「体験」を通じた「発見」が起こすマインドチェンジ

「実はオープン当初と現在では店のあり方が変わっているんです」と話すのは、三井不動産DX本部・技術統括の越智将平さん。三井不動産では2020年からDX戦略を本格化し、ファッション分野での取り組みとしてECモール「Mitsui Shopping Park &mall(アンドモール)」をスタートさせた。商業施設が単なるショッピングの場から体験の場へと変容した中で、ECのアンドモールで目指したのはリアル施設を接点とした顧客体験の向上だった。商業施設は規模がどんどん拡大し、現物を見て、販売員のアドアイスを受けることもできるが、目当ての店を探すだけで大変。その点、ECは現物には触れられないが、どこにいてもクリックするだけで求めている商品に比較的容易に辿りつくことができる。
「ECの利便性とリアル店舗のメリットを1カ所に集約する、つまりアンドモールに出品されている服をまとめて見ることができ、試着もできて、ECで決済する環境を作ろうと考えたんですね。いわゆるショールーミングストアです。特に小さなお子様を連れたお母様は、館内を1店1店探して回り、1店1店で試着すること自体が大変です。その解消を目指して『LaLaport CLOSET(ららぽーとクローゼット)』を立ち上げました」
出店したのは、三井不動産が運営する商業施設の中でも最大級のららぽーとTOKYO-BAY。北館1階にアンドモールで購入した商品の試着や受け取り、返品に対応する「&mall DESK(アンドモールデスク)」を設置していたことから、その機能を充実させる形で21年3月にららぽーとクローゼットをオープンさせた。売り場面積は約100坪で、「アンドモールにある服を試着できる」ことを打ち出し、店奥にはベビーカーと一緒に入れる約3.2×2.6mの試着室を6つ設けた。3Dボディスキャナーも設置し、計測データに基づいた体型分析とプロの販売スタッフによるファッションアドバイスも受けられる。品揃えは10ブランドほどからスタートし、コスメブランドを集積したミラー付きのゾーンも備えた。滑り台や絵本のあるキッズスペースと、子供を見守れるカフェラウンジ、さらに服のお直しに対応する「ママのリフォーム」やラッピングコーナーも併設した多機能ショップだ。

店奥には広々とした6つの試着室
館内のブランドと「&mall(アンドモール)」の服を集積した売り場
明るさを調整可能なミラーを設置したコスメカウンター
3D骨格診断のスペース。壁面のデジタルサイネージでは手持ちの服とのコーディネート診断もできる
カフェラウンジはドリンクサービスで、キッズスペースの子供たちを見守れる
試着室のそばにあるキッズスペース
アンドモールデスク前にはラッピングコーナーも備える
「&mall DESK(アンドモールデスク)」

ところが、思い描いたように来店客は増えず、ターゲットとする母親層さえ来ない状態が半年ほど続いた。「服は置いてあるけれど、POPも何もなく、お客様からすれば何屋なのか分かりづらい。また、ららぽーとクローゼットのような形態が市場に認定されていないこともありました」と越智さん。まずは人を集めることが必要と、パーソナルカラー診断のイベントを企画した。これがターニングポイントとなった。集客効果があっただけでなく、診断を経て商品を購入する人が多くいたのだ。「私たちは試着ラウンジを謳い、アンドモールで気になった服をまとめてこの場で着て確認できることを訴求していたのですが、洋服屋で試着できるのは当たり前。そこで、『体験』というコンテンツを入れたんです」。
カラー診断を継続しながら、骨格診断やスタイリストによるおしゃれのお悩み相談、ヘアメイクアドバイスなど、体験を切り口とした実験を繰り返したところ、やはり「診断を体験したお客様の購入率が圧倒的に高かった」。世代を問わずファッションに苦手意識を持っている女性が多く、自分自身のことが分かると欲しいものと出会えることが分かってきた。そこで22年4月にターゲットを「おしゃれ迷子」、コンセプトは「分かれば、おしゃれは変わる」へと変更。パーソナルカラー診断や3D骨格診断、スタイリングアドバイス体験を定番コンテンツとして、体験予約を基本とする新たな店作りに取り組んだ。

カラー診断の様子

「切り口を変えてから客数も購入率も一気に上がっていきました」と言うのは三井不動産商業施設本部・イノベーション推進グループ主事の吉村圭悟さん。「商業施設としては、テナントであるブランドに場を提供するだけでなく、もう一歩踏み込んでお客様とブランドをつなぐ取り組みでもあります。面白いのは、特にどのブランドが売れるのではなく、いろいろなブランドが売れているということ。診断を通して、ブランドというよりは、ご自身に似合うものを純粋に購入されているのだと実感する」。越智さんも「似合う色を発見するだけでも大きくマインドチェンジされる。『ずっとファッションが苦手だったけど、この店のおかげで久しぶりに買う気持ちが起きました』という声もいただくようになりました。そうした関係ができてきたのが22年だった」という。

ワーキングママを中心に着回せる服が好評

集客と購買が軌道に乗るにつれて、ららぽーとクローゼットに出品するブランドも増えた。現在はアパレルを中心にコスメやジュエリーなど約40ブランドを展開し、月単位で設定したテーマに基づいてブランド側がららぽーとクローゼット向けにセレクトしたアイテムでMDを構成している。客はららぽーとクローゼットで3D計測や体験を経て、試着を通して購入するアイテムを決め、決済する。
決済の仕方は2通りある。1つは、店内のカフェで自分のスマホからアンドモールにログインして決済する、または帰宅後など「後で決済する」こともできる。ららぽーとクローゼットにはレジがなく、売り上げが発生しない仕組みになっている。もう1つは、館内にあるブランドの店舗で支払う。「気になったブランドの他の商品が見たいというお客様は、館内の店舗にお連れします」という。一言でいえば、どこで売れてもかまわない。商業施設が展開しているショップだからこそできるビジネスモデルと言えるだろう。
「ブランドの店舗ではあまり売れていなかったアイテムが、ららぽーとクローゼットの体験を経て売れることもあったりします。店の売上高もこの1年間で急激に伸びていますが、売り上げを上げるというよりは、お客様の購買マインドを高めることがポイント。ららぽーとクローゼットで重視しているのは、客単価やセット率、購入率」と越智さん。特に購入率は、体験を経た場合は80%ほど、3D計測をした場合は60%ほど、カラー診断やスタイリング相談をした場合は90%を超える。

客層は30~40代を中心に幅広い。仕事にもオフの日にも着回せる服を購入する人が多く、「主婦というよりは、お子様のいるワーキングママ」がメインとなっている。就職が決まった娘を母親が連れてきて、スタッフのアドバイスを受けながら通勤着を揃えることもある。「今は仕事の服装もカジュアル化が進んで、そのため何を着て行けばいいのか分からないという人が増えています。特にこの3月、4月はそういうお客様が多かった」という。
日常的に利用者が多いのは、3D骨格診断サービスだ。予約制だが、予約が空いていればフリー客も利用できる。予約・フリーを含め年間400~600人が利用する。3D骨格診断は、株式会社SYMBOLが開発を手がけた3Dボディスキャナー「BodyCapture Ⅱ」及びその解析アプリ「MyRealBody®」を導入している。ボディスキャンデータから体型特徴を科学的に可視化して診断を行い、正面から見た「体型タイプ」と上半身・下半身の「厚みタイプ」の組み合わせから36通りの診断結果が導き出される。「体型タイプ」は正面から見たシルエットを「V」「I」「X」「A」の4つに分類。様々なブランドで経験を積んだスタッフが客に診断結果に応じた最適なシルエットや素材を選び、レコメンドアイテムをラックに掛けて試着室に準備し、アドバイスをしながらスタイリングしていく。結果、滞留時間は平均2時間程度で、4時間に及ぶこともある。

テクノロジーを生かした次のチャレンジへ

店頭では毎月、ポップアップにも取り組んでいる。例えば、今年4月にはオーダーメイドブランド「樫山」のポップアップを実施した。「ららぽーとクローゼットはボトムスとワンピースが日常的に人気。その中から、スラックスに絞り込んだポップアップを展開していただきました」と越智さん。3D計測データに基づいて自分サイズのスラックスに仕上げるオーダー会は好評を呼んだ。他にも、昨春と今春はららぽーとが推進するSDGs活動の一環として、大妻女子大学のファッションビジネス研究室の学生たちが国内の縫製メーカーと提携して立ち上げたブランド「m_r tokyo(マール トウキョウ)」のポップアップも開催。ららぽーと限定商品も販売し、売り上げの一部を女性支援団体へ寄付した。「現在は館に出店しているアパレルブランドのポップアップが大半ですが、例えばインテリアや家電、食などにもジャンルを広げていきたいと考えています。この店だからできる『体験』に紐付けられれば、新たな可能性も生まれてくる」。

取材時には「HUNTER(ハンター)」のポップアップを開催

また、今年3月には店頭にスマートミラーを設置。画面のタッチ操作で自身を撮影し、質問に答えていくと、AIが似合うカラーを診断し、お薦めの服やブランドなどが紹介され、その内容をまとめたアドバイスシートもプリントアウトできる。店内よりもライトに体験ができ、「非常に評判が良く、土日には行列ができるほど。月に2500人程度の利用があります。スマートミラーの体験を通じて今後、お客様の流れがどう変わっていくか、実験・検証中。私たちとしては、アドバイスシートを持って館内を巡っていただき、洋服の買い物をするという流れができていくといいなと思っています」と吉村さんは話す。

通行客に人気のスマートミラー

このようなデジタル技術の導入は、ららぽーとクローゼットの2店舗目の出店構想にもつながっている。「ららぽーとクローゼットのサービスがお客様に喜んでいただけることは分かった。今後、いかにスケールさせていくか。販売スタッフによるこまめな対応を軸とした現在の店舗オペレーションに加え、属人的な部分を減らしつつ喜びを提供できるシステムも必要になると思うんですね。テクノロジーの力を生かすことが課題で、2店舗目ではその実験・検証を行う計画です」と越智さん。現在、取り扱うブランドはウィメンズのみだが、メンズの展開も視野に入れる。

写真/遠藤純、三井不動産提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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