サンダルの常識を超え、新たな価値を生む「ハイブリッド・フットウェア」
キーンにとってアウトドアとは「天井のないところすべて」。そう定義するアウトドアを安全に楽しめるアイテムとして着目したのがサンダルだった。アンクルストラップによって安全性を担保するサンダルは以前から存在したが、肌の露出部分が多いため、快適さはあるものの怪我をしやすいことに変わりはない。キーンの創業者ローリー・ファーストはサンダル履きで怪我をした友人を目にし、素朴な疑問を持った――「サンダルはつま先を守ることができるだろうか」。試行錯誤して開発し、2003年に発売したのが、今やキーンの代名詞となっている水陸両用サンダル「NEWPORT(ニューポート)」のファーストモデルだった。
サンダルの快適さはそのままに、最大の弱点であるつま先を保護する特殊ラバーのトゥ・プロテクションを搭載。アッパーには速乾性に優れたレザー素材を用い、アウトソールには滑りを防ぎ、グリップ力を高めるカッティング「サイピング」を施した。フットベッドには足裏の形状に添う立体成型された圧縮EVAを使用。ミッドソールの圧縮成型EVAは歩行時の衝撃をしっかりと吸収してくれる。伸縮性のある「バンジーコード」により着脱が容易で、フィット感をフレキシブルに調整できるのも魅力だ。
サンダルでありながら靴と違わぬ機能を備え、陸地と水辺、山と街など多様なシーンを網羅する。相反する概念をクロスオーバーすることでサンダルの常識を超え、「ハイブリッド・フットウェア」という新たな価値を生み出した。「発明」「革新」と言われるニューポートは以来、機能性、快適性、デザイン性をアップデートし続けながら、「NEWPORT H2(ニューポート エイチツー/アッパーにポリエステル素材を採用)」や「CLEARWATER CNX(クリアウォーター シーエヌエックス)」などモデルも多様化。革新はまるでニットのようなスニーカーも現出させた。2本のコードを編み上げたアッパーと1枚のソールを基本構造とするオープンエア・スニーカー「UNEEK(ユニーク)」は、ニューポートに次ぐキーンのシグネチャーモデルだ。他にもアウトドアシーンに向けたシューズやブーツなどトータルに展開。柔らかなスエードのアッパー、つま先まであるシューレースが特徴のスニーカー「JASPER(ジャスパー)」は、シューズの代表作となっている。
本国からのセレクト×日本主導の企画・デザイン
日本市場に本格参入したのは11年のこと。キーン・ジャパン合同会社を設立し、セレクトショップなどへの卸で認知度を高める一方、12年には原宿のキャットストリートに旗艦店「KEEN GARAGE HARAJUKU(キーン ガラージ ハラジュク)」を出店し、ブランドの世界観を伝えてきた。ただ、グローバル展開するブランドが必ず直面する課題がある。サイズやカラー、デザインなど、その国・地域に特有のニーズにどう対応していくか。実際、ニューポートも本国で人気のカラーと、日本で求められるカラーは違っていた。そのため、ジャパン社では本国と連携しながら日本主導のカラーリングなどを行い、グローバル商品として販売してきた。キーン・ジャパン社がコンセプトや企画、カラーリングを提案し、本国がデザインやパターン設計、生産を行う体制で商品を開発することで日本市場におけるキーンブランドの浸透を図ってきた。
この実績の上に、より日本市場のニーズに寄り添い、キーンのグローバルビジネスに貢献していく商品の開発を目的として、18年に立ち上がったのが東京デザインセンター(TDC)だ。社外のデザインパートナーも組織し、商品企画からデザイン、設計までを日本で行い、日本のシューズ・ファッションブランドとのコラボも活発に行うなどして、日本発のキーンアイテムを発信している。
例えば、つっかけタイプの「YOGUI(ヨギ)」は特に日本で売れているアイテムだ。ボリューム感のあるアッパーに通気穴を配したデザインが特徴で、丈夫かつフィット性に優れる。無地のヨギはカラーリング、「ヨギ アーツ」「ヨギ アーツフル」はグラフィック柄の豊富さも魅力となっている。ジャスパーも本国より日本で人気。「日本独自のカラーリングを施し、年間を通して売れるアイテムになっている」とキーン・ジャパン合同会社シニアマネージャーの井島章さん。日本をはじめアジアで売れていて、「今春は韓国でSNSを通じて大ブームになり、日本の店舗でも韓国からの訪日客はジャスパーを購入していく」という。
そうした背景もあり、さらにアジア圏でのシェア拡大を推進していく拠点作りへ向け、創業20年の今年、キーン ガラージ ハラジュクの移転リニューアルに取り組んだ。
「NEVER NOT ORIGINAL」を体現し続ける
新たな旗艦店は渋谷と原宿のカルチャーをつなぐ明治通り沿いの路面店。キャットストリートの旧店舗で使用していたペンキ塗りのロゴ入り木製扉をリメイクした看板が目に飛び込んでくる。バックヤードを含む床面積は約134㎡あり、売り場とバックヤードをクラシカルなガラス張りにすることで広々とした空間を生んだ。
売り場作りのコンセプトは「ガレージ&ファクトリー」。中央にはタイ工場の製造ラインで使われていたコンベアを据え、什器としてリユースした。滑車を操作して棚を昇降させるロティサリー什器は、旧店舗から引き継いだ。天井に展開されている廃盤アイテムやサンプルを再利用したディスプレーは圧巻だ。他にも、古い納屋で使われていた木材を壁やベンチに、学校で使われていた照明やロッカーをレジ空間に、シューズ工場で使われていた靴型をディスプレー機材に活用した。「廃棄物をいわば『収穫』し、新たな資源調達を削減することでごみの削減につなげていく」という考え方を売り場に行き渡らせた。
新旗艦店では常時約200SKUを展開する。オープニングでは創業モデルのニューポートにフィーチャーした。「NEVER NOT ORIGINAL(オリジナルであり続ける)」をテーマに、23年春夏コレクションを中心にエポックメーキングなモデルのアーカイブを集積。創業20年と旗艦店のオープンを記念したモデルも揃えた。バケッタ製法によるフルベジタブルのタンニングレザーを使い、バンジーコードは特別仕様のメタル製で、20ものディテールを取り入れている。旗艦店のみで販売し、税抜本体価格のすべてをキーンのCSR(社会貢献・環境保護)活動「KEEN EFFECT(キーン・エフェクト)」のパートナーに寄付する。パートナーは災害支援、自然保護、子ども支援、ダイバーシティー、難民支援の5団体があり、購入客が支援したい団体を寄付先として選ぶことができる。
キーンは創業時から積極的にCSR活動に取り組んできた。新旗艦店はその起点でもある。店内には「シューズドネーションボックス」を常設し、まだ履けるけれど家に眠っているキーンのサンダルやシューズを受け付けている。預かった靴は、預けた人が選んだ前述のキーン・エフェクトパートナー団体を通じて、靴を必要としている人に届けられる。
実店舗ならではの接客と体験価値
取材時はオープンして1カ月余りだったが、「旧店舗よりもフリーで来店するお客様が増え、年齢層も幅広い」と井島さん。世代を問わず店前通行客の多い立地、そしてコロナ禍でキャンプをはじめとするアウトドアがブームになったことも客数増を後押ししている。売り上げ構成比はメンズが50%、ウィメンズが45%、キッズが5%。まだ構成比は低いが、「旧店舗時代も含めると、ここ数年でキッズの買い上げが毎年、倍近く伸びている」という。親がキーンのファンで、子供の頃にキーンのキッズサンダルを履いていた人が来店し、自分用に購入するケースは以前からあった。加えて、この2~3年間ではキーンを知らなかった親が店前を通ったときにキッズサンダルを見て子供のために購入するケースが増えている。「以前は大人物と子供物は別々に企画していたが、お揃いで履けるカラー展開や親子で外遊びを楽しむビジュアルの制作などに力を入れるようになった」ことも、新規客の来店・購買を促している。
もう一つの傾向として、「接客を求めてくるお客様がすごく増えている」という。かつて小売業では一般に「店員がしつこい」というクレームが多かったものだが、「最近は『スタッフが話しかけてくれない』『説明をしてくれない』ことに不満を感じるというか、スタッフの話を聞きたくて、自分も話したくて来店している」。
この傾向を実感したのは、コロナ禍の最中のことだった。実店舗の営業ができなくなり、キーンもまたECに力を入れた。直営店としてはSNSにはあまり力を入れてこなかったが、20年以降は全店舗がインスタグラムのアカウントを持ち、投稿を活発化。結果として、ECの売り上げはコロナ禍前の倍に伸長した。実店舗は営業の再開と自粛を繰り返したものの、「日本市場では接客がやはり重要で、実店舗があるからECでも売れることが分かってきた」。本国を説得してコロナ禍の3年間も数店ずつの出店を続け、実店舗とECによる相互送客で実績を残した。靴であっても試履きせずにECで買うケースが普通にある一方、実店舗でサイズを確認してそのまま買う人もいれば、帰宅後にECで購入する人もいる。買い方は様々だが、SNSによる発信と実店舗での接客によるパーソナルなコミュニケーションが、OMO(オンラインとオフラインの融合)を促した形だ。
「お客様はビジネスシューズも買わなければならなかったり、他ブランドの靴への興味もあります。その中でキーンが提案しているのはオフの靴で、年間で何足も購入するものではありません。それでも頻繁に来店し、リピート購入するお客様がたくさんいるんですね。実店舗があることの意味を改めて考え、ブランドの価値をしっかりと伝えていこうと、スタッフと確認しています」と井島さんは話す。
その取り組みの一つとして、春夏、秋冬のシーズンテーマに基づいて制作したムービーを流し、キーンのメッセージをビジュアルとして表現している。期中にコラボ企画が立ち上がるなどした際には、それに特化したムービーを制作した流すことも。特に力を入れているのは、「天井のないところすべてがアウトドア」とするキーンと親和性の高い野外音楽フェスとのコラボ。例えば、フジロックとのコラボは18年にスタートして以来、大好評だ。コラボモデルは実店舗で提案する一方、会場にブースを出店して直接販売も行う。会場では3日間の期間中で約300足を売り上げる人気ぶりで、「毎年、買いに来る人もいる」。23年はブルーをベースとしたニューポートのコラボモデルをメンズとウィメンズで提案する。
- 2023年開催のフジロックとのコラボモデル(写真はメンズ、ウィメンズもあり)
実店舗ならではの体験価値を伝えていくため、ワークショップなどのイベントも随時企画する予定。旧店舗では登山ガイドを招いた講習会を開催したり、ショップ外でも顧客と共に山登りをするなどしていたが、そうしたイベントを復活させる一方、新たなイベントも企画中だ。
写真/野﨑慧嗣、キーン提供
取材・文/久保雅裕
関連リンク
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。東京ファッションデザイナー協議会 代表理事・議長。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。