谷口勝彦(たにぐち・かつひこ)バーニーズ ジャパン取締役クリエイティブディレクター
1990年、バーニーズ ジャパン入社。米国バーニーズ ニューヨークでウィンドウディスプレイのカリスマとされたクリエイティブディレクターのサイモン・ドゥーナンに師事。現在は日本のバーニーズ ニューヨークのウィンドウディスプレイからフロアディスプレイ全般、店舗デザイン、広告ビジュアルなどのストアイメージに関わる全てを統轄している。
専門店ならではの計らいを追求
新型コロナ禍も2年が経ち、ファッション業界では実店舗が大きな影響を受ける一方、ECが急伸するなどの変化もありました
「バーニーズ ニューヨークは日本国内で現在6店舗を展開していますが、2020年は2カ月間、21年は4月中旬からGW明けまでの3週間弱、営業ができませんでした。失われた期間の打撃は大きかったですね。客足が戻り始めたのは21年10月のことでした。第6波にある今も商況は厳しいものの、業績は前年を上回るところまできています。ECも伸びていますが、まず回復を支えてくださったのがバーニーズ ニューヨークを日ごろよりご愛顧いただいているお客様でした。長期化するコロナ禍にあってお得意様から戻ってきてくださっている。とてもありがたいことです」
どのような商品が売れているのでしょう
「洋服や靴、バッグ、ジュエリーなど様々なブランドのイベントをお客様のリクエストも伺いながら開催し、それぞれが予算を大きく上回っています。お客様、セールス、バイヤーがコミュニケーションを重ね、一体となって実現した品揃えが響いていて、併買率も高いのが特徴です。一方、コロナ過の中でお客様は、お金をかけるものの見極めがシビアになっています。とくにミドルゾーンの商品は、価格とクオリティーとデザインがお客様の価値観と完全にマッチしていないと購買に至りません。その傾向が今後は強まると感じています。よりパーソナルなニーズに応えられる仕組みを構築する必要があり、例えば要望や注文を伺ってから買い付けに行くなど、よりパーソナルな対応を図れる仕組みを考えています。小さな成功例を積んでいかないと生き残っていけない、というのが実感です」
よりパーソナルな対応を図っていくためのポイントとは?
「専門店ならではの計らいですね。30代後半以上の社員は本国でバーニーズ ニューヨークのコンセプト"テイスト、ラグジュアリー、ユーモア"を体感しているのですが、日本で30年が経ち、日々の忙しさの中で伝授しきれていないというか。"バーニーズとは何か"を改めて確認することが今、すごく大切だと思っています。テイストとは、お客様の趣味嗜好を見抜いて"半歩進んだ提案"をすることもその一部です。新しいことにもちょっと挑戦していただくという意味で、"5%の冒険"とも言っています。そうした提案をラグジュアリーな空間、商品を通じて行うのですが、接客は人間臭い。ユーモアを忘れないということです。その本質を伝えようと、私が店舗を回り、語り部のようなことを始めました。単なる昔話にならないよう、バーニーズ ニューヨークのお客様への計らい、そのスタイルは何がどう良くて、どうすればそうなるのかを実体験を基に話しています。人を軸としたリブランディングですね」
実店舗もECもパーソナリティーを要に
業界では環境問題への対応が迫られ、サステイナビリティーやSDGsの観点からサプライチェーンの見直しが進んでいます
「当社はオリジナルも展開していますが、大半がセレクトです。完全買い取りを基本に、仕入れを小刻みにする、リオーダーの体制を強化するなど工夫しています。とはいえ、定番で売れ続ける商品がある一方、トレンド性の高い商品もあり、何年か経つと在庫が余ってしまうものも出てきます。かといって、仕入れを抑え過ぎると売れなくなってしまう。コロナ禍の物流の停滞など様々な状況を想定しながら適品を確保し、残った商品をどうするか、廃棄以外の方法を模索中です。例えば商品として販売していたぬいぐるみを保育園や乳児院、児童養護施設へ寄付を行っています。また、昨年8月に出店した西武渋谷店では、アップサイクルに取り組みました。初のコンセプトストアで、百貨店への出店も初めて。さらに初の約80坪というスペースでバーニーズ ニューヨークならではの世界観を発信しています。この店舗作りで、生産時に発生する生地屑や不要になった衣料を再利用した建材"ステラポップ"を採用しました。廃棄されるホワイトデニムを原料にして建材を作り、什器の天板に使っています。自分たちらしいSDGsを進めています」
バーニーズ ニューヨークらしさといえば、ウィンドウディスプレイは象徴的です。シーズンテーマはもとより、専門店としての意思を感じます
「21年のクリスマスは今の混沌とした状況だからこそ大切な"Smile!"というメッセージを、アッサンブラージュの手法で表現しました。当社ではこの30年間で演出に使った小道具を大量に保管しています。アンティークな家具や什器、著名なアーティストがデザイン、製作したもの。これらを立体コラージュして顔を表現したのです。全てハンドメイド。そうしたものほど人は見ますし、必ず話題を作っていけると思うんですね。どんなにハイテクノロジーな社会になっても、このローテクのウィンドウディスプレイは止めてはいけないもの。捨てずに新たな価値を生むという意味では、これもSDGsかもしれませんね」
今後の店舗展開、ECについてはどのように考えていますか
「商業施設の開発が続々と進んでいる中で、西武渋谷店を出店してから様々なオファーをいただくようになりました。コロナ禍前の業績に戻すことが先決ですが、出店は新たな価値提案のチャンスと捉えています。ECに関しては拡大というよりは拡充という観点です。実店舗と変わらない購買体験を目指し、商品提案に特化した動画の配信やウェブ接客に取り組んでいます。専門店はパーソナリティーが要だからです。ただ、ECも実店舗も、確かな商品があってこそ。今は海外にも行けていませんが、デジタル化が進んでも自分で足を運んで、商品を見て、交渉して買い付けることが大切です。現場に行けば何か面白いものと出会える、そういうワクワク、ドキドキ感がスタート地点。その気持ちがあるから、お客様にも笑顔で"5%の冒険"へと踏み出していただけるのだと思っています」
取材・文/久保雅裕
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久保雅裕(くぼ まさひろ)encoremodeコントリビューティングエディター/ウェブサイト「Journal Cubocci(ジュルナル・クボッチ)」編集長
杉野服飾大学特任教授。ファッションジャーナリスト、コンサルタント、マーケター。繊研新聞社在籍時にフリーペーパー「senken h(センケン アッシュ)」を創刊。同誌編集長、パリ支局長などを歴任。現在はフリー。2019年、encoremodeコントリビューティングエディターに就任。