マニッシュからフェミニンまでMDを拡充、クライアントデスクも設置
伊勢丹新宿店がスーツケース売り場を大幅に拡充したのは、特にコロナ禍が明けて以降の旅行需要の急回復を背景に国内外客とも増加し、多様なニーズに対応するMDが求められたことによる。加えて、「旅行の仕方も変わってきている」と三越伊勢丹 新宿紳士商品部 紳士靴・バッグ・ラゲッジバイヤーの福島成博さん。「コロナ禍前は年に一度、旅行に出掛け、現地でアクティブに遊ぶ人が多かったが、コロナ禍が明けてからは年に数回、近場でゆったりと過ごす人が多くなった。それに伴ってスーツケースも、機能はもとより、ファッションとしてのコーディネート性も重視されるようになった」。そこで今回の移転増床したフロアでは、スーツケースを選ぶ行為がその人らしい旅の始まりの体験になるよう、「私らしい旅に、導かれる」をコンセプトに、「TUMI(トゥミ)」や「BRIEFING(ブリーフィング)」などのマニッシュなものから、新たに取り扱いを始めた「moln(モルン)」や「Floyd(フロイド)」などコーディネートを楽しめるフェミニンなものまで幅広く揃えた。
売り場は空港をイメージしたシンプルでタイムレスな空間。左右と奥の壁面、中央に連なる島に1点1点のプロダクトをしっかりと見せるスタイルで集積し、ゆったりと回遊できる空間を生んだ。天井や一部壁面にウッドをあしらうことでミニマルな中に温もりが感じられ、スーツケースの意匠を施したカウンターや什器が空間にアクセントと遊び心を添える。カウンターはレジだけでなく、エースが展開する「プロテカ J5 コレクション」と「ゼロハリバートン」のカスタムオーダーや「プロテカ」の人気モデル「360 G4(スリーシックスティG4)」や「STARIA CX R(スタリア シーエックス アール)」のレンタル、各ブランドのスーツケースの修理にも対応し、「クライアントデスク」として運用する。
空港をイメージしたゆったりとした売り場空間
スーツケースのデザインを取り入れた什器
カスタムオーダーや修理にも対応する「クライアントデスク」
独自技術と感性を凝縮したプロダクト、カスタムで「自分らしく」
リモデルした売り場でMDを拡充したのがエースだ。オープンに際してはテイストの異なる4ブランドを集積し、様々なニーズに対応するラインナップを展開する。
直営店以外で最も多く品揃えし、面でしっかりと見せているのはプロテカ J5 コレクション。60余年にわたり技術を蓄積してきたエースの赤平工場(北海道)で生産する「日本製の高機能・高品質」を特徴とし、2004年の発売以来、エースの「顔」となっているプロテカをさらに進化させたプレミアムラインだ。五感に象徴される日本の美意識を追求し、赤平工場の技術を結集、細部までこだわり抜いた「ジャパンラグジュアリー」を提案している。
展開しているのは、伝統的な漆塗りの文庫箱にインスピレーションを得たジッパータイプの「SHISUI(シスイ)」とフレームタイプの「SHISUI-F(シスイ エフ)」、一本の木を削り出して製作される印籠(いんろう)にインスピレーションを得た縦リブが特徴の「INRYU(いんりゅう)」。いずれも日本の伝統色からセレクトしたカラーを最も体現する表面加工により、同じポリカーボネート素材を使いながら鏡面やレザー調、木目調と異なる質感を生んだ。ミニマルでありながら、その質感と緩やかな曲線を取り入れたデザインが「味」を醸し出す。内装生地も職人の手張りと、クラフトマンシップを凝縮したプロダクトだ。
シスイ エフは、光が当たった鋳物のような深い輝きを表現した「鉄紺(てつこん)」、近づくほどに上品な深い黒色の木目調が現れる「黒檀(こくたん)」、燻された竹のような淡い茶褐色に澄み切った水面のような鏡面加工を施した「煤竹色(すすたけいろ)」の3色展開。シスイはそれに加えて、生成り色にシボ加工で革の表情を再現した「亜麻色(あまいろ)」、織部焼の暗緑色に鏡面加工で釉薬の艶感と透明感を表現した「織部(おりべ)」も展開する。インリュウは、色に合わせて異なるメタリック加工によって鋼(はがね)感を表現した「青墨(せいぼく)」や「砲金色(つつがねいろ)」、「銀色(ぎんいろ)」、「茜色(あかねいろ)」、シボ加工で革の表情を再現した「亜麻色」と「藍鉄色(あいてついろ)」の6色がある。
「シスイ エフ」煤竹色×鏡面
「シスイ エフ」黒檀×木目
「シスイ エフ」鉄紺×鋳物調
イセタンスーツケースのオープンに際しては、アーティストの小川貴一郎氏とコラボレーション。小川氏がペイントを施したJ5コレクションのラゲージタグを伊勢丹新宿店限定で販売し、シスイ エフにペイントした作品も展示した。
また、シスイ エフの黒檀、煤竹色、鉄紺はカスタムオーダーに対応する。「昨年、伊勢丹新宿店でJ5コレクションのカスタムオーダーを期間限定で実施したところ好評だったことから、サービスの内容を拡充した」とエース広報の森川泉さん。エースの直営店でも行っていないサービスで、今回が初めての常設展開となる。トップとサイドのレザーハンドルとレザーラゲージタグは4色から、ホイールカラーは2色から選べ、自分らしい1台にカスタム可能だ。ラゲージタグはアルファベット3文字までイニシャル刻印もできる。価格は商品価格に加えて2万2000円(税込)。
J5コレクションに隣接するのは1938年創業の米国発トータルラゲージブランド、ゼロハリバートン。アポロ11号用に「月面採取標本格納器」を製造し、69年に月の石を持ち帰ったことが報道されると一躍グローバルに支持を広げた。ダブルリブのデザインと、堅牢かつ高耐久な6000番系アルミニウム合金から機能美を削り出したような優美なフォルムを特徴としてきた。6000番系は強度には優れているが、厚みと重量に課題があり、高度な加工技術を必要とする素材。そのため現在の市場では、加工性に優れた5000番系が主流となっている。そうした中、ゼロハリバートンは、ブランドの伝統を継承すべく、6000番系による美しいアルミニウム製ラゲージを完成させた。それが「Heritage Line(ヘリテージライン)」だ。一方、軽量化へのニーズにも応え、折り曲げ加工に適した5000番系を採用したシリーズ「Classic Aluminum 3.0(クラシック アルミナム 3.0)」も展開。ボディの四隅にリベットでコーナーガードを装着することで強度を確保し、新たなデザインに昇華させた同シリーズもまた高い評価を得てきた。
創業当時の素材と製法に立ち返ったヘリテージラインをリリースしたのは昨年のことだ。培ってきた独自の加工技術を駆使することで6000番系アルミニウム合金の厚みを1mmまで薄くすることに成功し、革新的な軽量化を実現した。イセタンスーツケースでは、ヘリテージラインとクラシック アルミナム 3.0シリーズのカスタムオーダーに対応している。ホイール(クラシック アルミナム 3.0のみ)、ハンドル(トップ・サイド)、ネームタグのカラーは5色から、レザーは3種類から選べる。価格は税込でネームタグ(1個)が1万1000円、ハンドル(1本)が1万6500円、ホイールが(4カ所)が1万1000円。
ゼロハリバートンの「ヘリテージライン」。「マスターマインド・ワールド」とのコラボラゲージも
ゼロハリバートンのカスタムオーダーのパーツ
ハンドルをカスタマイズした例
女性社員チームが企画する「ハント」も初の常設展開
エントランスを入って左中央の壁面にはプロテカの様々なモデルを集積する。プロテカ スリーシックスティG4は、プロテカがリブランディングした15年にデザインスタジオ「nendo(ネンド)」のデザイナー佐藤オオキさんが発案したモデルの進化版。上下左右どの角度からも開けられるのが最大の特徴だ。移動中や狭い室内での開閉など多様なシーンに重宝し、両開きでありながら仕切りがエキスパンドして2気室を1気室に切り替えられ、より深い収納スペースを生むことができる。「旅のスタイルに合わせてフレキシブルに使っていただけるスーツケース」と森川さん。ハンドル近くのスイッチを押すだけで車輪を固定できる「キャスターストッパー」や、体感音量を大幅に軽減する静音設計の「サイレントキャスター」、摩擦抵抗を抑えて滑らかな走行を実現する「ベアロンホイール」といった機能もうれしい。
「POCKET LINER 2(ポケットライナー2)」は、移動中でも荷物をすぐに取り出せるフロントポケットタイプで、ポケット上部のファスナーからメイン収納に直接アクセスできる。今年発売したカントリーエディションは、80年代頃のクロスカントリー車をイメージしたレトロなカラーリングが人気だ。
フェミニンを意識したテイストでは、エースが国内展開するイタリア発のトラベルバッグブランド「ブリックス」と、エースの女性社員が企画するバッグ&ラゲージブランド「ハント」を揃えた。
ハントは部署を横断して編成した女性社員チームが14年に立ち上げ、「本当に欲しいものを作る」ことをコンセプトにスーツケースを開発・提案してきた。イセタンスーツケースでは、24年の発売以来、好調を続けるフロントオープンタイプの「KOKONT(ココント)」のスーツケースにフォーカスし、初となる常設販売をスタートさせた。
とりわけ人気なのが、深型・1気室でL字に開く独自仕様の開口部を搭載した縦長シルエットのトールモデル。「混雑した場所でも邪魔になりにくく、移動中はスーツケースを立てたまま縦に開き、宿泊先ではスーツケースを寝かせて横に開くことで、限られたスペースでも荷物をスムーズに出し入れできます。内装ポケットやキャスターストッパーなど機能も充実し、使いやすいことが国内外のお客様に好評」だ。サイドのファスナーを一周開くだけで収納容量がアップするエキスパンド機能も搭載する。ボディは斜めのリブをデザインし、ニュアンスカラーのカラーリングは男女とも使いやすい。本体カラーごとに異なるオリジナルの内装生地デザインも魅力だ。ちょっとした小物や飲み物を入れられるドリンクバッグも付属する。
イセタンスーツケースでは、エースのブランドを一括りで見せるのではなく、ブランドごとにしっかりとスペースを取り、それぞれの魅力を表現する環境が整った。初めて常設展開するカスタムオーダーや修理も含め、スーツケースに特化した新たなモノとコトの価値発信の在り方が注目される。
写真/野﨑慧嗣、エース提供
取材・文/久保雅裕

久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター。ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。元杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。
