六本木に暮らす人たちの「日常」に寄り添う

ビームス 六本木ヒルズは、メインエントランスがある2階をウィメンズ、3階をメンズで構成する。以前は2階をカジュアル、3階をドレスで括り、それぞれにレーベルを配置してメンズとウィメンズが混在した売り場を構成していた。ただ、「お客様から見づらい、探しづらいという声があった」とビームスカスタマーエンゲージメント本部でリニューアルのディレクションを担当した諸岡真人さん。メンズとウィメンズにフロアを分け、主要ターゲットは「六本木界隈を生活圏とする人たち」に設定した。「The Premium(ザ・ブレミアム)」をコンセプトに、空間も壁面や什器に大理石を使って高級感を醸し出し、木を多用して優しいムードを演出。ゆったりと買い物を楽しめるよう通路幅を1.3倍程度に広げた。

ビームス六本木ヒルズの2階ウィメンズフロア

特筆すべきは、ビームスとしては初めてレーベルの枠を外し、テイストを軸にハイクオリティーなオリジナルとセレクトが混在するMDを編集していることだ。「特にドレスコーナーを設けるとか、リゾートウェアコーナーを作るとかではなく、六本木に住んでいる人たちの日常の様々なシーンにフィットするファッションを意識して揃えています。日々の売れ行きやお客様の動向を見ながら、今はどんなアプローチが最適なのかを常に考え、売り場を作っている」と諸岡さん。フロア自体もここは「〇〇ゾーン」といった決まった形はなく、常にニーズを先読みし、変化させているのだ。顧客の視点で自在にMDを編集していけるよう、「議論を重ねた末、レーベル単位での売り場作りを止め、テイストを軸にした」。全12レーベルから「今」の六本木ヒルズ店に相応しいアイテムをセレクトするだけでなく、販売の最前線にいるスタッフもバイヤーと共に展示会で仕入れを行う仕組みを導入したことも大きな特徴だ。
主要ターゲットやMDの転換により、世代を超えて「狙い通り」の客層が来店・購入に至っている。リニューアルオープンから1カ月が経過した5月末時点で、入店客数が前年比130%、客単価が160%と大幅に高まり、買い上げ客数は10%ほど減ったものの、売上高は150%と絶好調だ。

レーベルを超えたMDを編集

2階のメインエントランスから広がる空間は、取材時は「オーセンティック」をキーワードに品揃えされていた。オリジナルの「EFFE BEAMS(エッフェ ビームス)」やロンドンのウィメンズブランド「ERDEM(アーデム)」、ベルギー王室御用達のブランド「NATAN(ナタン)」、「ミカコナカムラ」のセカンドライン「M-fil(エム フィル)」など、「クラシカルに少し寄った洋服が好きな人を意識」したMDを組む。ウインドー前のメインステージでスタイリングを組むと、「マネキンに着せたものがそのまま売れていく」という。オープン後は特に「International Gallery BEAMS(インターナショナルギャラリー ビームス)」から六本木ヒルズ店限定でセレクトしたアーデムが好評で、ワンピースは20万円ほどするが「ステージに陳列すると売れる」。スタッフも顧客の顔を思い浮かべながら自分が仕入れたアイテムには当然、思い入れがあり、接客の熱量も違ってくるだけに完売する確率が高まった。スタッフが仕入れに同行することで、バイヤーが販売現場のニーズをより深く知るきっかけにもなっている。
売れると新たな商品を投入するが、オープン1カ月の段階で「ほぼ毎日、売り場のレイアウト替えを行っている」。しばらく動きがない商品や、客のタッチが少ない商品は、スタッフの判断で別の商品に差し替える。「何日ごとにディスプレイを変更するといったルールは作らず、良い商品でも今のお客様の気持ちに添っていないと思ったらすぐに変える」と、日々、来店客の声を聞き、動きを見ているスタッフ自身の判断を重視している。

よりオーセンティックな商品で編集したゾーンも
メインステージの商品は毎日のように売れる

2階のもう一つのエントランスから広がるスペースは、取材時は「コンテンポラリー」がテーマ。12レーベルの全てから厳選したアイテムを集積している。「attitudeを纏う」をコンセプトとするデザイナー中章の「AKIRA NAKA(アキラナカ)」、メイド・イン・ジャパンの新たなトラディショナルウェアを提案する「THE RERACS(ザ リラクス)」、濱中鮎子がディレクションする「Uhr(ウーア)」、亜希が手掛けるカジュアルブランド「AK+1(エーケーワン)」など、セレクトショップでも同じ売り場に並ぶことのないブランドがミックスされている。オーセンティックと感じるアイテムも散見されるが、「実際に商品を並べ、お客様と接していく中で、この売り場には何がはまるのかが見えてきた結果」。ベーシックであってもデザインに遊び心を利かせたアイテムが揃い、「お客様も特におめかしをしたいからというよりは、普通に可愛いから商品を手に取り、試着して購入するケースが多い」。試着室は、子供やペットを連れた来店客が多いことから、ベビーカーやドッグカートも置けるよう広々としたスペースを取っている。

子供連れやペット同伴でも安心なフィッティングルーム
ビームスの全レーベルからセレクトした商品を集積した「コンテンポラリー」ゾーン

オーセンティックとコンテンポラリーをつなぐ空間は、その時期ならではのオケージョンに対応するセレクトアイテムで構成。5月には「パーティーに着て行く洋服を探しているお客様がとても多かったので、お出掛け着っぽいものを集積」した。「MM6 Maison Margiela(エムエムシックス メゾン マルジェラ)」のシャツや「Gabriela Coll Garments(ガブリエラ コール ガーメンツ)」のワンピース、「LOKITHO(ロキト)」のドレスやスカートなどが並ぶ。「一般にオケージョン需要というと結婚式が中心ですが、六本木ヒルズ店のお客様はシーンが多様。歌舞伎の観劇もあれば、大相撲の千秋楽に開かれるパーティーで着用する服を探しに来られたお客様もいました。そういうシーンが日常的にあるんですね。すごく勉強になりますし、スタッフもコミュニケーションを重ねることで知見を増やし、成長していける環境にあると思っています」。

  • 売り場中央ではオケージョン対応のセレクトアイテムを展開
  • 顧客に人気の「LOKITHO(ロキト)」
  • スタッフは自分が仕入れたアイテムを提案する

顧客の価値観に添ったクオリティーを追求

3階のメンズフロアはカジュアルからフォーマルまで幅広く扱う。エントランスから中央にかけてはデザイナーズブランドを中心としたカジュアルウェアを展開。ウィメンズと同様、メンズも20~70代と幅広い客層を集め、職業も経営者やユーチューバーなど多様だ。「きれいなファッションをしていることが前提となる社会的立場のお客様が多い中で、服としての着心地の良さはもとより、着ることで得られるリラックス感、気持ちの豊かさが求められているのを感じる」。
例えばジャケットでも、「CIRCOLO1901(チルコロ1901)」のジャージー物と「CESARE ATTOLINI(チェサレ アットリーニ)」の仕立物でどちらを購入するか迷う顧客もいるという。ともに伝統と独自性を備えたイタリアブランドだが、価格は10倍近い差がある。その顧客にとって価格はあまり関係なく、「価値観にマッチするかどうか。高くても安くても、その価格に見合うクオリティーが実感できなければ、『高い』という言葉をいただく。そこは結構、シビアです」と諸岡さん。様々な経験で養われた自身の価値観や今の気持ち、用途などにフィットすることが選択基準になっているのだ。

3階のメンズカジュアルはデザイナーブランドをはじめ充実

自分にとっての価値と価格のバランスにシビアな客が多い中でヒットしているのが、「TEATORA(テアトラ)」。座って働く人のための機能服をテーマに、オーセンティックできちんと感のあるデザイン、ストレッチ性がありシワが気にならないオリジナルの生地、随所にあるポケットの収納力、家庭で洗える、パッカブルなど、ファッション性と機能性がまさに一体化した服だ。13年のデビュー以来、「頭脳職」系メンズの人気が増している。六本木ヒルズ店ではダントツの人気で、ジャケット、パンツ、シャツなどアイテムを問わず売れるブランドとなっている。他にも、「NEEDLES(ニードルス)」や「RALPH LAUREN(ラルフローレン)」、「Kolor(カラー)」、「Stein(シュタイン)」、「SETCHU(セッチュウ)」などが並列で提案されていたり、パンツはシルエットが映えるトルソー陳列で訴求し、「PT TORINO DENIM(ピーティー トリノデニム)」などが売れている。5~6月はリネンシャツのカラフルな集積も初夏気分を掻き立てる。

取材時は売り場中央で「Insonnia Projects(インソニア プロジェクト)」に別注したTシャツやデザイナー物を集積
一番人気の「TEATORA(テアトラ)」を紹介するスタッフ
  • パンツはトルソーでシルエットを分かりやすく陳列
  • 大きな柱を囲むカラフルなリネンシャツ
  • 「International Gallery BEAMS(インターナショナルギャラリー ビームス)」の「ロックアーカイブ」

売り場奥ではメンズのドレスラインを展開。もともとビームスが得意とする分野で、特に銀座店や丸の内店は支持層が厚い。これら直営店に匹敵する客数を堅持しているのが六本木ヒルズ店だ。「メンズのドレスラインはその商品特性から、もともと顧客様が多くいらっしゃいました。さらに新しい客層を広げ、濃い関係を構築していくMDと接客を目指しています。銀座店や丸の内店だけでなく、他店から配属されたスタッフも、それぞれに顧客様がいらっしゃいます。六本木ヒルズ店はスタッフを目当てにわざわざ来店されるお客様が最も多い店舗の一つかもしれません」。オーダー客や限られた時間内で買い物をしたい顧客などのためには、生地見本も揃えた応接室を設けている。日常的に手厚くパーソナルな接客応対により「顧客商売」を徹底しているのがメンズドレスゾーンだ。

生地見本も揃えた応接室
パーソナル対応による顧客商売を身上とするドレスゾーン

「何かありそう」という期待感を生む空間

六本木ヒルズ店の全面リニューアルに際しては、1年半にわたって立地やMDなどが検証された。契機となったのはコロナ禍への突入だった。
「出店した頃は、六本木ヒルズといえば映画館や美術館を訪れる人たちがたくさんいる立地というイメージを持っていたんです。そうしたお客様の多くが想像するであろう『ビームスといえばコレ』というMDをスケールアップして展開しました。レーベル単位のMDですね。結果、客数は年々増えたのですが、周辺のハイブランドとの買い回りがほぼ見られず、特にウィメンズでラグジュアリーのお客様を取りこぼしていました。加えて、コロナ禍に入ると主要客層の来店が途絶えてしまった。そんな状況下で、変わらず六本木ヒルズ店を利用してくださっていたのが、顧客様と六本木界隈を生活圏とする方々だったんです。また、六本木エリアでは様々な再開発、新たなまちづくりが進行しています。その中で、ファッションを買う場所としての存在感が増すと想定される六本木ヒルズにおいて、ビームスはどういう店であるべきか。そうしたことを考え合わせ、六本木を中心とするエリアで生活をしている人たちの目線に合わせた店作りをスタートさせました」
この考え方を体現したMDで4月にオープンし、前述のように「狙い通り」の好調を続けている。勢いに拍車をかけているのが、インバウンド需要の復活だ。売り上げに占める構成比は10~15%程度だが、「体感的には買い上げ客の半分以上が訪日外国人客」というほど入店客数が増えている。他の都市部の商業施設の店舗では台湾や韓国、タイなどのアジア圏が中心だが、六本木ヒルズ店は「現在は全世界から来ていて、皆さん、まとめ買いをされる」。海外の旅行サイトで六本木ヒルズを知り、施設内を回遊しながらビームスに立ち寄り、日本のブランドを探す人が多いという。プレミアムなMDとそのビジュアル表現がインバウンドのウォンツも捉えている。

ビームスは現在、日光東照宮表参道に今春出店した「ビームス ジャパン 日光」など、各地で地域特性を生かした店作りの実験を行っている。六本木ヒルズ店の刷新もその取り組みの一つだ。「出店を重ねていく過程で、自分たちが気づかないうちに効率が優先され、紋切り型の店を作っていたという反省がありました。地域性やその店で働くスタッフの個性を生かした店作りをしていかないと、ビームスの商品力も生かし切れない。そうした問題意識から店作りの実験・検証に取り組んでいます」と諸岡さん。六本木はヒルズができる以前から暮らしている人たちがいて、まちの発展に伴ってビジネスで成功を収めた人たちの生活圏にもなり、近隣も含めて再開発がさらに進んでいる。「高みを目指そうという人たちが益々集まってくる地域になっていく可能性のあるエキサイティングな立地で、3年先、5年先のビームスのあり方を探究する都市型プレミアム業態として六本木ヒルズ店はある」。その核となるMDをバイヤーのみならず、販売スタッフも一緒になってゼロから構築し直したことが、リニューアル後の数字としても表れている。
日常のMDに加え、毎月2~3企画のイベントやポップアップで変化を付ける。リニューアル後は、イタリアのレザーブランド「CINQUANTA(チンクワンタ)」、フランスのハンドメイドニットブランド「MICHAELA BUERGER(ミカエラ ビュルガー)」などのカスタムオーダー会、ブランドとの別注アイテムによるポップアップなどを続々と開催し、顧客との豊かな接点作りに注力している。

                     
「MICHAELA BUERGER(ミカエラ ビュルガー)」のオーダー会

常に「何かありそう」という期待感を顧客目線で生み出すことで、来店客の滞留時間は「体感的には倍以上」に伸びた。「何よりも嬉しいのは、『可愛い、可愛い』と言いながら売り場の隅々まで見てくださる女性のお客様が増えたこと」と諸岡さんは言う。ラグジュアリーブランドや、ハイブランドを扱うセレクトショップとの買い回りが自然に起こっていることも、ビームス 六本木ヒルズの進化への評価を象徴していると言えるだろう。今後の動向に注目したい。

写真/野﨑慧嗣、ビームス提供
取材・文/久保雅裕

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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター

ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。

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