塩山将人(しおやま・まさと)
1975年東京都生まれ。1999年パルコ入社。渋谷や吉祥寺をはじめとする店舗や営業本部を経て、新規プランニング部業務課長、事業開発部業務課長、マーケットクリエイション部部長(心斎橋・名古屋の再開発プロジェクトを兼務)を経て、2022年3月、渋谷店店長として着任。
ファッションビルからメディアセンターへ
これまでパルコではどのようなことに携わってこられたのでしょうか
「これまで営業本部や新規事業など本社勤務12年と、渋谷2回、吉祥寺、浦和、調布などの店舗勤務10年で、主な職務としてはプランニング・テナントリーシングをメインに担当してきました。若手時代には、札幌パルコ新館、浦和パルコの開業プロジェクトに参加。新規プランニング部では、ミシュランガイド1つ星レストラン、マンダリンオリエンタル東京"シグネチャー"のスターシェフ、オリヴィエ・ロドリゲス氏と共同でネオビストロ"アンドエクレ"を15年に出店しました。フランス大使館やラグジュアリーブランドのイベント等でVIP顧客に料理を提供する機会にも恵まれ、飲食メディアはじめネットワーク拡大に繋がりました。事業開発部では、松本市の信濃毎日新聞社・新社屋プロジェクトとして"信毎メディアガーデン"の開業コンサルティング、楽天地ビル商業ゾーンをリノベーションした"錦糸町パルコ"、沖縄のサンエー社とJVを組んだ"パルコシティ"の開業などに携わりました。これらの物件の開業は18~19年に集中し、かなりハードな数年間でしたが、既存事業で関われない方々との仕事はすごく刺激的で今に繋がっています。マーケットクリエイション部に移ってからは、"テナントの本部窓口"として各店のプランニング支援、パルコ会、テナント契約など担当しながら、大丸松坂屋から移管された心斎橋や名古屋の再開発プロジェクトを兼務してきました。そして、渋谷店は縁あって大規模リニューアルのタイミングでこれまで2回経験し、3回目として今年3月に店長を拝命しました」
異業種との取り組みを含め、いろいろですね。パルコは11年にJフロントリテイリング(JFR)の傘下に入り、19年に完全子会社になりました。でも、むしろ独立性が担保されているというか、シナジーが発揮されているように感じます
「子会社になると一般的に役員や社員が大勢送り込まれたりしますが、数年間はそういうことがなかったんです。自分自身も、先程触れたように飲食事業の立ち上げや開業関連の仕事をはじめ、純粋にやりたいことに挑戦することができました。100%子会社になって、直近の今年3月にかつてないほど大きな組織人事があったのですが、パルコから4人の役員がJFR(ホールディングス)に入りました。なかなか刺激的な出来事でしたが、本格的なグループシナジーが求められているんだと実感しました。大丸松坂屋百貨店も旗艦店である大丸心斎橋店のリモデルをはじめ、他百貨店に先んじて取り組んでいます。コロナ禍でなければ画期的なコスト構造改革が実現していたと思います」
組織的にも変革期にある中で、新生3年目に入った渋谷パルコの店長に抜擢されました。ご本人としてはどんなことを求められていると思いますか
「パルコは半世紀前に誕生して、数々のカルチャーを発信してきたと自負しています。ただ、いつの頃からか同質化が進んだことも否めません。それに伴って昔はこうだったよねなど、かつてのイメージで語られることが増え、悔しい思いもしたことがあります。それだけに19年11月に新生渋谷パルコが開業したときは、手前味噌ですが、パルコのDNAが詰まっていると実感でき、とても嬉しかったと鮮明に覚えています。その渋谷店に3度目の赴任で店長になって、今、最も求められているのは"施設のメディア化と若手のキャッチアップ"だと思っています。メンバーも世代交代が進み、今は時代の大きな変わり目です。今度は若手が挑戦できるよう背中を押してあげることが自分の役割だと認識しています。その意味で、本質的な軸をぶらさない前提で"失敗してもいいラボ"と位置づけたいと思っています。いろんな挑戦を常にやり続けているカオスのような場を作りたいんです。ただ、単にカオスでは混然としているだけなので、社会的意義のサステイナブルであったり、インキュベーション視点であったり、いかに革新性をもたせていけるか。そんなことに今、みんなで取り組んでいます。渋谷の街も100年に一度の大変革期です。オフィスやホテル、住居が増え、百貨店の建て替えをはじめ商業施設の規模も新宿と並ぶ規模感です。特に駅から5分圏内に高級レジデンスが増加している事も魅力です」
しかし、開業して間もなくコロナ禍になり、休業や時短営業を余儀なくされ、インバウンド需要もなくなりました
「開業へ向けインバウンド比率は30%で計画し、オープン翌月の12月にはいきなり20%を超えました。しかし以降はコロナ禍になり、21年のインバウンド比率は1.4%。今年になり少しずつ水際対策が緩和されてきましたが、早ければ年明け、24年にはある程度は戻ってくるという想定で、館としてのブランディング、情報発信を徹底しています。今、渋谷パルコが目指しているのは、前述したようにファッションビルからメディアセンターへの転換です。宣伝販促の手法も大きく変化し、今ではSNSによる発信を全面的に重視し、特にインスタグラムを強化しています。そのポイントは、グローバルなラグジュアリーブランドも"載せたい"と思う表現や素材のクオリティーです。プロモーションチームは、各ブランドの広報チームとかなり密に企画作りを行っています。実際に渋谷パルコのインスタグラムを活用するブランドが増え、ポップアップのブランドをはじめ実績を作っています。フォロワーは現在約5万3000人で、クオリティーコントロールを徹底した結果、エンゲージメント率が非常に高くなっています。例えば、"ロエベ"は今年3月にスペインのスニーカーブランド"オン"とのコラボアイテムを発売しましたが、世界で最初に展開したのが渋谷パルコです。スニーカーを体験するダブルダッチ(2本のロープを使って跳ぶなわとび)のイベントも、平日にもかかわらず多くの人が集まり、盛り上がりました。館全体をメディアにしていくという意味では、ロケーションビジネスも活性化しています。ドラマや映画、CMの撮影場所としてのオファーが増加中です。いろいろなスペースの媒体価値が上がっているのを感じます」
デジタル化が高めたリアルの価値
いまだコロナ禍は続いているものの、行動制限が緩和され、今年のゴールデンウィーク(GW)は久々に随所で賑わいが見られました
「GWについては渋谷パルコも一昨年、昨年は全館休業でしたが、今年は2年ぶりに通常営業でき、開業時を除けば5月3日が一番の入館客数になりました。全国からお客様が押し寄せ、6階の"ニンテンドートウキョウ"などは朝から夕方まで長蛇の入店待ちの列が出来ていました。GWは、渋谷の街の特性でもありますが、通常渋谷パルコを訪れるお客様とは異なる層も多く、各ブランドの方々は"改めて街のパワーを感じた"と驚いていました。ラグジュアリーブランドはじめ渋谷パルコに着目してくださっているのは、パルコのゾーニング等に加え、渋谷という街の求心力によるアップサイドが期待できる数少ない館だからだと思うんです。新たなマーケットへ向けたブランディングの可能性を実感してくださっています」
アパレルのテナント構成比はどれぐらいですか
「アパレル売上比率は40%です。メディアでも言われているようにLVMHグループやファーストリテイリングに象徴される圧倒的な勝ち組がある一方、パルコ内においても、中価格帯のファッションが厳しくなっている状況は否めません。その中で渋谷パルコのMD構成的にも客単価は高く、パルコ全体でも圧倒的に高いんです。全フロアで最も売れているのは2階のアートとモードやクリエイターブランドがミックスされているファッションフロアです。限定商品やシーズン立ち上がりの好調ぶりはじめ、フロア全体で切磋琢磨してくださっていて、僕らにとって誇りですね」
コロナ禍でデジタル活用が一気に進みましたが、今、人の動きが戻ってきている中で、改めてリアルに勝るものはないとお客様も売り手も思い始めているように感じます
「デジタル化はリアルの価値を高めたと個人的に思います。オンラインとリアル店舗を自分なりに機能面について言い換えると、"検索"と"探索"だと思うんです。例えば水が欲しかったら、スマホで"水"を検索して好みの水を選んで買えばいい。それに対して、リアルは探索なんですね。探索のワクワク感やサプライズがあるのが接客です。ワンピースを探しに入店したお客様が、接客を受けたことで当初の目的にはなかったパンプスに興味が湧いて、ワンピースと一緒に買うといったことが起こったりしますよね。接客によって探索体験はより豊かになるんです。ブランド側もリアルでないと追加の接客ができなかったり、セット率も上がらなかったりします。"リアルあってのオンライン""やっぱり、買い物体験やブランディングにはリアルが必要不可欠なんだよね"という声をよく聞くようになりました。更に、リアル体験のコンテンツとして次の3つは渋谷パルコの強みであると認識しています。まずは、パルコミュージアム、2G内NANZUKA(ナンヅカ)ギャラリー、美術手帖ギャラリーなど8つのギャラリー、次にパルコ劇場、ホワイトシネクイント、ルーフトップパークなど5つのエンターテインメント施設、そしてディスカバージャパンラボやほぼ日カルチャンなど6つのメディア運営ショップです。これらのメディアリーチ数は計測不能なくらいポジティブな情報発信機能だと思っています」
リアル店舗での購買までのストーリーをどう豊かにしていくか、ですね
「館としては巷(ちまた)で言われているOMO(オンラインとオフラインの融合)は当たり前のように推進します。渋谷パルコに入っているブランドは限定商品はじめオンリーワンの商品を多く扱っているんですね。導線としての価値はすごく高いと思います。パルコオンラインストアの改変も本部で計画しています。一方、ブランドが今、取り組むべきことは、改めてリアル店舗の価値を上げていくことです。例えば、"グッチ"はディスプレイも開業当初からメンズとウィメンズに分けず、ダイバーシティーです。ロゴも赤。これは世界でも数店舗しかありません。渋谷パルコにあるからこその姿勢を店舗全体で表明しています。それによって、ファッションアイコンやインフルエンサーが来店し、ブランドの魅力を拡散してくれたりします。そして各ブランドの本気度が増せば増すほど、"聖地化"していく。"いつか私もそのコミュニティーに入りたい"という思い、それはお金では買えない価値ではないでしょうか。そういう価値を実感できるからこそ、他店で売っている商品であっても、"渋谷パルコのこの店で買いたい"という流れができてくる。そこがリアル体験の大きなポイントだと思います。また、ポップアップスペースを随所に設置しています。出店者の魅力と売り場の変化がリアルの価値につながっていくんですね。今、行かなければ出会えない商品を探すという価値作りは実務面においては結構大変ですが、若手スタッフのトレーニングにもなりますし、アンテナを張り巡らせ頑張ってくれています」
挑戦することの社会的意味を追求する
今後の渋谷パルコについて、どんな施策を考えていますか
「キャッチーなテーマですと"セールをしない館"を妄想しています。セールを強制的に禁止するのではなく、セールをする必要のない館。その為に、きちんとビジネスとして成立させていく上でテーマ型の営業企画で売上の山を作っていく考えです。例えば、今年3月には"サステイナブル"をテーマに、"サイクル"という企画を実施しました。各ブランドが取り組むエコなアイテム、ボトル回収プログラム、ビーガンフードなどサステイナブルな取り組みを集積し、ショッピングという身近なアクションから地球の未来を変えていこうというメッセージを発信しました。4月は"ダイバーシティー"。代々木公園で開催されたLGBTQのフェス"東京レインボープライド"と連携した企画です。ロエベとキャンピーバーのコラボは話題になりました。7月の秋冬の立ち上がりにはファッションキャンペーン"AWニュールック"、秋には"アート"をテーマにした企画を準備中です。11月は"アニバーサリー"、周年祭ですね。これは年間で一番の盛り上がりにします。そして1月は"SSニュールック"という流れです。そして、来年は開業50周年を迎えますので、仕込みを内々に始めています!」
渋谷パルコはセールを止め、企画で勝負するということ?
「先程お話ししましたように、セールを全面的に禁止するのではなく、赤札は出ていない状態にしたいんです。オンラインサイトでは四六時中セールやポイントアップをやっていますし、理想論かもしれませんが、プロパーで売れる方が望ましいですから。あくまで出店頂いているテナントさんをしっかり巻き込んでいきながら館全体で仕掛けるテーマ型の企画を骨太にする。ファッション感度の高いお客様に対しては、テーマに沿って各ブランドに限定商品を作っていただくなどして魅力を増幅させる。マスマーケットに対しては、街場動員やシーズンモチベーションを高めて売上を作る。また渋谷という街は、GWもそうですがハロウィンやクリスマス、お盆などの歳時期には全国から広域で動員がある立地です。任天堂やポケモンといったとてつもない集客をしてくれるアンカーストアもあり、飲食も充実しているので、アプリでの還元サービスなども活用しながら収益創出を図っていきたい。きちんと山ができれば、テナントとも今までとは違う関係性を築けていくと思っています」
商業施設としては大胆な挑戦です
「22年は前年のコロナダメージもあり、前年比をみてもあまり意味がないと思います。前年比をあまり意識しなくていい年なんてそんなにありません。挑戦するなら"今"。大切なのは、パルコ的な付加価値づくりと挑戦そのものが持つ社会的意味。その重要なテーマのひとつとしてサステイナビリティーがあります。設計事務所のダイケンミルズを中心とする社会プロジェクト"スクワット"とグラフィックデザイナーの加瀬透氏との共同プロジェクト"4202122"を今年2月に立ち上げました。商業施設に新規出店するときには、改装工事で何週間も売り場を閉めて、解体し、新たに作っていきますが、その際には廃棄物も出ます。それを退店・出店のたびに繰り返している。サステイナブルじゃないですよね。(笑)そこで、単管パイプをつなぎ合わせて商品などを陳列できるゾーンを4階につくりました。定期的にショップやイベントスペースが入れ替わります。その第1弾として、多様な分野のアッパーなビンテージ商品を展開するオンラインモール"ヴィンテージコレクションモール(VCM)"に出店していただきました。お客様にも出店者にもすごく好評のため増床します。今後は東京都のチャレンジショップにして、インキュベーションに生かしていく考えです。サステイナブルって、人によって捉え方が違ったりしますよね。パルコにとってのサステイナブルとは何か。僕が行き着いた答えは、いろんな挑戦をし続け、それが結果としてカルチャーになることです。そのプロセスこそがサステイナブル。そこは追求していきたいですね」
写真/遠藤純、パルコ提供
取材・文/久保雅裕
- トレカ専門店「ミント渋谷」(地下1階)。スポーツやアニメなどのカードは大人にも人気
- 昨年9月にオープンした5階の「パルコアウトドアパーク」。「ノルディスク」や「オガワグランドロッジ」など本格派のアウトドアブランドで構成し、ハイエンドキャンプを提案
久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター
ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長。杉野服飾大学特任教授。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任し、現在はフリージャーナリスト。コンサルティング、マーケティングも手掛ける。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。