後藤まり子(ごとう・まりこ) Gapビジュアルマーチャンダイジングディレクター

高校生時代アメリカ・カリフォルニア州に留学中、Gapと出会う。オプティミスティックなブランドカルチャーに魅かれ、帰国後の2000年にGap名古屋栄店のセールスアソシエイトとして同社でのキャリアをスタート。

その後、名古屋や東京のストアで約7年間ビジュアルマーチャンダイジング(VMD)やマネージメントの経験を積み、08年より本社VMDチームへ異動。

国内のディレクションに加え、中国で新店舗の立ち上げやアメリカ本社でのVMDサポートも経験し、21年にVMDディレクターに就任。現在は12名体制のチームを率い、アウトレットを含めた国内全てのGapストアに対して、アダルト、キッズ、ベビーのVMD戦略をリードする。

ブランドの強みを伝え、実店舗に来る意味を作る

Gap(ギャップ)新宿フラッグス店は、新宿フラッグスが開業した1998年にオープン。ビルの顔である1階と地下1階に売り場を展開し、ギャップストアでは大型店舗に分類される。

全面リニューアルし、新たなスタートを切ったのは2020年6月のこと。世界のギャップストアの中でも唯一の「Gap cafe(ギャップカフェ)」を併設し、売り場のVMDもまた「ここだけ」の新たな取り組みが為されている。


「新宿フラッグス店は銀座店と並ぶ都市型のフラッグシップ級ストアとして、ブランドの今を伝える重要な店舗と位置づけています」とVMDチームディレクターの後藤まり子さん。世界で最も乗降客数が多い新宿駅の東南口に隣接することから、「様々なジェネレーションのお客様の集客が見込めますが、競合も非常に多い立地です。

オンラインでの買い物も浸透した中で、街を歩く人たちにギャップの強みをどのように発信し、実店舗に来る意味を作り上げていくか。その取り組みの最前線がフラッグス店」と話す。現在、1階ではウィメンズ、地下1階ではメンズ、キッズ、ベビーを展開している。


リニューアルに際しては、「新しい風を吹き込もう」と初めて外部のデザイン事務所を起用し、ブランドのルーツを再確認することから始めた。今でこそギャップと言えばネイビーに白抜きした「GAP」のロゴマークを連想するが、1969年にサンフランシスコで創業した頃はデニムを軸に、カルチャー発信の観点からレコードを販売していた。デニムという原点、西海岸に象徴されるアメリカのオプティミスティックな空気感、カルチャーを店舗空間に体現していこうと、内装だけでなく什器やマネキンに至るまで作り込んだ。


「マネキンは通常は本国のものを使っていますが、サイズの規格が異なるため、例えばオーバーサイズの服もそのイメージを伝えづらかったりします。そこで新宿フラッグス店ではリニューアルに合わせ、本国の了承を得て全て日本人の体型に合わせたオリジナルのマネキンを採用しました。お客様にとってよりリアリティーのある表現がしやすくなった」という。ギャップストアではテーブル什器を使うことが多いが、ハンギング什器を多用して手に取りやすくしているのも新宿フラッグス店の特徴だ。

藍染工場で作り込んだインディゴカラーを基調にしたカフェと売り場が融合した1階フロア

1階のカフェは新宿フラッグス店の象徴として、また店前を通行する人たちが気軽に立ち寄れる入り口として設置した。屋根やカウンター、テーブル、床などにインディゴブルーを配したブルーシェッド(小屋)が建つ空間に、西海岸の風景が重なる。

ブルーシェッドではオリジナルブレンドのコーヒーやラテ、ドーナツなどのフードを楽しめるほか、店内で販売している商品のカスタマイズもでき、全店舗で行っているワッペンに加え、刺繍やガーメントプリントによるカスタマイズにも対応している。さらにアート作品の展示やワークショップなどのイベントも実施する。ギャップが大切にしてきたカルチャーを凝縮した空間になっている。

カフェと地続きの売り場は、床を木材のフローリング、天井を白で統一し、壁面を覆う棚の上部にはアイテムやスタイリングをプレゼンテーションするウインドーを配した。その随所にインディゴブルーをあしらい、カフェを起点とするカラーストーリーで一体感を創出。

植栽のグリーンやビーチを連想させる貝殻などのプロップで自然を表現しつつ、什器はあえてモルタルの無機質な素材感を入れることで、全体にモダンな空気感を生んでいる。「これまでのギャップっぽくないと感じるかもしれませんが、今、これからのブランドのあるべき姿を追求した」。

       

カスタマイズはギャップ全店舗で大人気
ブルーシェッドのコミュニケーションの核となる「Gap cafe」

毎月のMDテーマを「ランウェイ」に視覚化

カフェの真向かい、売り場中央から奥へとプレゼンテーションされているのは新作コレクション。

ギャップでは毎月、ウィメンズ、メンズ、キッズ、ベビーに至るまで同一テーマで企画された新作を投入し、全店舗で一斉に展開する。今年の1月下旬から2月下旬にかけてはデニムにフィーチャーした「DENIM DRESSING(デニムドレッシング)」、2月下旬から3月下旬にかけてはパステル調のカラーパレットで春のスタイルを提案する「MODERN BLOOM(モダンブルーム)」がテーマ。

1階のウィメンズフロアでは、正面ステージでテーマを象徴する商品をマネキンによるスタイリングで見せ、奥へと6つのステージで特徴的な商品のスタイリングとそのコーディネートアイテムを提案する。奥行を贅沢に使ってショーのようにスタイリングをリピート構成することから「ランウェイ」と呼ぶこのビジュアルプレゼンテーション(VP)は、新宿フラッグス店のみの取り組みだ。

      
1階売り場の中央で展開されるランウェイ

「新規のお客様へのアプローチと同時に、ギャップはリピーターが多いので来店頻度を上げていくことも重要。そのキーとなるのが毎月のテーマMDと、それを体現するVMDです。

日本市場のニーズやウォンツに合わせて本国から買い付けた商品を、どう見せていくか。入店や興味喚起のフックとなるウインドーとストアフロントの演出には当然ながら力を入れていますが、とりわけ新宿フラッグス店のランウェイのVPはVMDのビッグメッセージと捉えています」ランウェイはそれ自体に特別感があり、服それぞれの表情がナチュラルに伝わってくる。これは天井のライティングシステムによる効果。

西海岸の陽光のイメージで、自然光が降り注ぐような心地良さを醸す照明計画が為されている。ランウェイの隣には新作をアイテムごとにカテゴライズして集積する。同じアイテムのカラーバリエーションを見せることで選びやすくし、ハンギングの向きやたたみ方など陳列方法を工夫することでディテールを伝える。

例えばリネン生地のウーブンシャツ「ボーイフレンドシャツ」は一般的なシャツと比べ丈の長さが特徴のため、縦を強調するたたみ方でディスプレイしている。「スタイリングを見せてワードローブで売るゾーンと、カテゴリーで見せて買いやすくするゾーンのバランスは、全店舗で徹底している」という。

「True Blue」を魅せる

毎月の新作コレクションはもとより、新宿フラッグス店が特に力を入れているのは、ギャップの原点であるデニムだ。ウィメンズ、メンズともに「True Blue」と書かれたカリグラフィーアートを棚上のウインドーでプレゼンテーションし、視認効果を高めている。これはカリグラフィーアートが盛んな西海岸のイメージと重ねている。


ウィメンズのデニム売り場は1階の3分の1ほどを占め、「商品量も多く、何がどれだけ揃っているのかを分かりやすく提案」しているのが特徴だ。3月はシルエットにフィーチャー。ウインドーに定番人気の「ユニバーサルレギンス」や「ビンテージスリム」など8タイプをオリジナルのレッグフォームで展開し、「これだけのシルエットがある」ことを見せ、コーディネートするジャケットやシャツなどとともに提案している。POPもジャパン社が独自に撮影した写真を使い、日本人女性に伝わりやすいビジュアル表現にこだわる。

      
自分に合うシルエットを探す楽しさを演出するウィメンズデニム

エスカレーターを降り、地下1階のエントランスとなるのがメンズのデニムだ。

男性客の買い方の傾向や1階と比べて天井高が低いことから、ウィメンズとは異なるアプローチを採る。マネキンでスタイリングを提案し、棚上のウインドーでは全てハンギングで陳列してカテゴリーとディテールを見せている。「女性は好みやトレンド、体型に合ったものを探す傾向が強いのでシルエットを細分化しています。

一方、男性はある程度、シルエットを絞り込んだほうが選びやすいようです。その中で各アイテムの機能や特徴、リベットやヘム、ウォッシュの入り方などの細部を見せる陳列をして、そのポイントをウインドーに手書き風の英文字で示しています」。

    
メンズデニムはシルエットを絞り、吊りで特徴を見せる

メンズはジェンダーレスな着こなしの提案、キッズ&ベビーは新生児に焦点

地下1階フロアはメンズとキッズ&ベビーが半々のスペースで構成され、売り場中央に伸びるランウェイテーブルが2つの売り場をつなぐ。

こちらは天井高からくる見え方を考慮し、平置き什器にメンズ、キッズ&ベビーの新作をVP展開している。メンズはトルソーでスタイリングを作り、その下に平置きのメリットを生かしてシャツやパンツをたたんで陳列し、バリエーションを見せる。

向かいにはマネキンのスタイリングで集視ポイントを作り、カテゴリーごとの集積を作る。この数年間で「若い世代を中心にジェンダーのボーダーがなくなり、メンズ、ウィメンズに関わらず気に入ったアイテムを購入するお客様が急増した」こともあり、メンズフロアでは男女のマネキンを使ったジェンダーレスな着こなしを提案している。「特にスウェットやTシャツはメンズを購入する女性が多く、カップルや友人同士のリンクコーデも人気」。

  • 「モダンブルーム」のメンズのランウェイテーブル
  • メンズアイテムを使ったジェンダーレスなコーディネートを提案
  • コラボ商品も人気(写真はメンズブランド「The Brooklyn Circus(ザ ブルックリン サーカス)」とのコラボアイテム)

ランウェイテーブルのもう半分ではキッズ&ベビーの中でも新生児にフォーカスする。

ベビーウェアは「機能性や安全性はもとより、特にファッション性が競合優位性」となり、ファミリー層の支持が厚い。この春はパステルカラーのチェックやストライプ、フラワープリントのシャツやワンピース、セットアップなど、家族でリンクコーデできるアイテムが揃う。最近はセットアップが人気だ。出産祝いや誕生日などの記念日のギフト需要も多いため、ギフトボックスも充実させている。

VPで目を引くのはハイハイやお座り、立ち上がった姿など様々なポージングをしたマネキン。「赤ちゃんが目の前で動いているような演出がとても重要。この子は何をしようとしているのか、この子とこの子はどんな会話をしているのかなど、両親や祖父母らが思わず想像を膨らませてしまうシーンを作ることに注力している」という。

ランウェイテーブルを超えると、キッズ&ベビー売り場が広がる。大人顔負けのデザインや素材、カラーのバリエーションが持ち味。棚上に展開されるプロップも「babyGap(ベビーギャップ)」のキャラクター「ブラナンベア」や、シーズンによって子供のイベントに関連したモチーフを飾るなど、遊び心を重視した演出でFUNな気持ちを盛り上げる。

「GapKids(ギャップキッズ)」のメインディスプレイ
新生児にフォーカスしたランウェイテーブル

「グローバル×ローカル」のVMD

後藤さんはギャップで20年以上にわたりVMDを担当してきた。この間、「市場の変化とともにVMD自体のあり方が大きく変わり、進化した」と話す。

以前は来店して初めて共感する商品を見つけ、購入していたが、特にこの10年余りでECが浸透し、オンライン上で購入するか、実店舗で確認して購入するようになった。VMDは実店舗の業績を確保することがミッションだけに、「オンラインで興味を持った商品が実店舗にしっかり揃えてあることはもちろん、それを見つけやすくする陳列、店が醸し出す空気感やスタッフと交わす会話が心地良いなど、五感で実感できる、そこにいるだけでワクワクするような価値を提供することを常に意識している。

ギャップには創業者の言葉である『洋服を売る以上のことをしよう』というカルチャーが受け継がれており、VMDにおいてはご来店いただく全てのカスタマーに価値のある時間、最高のショッピング体験を提供することだと思っている」とする。体験価値の創出に向けてオンラインやマーケティング、バイイングなど他部門との連携がより緊密になったという。

その中で課題となるのが、グローバル(本国)とローカル(日本)のニーズの違いをどう乗り越えるか。例えば、ギャップには創業時から続く「ICONS(アイコンズ)」と呼ばれる定番アイテムがある。ブランドを象徴するデニム(ジャケット、パンツ)、カーキ(チノパンツ)、ホワイトシャツ、ポケットTシャツ、フーディー、ロゴ(GAPロゴ物)の6つのアイコンズでも、アメリカと日本では売れるアイテムが異なる。日本ではこの3~4年間でロゴアイテムがヒットしている。

商品がカラフルで、何よりもロゴが印象的なことから、10~20代前半を中心に友達とリンクコーデした画像をSNSに上げる人が増加した。このような日本特有のニーズを反映して作られたアイテムも、ロゴを中心に多く販売している。他にも日本で売れるアイテムを厳選して仕入れているため、本国のVMD計画に調整を加えることが日本のVMDチームの大切な役割だ。

カラーバリエーション豊富なウィメンズの定番アイテム
SNSも追い風となり、日本では若い世代にロゴアイテムが売れている

ローカルニーズに合わせた調整が必要なのですが、スタイリングやVPを日本寄りにし過ぎるとギャップではなくなってしまう。

アメリカのブランドですから、お客様が来店したときにアメリカ、特に西海岸のアメリカを感じてもらえること、ギャップらしさを大前提としてローカライズしています」このVMDを全店舗で着実に実行するため、後藤さんがベースになる計画を作成し、平均的な売り場面積の店舗を選定してレイアウトを組み、その画像と指示書に基づいて各店舗がVMD担当とともに売り場に落とし込んでいく。

モデルとなる売り場作りを以前は店舗を模したスタジオで行っていたが、よりリアルなニーズに対応するため、現場のスタッフの声も聞ける実店舗でコレクションを展開する1週間前に売り場を作り込み、来店客の反応を見ながら最適化していく仕組みに切り替えた。

全店舗の中で「グローバル×ローカル」のVMDが最も体現されているのが新宿フラッグス店だ。ギャップは周知の通りSPA(製造小売業)の元祖であり、「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」から始まる接客など、ファッション小売りに「新しい風」をもたらしてきた。ローカル発の新しい風が今、吹き始めている。

写真/野﨑慧嗣、ギャップジャパン提供
取材・文/久保雅裕

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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