレクション
「躍動」をテーマとしたライン。モデルが藤丸真世さん

メッセージを体現した服の求心力

コロナ禍になり20年3~5月こそ店舗営業自体が厳しかったものの、この3年間は毎年、前年を上回る受注を続けている。通常3カ月の納期に「創意工夫で対応している」という。受注の増加は、SNSによる発信の積極化が大きい。以前はあまり力を入れていなかったが、スタイリング画像をインスタグラムに投稿し始めるとカタログのように活用する人が増え、ウェブや電話でのやりとりを通じて受注につながった。

行動制限が解除されると、「遠方のお客様が東京に来たからと来店し、オーダーをする」流れが生まれている。一方、百貨店でのオーダー会も活発化し、SNSとの相乗効果で「毎回、受注の6割以上が新規客」と好調だ。ブランドをスタートした頃の中心客層は比較的上の年齢層だったが、現在は40代後半を中心に幅広い。「一人で来店し、自分で決め、自身のカードで決済する。働く女性を中心に社会でアクティブに活動するお客様が多い」という。

オーダー会の売り場

今、ミカコ ナカムラが新たなファンを獲得しているのは、社会全体のSDGs志向の高まりもあるだろう。正しく作られた良い物を大切に使うという価値観は、ミカコ ナカムラの姿勢に通じる。

しかしブランドとして「捨てる服はもう要らない」とは言っても、SDGsを謳うことはない。「メッセージ、ポリシーを伝えていくことが私の仕事」と以前、中村さんはメディアに語っていたが、単なる新しさやトレンドよりも自身が伝えたいことを体現した服そのものが静かに、強く響き、求心力となっているのではないだろうか。

24年にブランドはデビュー20年を迎える。アーカイブは約1000着に上り、全てを「捨てず」にストックしているという。それぞれの服を購入し、着用している人たちと共に築いてきた歴史でもある。その起点となってきたのがサロンだ。一人ひとりとの直接のコミュニケーションが「less in more」の服作りを進化させ、ブランドへの共感を広げている。

写真/野﨑慧嗣、オールウェイズ提供
取材・文/久保雅裕

関連リンク

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

Journal Cubocci

一覧へ戻る